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妹のいる生活  作者: むい
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第百十七話 トルディ・ノート(その五)


 何とか理屈をこねてアルトくんのお宅へ訪問できました。


 尋ね先はベイレフェルト侯爵家。普通に考えたら、その敷地内へ入る事なんて出来ません。

 なので私が考えた方法は、『王都のスカウト制度を利用すること』でした。


 優れた魔術師というものは、国にとっての財産です。

 それは優れた研究者であり、技師でり、そして何より、戦力となります。

 所属する魔術師の数は、そのまま国力になるとすら云われる所以ですね。


 なので、大魔術師の卵と目される人物は、国からスカウトされることがあります。

 当然スカウトされた場合は、給与その他の待遇は良くなります。

 普通はそれでも十代になってから声を掛けるのが通例なのですが、


「彼は優れた少年です。今のうちから興味を持って貰いましょう」


 と云う理屈で、私は何種類かのパンフレットを持ってアルト少年の家へと赴いたのでした。


(五歳児に声を掛けるなんて、普通なら却下されるはずなんですけれどね……)


 しかし彼には、既に実績がありました。


 五歳にして魔術師。

 そして、全試験満点と云う逸材です。


 あの(・・)第四王女様には到底及ぶことはないでしょうが、それでも驚異的な才能です。

 私が五歳の時なんて、まだ十級免許すら持っておりませんでしたからね。

 その実績が、訪問の許可へと繋がったのです。


 ロッサムさんが口にしていた懸念、アルトくんを門閥の結びつきの具にすると云う言葉は、だから事実なのかもしれません。

 侯爵家への訪問は、拍子抜けするくらい簡単に許可がおりましたから。


 私がベイレフェルト家――いえ、クレーンプット家にやって来たのは、もちろんトロネさんのためでもあるのですが、ひとつには、この目でアルトくんの状況を見てみたいと云う個人的な欲求もありました。


 妾の子供が優遇された生活を送れているとは、とても思えません。

 なのでその生活環境は、是非にでも知りたかったのです。


(けれど、良かったです)


 私の「幸せですか?」と云う問いに、彼は迷うことなく頷きました。

 それは、置かれている境遇のことではないのでしょう。


 彼にとっての幸福とは家族と共にあることであり、妹さんのいる生活のことのようです。

 アルトくんとフィーちゃんは、本当に互いのことが好きで、何よりも大切な間柄なのだと知ることが出来ました。


 仲良しさんというものは、いつ見ても心が温かくなります。

 今、おふたりが云った幸せと云う言葉は、紛れもない事実なのでしょう。


(将来、家の都合で引き離される可能性があるとしても――)


 今はちいさなしあわせを喜んであげるべきなのでしょう。


 改めておふたりを見ます。

 何とも不思議な兄妹です。


 フィーちゃんのほうは天真爛漫。

 まるでひまわりかお日様のような少女です。


 そしてアルトくんは、何と云うか、とてもアンバランスです。

 貴公子然とした整った外見であるのに、身に纏う気配は、くたくたになった労働者のようです。


 徹夜明けで戻って来たロッサムさんが、たまにこんな感じになっているでしょうか? 

 見たところ疲労しているようには思えないのに、なんでこんな雰囲気を醸し出しているのか、それがとても不思議です。


「リュシカ様をお連れしました」


 年若い可愛らしいメイドさんが、クレーンプット兄妹のお母さんを連れてきました。


 もの凄い美人さんですね。

 それに、スタイルが抜群です。


 こういうことを云うのはとても失礼なのですが、『スタイルが良い』には二種類あると思うのです。


 ひとつは彫刻や絵画のように、『綺麗』と感じる体つき。

 美しさが前面に出ている場合ですね。


 そしてもうひとつが、『男の欲望を刺激する』かのような体つきです。

 何もしていなくても、妙に色っぽい。有り体に云えば、いやらしく見えてしまう身体。


 前者も後者も出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるはずなのに、どうしてこういう差異が生じるのか、不思議です。


 アルトくんのお母さんは、後者でした。

 この美貌でこの身体つきならば、成程。確かに貴族に目を付けられることでしょう。

 二児の母でご長男は五歳なのに、少女で通じる外見です。私の同級生と説明されても、疑う人はいないでしょう。


「トルディちゃんって云うのね。私はリュシカ。アルちゃんとフィーちゃんのママをやっています。よろしくね?」


 笑顔で挨拶をするリュシカさんはとても明るい人でした。

 フィーちゃんとは少し違いますが、花のような気配は似ているかもしれません。


 私も改めて挨拶を済ませ、表向きの来訪目的を告げます。


 鎧のエルフがアルト・クレーンプットくんの先生だと云うのはまず間違いないでしょうから、何とか会話しながら、その情報を引き出しましょう。


「スカウト、ですか」


 アルトくんは、どこか安堵したように息を吐きました。

 穏当な理由であったことで、緊張が解けたのでしょう。


 ほぼ面識のない人物――それも王国関係者が突然に来たとなれば、普通は驚きますものね。


 私は説明を続けます。


「王国は才能ある魔術師を求めています。もちろん、今すぐ決断して下さいと云うつもりはありません。ただ、こういう選択肢もあるのだと、頭の片隅にでも入れておいて欲しいのです」


 いくら優秀だからと云って、五歳の男の子の将来を今の時点でがんじがらめにする訳にも行きません。

 職業選択の一助になってくれれば、それで充分です。


 アルトくんのお母さん――リュシカさんは、息子さんが五歳にして国にスカウトされたことを、とても喜んでいました。

 我が子が認められたことが本当に嬉しいようです。


「凄い! 凄いわ、アルちゃん! アルちゃんは、お母さんの誇りよ~!」

「うごごごごッ! 苦しいよ、母さん……!」

「ふぃーも! ふぃーもにーたに、だきつく! ぎゅーっ!」


 親子三人でおしくらまんじゅうみたいになっています。微笑ましいですね。


 やがてリュシカさんはアルトくんを解放し、パンフレットを手に取ります。


「それにしても、随分とたくさんのパンフがあるのねー?」

「ええ。王国では、各分野で人材を募っておりますので。多数の選択肢があることも、我が国で働く場合の利点です」


 私はそう答えましたが、半分は嘘です。

 国の内部でも、優れた魔術師は取り合いになります。


 技術部門でも研究職でも、治安維持の部隊でも、才能ある人材は欲しいのです。

 だから、各部署がパンフレットを作成し、結果として持ち歩くべき冊子が増えるということになっている、と云うのが実態です。

 私の所にも、人材は欲しいですからね、本当に。


「ふ~む……」


 アルトくんは唸りながら、真剣にパンフレットを見つめています。

 王国からのスカウトであると云うのに、浮かれた様子は見受けられません。

 やがて彼は身に纏うくたびれた気配を増大させ、どこかうつろな瞳で、私に問いかけました。


「トルディさん、余暇は取れていますか?」


 なんと! いきなり労働状況を気にするとは!

 私はちょっと驚いてしまいました。


 普通、こう云った場合は仕事の内容を気にするものです。

 或いは金銭に着目する方も多いですし、正義感や責任感の強い方ですと、『人々の役に立てる仕事ですか?』とか『誇りを持って働ける職場でしょうか?』などと訊いてくる場合もあります。


 しかし彼はそれらをスルーして、しっかり休めるかを確認してきたのです。


「月の休日は最低何日ですか? 残業は週平均で何時間でしょうか? 身体に負担が掛かった場合のケアや、ストレスを訴える人の対応は、どうなっているのでしょうか?」


 ちょっと待って下さい。どうして彼は、そこまで健康面と労働環境を気にするのでしょうか?

 いえ、気にするのは別に良いのですが、何と云いますか、彼からは執念じみた感情の波動を感じます。


 まるで酷い職場にいたことがあるかのような反応です。

 五歳児なのに、この反応は不可解ですよ!?


「どうなんですか? 休みは取れているんですか? 日々、残業続きだったりしませんか?」

「え、えっと……。とてもやりがいのある仕事場……ですよ……?」

「つまり、大忙しの職場なんですね?」

「う……。まあ、そうなりますね……」


 思わず目を逸らしてしまいました。

 彼は聡い子です。もう誤魔化しはきかないでしょうね……。


 アルトくんはうつろな目をしたまま、パンフレットをテーブルの上に置きました。

 それはまるで、過酷な労働環境から距離を置こうとしているかのようにも見えました。


 彼、忙しいのは駄目なんでしょうか? 

 まあ、私も好きではありませんが。


(あ、いいえ、いけませんね)


 私は(かぶり)を振ります。

 スカウトはあくまで、表向きの理由でした。

 鎧のエルフのことを尋ねなくてはなりません。


 私は居住まいを正すと、咳払いをひとつして、話題を転じることにしたのです。


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