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妹のいる生活  作者: むい
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第百三十二話 ハイエルフ・ミィスの憤慨


「あら? ミィス、忘れ物?」


 私が商会に着くと、いきなり同僚にそんなふうに云われてしまいました。


 憤懣やるかたない、とは、こういう時に使うべき言葉なんでしょうかね? 

 失礼な云い草もあったものです。


 私が否定すると、同僚は邪悪な笑い声を響かせました。


「まあ、そうよね。ミィスの性格なら、『明日出勤するんだから、忘れ物はその時に回収すればいいや』って考えるもんね。わざわざ取りに来るとか、そんな殊勝な心がけは遙か時空の彼方だものね」

「私が温厚なのを良いことに、云いたい放題ですね。全く、お里が知れますよ?」

「出身地、一緒だけどねー」


 しょうもない揚げ足取りです。

 しかし、私は愚者に付き合うことの無意味さを知っています。華麗にスルーを決めましょうか。


「それより、商会長か副会長は、まだいますかね?」

「そりゃ貴方よりも仕事熱心だからね、いるに決まっているでしょ。副会長は知らないけど、商会長は飛び込みのお客様の対応中。三階を使っているわよ?」

「三階ですか」


 二階と違って、三階の応接室は偉い人専用です。

 まあ、うちの商会長は基本的に飛び込みの来客はスルーしますからね。

 応対するなら、それは自動的にそれなりの相手になるのは当然なのですが。


「商会長に用事って、また叱られるようなことをやらかしたの? 会長も忙しいんだから、あまり迷惑を掛けちゃ駄目よ?」

「失敬な。いつもいつも私が叱られているようなことを云われるのは心外ですよ!」


 この子は私を何だと思っているんでしょうね? 

 まるでトラブルメーカーだとでも云いたげなセリフです。事実無根の悪口ですよ。


「……仕事上のミスならともかく、酒瓶を抱えたまま路上で眠っているところを発見されて保護されたハイエルフとか、前代未聞なんだけど?」

「あれは私の慈悲深さが招いた悲劇です。『ささ、もう一杯』。そう云われて断れるわけがないじゃないですか。優しい私は、付き合いがいいのです」

「ただ意地汚いだけじゃないのよ。貴方のお父様、頭を抱えていたわよ? 我が娘の存在が、ハイエルフの汚点になるんじゃないかって」

「……何で里にいる父が、そんなことを知っているんですか」

「そりゃ、こないだ里帰りした時に話したからね。貴方を見張っていて欲しい、そう頼まれてるのは、私だけじゃないわよ?」


 ああ、最悪です。

 私の美しいイメージが損なわれた形で里に広められてしまいました。


 悪質な報道機関じゃないんですから、事実を歪めて拡散するのは勘弁して貰いたいものです。

 私はこんなに可愛く美しいのに、何故か縁談が来ないのは、こうした妨害工作の被害に遭っているからです。


 虚報を広めた張本人は、まあそんなことより、などと事態を軽く見た発言をしています。

 信じられません。


「何か悪さしに戻って来たんでしょうけど、どうせ暇でしょ? 私、仕事残っているから、手伝って行きなさいよ?」

「バカも休み休み云って下さい。私は忙しいのです。焼酎ひと瓶用意できるなら、手伝ってあげても良いですよ」


 私はひらひらと手を振って階段に向かいます。


 そして三階。


 私は迷わずに応接室に向かいました。

 いえ、乱入なんて不作法なマネはしませんよ? 


 ただちょっと、聞き耳をたてるだけです。

 好奇心旺盛ですからね。ええ。


 中からは、ふたりの女性の声が聞こえました。

 片方は我らが悪の総帥・ショルシーナ商会長のものでしょうけれど、もう片方に憶えはありません。ご新規さんでしょうかね?


「……では、どうしても高祖様の紹介はして頂けないと?」

「当然です。貴方は、貴方の一存で、己の主君をよく知らぬ相手に差し出せますか?」


 高祖様? 高祖様ですか。

 誰だか知りませんが、来客者は高祖様の紹介を商会長に頼んでいるようでした。


 しかし、愚かですね。

 我々エルフにとって、高祖様は神聖にして不可侵。

 紹介しろと云われても、出来る訳がないじゃないですか。


 たぶん他種族のお客様なのでしょうけれども、そんなことも知らずに踏み込んでくるとは。


「そこを枉げて頼んでいます」

「では大陸中の長老たちに会って、推薦状を貰ってきて下さい。全ての長老が許可を出すならば、考えなくはないです」

「ハイエルフの長老なんて、会うだけでも困難です。更にそこから許可を得るなど――」

「高祖様に会うと云うことは、それだけの価値があります。出来ないのなら、諦めて下さい」


 商会長はピシャリと云い放ちます。

 うちの会長、高祖様の大ファンですからね。


 飛び込みでやって来て会わせろと云う話に応じることはないでしょうね。

 機嫌の悪さが声からにじみ出ていますよ。


「……さる御方の命が掛かっていると申し上げたはずです」

「その人物の命だけを特別扱いしろと云うことでしょうか? 当方を訪れると云うことは、八方手を尽くした後なのでしょう? つまり、その方の命の危機は、多数が知るところと云うことになりますね。それが急に助かったとなれば、出所は当然、知られ探られます。その混乱を完全に制御する手立てが、貴方様には、ある訳ですか」

「それは……」

「そもそも!」


 お客の言葉を、商会長が遮りました。


「奉天草など、最早この世のどこにも存在しません。我らハイエルフの里にすら無いものだと申し上げたはずです。高祖様に会わせるのも無理なら、既に滅んだ薬草をよこせと云うのもまた、無理な話です」


 成程。

 このお客は奉天草が目当てなのですか。


 そりゃ無理ですね。

 商会長の言葉通り、エルフの里にも無いものです。


 仮にあっても譲れるわけがありませんし、そもそも数が足りないでしょう。

 世界各国から、よこせよこせの大騒ぎになりますよ。


(見知らぬ客人、登るべき階梯を誤りましたね)


 高祖様に関する商会長へのアプローチは、直截では駄目なのです。

『絶対に会わせないぞ。高祖様を守ってみせるぞ』から始まってしまいますからね。


 うちのリーダー、根がお人好しなので、そこをつつけば上手く行くかもしれないのですが、まあ、それを教えてあげる気にはなりません。


 それに比べて、五歳児への土下座で全てを済ませた私の作戦の見事なこと。

 矢張り私は出来る女……。ふふふ。


(おっと、結局、物別れで終わって出て来ましたね……)


 私はコソコソと隠れてやり過ごします。

 客人は人間でしたが、あれはまだ諦めていない目ですね。後日、また来るんじゃないでしょうか。


 私は――どうしましょう? 

 報告しなければならないことはたくさんありますが、商会長は今、とても機嫌が悪いです。少し時間をおくべきでしょうかね。


「……ミィス、出て来なさい」

「はひょっ……!」


 隠れてたの、バレてますよ。

 警備部からも逃げおおせるこの私の存在に気付いているとは、流石格上……!


 私はすごすごと応接室に入ります。

 不機嫌モードの商会長に逆らっても、良いことは何もありません。


「ぐっどいぶに~ん……」

「どこが良い夜ですか……! どうせまた、面倒事を持ってきたのでしょう」


 誰も彼もが私を誤解しています。不当な評価とは、悲しいものです。

 裏切らないのは、お酒だけ……。帰ったら命の水になぐさめて貰いましょ。


「私は忙しいの! 話があるなら、さっさと聞かせてちょうだい」

「私の方が忙しいので、じゃあ、ちゃちゃっとお話ししますね」


 と云うわけでメガネマンに色々と説明します。

 顔が青くなったり赤くなったり、いちいちリアクションの大きい人ですね、うちの商会長は。

 しかしそれでも聞き終わるまでは余計な口を挟まないのは、流石と云えましょう。


「何をやっているんですか、貴方は……!」

「いひゃい、いひゃい、いひゃい、いひゃい……ッ!」


 説明が終わるなり、頬を左右に引っ張られてしまいました。

 明確なハラスメント行為です。とんでもないことですよ、これは。


「エイベル様やアルト様も巻き込むなんて! 許し難いことですよ!」

「いや、私の取った行動は最善手だと思うんですけどぉ! 『天秤』の高祖様の勢力に知られていたら、里ひとつ、本当に粛正沙汰になっていたと思いますよ?」

「なら、独断で動かない! 事後報告にする必要はないでしょう!」

「いひゃひゃはひゃはひゃ~~~~ッ!」


 暴力反対! 

 暴力反対ですよぉぉ~~!


「はぁあ……! またエイベル様に頭を下げに行かないと……! アルト様にもですね。全く、頭が痛い……」

「いやぁ。ぶっちゃけ、あの高祖様は、そーゆーの、あまり気にしてないと思いますよ?」

「そう云う問題ではありませんッ!」

「あぎゃぎゃぎゃぎゃ……ッ!」


 ベストな行動を取ったはずの私は、その後、何故か暴力付きのお説教をされてしまいました。

 そして心身共にぼろぼろになったまま帰ろうとした瞬間。


「あ、ミィス。ご飯買いに行ったついでに焼酎買ってきたから、約束通り、仕事手伝ってね」


 とか云われてしまいました。


 納得できませんよ、ぷんぷん!


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