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妹のいる生活  作者: むい
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第百十八話 トルディ・ノート(その六)


「それにしても、アルトくんの魔術師としての才能は素晴らしいですね」


 その言葉は目的の情報を引き出すための手段ではありましたが、偽らざる本音でもあります。

 戦闘技術もそうですが、魔力量が素晴らしいです。


 ちいさな子供が七級試験を突破できるというのは、大変なことです。

 筆記試験では専門的知識が必要となりますし、多くの人が魔導士として押しとどめられる原因――基礎魔力量の問題が立ちはだかるのですから。


 魔力というのは、体力と同じです。大人になるにつれて増えて行くものなのです。

 だから普通は優れた資質を持っていたとしても、それが花開くのは、ある程度育ってからになるはずなのです。


 たとえば足がもの凄く速い人物がいたとしても、子供のころであれば、大人にはかけっこで敵いません。

『幼い』と云うことは、それだけでもう、素質を十全に発揮することが出来ないわけです。


 しかし、現実として彼は既に魔術師です。

 それはつまり、現時点で数多くの魔導士を圧倒できる魔力量が備わっていることを意味します。

 凄まじいことです。五歳の時点でこれなのですから、将来の魔力量はどれ程になるのか、想像もつきません。


 私の投げかけた称賛に対し、お母様のリュシカさんは大層喜んでいましたが、肝心要のアルトくん本人は、あまり心動かされてはいないようでした。


 過大評価だとでも云いたげな表情ですね。

 普通、ちいさな子供は褒められると、それだけで嬉しそうにするものなのですが。


「もしかして、私の評価は的外れでしょうか?」

「視点によるでしょう。少なくとも、俺が慢心しても良い理由にはなりません」


 成程。

 彼が好成績を残す理由が、少し見えて来たような気がします。ただ頭が良いだけではないようですね。

 エルフが師であるだけでなく、本人の資質も結果に繋がっているようです。


「アルトくんは、余程に良い先生に出会えたのですね」


 これも先の言葉同様、情報の取得と本音が混じり合ったものです。

 彼の師がアーチエルフであってもなくても、興味深い人物なのは間違いがないようです。


 私がそう発言すると、アルトくんよりも先に、そのお母さんが反応を示しました。


「そうなのよ! あの子、とっても良い子なの! ちっちゃいのに一生懸命頑張っている姿が健気で、私、大好きだわー!」


 んん? 妙ですね。

『あの子』とか『ちっちゃい』とか、まるで年下に向けるかのような表現です。

 彼の師はエルフのはずですよね?


 それともまさか、年若い人間の魔術師が先生だったりするのでしょうか? 

 いえ、それではエルフの目撃情報と合致しません。


 考えられるとしたら、若いエルフの場合でしょうか。

 これなら可能性はありますが、そうなるとアーチエルフではない、と云うことになってしまいます。


 エルフの成長速度は人間のそれとほぼ同じです。

 成人するまでの年数は、あまり変わらないのです。

 その後、若い時期がずっと続き、やがて緩やかに老いて亡くなります。


 エルフの女性は人間で云う十代くらいで成長が止まることが多く、男性の場合だと、二十代くらいの容姿であることが多いようです。


 ノーマルのエルフの寿命は、人間の約十倍。

 魔獣に襲われたり、戦争に巻き込まれたりしなければ、人間は5~60年くらいは生きます。

 長命なものですと、100歳に届く方もおりますが、エルフの場合も、これがそのまま当てはまります。

 大体が5~600年。長生きで1000年を超える方もいるようです。


 トロネさんなんかは、まだ100年も生きていないとの話です。

 彼女は私よりも年上ですが、それでも妙な幼さがあります。


 もしかしたら、アルトくんの師もこのパターンなのかもしれません。

 それなら、リュシカさんの反応も得心が行きます。


 年若いと行っても、そこはエルフ。

 5~60年も魔術の修練を積んでいたならば、それだけでもう、相当な術者になるでしょう。

 人間の子供にものを教えるくらいは、わけないはずです。


(これはアーチエルフと云う線は期待しない方が良いかもしれませんね)


 しかしそれでも、彼の師が興味の対象であることに違いはありませんし、万が一という可能性もあります。情報収集は続けるべきでしょう。


「アルトくんの先生は、どのような方なのですか?」

「ん? うちの先生ですか? そうですね。一言で云うと、『可愛い』ですね」


 お母さんと似たような反応ですね……。

『立派』とか『優れている』とか『博識』とか『尊敬できる』ではなく、最初に出てくる言葉が『可愛い』ですか……。


(あ~……。いえ、仮にトロネさんが私の先生だったら、同じ反応をしてしまうかもしれませんね……)


 可愛いという言葉は、別に師を軽く見ていると云う様子ではなく、何となくですが親愛の情を感じます。愛され上手な方なのでしょうか。


「ぶー! にーた、ふぃーは? ふぃーは!?」


 アルトくんが自分の先生を可愛いといった瞬間、妹さんのフィーちゃんが怒り出してしまいました。

 こんなにちいさくても嫉妬をするのですね。

 それだけ、お兄ちゃんの事が大好きなのでしょうか。


「フィーはもちろん可愛いぞ! 大好きだぞ~? ほら、なでなで~!」

「なでなでたりない! きすも! ふぃー、にーたに、きすしてほしい!」


 お兄さんが必死に宥めています。

 要求通りにほっぺにキスをされると、フィーちゃんはすぐに笑顔になりました。


 妹さんは怒っていようが笑っていようがどちらの場合でも、懸命にアルトくんにしがみついていたのが印象的でした。

 余程離れたくないのですね。


 ……この辺で少し、鎧姿のエルフさんの事を、突っ込んで訊いてみましょうか。


「アルトくん」

「はい?」

「ちょっと小耳に挟んだのですが、アルトくんの所に、鎧姿のエルフ族が通っていると云うのは、本当ですか?」

「鎧姿の……? ああ、ええ。本当ですよ」


 それが何か、とアルトくんは訊いてきました。

 彼にとってはずっと師事している先生なわけですから、当たり前の風景なのでしょうね。

 どのエルフであっても、係われることは滅多にないはずなのですが。


「いえ、アルトくんは、その方に色々なことを教わっているのかなと思いまして」

「はい、そうですよ? 彼女からは、本当に色々と教わっていますね。ありがたいことです」


「ふぃーも! ふぃー、まっさーじおぼえた! にーたをいつも、いやしてあげるの!」

「そうだなー……。フィー、いつもありがとな~……」

「ふへ……ッ! ふへへへ……ッ! ふぃー、もっとやくにたつ! ふぃー、もっとにーたにほめてもらう! ふぃー、にーたすき! だいすきッ!」


 エルフからマッサージ……? 

 一瞬首を傾げましたが、すぐに当たりを付けました。


 きっとお兄ちゃんの為に何かをしたいと願う妹さんに、してあげられることを伝授したのでしょう。

 鎧姿と云うことは当然、戦士のはずです。

 ならば、身体をケアする方法をいくつも知っているでしょうから。


 しかし、アルトくんは色々と教わっていると云いましたね。

 どうやら、その鎧のエルフが、彼の先生で間違いないようです。


 ここはズバリ、そのエルフの先生を紹介して貰えないか頼んでみましょうか。

 トロネさんの為です。


「アルトくん、不躾なのですが、その方とお話ししてみたいのですが、取りはからっては貰えませんか?」

「ティーネとですか? 何故でしょうか?」


 ティーネ、と云うのがその名前であるようです。

 さっき『彼女』とも『可愛い』とも云っていましたし、どうやら女性のようですね。


 トロネさんの名前を出すわけにもいきませんので、私はこう答えました。


「実は私は以前からエルフの使う魔術に興味がありまして。ほんの少しでもお話が聞けたらな、と考えていたのです。まさかそれだけの理由で見ず知らずのエルフに声を掛けるわけにも、いきませんからね」


 これも本音ではあります。

 トロネさんにも魔術の話は訊いてみましたが、「どーんって、やるの!」とか、「ばーんって、感じ!」などと云う説明をされてしまい、あまり参考にはなりませんでした。


 アルトくんは微妙な表情で首を傾げます。


「俺は確かに彼女から色々教わってはいますが、ティーネのことは、そこまで詳しくありません。あと、本人の自己申告ですが、彼女、自分はあまり魔術は得意ではないと云っていましたよ?」

「えッ!? エルフなのに、ですか?」

「エルフ基準では、だと思います。素人観察ですが、風魔術の使い方はちょっとしたものでしたので」


 ああ、成程。やはり本質的には戦士なのですね。

 でもアルトくんから見て巧みであるならば、充分、実用に耐えるのでしょう。


「ただ――」


 アルトくんは続けます。


「さっきも云いましたが、俺は彼女とそこまで親しいわけではないので、話を聞きたいなら、ショルシーナ商会を訪ねた方が良いんじゃないかと。彼女、商会の職員なので」

「えっ、ショルシーナ商会所属なのですか」

「はい。商会の警備部ですね」


 と云うことは、アーチエルフではないことが確定してしまいました。

 同時に、エルフなのに、あまり騒がれていない理由も判明しましたね。

 商会勤めのエルフならば、王都内のあちこちで目に付いているはずですから。


(しかし、彼の師が商会員だと、訪ねていくわけにも行きませんね。トロネさんのことが知れてしまいます)


 どうやらアルトくんを訪ねたのは、空振りだったようです。


 しかし、前向きに考えましょう。

 数少ないエルフの目撃情報で、ここは確定でハズレだと分かっただけでも良しとせねばなりません。


 それになにより、クレーンプット兄妹が虐待されているわけではないのだと、この目で確認出来たのですから。

 私は曖昧に頷いて、それからは形だけのスカウトを続けるしかありませんでした。


 しかしクレーンプット家からの帰路。


 私は思いがけない事態に遭遇するのでした。


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