第百三十五話 買い物するは、我にあり
結論は決まっている。
静観する。
ショルシーナ商会長の話を聞いた俺は、結局、予定通りに様子見することを選んだ。
村娘ちゃんのお付きの人が、奉天草ないし、エルフの高祖を探している――。
今わかっているのは、これくらい。
どこのどなたがどんな状況なのか、これでは判断のしようがない。
村娘ちゃんの知り合いが大変なのか、お付きの人の知り合いが大変なのか。それすらも。
そして、ここが一番大事なところなのだが、俺にとって大切なのは、エイベルが酷い目に遭わないようにしてあげることなのだ。
優先順位は明確でなくてはならない。
黒粉病が奉天草抜きでも治せたように、近衛魔術師の人が救いたい人物も、後になって別の手段で助けられるかも知れない訳で。
情報がハッキリしないうちに動き回る理由は無い。
村娘ちゃんは良い子なので出来る範囲で力になってあげたいな、とは思うが、それは当然、蟻の一穴にならないことが前提だ。
ひょっとしたら、村娘ちゃんは全くの無関係なのかもしれないのだし。
(うん。下手に動くべきではないな)
そう考えることにした。
続報が入らなければ、どうしようもないからね。
来月の試験で会うことがあれば、彼女の様子から、多少の情報も得られるだろう。
それまでは、待ちの一手。
何もないなら、それで良し。
(薬は届けられたし、エイベルを探していた人の情報も得られた。これで一応は、片が付いたって事で良いのかな?)
フィーと母さんは一心不乱に水飴をなめている。
どれだけ甘いものに飢えていたんだろうね?
まあ、微笑ましくはあるから、太ったりしなければいいやと考えることにした。
虫歯の心配はどうなんだろう?
取り敢えず母さんには一本たりとも虫歯がないし、こっちの世界では俺もフィーも虫歯になっていないので、ミュータンス菌に感染していないのかもしれない。
虫歯の人はいるらしいので、菌自体は存在するみたいだが。
俺にぴったりとくっつきながら匙をなめている妹様の頭を撫でると、それが嬉しかったのか、フィーはこちらを見て、にへらと笑った。
あーあーあー、口元をべたべたにしちゃって。
拭いてあげたいけど、どうせまだ汚れるしな。
「お母様と妹さんは、甘いものを好まれるようですね」
夢中になって食べている姿を見たからか、商会長はそんなことを云ってくる。
この有様で、そんなことはありませんよ、なんて云ってもギャグにしかならないだろう。
「ええ、ごらんの通りで」
お恥ずかしい、とまでは云わないが。
「それでしたら、お土産に甘味をお持ち下さい。お手間を取らせてしまった、せめてものお詫びとお礼です」
「え、いや、それは――」
「まあ、良いんですか! 助かるわー!」
母さんェ……。
遠慮会釈もなしに、目をキラキラと輝かせるマイマザー。
ここへ来た真の目的は甘いものの購入なので、助かると云えば助かるのだが、厚意に甘えてしまって、いいものなのだろうか?
「ミィス、皆様に、お土産を用意して」
「この足で歩けるわけ、ないじゃないですか。云い出しっぺが率先して動くべきだと私は思いますよ?」
「さっさと行きなさい!」
「横暴です! 横暴ですよ、これはァ……ッ!」
正座させられていたちいさいエルフが、呻き声を上げながら退室していく。
ヨロヨロとしているので、本当に足が痺れていたのだろう。
俺が大丈夫なんですか、と目で問いかけると、
「あれは際限なく付け上がるタイプなので、このくらいでちょうど良いんです」
とのお言葉。
俺もあれくらいの横着さがあれば、前世で死なずに済んだのかなァ……?
「にーた、にーた、このあと、おかいものする?」
水飴を食べ終えた妹様が俺の膝に乗っかってきた。
その目は期待に充ち満ちている。
「そうだなァ……」
天使の頭を撫でつつ考える。
甘いものの補充と云う当初の目的は、ショルシーナ商会長のご厚意で何とかなりそうなので、無理に買う必要がない。
ただ、フィーは珍しいものや新しいものが大好きだ。
せっかく屋敷の外に出られたのだし、この機会に色々と見せてあげる方が良いのかもしれない。
何かひとつでも、この子の将来の助けになるような切っ掛けがあるかもしれないし。
いや、ただ単純に楽しんでくれるだけでも良いんだけれども。
「と云うか、アルちゃん。お母さんは、本を買いに来たのよ~?」
のし掛かられてしまった。
そう云えばそうだったな。母さん、続刊物の小説を読んでいたんだっけか。
好きな作品の続きが読めないツラさは、個人的によくわかるつもりだ。
前世でまだ元気だった頃、同僚と未完ってもう読めなくなった作品について、よく語りあったものだ。
……まあ、書く方は書く方で、凄く大変らしいけれども。
「うん。行くぞ。お買い物」
「やったあああああああ! ふぃー、おかいものすき! にーたがすきッ!」
「お母さんもアルちゃんたちが好きーっ!」
妹様は大喜びで抱きついてくる。
一緒にお買い物くらいは、いつでもしてあげたいんだけどなぁ。
※※※
「ふおおおぉおぉおぉ~~~~っ! へんなもの、いっぱいある! ふぃー、おみせみるのすき!」
目を輝かせて俺の顔と商品を行ったり来たりするマイエンジェル。
しかし、確かにこの商会を冷やかすのは面白い。品揃えが豊富なのはもちろん、新商品を次々と入荷しているから、目が飽きないのだろう。
この辺、現代日本では当たり前の話ではあるんだろうが、こういう世界では刺激的で、ずっとお祭りの中にでもいるような感覚を与えるんだと思う。
商品入れ替えってそれだけで大変だから、そりゃ、常に忙しいはずだ。
(しかし、まぁ、こういうところを見て回るのって、罠だよなァ……)
ついつい無駄なものまで買ってしまうからね。
母さんの小説に、フィーの服や新しいオモチャ。それからお絵かきセット。
たまにしか来られないと云う状況と、単純に見ていて楽しいので、財布の紐がゆるんでしまう。
自分で売り込んだ品が思いのほか好調で、懐が温かいと云うのも、それを助長している。
締まり屋のひとなら、それでも無駄遣いしないに違いない。
俺の立場ならば寧ろそれを見習うべきなのだろうが、一定以上の貯金が出来ていれば、まあ良いだろうと考えてしまう。
「ふへへ……! ふへへへへへ……ッ!」
この子の楽しそうな笑顔を見てしまうと、どうにもね。
一方で必要なのに買ってない物もある。
それは、薬の類だ。
常備薬として置いておくべきもの。
この間のマイマザーが風邪を引いた件で、我が家にも薬を最低限、置いておこうと考えたのだが、それを相談したら、エイベルがちゃちゃっと用意してくれたのだ。
商会でも薬品は販売しているし、その中にはエルフ謹製のものもあるので品質も王都の他所のお店とは段違いなのだが、それでも当然、エイベルの作ったそれには敵わない。敵うわけがない。
これって途方もない贅沢な話なんだろうな。しっかりと恩師には感謝せねばならないだろう。
俺の人生の豊かさの殆どは、エイベルが与えてくれたものなのだと云うことも。
その恩師を随分と待たせてしまっているので、えっちらおっちら、倉庫街へと向かう。
俺も母さんも両手に荷物で塞がっているので、珍しく妹様がフリーだ。
大抵は俺か母さんがだっこするか、手をつないでいるのだが。
「ふぃーも! ふぃーも、にもつもつ! にーたてつだう!」
うちの天使は大変良い子なので、自主的にそう云ってくれる。
なので、その真心を尊重して、服などの軽いものが入った袋を持って貰っている。
「ありがとう、フィー。お前は優しいなァ……」
「ふへへ……ッ! にーたによろこんでもらえた! ほめてもらえた! ふぃー、うれしい! ふぃー、もっとにーたのやくにたつ! もっとよろこんでもらう! にーたがうれしいと、ふぃーもうれしい!」
今は頭を撫でてあげられないのが残念だ。
そうして家族仲良く歩いていると、人通りの少ない道に差し掛かった時、マイシスターが小首を傾げた。
「にーた、にーた」
「うん?」
「あっちで、だれか、まじゅつつかってる。うちあってる」
「は?」
そう云えばこの子は、感覚でなんとなく魔力が分かるんだっけか。
てか、街中だぞ、ここ。
捕り物でも発生したのか?
 




