第百二十七話 反応に困る
「はろはろ~」
フィーを抱きかかえたまま客間に入ると、もの凄くゆるい声が聞こえてきた。
エイベル並みにちんまいエルフが、足を崩した格好で座っている。
まるでここが自宅だとでも云わんばかりの気楽さだ。
どこか人を食ったような気配のあるエルフだった。
その表情を見て、俺は彼女を思い出す。
(ああっ、この人か!)
確かショルシーナ商会長に、「あれは優秀だけど、すぐサボる」と愚痴をこぼされていた人だ。
そういう駄目なエルフもいるんだなぁと変に感心したのを覚えている。
ちなみにフィーは俺の腕の中から降りようとしない。
お客さんが来てるからと床に立たせようとしたら、「や!」と一言で済まされてしまった。
なので、諦めてだっこを続行。
お客が来ているのに、また、ふて寝されたら困ってしまうからね。仕方ないね。
(向こうも俺が妹様をだっこしているのを気にしていないようだ)
まあ、あちらもあちらで俺のことは知っているだろうしな。
商会に行く時も、だいたいマイエンジェルをだっこしたり、手をつないでいるからなァ……。
正面に座って、俺も挨拶。膝の上に座るフィーは、お客を見てもいない。
「ふへへ……っ!」とか笑いながら、俺の顔だけを見て、にやけている。
ミィスと名乗ったハイエルフは、俺が名乗り返すと、「知ってますよー」と身もフタもないことを云った。
「あの高祖様のお気に入りで、最近は副会長とも仲が良いんでしょう? 凄いことですよ、エルフ的には」
「はぁ……」
そりゃあそうなんだろうが、エイベルもヘンリエッテさんも普段は『静』の側の人物なので、イマイチ実感が湧かない。
力を誇示したり権威を重んじるタイプではないのも、それに拍車を掛けているのだと思う。
「そうは見えないかも知れないけどね、あのふたり、ものすご~~く、強いんですよ」
それも知っている。
ヘンリエッテさんの『実戦』は見たことがないが、エイベル基準で魔術の扱いが上手と云う評価なのだから、それだけで強さの片鱗が分かろうと云うものだ。
うちの先生の戦闘能力に関しては、論を待たない。
逆に、この人は知っているのだろうか。
エイベルが魂命術をはじめとした強力な魔術を所持することを。
魔力の塊をビリヤードのように操って、自在に命中させる技術があることを。
「それで、貴方は一体全体、俺に何の用があって来たんですか? まさか恩師に代わって戦の道や魔術の深遠を説きに来た訳でも無いのでしょう?」
「はははは。私は説法は苦手だし、説教は嫌いなんでね。ちょっと確認したいと思ったんですよ、アルト・クレーンプットくん。キミが高祖様と、どこまで親しいのかを」
「見ず知らずの人よりは、そりゃ親しいでしょうね」
ゲームのように好感度メーターが付いてる訳でも無し。そんなこと、答えられるわけがない。
だから、こう云っておくより他にない。
これがフィーの『にーた好き好き度』だったら、カンストしている、と、胸を張って答えることが出来るのだが。
膝の上に座り、俺の背中にしっかりと腕を回してしがみついている妹様は、目線を落とすと、
「ふぃーとにーた、めがあった! きゅきゅーーーーーーーーーーんっ!」
とか叫んでいる。
もう完全に機嫌が直っているようだ。ふて寝モードは微塵も感じられない。
「質問の仕方が悪かったですね。じゃあ、こう問いましょうか。高祖様は、キミが何かをお願いすれば、それを叶えてくれるのかな?」
「内容によるとしか」
取り敢えず、『耳を触らせて欲しい』と『屋根裏部屋を譲ってくれ』は望みがない。
俺は甘いものがそう好きではないので、問うことがないが、『そのお菓子、美味しそうだね、譲ってくれよ』も、たぶん、駄目だと思う。
甘いの大好きだからな、うちの先生。
ただ、他人に触られることが苦手なマイティーチャーだが、『膝枕して欲しい』とか、『頭を撫でて欲しい』とかは、いけそうな気がする。頼んだことは、無いけれども。
ハグはどうかな?
恥ずかしがりそうだが、ふたりきりなら可能かもしれない。
「……物品はどう? キミが頼めば、譲って貰えると思いますか?」
「それも、物によるでしょう」
エイベルが直々に『宝物』と宣言したジオの剣とか、『一族の証』である種とかは、きっと無理だ。ねだるつもりもないけれど。
異次元箱やエアバイクのような貴重品も駄目だろう。
後、俺が彼女に渡した『貝のペンダント』。
あれも光栄なことに、うちの先生に、秘蔵の品にすると云って貰えたので、手放す気はないと思う。
普段使いしている筆記用具とかなら、まあ、いけるかもしれない。
「えっとですね、ミィスさん」
「うん?」
「俺はエイベルがとても大事です。それに、いっぱい感謝しています。なので、出来るだけ無茶は云いたくないし、困らせることもしたくない。だから誰かに頼まれて、代わりに所持品をねだる様なマネはしないと、先に云っておきますよ?」
「成程、成程~」
ちっちゃいエルフは、満足そうに笑う。
「聡いね。キミ、ホントに五歳ですか?」
「一応は、そういうことになっていますが」
俺がそう云うと、ハイエルフは、うんうんと頷いた。
「高祖様の鷹揚さに甘えて、好き放題するつもりは無い、と云うことですよねー?」
「エイベルが寛容な分、余計に自己を律することが必要でしょう。そこは、寧ろ、甘えてはいけない部分かと」
「そう云うキミだから、おねだりをすればきっと、高祖様は叶えてくれるのでしょうね」
「しませんよ。エイベルに頼みがあるなら、ご自分でどうぞ」
と云うか、本当にそんなしょうもない理由で俺に会いに来たのだろうか?
もしもそうなら、丁重にお帰り頂くしかないのだが。
横着な雰囲気のある来訪者は、それでも不敵に笑っている。
まあ、今の遣り取りは彼女の面会目的じゃなくて、俺の何かを計っていると云う可能性もあるから、そこは先に確認しておくべきなのだろうな。
「……それで、俺に何の用があるんですか? まず、それを聞かせて下さい」
「ああ、はい。そこですね。ちょっとキミに、家出娘の話を聞いて貰おうかと思って、やって来たんですよ」
「はい? 家出人、ですか?」
さっぱり意味が分からない。
どこかご近所さんで、誰それが家出したとか失踪したとか、そんな話を聞いた憶えはない。
仮にそういう事件があったとしても、平民の五歳児たる俺には関係がないし、どうにも出来ない話だと思うのだが。
「……ところでキミは、奉天草――と云う薬草を知っていますか?」
「名前くらいは」
また随分と話がカッ飛んだな。
家出娘の話は、どこへ行ったのやら。
しかし、ちいさなハイエルフは、こちらの困惑など気にせず続ける。
「知っているんですか。それは凄いですね。専門家でも知らないこともあるくらいの植物なんですが。では、その薬草が貴重なことも?」
「貴重というか、今はもうないって聞きましたけど」
「そうですね。大昔に絶滅したと云う話で、事実、もう手に入りません」
何だろうね、この人は。
エイベルが『それ』を持っていることを知っているのか。
それとも、可能性を探っているだけなのか。
「高祖様が、奉天草を持っていると云ったら、キミは信じますか?」
「俺が信じようと信じまいと、あるならあるんでしょうし、ないなら、ないんでしょう。意味のある質問とは思えませんが」
突き放すように云う。
俺の失言でエイベルに迷惑を掛けたくはない。
あの手の薬草は、絶対に外に出したら、いけないものだ。
すると、ミィスと名乗るエルフは、ニッコリと笑った。
「ああ――安心しました。キミは心の底から、高祖様を護ろうとしている」
そんな感想も、どうでもいいことだ。
問題なのは、この人がエイベルに不利益をもたらすつもりなのかどうか。
ちいさなハイエルフは、突如として居住まいを正す。
先程までとは打って変わって、神妙な面持ちだった。
「改めて、貴方に協力をお願いします。どうか、あるエルフの命を、救って欲しい」
「――!?」
何もかもが、わからない。意図が読めずに、困惑する。
しかし、ある種の真剣さは十二分に伝わってくる。
(どう反応すりゃ良いんだ、一体……)
俺は呆然としたまま、地に額を付けるハイエルフを見つめていた。




