第十一話 エイベルのプレゼント
「お、おお、おおおお~~~~~っ!」
俺は今、打ち震えている。
九級合格で俺にくれると云っていたプレゼント。
それが想像以上に素晴らしかった。
いや、凄すぎて受け取るのは申し訳ないんじゃないかと思う程だ。
「エイベル、これ……」
「……ん。アルに、受け取って欲しい」
目の前にあるのはちいさな工房。
我が家のすぐ隣に建てられた、作業場だ。
「……アルの目標は魔道具を作ること。今はその資格がないけれど、鍛冶や錬成に制限はない。なら、今のうちから物作りを学んでおけば、きっと役に立つ」
「驚いたぜ、エイベル様にそこまで云わせるガキがいるとはなぁ」
工房の前に立つ、かなり高齢のドワーフが肩を竦めた。
一目で老人と分かる外見だが、全身の筋肉ははち切れんばかりで、人間族なんかじゃ片手で捻られそうな凄味を感じる。あと、真っ白なヒゲが凄い。
一言で表現するなら、武闘派のサンタクロースだろうか。別に服は赤くないけれども。
「エイベル、この人は?」
「……私の知り合い。鍛冶の先生をお願いした」
「ドワーフのガドだ。エイベル様には、うちの曾祖父の代からお世話になってる。将来は魔道具を作りたいんだってな? 魔石の処理から魔法金属の取り扱い、装飾品から木工まで、色々教えてやるぜ?」
「……工房は簡単な薬品の処理も出来るようにしてあるから、薬学は私が教えてあげる」
ドワーフに続いてエイベルが薄い胸を張る。
どうやらうちの先生は魔術だけでなく、調合にも精通しているそうだ。
「……ホントに良いの? いくらなんでも、プレゼントの範疇を超えていると思うんだけど」
「……良い。寧ろ、受け取って欲しい。これはリュシカへのお礼でもある」
「母さんの?」
「……ん」
エイベルは力強く頷いた。
「……あの娘には一生かかっても返せない恩がある。だからこのくらいは気にしないで欲しい」
「母さんに恩? 何があったの?」
「………………………ないしょ」
エイベルは人差し指を眼前にかざした。
呆気にとられていると、ガドが俺の頭を撫で回した。
「まずは細工物でも覚えるか? お前の身内やエイベル様に自作品をプレゼントできるようによ」
「ありがとう。そうしたい。俺、エイベルに恩返しがしたいよ」
エイベルと母さんに何があったのかは知らないけれど、これは大きすぎる恩だ。俺個人がそのうち返すべきものだろう。一方的に享受するのは、絶対にダメだ。
もちろん、マイシスターや母さんにも贈り物が出来るようになりたい。
「くくっ。良い表情だ。打算で鍛冶を覚えたいってんなら、まず性根をたたき直すところから始めるところだが、お前は大事な人のために作業がやりたいんだな」
「ちょっと違う。大事な人の為『だけ』に、生きる術を覚えたいんだよ」
金を稼ぐという目標があるから、作った品は売却することもあるだろうけれども。それでもここで覚えることは魔術と同じで、フィーや母さん、エイベルの為に使いたい。
「ガド。どうか俺に鍛冶を教えて欲しい。それからエイベル、これからもよろしくね」
俺は深々と頭を下げた。
手に職を付けることは、きっと大きなプラスになるだろうから。
※※※
「おでかけ……?」
工房を貰った翌日。フィーとじゃれあっていると、エイベルに商業地区へ出ようと声を掛けられた。
今更だが、俺のいるベイレフェルト家の敷地は王都の中にある。
一応、領地も貰っているそうだが、そちらは分家筋の人間に代官を任せていると聞いた。
領地経営に精を出すよりも、王都に張り付いて政治的な情勢に対応できるようにしておかないと、どうなるか分からない、と云うのがその理由なんだとか。派閥やらなんやら、複雑な国らしい。
しかしそれはそれで危ないのではないかと思う。日本の戦国大名化って、そのパターン、つまり現地の守護代が力を持って独立したものだし。
(大丈夫かな、この国。内乱に巻き込まれるのは真ッ平ごめんだぞ?)
ベイレフェルト家の当主はカスペル侯爵と云う老人で、我が父・ステファヌスの義父であり、『唯一の正妻』アウフスタの実父でもある。
当然の話だが、俺はカスペルとかいう老人も、父の正妻であるアウフスタとやらも、見たことがない。
見たことがないと云えば、フィーと同い年の腹違いの妹もそうだ。
イザベラと云う名前だとは聞いているが、どんな顔なのかも知らない。まあ、表向き、俺やフィーは父に認知されていないことになっているので、イザベラ嬢の兄貴面なんかしたら怒られてしまうだろう。
身分差を考えれば会うことは出来ないし、きっとこの先も会うことはないに違いない。
さて、我が家の敷地に話を戻す。
王都の内部は区画分けがされており、その区画のひとつに、貴族街と呼ばれる範囲がある。
名前の通り王都に住む貴族達の屋敷が軒を連ねるスペースで、特別な理由がない限り、平民が出入りすることが出来ない別世界となっている。
俺やフィーの公的身分は父無しの平民だ。
従って、屋敷の外に勝手に出ることは出来ない。
魔術免許の試験日のように正当な理由がある場合は大手を振って出られるが、それ以外では、あまり外出の自由はない。だから友達もいない。
付け加えるなら、屋敷の敷地内であってもその殆どがベイレフェルト家のものなので、自由にうろつける範囲は現在の住居たる『西の離れ』の周辺だけとなっている。
俺たちの住む『西の離れ』だけはベイレフェルト家と云うよりも、父さん個人の持ち物ないし領地のような扱いになっている。だから妾とその子供が存在しても良いし、工房を建てても、平気なわけだ。
俺自身はそんな生活でも別に構わなかったのだが、フィーのことを考えると気分が沈む。ずっと籠の鳥では気の毒だと思う。母さんが俺やフィーを大事にし、徹底的に甘やかすのは、多分、その辺も関係しているのだと思う。
エイベルが発案・準備し、手筈を整えたとしても、敷地内に工房を建てることを父さんに取り合ってくれたのは、実は母さんなのだから。
そんな俺に、エイベルは出かけようと云ったのである。
「四歳児をデートに誘うとは、エイベルもなかなかやるね」
「……からかわない」
俺が軽口を叩くと、いつも通りの痛くないチョップを喰らった。母曰く、他人に触れられることを嫌うエイベルからしたら、俺への対応は奇跡的な領域なのだと云う。
「……これは、プレゼントの続き。アルは商会に顔を売っておいた方が良い」
俺が何かを作ったとしても、それを売れるかどうかは当然、別問題になる。その為、エイベルは自らの顔見知りに俺を紹介してくれるのだと云う。
「ありがたい話だけど、商業地区へはどうやって行くの? 許可が下りてるとか?」
こんな理由では外出許可が出ないことを知っているので、どうなっているのか気になって仕方ない。
「……当然、無許可で行く。人間族の定めたルールに盲従するつもりは毛頭無い」
エルフ族は人間族を欲深い生き物として軽蔑している者が多いと聞いているが、大なり小なりエイベルにもその傾向があるようだ。我が師曰く、「リュシカとその子供だけが私の特別」なのであって、それ以外の人間族にはあまり良い印象がないのだとか。
後日のことになるが、ガドは俺にこう説明してくれた。
「女をさらって犯すオークやゴブリンは人間に嫌われているだろう? エルフから見た人間もそんな感じだ。美しい種族は捕まえて奴隷にするし、他種族の都合も考えず資源を奪い、勝手に森を切り開く。だから嫌われるわけだな」
云われてみれば成程、俺自身がオークやゴブリンと仲良くできるかと云われれば、怪しいものだ。せいぜい意思の疎通が出来る個体がいれば、そいつだけは特別になるかもしれないが。
「ドワーフは人間を嫌ってないの?」
「くくく。俺たちドワーフは人間と共生関係だぜ? 人間から鉄や鉱石を買い、俺たちは武器や装飾品を売る。完全な共存さ。もちろん種族としては欲深い連中だとは思うが、そこはお互い様だ。人間から見れば、俺らドワーフは意固地で頑固な種族だろうからな。どの種族にも欠点や、いけ好かないところはあるんだ。折り合いを付けて生きて行くしかないだろう?」
流石、最も人間と交流のある種族のひとつ。含蓄に富んだ言葉だった。
話を戻して、俺はエイベルに無許可で外に出る方法を聞く。
「それで、具体的な手段は?」
「……人払いの魔術を使う。貴族街を抜けるまで発動させれば、問題はないはず」
便利だね、魔術。俺もいずれ、それを教えて貰おう。
「にーた、どこかいくの?」
日々成長を続け、前よりも意思の疎通が出来るようになってきている妹様が俺に抱きついた。
マイシスターは俺から離れることに強い抵抗感を持つ。なんとなしに、俺が出かけることを察したらしい。俺としても妹を仲間はずれにするつもりはない。
「フィーも連れて行ってあげたいんだけど、良いかな?」
「……構わない。その娘にも、外の世界は見せてあげたい」
「フィー、俺と一緒にお出かけだよ!」
「おでかけ! ふぃー、にーたすき! にーたとおでかけ! なでて!」
頭をぐりぐりと押しつけてくるので、さらさらの銀髪を堪能した。
さて、出かけよう。
俺たち兄妹にとっては、初めての商業地区だ。




