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妹のいる生活  作者: むい
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第百十三話 トルディ・ノート(その二)


 お仕事には、短期的なものと長期的なものがあります。


 私が手がけているものにもそれがあって、無期限に近いような仕事だと、後回しにしがち、なりがちになったります。

 ですが、そのお仕事は、やっていて結構、楽しかったりもするんです。


 今、私が長期で取りかかっているのは、魔導歴時代の記録の再生です。

 文献や当時の魔道具その他から、過去を見直そうと試みているのです。


 形態としては歴史学や考古学に近いものなのですが、魔導歴は魔術の時代。

 従って魔術師でなければ起動できないアイテムがあり、魔術師でなければ気づけない視点もあります。


 もちろん、魔術師だからこそ一般人的視点に立つことが出来ず、却って真理から遠ざかると云うパターンもありますし、単純な間違いや思い込みも入り込みますので、本来ならば、国を挙げてやるべき大事業になるはずです。

 少なくとも、個人でやるものではありません。


 ただ、『今が下準備の期間で、大事業に繋げるための前調査なのだ』と云われてしまえば、それ以上の反駁は無意味です。

 それになにより、私もこの仕事が好きなのです。


 この歴史再生のプロジェクトは、なにも私を嚆矢とする訳ではありません。何人もの先達がいます。

 そしてそれは、多くの先輩たちの、苦闘の歴史でもありました。


 たとえば私が担当するのは魔導歴ですが、これが神聖歴の見直しともなると、それはそのまま教会を敵に回すことになるからです。


 教会の説く歴史は、ある程度以上の水準の知識があるならば、「何かおかしくないですか?」と云いたくなるような部分が、多々見受けられます。


 しかし、それを直接口にすると、下手をすれば神敵認定されかねません。

 神聖歴は最後の大崩壊以後の歴史ですし、資料も史跡も豊富に残っています。

 だから、本来ならば他の時代と比べても、見直しがしやすいはずなのですが……。


 と云う訳で、当代の見直しも遅々として進んでいないようです。

 今、私が神聖歴の見直し『も』と表現したのは、つまり他の時代も考証が難しいと云うことです。


 魔導歴のひとつ前の時代区分。幻精歴なんかは、もう完全にお手上げです。あまりにも昔すぎます。


 だって、神聖歴だけで、既に千二百年過ぎているのですよ? 長命を誇るドラゴンやエルフ、樹精なんかですら、神聖歴産まればかりで、魔導歴時代から生存するものは稀という有様です。

 仮に魔導歴産まれの存在に出会えたとしても、彼らが語るのは、矢張り『伝聞』になるでしょう。


 直に幻精歴を知っているものと云えば、神代竜の生き残りか、アーチエルフくらいでしょうか。

 どちらも、とても探し出せるとは思えません。


 居所が確実なのはフェフィアット山に棲む氷竜ですが、魔導歴はいざしらず、神聖歴における、かの山の最高登頂記録は五合目にすぎません。会う前に必ず命を落とすでしょう。


 仮に会えたとしても、会話が可能かどうか、怪しいものです。

 なので、事実上の可能性は、アーチエルフだけでしょう。


 私が現在行っているアプローチのひとつは、エルフと仲良くなることでした。


 長命種族の代表格。

 ハイエルフの長老クラスだと、魔導歴時代から生存しているものもいると云うのですから、繋がりを作らない手はないのです。

 また歴史とは関係ありませんが、エルフは魔術の扱いが巧みなので、そちらの話も期待できるでしょう。


 とはいえ、エルフ族の大半は人間族を嫌います。

 そもそもからして、あまり人里にはおりません。


 しかし、ここは王都。

 エルフが主宰する大商家が存在します。


 私もよく行くお店ですが、品揃えが本当に素晴らしいのです。

 個人的なイチオシは爪切りでしょうか。


 大人気商品ですよ。あれはとても良いものです。

 子供でも安全に切れて、爪が飛び散らず、ヤスリまで付いている優れものです。


 セロの街からも買い付けに来ている人すら見かけたことがあります。

 あれを考えた人は、途方もない天才だと思いますね。

 一度使ったら、旧式に戻るのは不可能でしょう。


 噂では一部で評価されている新商品、ピーラーと制作者が同じだとの話です。

 技術部の知り合いが発明者を知りたがっていましたよ、ええ。


 話が逸れてしまいました。

 エルフと仲良くなるためのアプローチですね。


 勢い込んでエルフの商会に向かった私でしたが、結果は警備の人につまみ出される有様でした。


「ここは商家です。それ以外の話は、出来かねます」


 口調は丁寧でしたが、有無を云わさぬ迫力がありました。

 ショルシーナ商会はお金もあり珍しい品物もあり、更には多数の特許も所持する存在なので、胡散臭い人間がしょっちゅうやってくるそうです。

 なので、お客でなければすぐに追い返されてしまうのです。


 おつかいで幼い子供がやって来ることもあるので治安が良いのは結構なことですが、私を不審者扱いするのは勘弁して貰いたいものです。


 正面から攻め寄せては敗退しましたので、搦め手を使うことにしました。

 この商会は一般職員にハイエルフがいるという凄まじい場所なので、そちらと個人的に親交を結べば良いと考えたのです。


 結果は……大失敗でした。


 エルフと云う種族は極めて美しい外見をしています。

 その上位種であるハイエルフの美しさは、筆舌に尽くしがたいものがあります。

 つまり、云い寄る人が多いのです。


 変わった嗜好のものだと、耳マニアと云う存在までいるそうです。

 耳に関しては、獣人族も似たような被害や悩みを抱えているそうですが……。


 兎も角、私はその変質者のひとりに間違われそうになったのです。

 すんでの所で何とか誤解は解けましたが、「近づかないで下さい」と云い切られたのはショックでした。


 しかし、捨てる神あれば拾う神ありです。

 いえ、この使い方は不適当ですね。人間万事塞翁が馬と云うべきでしょうか。


 商会を追い返されたその日、私はひとりのエルフと知り合いになれたのです。


 彼女は旅のエルフで、お腹を空かせて座り込んでいました。そこに私が声を掛けたと云う訳です。

 ええ、下心がなかったと云えば嘘になりますが。


 最初は警戒されましたが、私が国に仕える魔術師であると証明をしたら、何とか保護を受け入れてくれました。被保護対象は国ではなく、私個人にですが。


 これはアレですね。

 あまり人間族と関わり合いになりたくないと云うことなのでしょうか?


 彼女の名前は、ピートロネラさんと云いました。

『アーチ』も『ハイ』も付かない、普通のエルフのようです。


 外見年齢は私と同じくらいか、やや下に見えますね。

 たぶん年上でしょうけれども、なんだか年下のような雰囲気のある子です。


 私はちょっと高めのレストランに彼女を連れて行って、話を聞きました。


「では、ピートロネラさんは、人を探して王都まで出て来たと?」

「うん。そうだよ。でも、お金がなくなっちゃって……」


 割と深刻なことを、照れたように語ります。

 少し話してみて分かりましたが、ピートロネラさんは、だいぶ世間知らずのようでした。

 ノーマルのエルフの血筋の中では結構、良い身分であるらしく、どこか浮世離れした危うさのある子です。


「ピートロネラさんは、ここまでひとりで旅をして来たのですか?」

「うん。私、魔術には自信があるし、大丈夫かなって」


 彼女は道中で魔物を蹴散らした武勇伝を聞かせててくれましたが、武力があれば何とかなると考えるのは、かなり危険な気がします。

 幸い目的なき旅ではなく王都にいる人を探すようですから、私はそれを手伝うことにしました。

 これが都の外だったら、ちょっと躊躇したかもしれません。


「本当!? 貴方が手伝ってくれるの!?」


 無邪気に感激して目を輝かせています。本当に危ういですね。

 私が悪人だったら、どうするつもりだったのでしょうか?


「それで、ピートロネラさんは、どなたを探しているのでしょうか? 王都に来た訳ですし、王国関係者でしょうか?」

「ううん。違うよ。私が探しているのは、同族」

「つまり、エルフですか」

「うん。でも、私なんかよりも、もっとずっと高貴な方よ? 比べること、それ自体が恐れ多いくらい」


 となると、ハイエルフで確定ですね。

 でも、少し妙です。ショルシーナ商会のスタッフ以外に、王都にハイエルフがいるなんて話は聞いたことがありません。


「その方のお名前は何と云うのですか?」

「それを口にするのは、無礼だからできないよ。お父様に知られたら、大目玉を食らっちゃう」


 まさか、長老クラス……?

 いえ、そんな大物が人間の街に出てくるはずが……。


「その探し人は、ラミエル派の方ですよね?」

「ううん。違うよ。あの御方は、あの御方。どこかの派閥に入るような方じゃないよ」

「え――?」


 私の中に、あり得ない想像が浮かびます。

 ただの伝説。

 それも、神話に属するような存在のエルフが。


「まさかとは思いますが、その探し人は、ハイエルフよりも、尊貴であったりするんでしょうか?」

「凄い! どうして分かったの?」


 ピートロネラさんがくりくりとした目を見開いていますが、驚いたのはこちらの方です。


 だって、信じられません。

 ハイエルフよりも上位のエルフなど、一種類しかいないのですから。


 ――アーチエルフ。


 文献上にしか存在しない伝説の具現がこの王都にいる。


 その事実に、私は身震いをしました。


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