第十二話 ショルシーナ商会
と云う訳で商業地区にやって来たのだ。
王都の商業地区は本当に華やかで派手だ。そして、広い。
「にーた! ひといっぱい! にーたすき! ふぃー、にーただいすき!」
妹様もご機嫌な様子。
対してエイベルはあまり人混みが好きではないようだ。いつもよりも帽子を深く被っている。
「……人間はジロジロ見るから」
「仕方ないよ。エイベルは可愛いんだから」
「……ッ!」
我が師は黙り込んで俯いてしまったが、視線を受けるのはどうしようもないと思う。
エイベルの美しさは尋常なレベルではない。もううちに来て何年にもなるのに、未だに男女問わず使用人は彼女に見惚れる時がある。
その辺は美人に産まれた代償だと諦めて貰うより他にない。
将来、フィーもそうなるだろう。しかしフィーをジロジロ見ることは許すつもりはないけどね。
「それで、エイベル、どこに行くのさ?」
「……こっち」
師匠がギュッと手を握って引っ張る。
触られるのが嫌いなはずの美人エルフは、なんだかんだと俺にはよく触れてくる。
エイベルが俺の手を引き、俺がフィーの手を引く。
数珠つなぎになって商業地区を歩いた。
「おー……」
辿り着いた先は三階建ての大店だった。
ショルシーナ商会、と書かれた看板が出ている。
「にーた! おっきい! ふぃーおっきいのすき! にーただいすき!」
「そうかー。フィーはおっきいのが好きなんだね」
バカな遣り取りをする俺たち兄妹を引っ張って、エイベルは中に入る。そして迷うことなく高級会員専用口に歩みを進める。
「いらっしゃいませ。本日はどの様な御用向きでしょうか?」
紳士然としたスーツ姿の男が優美な動作で礼をした。
「……ショルシーナに会いに来た」
「商会長に、ですか。失礼ですが、アポイントの方は……?」
「……ない。けれどショルシーナには、いつでも来て良いと云われている」
「では、それを証明できる文書などはお持ちですか?」
男の表情が胡散臭い物を見るようなものに変わるが、これはエイベルが悪いだろう。人付き合い下手なんだなぁ、うちの師匠。
エイベルはムッとしたような無表情(訳わからん表現だね)で一粒の種を取り出す。
「なんです、これは?」
男の顔がいよいよ不快さを隠さなくなった。それはそうだろう、文書を出せと云ったのに、妙な種を見せられたのだから。
「……これは『私たち』の証。この種の意味が分からないなら、分かる人を呼んで欲しい」
「新種の野菜の売り込みですか? でしたら一般窓口のほうに――」
男の言葉が遮られた。
ドゴン、と云う強烈な音と共に男が吹き飛んで、壁に叩き付けられた。それが魔力によるものだと理解したと同時に、奥から小走りで駆けてくる者がある。
「も、もももも、申し訳ございません!」
それは美しいエルフの少女だった。飛んで行った男と同じ高級なスーツ姿をしている。どうやら彼女が男を吹き飛ばしたらしい。
彼女は人目も憚らず、その場でエイベルに土下座した。
「高祖様に無礼を働いたばかりか、一族の至宝まで侮辱してしまいました! この上はどのような罰も甘んじて受ける所存です! なんなりとお申し付け下さいッ!」
「……貴方に罰を与える意味はない。それよりも、ショルシーナに会わせてほしい」
「は、はい! 寛大なお言葉! 感謝致します。どうぞこちらへ!」
ぺこぺこと何度も頭を下げながら、エルフの女性はエイベルを高級応接室へと案内した。周囲の目が痛いなぁ……。
※※※
そして応接室。
お茶が出されるよりも早くやって来た一人のエルフが、エイベルに土下座している。
「大変申し訳ございませんでした!」
「……ショルシーナ、良いから顔を上げて。話が進まない」
「それは出来ません! うちの職員がエイベル様に無礼を働いたのです、とても許されることでは――」
「……私は顔を上げてと云っている」
「ひぃッ! は、はい!」
うって変わって直立する一人の女性。
この人が商会長のショルシーナと云う人なんだろうが、一応確認させて貰う。
「エイベル、この人は?」
「貴方! 人間の分際でエイベル様を呼び捨てなどと――」
「……黙って。ショルシーナ、これ以上、私の機嫌を損ねないで」
「ひゃいッ! も、申し訳ありません!」
完全に涙目になっているが、元はキリッとした女性なのだろう。赤いフレームの眼鏡を掛けて、生真面目そうな外見の美人。
エルフ族の女性は人間の感覚で云う十代で老化が止まるため、やり手のキャリアウーマンだろうに高校生くらいの委員長っぽく見える。
「……アル。この娘はショルシーナ。見ての通り、エルフ」
「ハイエルフです、エイベル様! アーチエルフたる貴方様程に高貴な生まれではありませんが、それでも単なるエルフと比べられては――」
「……それは無意味な区分だと云ったはず」
「も、申し訳ありません!」
謝ってばかりだな、この人。多分、プライドが高いのだろう。
「失礼致します」
その時、柔らかい声と柔らかい外見のエルフがお茶を持って入ってきた。中学三年生くらいに見える美少女だ。
「……ヘンリエッテ、久しぶり」
「はい、高祖様。ご無沙汰しております」
ヘンリエッテと呼ばれた女性が皆にお茶を配る。俺の前に置く際に「熱いから気を付けてね」と云ってくれたのが好印象。フィーには果汁の入った水を出してくれている。気配りが出来る人なのだろう。
色々あったが、やっとふたりを紹介して貰えた。
「……眼鏡のほうが商会長のショルシーナ。お茶を持ってきてくれたのが、副会長のヘンリエッテ。で、この子たちは兄妹のアルとフィー。私の大切な人たちだから、気に留めておいて貰えると嬉しい」
「は、はい、それは勿論です!」
「ふふふ、よろしくね」
会長と副会長の態度が全然違うな。ショルシーナはエイベルに向けた返事で、ヘンリエッテは俺たちに向けた返事だ。
「アルト・クレーンプットです。よろしくお願いします」
「ふぃーはふぃー! ふぃーはにーただいすき!」
笑顔で手を振るマイシスター。やはり可愛い。
あまりにも可愛いので膝の上に座らせた。
「きゃん! にーたすき! ふぃー、にーただいすきッ!」
喜んでくれたようだ。四歳の身体には、ちと重いが。
「仲良いのね。羨ましいなぁ」
ヘンリエッテが微笑ましく俺たちを見ている。
そうだろう、そうだろう。羨ましかろう。うちの妹は可愛いからな!
「私、ずっとお兄ちゃんが欲しかったのよね」
フィーを羨んでいただけだったか。
「めー! にーたは、ふぃーの!」
フィーは俺を取られまいと抱きついてくるが、ヘンリエッテはくすくすと笑っている。そりゃそうだ。兄が欲しかったのであって、俺が欲しい訳ではないからな。
「で、ここはどういう商会なの?」
流れをぶった切って質問してみると、ヘンリエッテが教えてくれた。
ショルシーナ商会は元は同胞であるエルフを助ける為に作られた集まりだった。
ある時、国中に病気が流行して薬が必要になったが、人間がその殆ど全てを買い占めたためにエルフにも多数の死者が出た。
人とエルフ、その生死を分けたのは、金だ。それまでエルフは人間の欲深さを軽蔑し、あまり金稼ぎに熱心ではなかった。けれど金がなければこの先、同じ悲劇が繰り返されるかもしれない。
それを防ぐために、エルフの中で商才のありそうな者達を中心に組合を組織して金稼ぎを始めた。それがこのショルシーナ商会である。
苦労の甲斐あってか、今では王都有数の大商会となったらしい。
ちなみにショルシーナがハイエルフと云うエルフの上位種であることに誇りを持っているのは、「エルフなのに人間みたいに金稼ぎをするなんて」と云う心ない軽蔑を同胞に向けられることが多いからなんだそうだ。
上位種だって、率先してやるべき重要な仕事なんだぞ、と身をもって示しているのだと。
これは自分だけではなく、商会のみんなを侮辱から守る為の措置なんだそうで、「あまり悪く思わないであげてね」とヘンリエッテが小声で俺にお願いしてきた。
いちいち配慮の出来る人だ。なので、こっそりこの人は俺のお気に入りになった。
で、この商会の取扱品だが、奴隷以外はなんでも買うし、何でも売るそうだ。
まあ、確かに運営能力があるなら手広くやった方が有利な場面も多い。リスクの分散にもなるし。
エイベルが俺をここに連れてきてくれたのは、つまりは『何でも取り扱う』から。
将来俺がどんな魔道具を作っても、出来映え次第で買い取ってくれるからだそうだ。もちろん、しょうもないものなら買い取り拒否になると釘を刺されたが。
「エイベル様のお作りになるポーションなども、おろしていただけると助かるのですが」
「……私の薬は商品にしない方が良い」
「高祖様のお薬だと、入手を巡って争いの火種になっちゃいますからね」
さらりと重要そうな会話しているエルフ三人娘。
「……そんなことより、アルとフィーにカードを作ってあげて欲しい」
ショルシーナ商会にはメンバーズカードがあって、売買の折りに使用する。
その他、上位のゴールドカードだと、銀行のように金も預かってくれるらしい。当然、利子は付かないが。
それでもこれは大変に有用だ。なにしろ、俺やフィーはいつまでもあの家にいられる保証はない。急に出て行けと云われる可能性もあるし、緊急脱出する必要も生じるかもしれない。そんな時、家に金を置いていては捨てていくしかなくなるが、商会預かりなら、その心配もなくなるからだ。
(エイベルは俺たちのことを、本当に考えていてくれているんだなァ……)
優しい恩師に視線を向けると、
「……?」
可愛く小首を傾げられてしまった。
まあいい、いずれこの恩は自慢の耳に返すことにしよう……。




