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妹のいる生活  作者: むい
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第百三十話 エイベルと話そう


 外に出ていたエイベルが西の離れに戻って来たのは、23時近くだった。


 愛する妹様は既に夢の世界の住人だ。

 にやけ顔なので、きっと楽しい夢でも見ているのだろう。


 うちの先生は、ちゃんと気遣いが出来る子なので、音を立てることなく、こそこそと屋根裏部屋へ向かっていく。


 一瞬、こちらを伺う気配がしたけれど、あれは俺たちが安全かどうかも確認してくれているんだろうな。


(さて。行きますかい)


 妹様が目をさまさないように、そっと抜け出す。

 母さんを抱き枕にさせておけば、たぶん、大丈夫だ。起きないだろう。


 魅惑の空間へと続く階段からは、灯りが漏れている。

 どうやらすぐに寝るつもりは無いようだ。


 階段を上りきると、すぐにエイベルと目があった。

 俺がやって来たことに、気付いていたらしい。


「……アル、どうかした?」

「ああ、うん。えっと、おかえり」

「……ん。ただいま」

「そっちへ行っても、構わない?」

「……ん。来て?」


 ちょいちょいと手招きをしてくれるので、隣に座る。

 エイベルには何と云うか、綺麗な森の様な気配があるので、傍にいると落ち着くのだ。


 しかし、当のエイベル本人が、妙なことを云い出した。


「……アルとこうしていると、落ち着く。こんなにくたびれた気配が出ているのに」


 くたびれた気配ってなんだよ? 

 前世でもそんなこと、云われた事がないぞ?


 あ、いや。


 骸骨のように痩せこけた後輩に、「せんぱ~い、顔が青白いですよ~? 気配まで萎れてますー……」と云われたことならあるが。

 あいつ元気かなァ……。元気なわけ無いかァ……。俺のような末路になってなければ良いが。


「エイベル、疲れてる?」

「……特に問題はない」


 うん。

 やせ我慢の類ではなさそうだ。

 元職場の連中の云っていた「大丈夫」とは、まるで違う。瑞々しい生命力を感じる。


「……じっと見られるのは、恥ずかしい」

「あ、ごめん……」


 まじまじと注視していたら、目を伏せられてしまった。

 でも、距離は更に詰まって、肩がくっついた。


 ちょっと触れるだけで分かる、うちの先生の、か細さよ。

 思わず、ちゃんと食べてるかー? と訊きたくなってしまうくらいだ。

 まあ、エイベルがちゃんとしっかり食べる子なのは、日々の生活の中で知っていることだけれども。


 気を取り直したのか、恩師は再びこちらに視線を向けてきた。


「……何か話があるなら、聞く」


 おっと、バレバレだったか。こんな時間にやって来たら、そりゃあね。


(本当は、エイベルを余計なことに巻き込みたくないんだけどな……)


 そう思いながらも、俺は今日の来客者の話をするのだった。


※※※


「…………」


 俺が事情を説明する間、マイティーチャーは身じろぎもせずに聞いてくれていた。

 特に表情に変化はない。

 迷惑だとか、面倒だとかは考えていないのだろうか?


「ごめん、エイベル」

「……? どうして、アルが謝る?」

「その……エイベルに負担を掛けてしまうから」


 俺がそう云うと、エルフの先生は、ぐいと俺を引っ張った。

 不意打ちだったので体勢を崩し、そのまま、ぺったんなのに柔らかい胸元に頭を抱きしめられてしまう。


「……アルは私の身を案じてくれたし、見ず知らずのエルフの命も、考えてくれた。それは謝ることではない。誇って良い」

「迷惑じゃ、無いの?」

「……こういうことは、初めてではない」


 あ、そうか。

 そりゃあ、初めてなわけがないよな。


 命を救いたいのは、皆一緒だ。

 エイベルの長い人生では、何度も縋られたに違いない。


「……薬草は有限。無原則に救うことが出来ないのは、事実。けれど、アルの頼みならば聞いても良い」

「でもさ、奉天草は、貴重なんだろう?」

「……黒粉病なら、奉天草を使う必要はない。もっとランクの低い薬草でも、対応可能」

「えっ、そうなの? ならどうして、奉天草の名前が出るんだ?」

「……奉天草の別名は、万能薬の素。治療可能な病気が多い。だから名前が知られている。けれど薬師の本懐は、特別な薬草を用いなくても、病に対応出来ることだと私は思う。すぐに奉天草の名前が出ること自体が、未熟さの証明」


 かつてはエルフたちにも、黒粉病の治療薬の作り方が伝わっていたんだそうだ。

 しかし、黒粉病に罹ること自体が極めて稀であること。

 薬の生成には専門的知識と高度な技量が必要であること。

 この二点が技術の継承を妨げた。


 そして、とどめとばかりに『大崩壊』が起きる。

 その結果として、治療技術がほぼ遺失したらしい。


 ちなみに「奉天草を知っていることは珍しい」とミィスは云っていたが、エイベルによるとこれは逆で、あまりにも有名だったからこそ、幻精歴を最後に消滅したはずの植物なのに、現代でも知っているものたちがいるのだと云う。


「ああ、奉天草さえあれば!」


 何度も何度も、そんな嘆きがあった結果として、その名が語り継がれたのだと。

 なお、取り扱い方を知らなければ、薬草を手に入れても無駄な模様。


「……黒粉病の治療に使う薬草は、白月草と云うのが、かつての常識だった。そんなことすら忘れられているのは、エルフの怠慢」

「でも、治療方法は失われてしまったんだろう? それなら、仕方ないんじゃないの?」

「……ソリューの大森林にいるエルフの長老、ロキュスには、以前に、薬の作り方を伝えている。あれが死んだという話は聞いていない。だから遺失もしていないはず。弟子を取るように、とも云ってあったはず」


 あ、エイベルがちょっと不機嫌そうな感じになった。

 無表情のままだけど、何となく、それがわかる。


「……黒粉病の治療は、本来は伝わっているべき技術だし、白月草もエルフの薬草畑には、多少なりとも存在するはず。なら、私が薬を作って渡しても、問題は生じない」

「薬、すぐに作れるの?」

「……半日もあれば」


 ううむ……。思いの外、穏当に行きそうで安心したぞ。

 て云うか、ホウレンソウは大事とか、そう云う話になるのか、これ?


 何にせよ、エイベルと話せて良かったと云うべきか。

 うちの先生は、本当に頼もしいな。


「……家出したエルフの行方と動機がわかったのは、私も助かる」


 騒動の原因となった女の子は、エイベルも捜索を頼まれていたのだと云う。

 なので一応、問題解決の一助にはなったと云うべきか。それが結果オーライでしかないとしても。


「エイベル、ありがとう」

「……お礼を云うのは、こちらのほう。これは徹頭徹尾、エルフの問題。アルには本来、関係なかった。それに、確認せねばならないことも知ることが出来た」


 それは、治療技術の遺失のことか。それとも、弟子の育成ことかな? 

 どちらにせよ、根は一緒っぽいが。


 何にせよ、家出したエルフの家族が助かりそうで良かった。母親が大事って云うのは、俺もよくわかるつもりだからな。


「エイベル、改めてありがとう。それから、夜に邪魔してごめん」


 過労で倒れたことのある俺だ。くつろぎの時間を奪う側に回るわけにも行かない。

 早々に退散するとしよう……。


 そう思い、立ち上がろうとしたのだが――。


「…………っ」

「あの、エイベルさん?」


 寝間着をつままれてしまった。


「……アルは、もう、寝てしまうの?」

「え? あ、うん。そのつもりだったけど……」

「……眠い?」

「いや、今の話で、目は冴えてるよ」


 一応、事前に昼寝もしてある。

 話が長引くかもしれないから、夜更かしを想定して、フィーと一緒にお昼寝したのだ。

 妹様は、ただ単純に眠かっただけだろうけれども。


「……………………………………………………なら、少し、話がしたい」


 目を伏せて、そんなことを云う。

 無表情なのに、お耳がほんのりと赤い。

 これはアレだね。何か深刻な話じゃなくて、単なる雑談をご所望と云うことだよね?


(まあ、断る理由は無いわなァ……)


 俺は改めて恩師の傍に座る。

 すると、エイベルはほんのわずか、口元をゆるめた気がした。


「……お茶を入れる」


 まるで照れ隠しのように、始まりのエルフは立ち上がった。

 お湯の短剣は、こういう時にも役に立つのだ。エイベル用にも作っておいて良かったなァ。


 冬の夜は長い。

 心ゆくまで、エイベルと語り合うとしましょうか。



 エイベルはロキュスなる人物を「エルフの長老」と呼んでいますが、分類的には、ハイエルフです。

 同様に「エルフの薬草畑」もハイエルフの薬草畑を指します。

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