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妹のいる生活  作者: むい
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第百三十四話 久々の商会


 色々な思惑が絡み合って、ショルシーナ商会へとやって来た。


 出発前の宣言通り、エイベルとは途中で別れている。

 何気に恩師がいない状態で訪れるのは、初めてだ。


 ヘンリエッテさんには、イーちゃんを通して、本日伺いますと連絡してあるから、急であってもアポ無しではない。

 まあ、突然なので、迷惑なことには変わりないかもしれないが。


「私は、小説の続きを買おうかしらね~……」


 母さんがそんなことを云う。

 なんと、この人もちゃっかりと付いて来てしまっているのだ。


 まあ、大氷原みたいな危険な場所に行くのではないのだし、ずっと家にいては可哀想だ。

 だから、特に文句は云わない。

 本も父さんから貰っている、なけなしのお小遣いで買うようだし。


「ふぃー、あまいのすき!」


 そして腕の中の妹様は、この調子だ。

 目がキラキラと輝いている。


 俺は話を聞きに来たのであって、お菓子を買いに来たんじゃないんだが。

 ……いや、買うことになるのか。空手で帰るなど、女性陣が納得すまい。


 いつも通りに来客用通路に向かうと、そこには副会長様は直々に待ってくれていた。

 急なことで大変だろうに。


「ようこそおいで下さいました、クレーンプット家の皆様」


 ヘンリエッテさんは折り目正しく頭を下げる。突然に訪れた平民の一家なのに、えらく丁寧な対応だ。

 本来、我が家はエイベルのおまけにすぎないはずだが、流石は気配りの人。

 ところで副会長様が腰を折る瞬間、こっそりと俺にだけ片目を瞑ってくれたのが印象的だった。


「この度は、大変申し訳ありませんでした!」


 そして応接室。

 到着するなり、ショルシーナ商会長に頭を下げられてしまった。

 薬の件で巻き込んでしまったことを気にしているらしい。


 部屋の隅では、ちんまいエルフが正座させられているが、見ないふりをしておいた方が良いだろう。

 うん。

 だから、縋るような目で俺を見ても無駄だからね?


「商会長さん、俺もエイベルも気にしていないので、大丈夫ですよ。そんなに謝らないで下さい」

「あああ、勿体ないお言葉です。エイベル様にも、何とお詫びすれば良いのやら……」

「ああ、そのエイベルが作ってくれた薬がこれです」


 テーブルの上に、ビンを置く。白月草から作られた、黒粉病の特効薬。

 ひと目、見るや否や、商会長はビンを拝みだした。


「エイベル様が手ずから作られるなど、なんと恐れ多い……! しかも、それも使用するのが、単なるエルフとは……」

「そういう云い方すると、エイベル、怒ると思いますよ?」


 エルフとしても、薬師としても。

 同族ならば、あの人は区別をしないだろう。


 その証拠――と云う訳でもないだろうが、治療薬は単数ではなかった。他に、八本ほどある。

 きちんと保管すればかなり日持ちするらしいので、もしもの時の為に、商会でも保管しておくように伝えるよう、恩師から言付かっている。

 もちろん、病人が出たら迷わず使うようにもと。


「流石はエイベル様……! 実に慈悲深い……ッ!」


 再び拝み出す商会長。

 うん。

 この人のエイベル好きは、信仰に近い気がする。


 そこに苦笑いしながらお茶を乗せたお盆を持ったヘンリエッテさんが入ってくる。

 相変わらず副会長なのに、雑用じみたことを率先してやる人だ。


「高祖様が気にされていた、ロキュス長老が弟子を取っていないのも、こう云うことみたいなんですよ」


 ヘンリエッテさんが、よく分からないことを云う。

 こう云うことって何だろう?


「あの方は高祖様に心酔していますので、自らが伝授された薬学は、生中なものには教えるわけにはいかないと考えておられるようで」

「ええっ!? それで病人が出ていたら、世話ないですよね? たぶん、いや、絶対にエイベル怒りますよ、そんな話を聞かされたら」

「私もアルくんの云う通りだと思いますよ。そしてそれらは、巡り巡ってロキュス長老に跳ね返るわけですね」


 困ったものです、と副会長様はぼやいた。


 慕うと云うのも、善し悪しだなァ……。

 ロキュスって人は怒られるのが確定で、商会長は、その予備軍であると。


 そして母さんは、副会長氏の言葉に、鋭く反応を示す。


「あら~、アルくん呼びだなんて、ヘンリエッテさん、いつの間にか、随分と私のアルちゃんと仲良くなったのねー?」

「はい。おかげさまで、アルくんとは、とっても仲良しになりました」


 臆面もなく笑顔で云い切る副会長様。

 俺が彼女の立場だったら、こんな切り返しは無理だよ。流石海千山千の商売人。凄い心臓だ。


 すると、シャシャシャーッと滑り込んでくる影がある。


「にーたとなかよし、それ、ふぃーなの! ふぃーがいちばん、にーたとなかよしなの! ふぃーだけが、にーたとなかよくしていーの!」


 ひしと俺に抱きつく妹様。

 そして、威嚇するかのように、ヘンリエッテさんを見上げている。


 一方、がるるる……! と吠え声を向けられているハイエルフ様は、柔らかい微笑のままだ。


「大丈夫ですよ。お兄さんを取ったりしませんから。ただ、ちょっと、私とアルくんが仲良くなっちゃっただけなんですよ。それだけです。他意はないので、目を瞑って下さると助かります」


 ことん、とフィーの前に、ちいさな容器が置かれる。

 中身はキラキラと輝く透明の甘露――妹様の大好物の、水飴だった。


「――!」


 バッ!  バッ! とフィーの視線はヘンリエッテさんと水飴を行ったり来たり。

 副会長氏、ケーキ注文の時のマイエンジェルの反応で、甘いもので丸め込めると当たりを付けたみたいだ。

 そして、残念ながら、それは正しい。妹様の相好は、既に崩れかけている。


「こ、こんかいだけは、みのがすの! すてきなれでぃーは、かんようって、ふぃー、きいた!」

「ふふ。ありがとうございます」


 副会長様、いい性格してますね。

 そしていつの間にか、さりげなく母さんの前にも、同じ物を置いている。如才ないこと、この上ない。


(ああッ!)


 そこで唐突に思い出した。

 ここに来た目的の情報収集が出来てねェッ!


※※※


「じゃあ、どんな病気かも、分からないわけですか」


 ようやっと、エイベルに会いたがっていた人物の話題を聞けた。


 貴人が直接来たのではなく、貴人のお付きが、薬草を求めてやって来たらしい。偉い人が出張って来るはずがないから、そりゃ当たり前だろうけれども。

 あとお付きの人も、それなりの身分ではあるらしい。それは、どうでも良い話か。


「ええ、はい。命に係わるとだけしか云っていなかったので、必ずしも病気とは限りません」


 じゃあ、貴人が救いたい人とやらは、毒や怪我の可能性もあるわけだ。

 そして奉天草なら、それら『病気でないもの』でも治癒できてしまうとされている。

 ……あくまで無責任な噂で、だが。


「まあでも、無い物ねだりされましてもねェ」


 俺がぬけぬけとそう云うと、


「全くです」

「その通りですね」


 なんてどこか白々しく相づちを打つハイエルフズ。

 ああ、ふたりとも、エイベルが薬草所持してるの、知っているのね。


 なお、うちの先生によると、奉天草でも治らないものも、当然あるとの話。


「……あれは身体を正常な状態へと近づける効能があるだけで、別種の原因が継続して存在する場合は、使う意味がない」

「たとえば?」

「……虫や植物に寄生をされる場合。その時は、専用の治療薬が必要」


 虫は兎も角、植物にも寄生されるのか。流石は異世界、おっかねェ……。


「……あとは、呪いを受けている場合。呪詛は病気ではないから、効果は薄い」


 そんな風にも云っていたか。


 何にせよ、家出してきたエルフの子の場合とは違い、貴人のほうへは応じるつもりが無い、と云うのが、商会の出した結論だった。

 改めて、エイベルをしばらくはここに近づけないほうが良いとも。


 俺も、それには賛成だ。

 エイベルの技量が知られれば、体よく利用されるだけに決まっている。


 対応諸々は商会がやってくれるので、こちらは危険に近づけなければ、それで良い、と云うことにもなった。

 つまりは、静観だ。


「そうだ。これって聞いて良いのかどうか分かりませんが、薬草を求めてやって来た人の身元って、判明しているんですか?」

「無論、把握しています。第四王女の近衛魔術師でした」


 んん!? 第四王女? 

 困っているのって、村娘ちゃんなの?


「あの~……。足が痺れて泣きそうなんで、そろそろ助けて欲しいんですけどね~……」


 部屋の隅からはそんな声が聞こえてきたが、応じるものはいなかった。


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