表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妹のいる生活  作者: むい
123/757

第百二十一話 母さん、風邪を引く


「くちゅんっ!」


 西の離れの二階に、可愛らしいくしゃみが響く。


 出所はマイマザー。

 現在の状態は風邪。

 効果音を付けるとしたら、さしづめ、どよ~ん、だろうか。


「うううぅぅ~~。寒いわ~。怠いわ~。ツラいわ~。くちゅんっ!」


 まあ、喋る余裕くらいはあるようなので、そこは一安心。

 今現在、母さんがいるのは二階の客間。フィーの誕生日を祝った部屋だ。

 ここは普段は使用しないので、母さんは自分の病室に指定した。


「アルちゃん、今のお母さんに近づいちゃ駄目よ~? うつっちゃうから。ううぅぅ~~。自分で云っていて、悲しいセリフ……。愛する息子に近づけないなんてぇ~」


 つまりは、俺やフィーを気遣っての移転であるらしい。

 まあ確かに、俺は兎も角、マイシスターを危険にさらすわけにもいかない。心情的には、看病してあげたいのだが。


「大丈夫ですよ、アルトきゅん! お義母様のお世話は、このミアお姉ちゃんにお任せですー!」


 うん。『お義母様』ってのは何かな? 

 あと世話をしてくれるのはありがたいけど、風邪をうつされて、自分が話のオチにならないようにな。


「はぁぁ……。アルちゃんを抱きしめたい。フィーちゃんをなでなでしたい。エイベルに頬ずりしたいわ~……!」


 日課だもんなァ、それ。

 最近はエイベルも抵抗を諦めた感がある。

 虚ろな目をして、されるがままになっている姿を、よく見かける。


 くちゅん、くちゅん、ずず~。


 病室となった客間からは、そんな音が響き続ける。


「にーた、にーた。おかーさん、ぐあいわるい?」


 俺と一緒に廊下から室内を覗き込んでいた妹様が、くいくいと袖を引く。


 当家の天使様は元気いっぱいで身体も丈夫だ。

 幸いなことに、今まで一度も風邪を引いたことがない。


 俺のほうは三歳の時に一度寝込んだことがあるくらいだ。

 あの時の俺は、エイベルの煎じた薬を飲ませて貰って回復したものだ。


 放置路線であるクレーンプット家には、薬なんか置いていない。

 ……いや、一般庶民の家もそうだな。

 常備薬があると云うのは地球の常識だ。その辺、気を付けねばいけないのかもしれない。


 俺は妹様の頭を撫でる。


「フィーは健康で良かったよ」

「ふぃー、にーたといれば、いつでもげんき! にーたが、ふぃーのかつりょく! ふぃー、にーたがすきッ! だっこ!」


 活力とか意味知っているのかな? 

 まあ、無邪気に抱きついてくるんだから、本能で理解しているのだろう。


「ほら、フィー。だっこだぞ~?」

「ふへへ……ッ! ふぃー、にーたのだっこすきッ! だきごこちすきッ! なでて!」


 しがみついてきたマイシスターを抱き上げて頭を撫でていると、廊下の向こうからエイベル先生がやってきた。

 手には小瓶を持っている。


「……アル、リュシカは中にいる?」

「うん。……あのさ、エイベル。その中身って、アレだよね?」

「……ん。アルが風邪を引いた時に作った薬」


 エイベル謹製のポーションの効果は凄まじい。

 俺の病気も、あっという間に治ったのを憶えている。


 しかし、あれは不味い。

 とてつもなく不味い。

 たぶん、フィーに飲ませたら泣くと思う。


 母さんは大丈夫なのかな? そう思いながら様子を見ると……。


「ひ、ひィッ……! エイベル、それは、まさか~……ッ!」


 普通に怯えていた。

 あの様子だと、飲んだ経験があるのだろうな。


「……ん。風邪は早期に治すに限る。暴れてはいけない」


 いつもとは逆の光景だ。

 いやがる母さんに、エイベルがにじり寄っているじゃあないか。


「あ、アルちゃん! ママをたすけてッ!」

「……アル。リュシカを押さえる。手を貸して」


 うん。

 俺がどちらに加勢するかなんて、説明するまでもないことだよね。


「へっへっへっへっへ……! 奥さァァァん。覚悟して貰いやすぜェェェ?」

「……ん。無駄な抵抗はやめる。リュシカの為にならない」


「い、いやぁああっ! たすけてー!」


 くくっ! 騒いでも無駄だ! 

 俺は手をわきわきしながらマザーに近づいた。


「ふぃーも! ふぃーも、にーたてつだう! ふぃー、おかーさんとりおさえる! ふぃー、にーたのやくにたちたい! ふぃー、にーたがすき!」

「んー? そうかー。フィーは優しいなぁ。でも風邪がうつると困るから、母さんを押さえるのは、なしの方向で頼む」


 風邪は空気感染をするのであまり意味がないかもしれないが、飛沫感染と接触感染もするから、近づかせないのは全くの無駄ではないだろう。

「危ないから部屋から出てな」と云っても、きっと納得せずに泣いてしまうだろうからな。


「じゃあ、ふぃーは、にーたにだきつく! にーたに、げんきわけてあげる!」


 云うが早いか、コアラのように俺の背中に引っ付く妹様。これならまだ良いか。

 しかし、姫。落っこちないで下されよ?


「ふへへ……! にーたのせなか、あったかい……! フィーのこころがぽかぽかする……!」

「フィーも温かいぞー?」


 あとついでに、柔らかい。

 柔らかいと云えば、現在、絶賛取り押さえ中のマイマザーのナイスバディも、凄く柔らかい。

 正面から押さえているので、抱きつくような形になっている。


「アルちゃん、駄目よ……! 私には、夫が……! くちゅん!」


 最早抵抗を諦め、ネタに走ることにしたらしい。

 まあ、治療行為だと分かっているのだろうし、あのクソ不味い薬を飲んだことがあるのなら、効果覿面なのは、知っているのだろうしな。


「……ん。リュシカ、飲む」

「はーい。あーん」


 幼い甘えん坊のように口を開いて催促。

 エイベルはそこに容赦なく身体に良い毒液を流し込んでいく。


 てか、相変わらず凄い臭いだ。目と鼻がピリピリする。

 こんなの不意打ちで飲まされたら、リバース一直線だろうな。


「うっぐぐ……! ぐげ……ッ!」


 母さんから、凄まじい声があがる。

 これまでに聞いたことないぞ、こんな酷い呻き声。

 だがまあ、気持ちは痛い程によく分かるよ。うん。


「……しっかりと飲んで。戻すことは許されない」


 親友の口を塞ぎに掛かるマイティーチャー。

 押さえつけた母さんの身体が、ビクンビクンと痙攣している。

 側で見ている呑気もののミアですら、その顔を引きつらせている。


 うちの母さんの顔が紫色になっていれば、そりゃあね。

 何も知らない人がこの光景を見たら、毒殺の現場だと勘違いするんじゃなかろうか?


 やがて母さんの顔色は人間のそれへと戻り、白湯を飲んでホッとひといき。


「ううぅぅぅううぅ~~っ! あの薬、飲みたくなかったのに~……。まだ、お口の中がヒリヒリするわ~……」

「……風邪を治すことが先決。これも飲む」


 そう云ってエイベルが渡したのは薬ではなく、甘葛(あまづら)のような甘味を持つ植物から抽出した、甘露の一種であった。


 エイベル基準で『結構、貴重』な植物を使っているらしく、それを惜しげもなく母さんに飲ませていることからも、心底親友が大切なのだろうと云うことがうかがえる。


「んん~~っ! これ好きッ! 甘ァ~~~~いッ!」


 先程まで渋面だった母さんに、一気に笑顔の花が咲く。そして、既に咳もしない。

 風邪は瞬時にして癒えたようである。

 本当に凄い効果だな、あの毒薬。いや、毒じゃないが。


※※※


 と云うわけで、その後の状況。

 回復した母さんに抱きついたまま、マイエンジェルがマイマザーと共に、すぴすぴと眠っている。

 居座ってサボろうとしたミアは他の使用人に見つかり、引き摺られて行った。


 なので、現在は事実上、俺と先生のふたりっきりだ。


「エイベル、ありがとう」

「……?」

「あの薬。凄く貴重なんでしょう?」

「……私が望んでやったこと。アルがお礼を云う必要はない」


 風邪を侮ってはいけないし、風邪に似た厄介な病気かもしれない。

 そう考えたから、エイベルはあのポーションを用意してくれたのだろう。

 この世界だと、ただの風邪でも亡くなる人も多いらしい。

 心配をするのは、ある意味では当然ではあるのだろうが。


奉天草(ほうてんそう)だっけ? あれの原料」

「……今回のものは献地草(けんちそう)。奉天草よりはランクが落ちる。けれど、ちゃんと効く」

「どっちにしろ、貴重じゃないか。幻精歴の植物でしょ、どっちも」


 つまり、本来は既に、この世に現存しない薬草だ。


「……樹精の園には、昔、株分けをした。生育に成功していれば、たぶん、あちらにもある」


 人の世にないことには、かわりないよね、それ。


 エイベルは何カ所かに、専用の庭園を持っている。

 そこには、既に失われた植物が、いくつもある。


 しかし、育てるにも維持するにも方法があって、それを知らなければ仮に入手出来ても、枯らしてしまうだけなのだと。


「……植物を育てるための、専用の魔術も存在する。アルが薬草をきちんと扱えるようになったら、それも教えてあげる」


 こういう云い方をするってのは、難しいんだろうな、その魔術。


 ちなみに今の俺は、低級のポーションを作ることで手一杯です。

 いや、植物の見分けって、難しいのよ? 


 地球世界だって毒キノコの見分けはプロでも難しいと云われるが、こちらだって大変だ。

 見た目が同じで保有魔力量だけが違う草とかも普通にあるし。


 エイベルは、自分の薬を世に出さない。

 その効果を知られれば、何が何でも手に入れようとする連中が湧いて出るからだ。


 原料となる薬草は管理が極めて難しいので、大量に増やすことも無理ともなれば、秘するのは当然かもしれない。


「……もしも悪質な病が流行り、薬草を大量に使わねばならない場合は、私はエルフのためだけに使う」


 それは、ある意味で人間の拒絶。

 いや、エルフ以外の、と云うべきか。


 これはエゴではないと俺は思う。

 同族が大切だと云うのはどの種族にもあるが、エイベルの場合は、単なる同胞ではない。


 今を生きるエルフたちは皆、彼女の兄弟・姉妹の子供たちなのだ。重みが違う。

 だから優先するのは当然で、そして正しいと思う。


 俺が彼女の立場であれば、やはり何を置いてもフィーと母さんの分を確保するだろうから。


 けれど、他のものからすれば、覿面の効果を有するポーションを諦めるなんてしないだろう。

 知られれば、争いになる。


 だから俺に出来ることは、ただひとつ。


 こう云った方面でも、エイベルを守ってあげることだ。

 あまり考えたくはないけれど、『口を封じる』ことも、頭の隅に入れておかねばならないのかもしれない。


 夕日の射す一室で大切な先生と寄り添いながら、俺はそんな風に考えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 3歳すぎてこれって、流石にフィー言葉遅すぎじゃね?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ