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妹のいる生活  作者: むい
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第百二十話 シーラの事情


 珍しく三人称です。


 神聖歴1204年の十二月。


 この月、ひとりの少女が五歳の誕生日を迎えた。


 シーラ・ホーリーフェデル・エル・フレースヴェルク。


 この国――ムーンレイン王国の四番目の王女であり、今年の十月に史上最年少、僅か四歳にして魔術師の位を得た才女である。


 曰く、百年にひとりの天才。

 曰く、王室において最も美しき姫。

 曰く、伝説級の魔術を行使する、ちいさな賢者。

 曰く、王家の至宝。


 彼女を褒め称える言葉は多い。


 実際にして彼女は多言語話者であり、優れた魔術師であり、そして美貌の所有者でもあった。

 だから多くの人間の耳目を集めたし、心酔するもの、やっかむもの。実に多くの人間がいる。


 第四王女・シーラに最も多く向けられる陰口が、『偽王女』である。

 彼女は正真正銘、現国王の娘であるから、この罵倒は、殆ど的外れだ。


 しかし、『殆ど』と云うことは、微少ながら真実を含むと云うことでもある。

 それは、フレースヴェルク王家そのものに対する悪口だった。


 シーラは人当たりが良く、努力家で、多くの人間に愛されている。加えて、才もある。

 こういう人間を悪し様に云うには、シーラ個人ではなく、王家そのものの瑕疵を持ち出さなくては攻撃する材料がない、と云うのが、その理由であった。


 では、何が『偽』なのか。


 それは、国名と王族のファミリーネームが一致しないことの理由でもある。


 この大陸においては、国名と王家の名前は、大体において同一だ。

 国名の元となるのは、支配者たる一族の名前であることが殆どで、地名や理念を用いることは、まことに少ない。


 ムーンレイン王国を建国し、代々継いできた王族の名も、だからムーンレイン家であった。

 しかし、今現在はフレースヴェルク家が王家となっている。


 つまり、簒奪があった。


 ただし、普通の簒奪ならば、その成功者は国名を改めるはずだ。

 しかし、そうはなっていない。


 理由は、フレースヴェルク家が、ムーンレイン王家の傍流であったこと。

 そして当時の主要王族を討つ為の大義名分が、『ムーンレイン王国を救うため』であったからなのだった。


 実際は救済と云うよりも、政治上の理由で国論が割れたからに他ならない。

 しかし当時の王家が滅び、傍流が勝利したと云う事実は、より多くの人間がフレースヴェルク家の決断こそが国の利益に適うと判断した結果であると云えよう。


 この時に、ムーンレインの正嫡は滅んだ。


 けれども、全ての王族の死体が発見されたわけでもなく、極少数の遺体は、ついに発見されることがなかった。


 加えて王族側の主要な立場にあったある魔術師は、いまわの際に、こう云ったのだ。


「我が魔術! 予言の力はムーンレイン王家の再興を見た! 恩知らずの叛徒よ! 偽りの王族たる、フレースヴェルクよ! 震えて待つが良い! 災禍を逃れたるムーンレインの直系が、いずれこの国を取り戻すであろう!」


 このような事があったから、現王家に対する悪口は、『偽王家』なのだ。


 簒奪など、どこの国にもある。

 それにフレースヴェルク家がムーンレイン家の血を引いていることは紛れもない事実。


 加えて、王の『交替』以降、国は確かに豊かになった。

 故に、いちいち文句を云うものは多くない。


 だが、この魔術師の言葉があまりにも有名になったために、『偽物』と云う悪口は、一部の不心得者に、好んで使われるようになったのだった。


 それは悪質なジョークや、ガス抜きにも用いられる。

 この国で何か不満があるたびに、『これだから偽王家は』とか、『いつか本物が帰ってきて、俺たちを救って下さるさ』などと云った暴言が、こっそりと囁かれる始末。


 シーラは悪口としての『偽王女』と云う評価は気にしなかったが、『かつての主家』は気になってはいる。

 と云っても簒奪があったのは六代も前の話だし、その間、『自称正嫡』の詐欺師は現れても、本物のムーンレイン直系はついぞ世に出なかったから、最早存在しないのだろうとは思っているのだが。


(『これ』も本来だったら、直系の方が所持していたのでしょうね)


 シーラは、一振りの剣を撫でる。


 五歳、十歳、そして成人たる十五歳。

 節目となる誕生の歳に、王位継承の資格があるものは、重臣の前でこの剣を輝かせねばならない。


 宝剣ムーンレイン。


 初代国王が月の女神から授かったとされる、国名と同一の名を持つ天啓具。

 武器として使われることは殆どなく、もっぱら血の正当性を示すための祭器として用いられる。


 ムーンレイン王家の生き残りを主張する愚か者は、この剣によって、その姿を暴かれた。

 この国宝は、資格あるものが手に取ると輝き、そうでないものが触れても沈黙をしてしまう。

 宝剣ムーンレインを輝かせることの出来るものだけが、次代の王たる資格者として認定されるのだ。


 ただし、王族であっても輝かない場合もある。

 最初から沈黙しているケースもあるが、五歳や十歳の時には輝いたのに、十五歳で沈黙した王族もいたようだ。

 その場合、継承権は剥奪されてしまう。


(実際、もしも他所の方がこの宝剣を輝かせる時が来たら、現王家はどうするつもりなのでしょうか?)


 シーラが撫でるだけで、宝剣ムーンレインは幻想的に光を放つ。

 この国の月と同じ、清澄なる蒼い光。


 現王族の中に、シーラよりも綺麗な輝きを出せるものはいない。

 だから『第四王女様は月神の祝福を受けているのだ』と囁かれることがあるが、本人の見解は違う。


 シーラには特殊属性、『月術』の適性がある。

 宝剣ムーンレインと相性が良いのは、それ故だろうと。

 もちろん、月の属性を持つことそれ自体が祝福なのだと云われれば、反駁は出来ないのだが。


 しかし、彼女が最も得意とする魔術は、実は別にある。

 祝福を受けているなら、月術が一番得意でなければならない。

 だから、きっと自分は祝福を受けていないだろうと考えている。


(それに、祝福を頂けるなら――)


 彼女はこの世で一番大切な、母親の姿を思い浮かべた。

 優しくて、けれど今は病に倒れた母を。


「シーラ様、こちらでしたか!」


 その時、ひとりの女性が駆け寄って来た。

 第四王女直属の近衛であり、王国屈指の戦闘能力を有する魔術騎士、エルマであった。


 彼女は任務上、常にシーラに張り付いている。

 王宮内にいる時はもちろん、魔術試験などの外出時も傍を離れない。……ことになっている。


 しかし、エルマの私君であるシーラは好奇心旺盛で、いつの間にかいなくなっている。

 本来、エルマの気配察知から逃れることはとても難しいのだが、彼女の主はいとも容易くそれを成してしまう。


 護衛としては、たまったものではない。

 もう少し自重して貰いたいものだと思っている。


 シーラは上位の王位継承権を持つ王族であり、桁外れに優れた魔術師であり、美しさすら有する。

 つまり、色々な人間が色々な方法で狙っているのだ。


 中でも厄介なのは、教会と、貴族の一味。

 どちらもシーラを取り込めれば、宣伝と立場の強化が出来る。


 貴族の一味には魔術師絶対を奉じるものたちがおり、彼らは特に熱心に第四王女を欲していた。

 父王はその辺を憂い、娘専属の親衛隊を組織しようか思案すらしているくらいだ。


「ああ、エルマ、ごめんなさい。少し、ひとりになりたくて」


 エルマの苦労を知ってか知らずか、シーラはそんなことを云う。

 本当に気を付けて下さいと云いたいところだが、この五歳児を圧倒できる人間が何人いるのか。


 エルマの主は極めて強力な魔術と、それを使いこなすだけの、桁の外れた魔力量を有する。

 正面からこの幼児を撃破することは、エルマですら難しいと考える。

 加えて、希有な才能・第六感を所有する為、罠や不意打ちも無効化されてしまう。


 気楽にフラフラと歩き回るのは、自分の能力に自信があるが故なのだろう。


 しかし、護衛としては気が気でない。それに、気さくすぎる。

 王族とは、下々のものと隔絶していなくてはならない。

 それが身を守ることであり、権威を守ることでもある。


 なのに彼女の敬愛する王女は、試験会場でも平民のいるついたてに自分から近づいて、くたびれた気配を持つ変な子供と、積極的に交流している。


 今、シーラがいるのは、最上級の宝物殿。

 王宮内に宝物庫はいくつかあるが、ここが最も価値が高く、従って警備も厳重で、王族ですら、簡単には立ち寄れない場所なのである。


 そこに、両者はこっそりと忍び込んでいる形になる。

 最重要区域に易々と入り込んでしまえることからも、この君臣の実力の一端がわかろうというものだ。


 エルマとしては、こういったルール違反はして欲しくないのだが、シーラが単なる興味や好奇心で入り込んでいるわけではないと知っているので、強くは出られない。


 この辺、エルマもシーラに甘すぎると云うべきだろう。

 彼女はいついかなる時も、シーラを優先してしまう。


「あの女は、主あるを知って、主に主あるを知らぬ」


 と云われる所以である。

 彼女の中では、王様よりも王女様の方が偉いのだ。


「……目的のものは、見つかりましたか?」


 エルマの問いに、シーラは寂しそうに首を振った。

 王国の至宝がおさめられるこの場所にも、王女の探すものはなかった。

 ひとかけらの、手がかりすらも。


「お母様……」


 シーラは呟く。

 その一言に、どれだけの思いが込められているのだろうか。


 王女の母は、病に伏せっている。

 そして、それを癒す手段がない。


 治癒のためには極めて特殊な薬草が必要となるが、あまりにも稀少な為に、入手することが出来ない。

 この宝物殿には、名品・珍品ひしめいているが、治癒の薬や、その助けとなるものはなかった。


「マルヘリート先生ですら、あの薬草のありかは分からないと仰っていましたからね」


 エルマの言葉に、シーラは頷く。

 マルヘリートと云うのは王女の師で、博識として知られていた。


「薬草の話ならば、樹精か妖精か、或いはエルフにでも訊かないと無理ですね」


 エルマはそうも云うが、ショルシーナ商会には非公式で薬草の有無を訪ねている。

 しかし商会長直々に、「そんな貴重品は、流石にうちにもありません」と云われてしまったのだ。


「……わたくしが我が儘だと云うことは、わかっています」


 宝物殿に勝手に忍び込んだこと。

 平民ならば、薬を探すどころか、延命すら難しいこと。

 それらをわかっているだけに、シーラには忸怩たるものがある。


 けれど、救いたかった。

 優しい母親のために、何かをしてあげたかったのだ。


 そしてエルマは、そんな主のために、何かをしてあげたい。

 彼女は考える。


(誰も知らない薬草……。下手をしたら、樹精や妖精ですら。もしもそんな存在を知るものがいたとするなら――)


 彼女は顔を上げる。

 バカバカしいおとぎ話に、思い至ったのだ。


「アーチエルフ……ッ!」

「え? エルマ、何でしょうか?」

「アーチエルフなら、稀少薬草の在処を知っているかもしれません……!」


 その発想は寧ろ、思い込みに近かっただろう。

 或いは、ツラい現実からの逃避的思考か。


「ほんとう、でしょうか……?」


 シーラが真っ直ぐとエルマを見上げている。

 彼女の瞳には、どんなちいさなことでも、希望に縋りたいと云う願いが見て取れた。


「けれどエルマ、始まりのエルフは、どこにいるのでしょうか……?」


 シーラの懸念は尤もだった。

 神代から生きるエルフの行方など、皆目検討も付かない。

 下手をしたら、探し求める薬草よりも。


「いいえ。エルフのことは、エルフに訊けばいいのです」

「エルフに――ですか?」

「はい。ショルシーナ商会の主席と次席はハイエルフです。仮に行方を知らなくても、手がかりくらいは掴めるかもしれません。シーラ様。一時、お側を離れる許可を」

「はい……。お願いします。どうか、お母様を救って下さい……」


 王女は、涙目になっていた。


 自らの主君を笑顔にすることが私の役目だと、エルマは思った。


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