第十三話 商業地区にて
「にーた! にぎやか! にーたすき!」
ショルシーナ商会を後にした。
勝手に家を空けているので本来はすぐに帰るべきだが、俺の願いで少しだけ商業地区を歩いてみることになった。
妹様はごらんの通りにはしゃいでいるが、人混み嫌いのエイベルはその逆だ。なのに付き合ってくれるのだから、頭が下がる。
しかし、俺もただ無意味にぶらつくつもりはない。
市場の商品を見てみて、俺の知識にあるものを探す。存在すればそれで良しだが、存在しないものなら、俺が作り、己の発明品という態で商会に売りつけるつもりなのだ。
この国には特許権が存在する。
残念ながら個人にではない。特許権を得られるのは王族の他は貴族か寺院か商会に限る。
しかし俺はショルシーナ商会という伝手を手に入れた。
つまり品によっては、一財産築けるかもしれないのだ。
俺が魔道具作成を目指すのは、金のためだ。金さえあれば、母さんやフィーを守ってあげられるし、豊かな生活をさせてあげられる。
だから、稼ぐ手段は別に魔道具でなくても構わない。
このぶらぶら歩きで、そのヒントを得られたら、と思う。
「……アルはどんなものが見たい?」
「なにせ屋敷から出ない人間なんで、どんなものがあるのかわからない。ザッとで良いから、一回りしてみたいね」
どうせ全部の商品を把握するのは不可能だ。だから、露店を中心に斜め読みならぬ斜め見をする。
(あと……ささやかだけど、フィーに何か買ってあげたいな。小遣いから出すんで、俺が自力で稼いだ金じゃないってのがちと情けないが……)
「にーた! へんなものいっぱい! おもしろい! にーたすき!」
マイシスターはここにあるものを見るだけで喜んでいる。
そのことに、少し寂しくなる。
本来なら、自由に市場なんて見て回れるのに。
この娘には外出の自由がないのが、可哀想だ。
俺は黙って妹の頭を撫でる。すると我が家の天使は満面の笑顔を見せた。
「ふぃー、にーたといっしょ! しあわせ!」
それは俺の胸中を察して出た言葉ではないのだろう。
けれども、俺は不安をぬぐって貰えたかのような安心感を得た。
「うん。俺もフィーと一緒が幸せだ!」
「えへへー! にーたああああ!」
抱きつかれてしまった。ホント、何を云っても喜んでくれるな。
「……本当にふたりは仲が良い」
ぽつりとエイベルが呟く。
無機質な云い方だったので、呆れているのか単なる感想なのか、判断が出来ない。
「そういえば、エイベルには妹とかいないの?」
「……いたと云えばいた。いないと云えばいない」
随分と哲学的な、と思ったが、別に煙に巻くつもりはないのだろう。
背の低いエルフは少しだけ考えて、それから自分の生まれを教えてくれた。
「……エルフには神祖と呼ばれる人がいる。森の神霊の分体で、全てのエルフの母となった人」
「へええ、記念すべき最初のエルフか」
「……正確に云うなら、エルフの形をした聖霊と云うべき。その神祖が作り出した実の子たちが、『始まりのエルフ』。無駄に権威付けを好む人はアーチエルフと呼ぶ。私は、そのひとり。神祖の娘」
「えっ、じゃあ、エイベルってやっぱり偉い人なのか」
うちの家族以外は皆『様付け』で呼んでたしな。土下座もされていたし。
けれどエイベルは首を振った。
「……私は少しも偉くない」
「でも、高祖とか呼ばれて崇められていたじゃないか」
「……高祖と云うのは、あることを成した『始まりのエルフ』のこと。だから私も本来は高祖のひとり――になるはずだった」
「じゃあ、違うの?」
「……違う。私は神祖の娘ではあるけれども、高祖ではない。何故なら私は誰かの『祖』ではないから」
そういえば、うちの母さんがエイベルを処女と云っていたっけか。
あることを成す、とはつまり、子供を得ることなのだろう。
「……私以外の『始まりのエルフ』は、皆、子孫を作った。それぞれのエルフたちの祖となった。だから高祖と呼ばれる。ひとり私だけが、子供を作らなかった」
「そんな子供を作らないことが悪いみたいな云い方をしなくても」
「……エルフ族は他種族に比べて個体数が多くない。だから、子を残すことはある意味で義務。皆、それを分かっていて子供を作った。私という存在は、その義務を果たしていない。だから敬われるのは困る。私は種族の繁栄と云う責務を放棄したまま、神祖の娘と云う立場だけで尊崇されている。それは間違ったことだと思う。商会を作って世の役に立てているあの娘達の方が、私なんかよりもずっと尊い」
ちょっと落ち込んだ様子で彼女は云った。
しかしそれなら、当然の疑問がある。
「……エイベルが子供を作らなかった理由って、聞いても失礼にならない?」
「…………」
俺の問いに、エルフの少女は顔を赤くして俯いた。
「あ、いや。云いたくなければスルーしてよ。割と失礼な質問だし」
「……ううん。云う。凄く子供っぽい理由だから、恥ずかしいだけ」
エイベルは耳まで真っ赤だ。触りたいなぁ。
「……私は、私が心から愛した人との間だけに、赤ちゃんが欲しいと思った。運命の相手だと思える人だけに、身体を預けたかった。義務で子供を作るのではなく、愛情で出来た赤ちゃんが欲しいと思った。それだけの――未熟な理由」
「素敵じゃないか」
「……?」
エイベルが顔を上げた。
俺は率直にそう思う。
「俺はリュシカ母さんの子供で幸せだ。だって、いっぱい愛して貰っているんだから。将来エイベルに子供が出来るとして、義務で作ったと云われるよりも、大好きな人との間に産まれたんだと云ってあげる方が、絶対に良いよ。家族が作れるなら、幸せでなきゃ嘘だ。笑って過ごせる家庭って最高じゃないか。自分も、子供も、皆が幸せになれるんだから」
フィーの事を考える。
最愛の妹には、幸せになって欲しいと思う。俺たちは妾腹だから貴族ではないけれども、だからこそ政略結婚を免れているとも云える。
可愛い妹が得体の知れない男に嫁ぐなんて、絶対に許容できない。
フィーには人生の最初から最後まで、笑顔でいて欲しいと思う。
だから俺が望むフィーの結婚相手の条件は、『フィーを笑顔に出来ること』だ。
単純だが、絶対の条件。譲ることはない。
(おっと、いかんいかん。エイベルと話をしていたのに、フィーのことばかりじゃないか)
俺は師匠に意識を戻そうとした。その瞬間だった。
「……アル……」
エイベルに抱きしめられてしまった。俺はフィーをだっこしているので、フィーごとだ。
「……アル、ありがとう」
云いたいことを云っただけなのに、何故か礼を云われた。別にお礼の言葉が出る場面とも思えないが。
それになにより、頭にあったのはフィーのことだし。そう考えると忸怩たるものがあるが、今はそれより。
「エイベル、ここ、商業地区のど真ん中だけど、良いの?」
「――!」
うちの先生は無表情のまま、慌てて俺たちから離れた。
※※※
「にーた! ごみうってる! おもしろい! にーたすき!」
「フィー、これはゴミじゃないぞ~……」
露店に売られているのは、中身のないハマグリだった。小物として販売されているようだ。
(この世界にもあるんだな、ハマグリ)
ハマグリは上下一対。同じ貝どうしでないと、ぴったりくっつくことはない。なので日本では夫婦の絆の証として贈り物としたり、たくさんのハマグリをバラバラにしてトランプの神経衰弱のように合わせられる貝を探し出す遊びなんかもあったりした。
(……今度、これをプレゼントするか)
俺とフィーは夫婦ではないけれど、まあ、兄妹の絆として贈るのも良いだろう。この国の文化を知らないから、日本と同じように考える意味もないし。
俺はいくつかハマグリを買った。マイエンジェルだけでなく、母さんやエイベルにもあげたいしね。
(渡すのは少しだけ加工してからだな)
そのまま渡すのでは味気ない。なので、ちょっとした工夫をするつもりだ。
「にーた、ごみかった! にーたすき!」
「いやいや、ゴミじゃないから」
何故か大はしゃぎで俺に抱きついてくる妹様。
まだ二歳だからか、自分へのプレゼントなどと余計なことを考えないようだ。
うん。貢がれるのが当然、とか考える女とか、最悪だしな。
(加工に関しては、ガドに相談しよう……)
その後、簡単に色々な売り物を見て回った。
やはり存在が大きいと感じるのは、魔道具だ。
中世ヨーロッパっぽい雰囲気の世界なのに、魔術や魔道具があるせいで、文化レベルは必ずしも現代日本に劣るものではないと分かった。
基本的には当然劣る。技術も知識も、多くは現代の圧勝だろう。
しかし転位門なんかがこの世界にはあるらしく、それは現代科学を圧倒する技術だろう。
「……転位門は先文明時代の遺物だから、現在は再現できない」
エイベルはそうも説明したけれども。
魔導歴時代の遺産に、神聖歴の文明は及んでいないのだとも。
ともあれ、その日は色々と満喫させて貰った。
商会への売り物も考えることが出来たし、愛妹へのプレゼントも仕入れることが出来たし、エイベルが何者なのかも知ることが出来た。
うん、有意義な一日だ。




