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妹のいる生活  作者: むい
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第百二十九話 ハイエルフ・ミィスの行動


 と云う訳で、土下座です、土下座。

 土下座ひとつで命が買えるならば、安いものです。


 しかし、ですね。

 何と云うか、彼、私のことを、ちょっぴり胡散臭いものでも見るかのような目をしているのですよ。

 これでも高貴なハイエルフなんですけどね。


 しかし驚きました。

 自分で話題を振っておいてなんだけれども、アルト少年、奉天草の存在を知っていたのですよ。


 かの植物の話は外に出すわけにはいきませんが、『頼んで貰う』べき彼に関しては例外です。

 そのつもりで名前を出してみたのですが、既知であったとは。


 これたぶん、高祖様経由で仕入れた知識ですよね? 

 だとすれば、寵愛著しい、では済まないレベルの気に入られ方です。


 この子のほうもこの子のほうで、一生懸命に高祖様を護ろうとしていますね。

 健気です。


「あー……っと、ミィスさん」

「はい」


 土下座モードのまま、しおらしい声を出します。

 美エルフとしての勘が告げています。

 彼には高飛車に出るよりも、徹底して下手に出るほうが、望みが通りやすいと。


「顔を上げてくれませんか」

「いえいえ。こちらはものを頼む立場です。それは出来ません」

「なんか企んでるんでしょ? 取り敢えず、話だけは聞きますので」


 バレテーラ。


 と云う訳で、私はピートロネラの母親が病気であること。

 その治療には、高祖様の薬が必要であること。

 それを正規ルートで頼むと、命を失う可能性があることを告げました。


 デボラの探している高祖様の加護うんぬんに関しては、今回はスルーです。

 彼か、その母親が候補の双璧でしょうけれども、流石にまだ、こんな子供に加護は与えないでしょう。

 あるとしても、もう何年か先だと思うので。


 もちろん、デボラにも、この子や高祖様の居場所はまだまだ内緒です。

 トロネのように差し詰まった状況であるなら兎も角、現時点では娘のアロリナが利用される可能性はあっても、命の危機とまでは判断出来ませんからね。

 高祖様の存在を触れ回るわけにもいきません。


「ふ~む……」


 アルト少年は子供らしからぬ表情で考え込みました。

 彼、なんと云うか、所々で幼さに違和感がにじみ出るんですよね。ぶっちゃけ、子供っぽくありません。

 妙に頭も良いですしね。子供の聡明さとは違う方向性の明晰さなような気がします。


(まあ、その辺を無理につついて、つむじを曲げられても困るので、余計なことは云いませんけど)


 考え込む少年のほっぺを、可愛らしい妹さんの掌が襲います。


 むにむにと触ったり、指でつついたり。或いは、頬を擦り付けたり。

 彼はその都度、妹さんが落っこちないように、手の配置を換えています。

 考え込んでいるのに、器用なことですね。


「ミィスさん。前提として訊きますが、俺が彼女に頼むことで、エイベルに迷惑はかかりませんか?」

「状況によるでしょうね。下賜する形を取ると、どうあれ不公平に見えてしまうでしょうから。なので、たとえば、『偶然、薬を持ったまま通りがかり、偶然、病人を治療した』、などの体裁を整える必要は生じるかも知れません。けれど、そちらは私の領分です。高祖様のお手を煩わせる事の無いように立ち回りたいとは思っています」

「つまり、今回、誰かを助けることで、今後もエイベルが貴重な薬草を使い続け、苦労し続ける状況にはしないで頂けると云うことですね?」


 ふむ。

 あくまでも高祖様を優先した考え方ですね。


 救えるものを救おうとし出すと際限がありませんから、これは正しい判断でしょう。

 と云うか、問われる前に、こちらから説明しておくべきことでしたね、その辺は。


『聖女』の紋章。


 かつて存在したそれは、持ち主に『癒しの奇跡』を与えると云われています。

 平たく云えば、強力な回復魔術ですね。


 この紋章の持ち主の中には、過労死した人もいると云う話です。

 次から次へと急患がやって来て、治癒をし続け、休もうとしても、


「人の命が掛かっているんだぞ! 見捨てるのか!」


 などと云われて不眠不休。

 ついには亡くなってしまったと云う悲劇もあったそうです。


 その辺を考えると、「等しく無慈悲であるべし」と云う『天秤』の高祖様の考えが正しいことが分かります。


 少なくとも、アルト少年の懸念を実現させるわけには、いかないでしょう。


(と云うか、まずそこに考えが至っているんですね。矢張り子供離れした思考力です)


 困っている人がいる。助けなきゃ! 

 と云うシンプルな正義感を持つ人物ではないと云うことですね、この子は。

 ドライなのか、優先順位をハッキリさせるタイプなのか。


「高祖様に迷惑を掛けないことは、重ねて約束させて頂きます。どうでしょうか? 高祖様に、頼んでは頂けませんか?」


 私がそう云うと、


「ちゃんとエイベルを護ってくれるなら、考えても良いです」


 彼は真っ直ぐにこちらを見つめて、そう云いました。


 ああ、本当にどこまでも――この子は、高祖様が大切なのですね。


※※※


 そして、私は帰路に就きました。


 しかし、アレですね。

 アルト少年の目線は、徹頭徹尾、高祖様にありましたね。


 なので私が約束を違えれば、彼を敵に回すことになるでしょう。

 なんとなくですが、それは大損に繋がるような気がします。

 そうなると困るので、しっかりと取り組むことにしましょうか。


「しかし、冷えますね~……」


 私は暑いのが嫌いですが、寒いのも嫌いです。

 なので、しっかりとコートを着ていますよ。


 私のものではない、トルディと云う名の魔術師に借りたコートを。

 私の身体には、ちょっと大きめです。ほんのちょっとだけですがね。


 借りたと云っても、ちゃんと自前のコートも持っています。

 商会はそれなりにお給料が良いので、衣服で困ることはありません。

 じゃあ何で他所様のコートを着ているのかと云いますと。


「見つけたぞ! ピートロネラッ!」


 はい。

 こういうことです。


 こちらの都合で高祖様を巻き込んでしまう訳ですから、余計な行動を取る可能性のある駒は排除しておかねばなりません。

 家出少女の安全を確保するという意味も、もちろん、ありますが。


 わざわざサイズの合わないコートを着て、人気(ひとけ)のない道を通った甲斐があったと云うものです。

 声を掛けられた場所は、明らかに周囲から見えにくい場所。


 そしてたぶん、音も周囲に漏れないよう、魔術を使っているはずです。

 どちらも、私にとっても、ありがたいんですけどね。


「抵抗はするな! 逃走もだ! 今度は手加減をせん。従わぬなら、痛い目を見るぞ!」

「いやぁ……。人間の魔術師に手玉に取られる程度の腕では、私を痛い目に遭わせるのは、ちょっと無理かと」

「貴様ァッ! この俺を侮辱するかァッ!」


 おおっと、怒らせてしまいましたか。くわばら、くわばら。

 煽るつもりは無かったんですけどね。


 でも、駄目駄目ですね。

 確かに私はフードを被っていて顔を見せてはいませんが、声が全然違うのに、別人だと気付いていませんよ? 

 追っ手側がこの為体(ていたらく)と云うのは、同じエルフとしてちょっと残念ですね~。


 私はフードを取ります。

 自慢の耳が外気に晒され、冬の冷たさを感じました。

 そろそろ耳袋を出す時期ですかね。


「……ッ! 誰だッ! 貴様はッ!?」

「焼酎ファンの、可愛いエルフです」


 私がVサインを見せると、男の人は怒り出しました。

 この様子では、こちらがハイエルフであることも分かっていないようです。


「ふざけるなッ! ピートロネラはどこだッ!?」

「彼女は、いつでも貴方の心の中にいます。目を閉じ、耳を傾けてみて下さい……」

「貴様ァああああああああああああああああああああッ!」


 だから煽っていませんよ? 

 場を和ませるジョークです。


 問答無用で雷撃を放つつもりのようです。

 短気なのはいけませんが、激高していても術式が乱れていないのは、流石エルフと云った所でしょうか。

 我々は優れた種族ですからね。ふふ。


「金属生成。避雷針」

「なッ……!?」


 はい。

 魔術も気も逸れましたね。


 その一瞬に距離を詰めて魔力を叩き込みます。

 すると、声もたてずにアッサリと気絶してくれました。


「駄目ですよ~? 単なるエルフでは、我々ハイエルフには勝てないって、知っているでしょう?」


 エルフの集落で暮らしていたなら、それは常識として教わるはずです。

 まあ、彼は私が上位種であると気付いてなかったっぽいんですけどね。


「あああ、いつもなら、飲みに行く時間なのに……」


 今日は、この人を運ばないといけません。

 貴重な夜が……。


 私は仕舞っておいた麻袋を広げると、未熟なエルフの魔術師を包装し、担ぎ上げて歩き出しました。


 全くもって、忙しい!


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