第百二十八話 ハイエルフ・ミィスの事情
こんにちは、可愛いハイエルフのミィスです。
今日は偉大なる高祖、ラミエル様の血を継ぐ私が五歳児に土下座をしている理由を説明させて頂こうかと思います。
まあ、頭を下げるのは、慣れています。
やらかしても、これひとつで、商会長はイチコロですので。
……副会長には、通じませんがね。
事の起こりは、家出娘の情報を求めて、飲み屋へ出かけた時になるのでしょうか。
王都有数の大衆酒場『バッカルー』のお座敷で、飲み会?
いいえ、女子会がありました。
集まったのは、私を入れて四名。
初見の子がふたり。顔見知りは、不良僧侶のデボラだけでしたね。ええ。
残るふたりは、デボラの友人でヒト族の魔術師と、そして、まだ年若いエルフの女の子でした。
人間族の魔術師のほうは何でデボラと友達をやっているのか不思議になるくらい、生真面目な女の子でしたよ。
飲み屋で待ち合わせたにもかかわらず、当然のようにアルコール抜きを選択していましたね。
信じがたいことです。酒なくして、何の人生かと思うんですがね。
そして、問題はもうひとりのエルフです。
何とこの子、騒動の原因である、家出エルフでした。
思わず、「いやー、探しましたよー」、とか云いそうになりましたね。探してませんでしたけど。
責任感の強い商会長あたりは、業務終了後に律儀に探し回っているのだろうと想像すると、涙が出ますね。まあ、涙の代わりに、私は酒を飲み干しますがね。
で、情報のすりあわせです。
前提条件として、ここで話すことは誰にも内緒。
私も、この家出娘ちゃんとは出会っていないことになりました。
商会員の立場としてならば、確保しないわけにも行きませんからね。
妥当な落としどころでしょう。
いや、本当に残念です。商会の皆には、いち早く教えてあげたいんですが、信義を優先するのは当然のことですからね、ええ。
あー、残念残念。
「ミィス、アンタ面倒事が避けられて、喜んでるでしょ」
などとデボラは的外れな云い掛かりを付けてきます。
そんなわけ無いでしょうに。私は誇り高く、責任感が強いのですから!
ただ、私がここに来たのは、正しいことではあるのでしょう。
デボラは友人で、生真面目そうな魔術師は口が堅そうではありました。
しかし、です。このふたりは、どこまで行っても人間です。
エルフには、エルフの掟があります。
他者に口外できないことがあります。
家出少女にそれを聞けるのは、ハイエルフである私だけなのですからね。
私は、彼女――ピートロネラ……長いのでトロネで良いですね。
トロネが王都に出て来てからの話を聞きました。
そして、事の発端である、家出の原因も。
消音の魔術を使い、人間族のふたりには一旦、席を外して貰い、その上で、彼女に理由を訊きました。
私よりもちょっとだけ背の高いエルフは、ええ、ちょっとだけですよ? こう云いました。
「私、お母さんの病気を治すために、奉天草を譲って貰いに来たの! ……です」
「奉天草、ですか。それは大問題ですね……」
幻精歴に滅んだ伝説の――いえ、神代の植物なので、伝説以上ですね。
神話上の薬草。
確かにそれの存在を人間に匂わすのは、禁忌の領域となるでしょう。
トロネはトルディにとても懐いていましたが、その彼女にも、奉天草のことは云っていないようでした。
(それは正しい判断でしたね。下手に広めれば、最悪の場合、巻き込まれただけの人間の魔術師も、『天秤』の高祖様によって粛正されかねませんからね……)
あちらの高祖様は極めて厳格です。
欲深い人間たちに争いの火種となる――それもエルフを巻き込んだ――話をバラ撒くなど、許されることではありませんから。
重要なことは、もうひとつあります。
「トロネ、貴方は『覚悟』してやって来たのですか?」
「うん! じゃなくて、はい。そのつもり、です」
高祖様と云うのは、とんでもない力を持ちます。
神代から生きているだけあって、所持するアイテムも破格のものばかりです。
謂わば存在そのものが、世の在り方の均衡を崩しかねません。
幸い存命されているお二方は、共に世に混乱を巻き起こすことを良しとせず、自重されています。
まあ、この辺は何度かあった『大崩壊』を実際に経験しているが故なんだろうと勝手に思っているんですけどね。
なので、エルフの間では、高祖様に対する『直訴』は禁止されています。
他のエルフが出来るようなことを頼むのはOKですが――と云っても、そんな度胸があるものは少ないんですが――世界のバランスを崩しかねないお願いは、固く禁じられているのです。
だからおそらく、『直訴』の成否を問わず、トロネは処刑されるでしょう。
それを分かっていて、大っぴらに家出をしたようですね。
家族は関係ない、自分ひとりでやったことだと云う体裁を整えるために。
(私以外のハイエルフだったら、即刻彼女を捕らえて護送するか、閉じ込めるでしょうね)
『直訴』する前ならば、それは単なる『家出』で済みますからね。
「トロネ。貴方のお母さんは、どのような病気なのですか? 高祖様の薬草が本当に必要なものなんですか?」
「はい。お母さんは、黒粉病ですから」
「死病ですね」
確かにそのレベルの病なら、高祖様の薬がなければ、助かることはないでしょう。
ただ黒粉病ともなると、仮に奉天草を手に入れても、それを薬に変える技術がなければ、どうにもなりませんね。
しかし神代の植物を取り扱える薬師など、ハイエルフにもいないでしょう。
トロネは二重の意味で高祖様が必要になるのですね。
「……仮に母親を助けられても、貴方は死にますよ?」
「私、お母さんが大好きなんです」
彼女はそう云って微笑みました。
迷いなど、初めから無いかのようでした。
温かい家庭で生まれ育ったんでしょうね、彼女。
しかし、です。
このエルフの少女にとっては命を掛けたお願いでも、他者にとっては抜け駆けに過ぎません。
神代の薬があれば助かった命。高祖様の秘薬があれば救えた家族。
そんなものは、過去に何人もいたでしょう。
けれども、皆がそれを見送った。
その領域に、ピートロネラは手を伸ばそうとしているわけです。
だからこのままでは、間違いなく彼女は処断されるでしょうね。
「上に立つものは、平等に無慈悲でなければならない」
『天秤』の高祖様のお言葉です。
きっと、それは正しい。
トロネが処罰を受けることが、秩序と調和になるのでしょう……。
(生憎、私は『上に立つもの』ではありませんからね。何か出来ることを考えてみるとしましょうか)
思えば、私も浅はかでした。
これってつまり、私自身が、『天秤』の高祖様に刃向かうようなものですからね。
いやはや、しかし、軽い気持ちでやって来た女子会は、大変でした。
ピートロネラのことだけでも、既に飽和案件です。
なのにあの悪徳僧侶は、『加護を与えることの出来るエルフの行方』を探しているんだそうですよ。
そんなことが出来るのって、両高祖様以外にいないじゃないですか。やだー。
『天秤』の高祖様は、誰かを依怙贔屓して加護を与えるようなことはしないでしょう。
となると可能性は『もうひとり』ですが、あの高祖様も他者にはあまり関心は抱きませんし、何より人間嫌いの御仁です。
普通なら、「どっちも加護を与える事なんてしませんよ」と結論付けるのですが、『あの』高祖様は、ある一家族とだけは、親しくしているようです。
たまに商会で見かける母子家庭。
あの子たちといる時は、無表情なのに、何故か幸せそうな高祖様です。
トロネが命を掛けて母親を救おうとしているように、高祖様にとって、あの家族がかけがえのないものだとするならば、加護を与える可能性は、きっとゼロではないのでしょう。
そして、加護を与える程のお気に入りならば、或いは、『トロネの代わりに薬を頼む』ことが出来るのではないかと思いました。
それはきっと、抜け道。
エルフ『以外』と云う、ひとつの手段。
アルト・クレーンプット。
トロネと、その母親。
そしてついでに私の身の安全を守る手段――いえ、可能性として、あの高祖様のお気に入りと、話をしてみなければなりません。
そうして私は、ちいさな少年のもとへと、赴いたのです。




