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妹のいる生活  作者: むい
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第百十二話 トルディ・ノート(その一)


 私の名はトルディ・クロンメリン。

 王都在住の、公務員。十七歳です。


 一応、魔術師でもあります。

 と云うか、そちら関連のお仕事を頂いて、日々、暮らしております。


 内容は、雑用が多いでしょうか? 

 書類整理から魔獣の討伐、果ては免許試験の試験官なんかもやったことがあります。

 ……試験官役は、たった一度だけですけれども。


 兎も角、色々な場所で色々なことをするのが、私という人間です。


「そりゃあ、アレだ。トルディが、優秀だからだよ」


 先輩魔術師のロッサムさんがそう云ってくれます。

 ロッサムさんは大変気遣いの出来る方で、私のような下っ端にも、優しい言葉を掛けてくれます。『褒めて伸ばす』が信条なようで、多くの後輩たちに慕われているようです。


 彼は云います。

 私に多くの適性があるから、様々な仕事が来るのだと。


「一個の仕事しかできない奴ってのは、変化があった場合、適応や対応ができないってことだからな。優れた専門家ならそれでも良いが、そうじゃないなら、器用であるに越したことはないさ」


 そう云うロッサムさん自体がとても器用な方なので、私は少し気後れしてしまいます。

 私はロッサムさん程、色々できるわけではありませんので。


 私の場合は様々なことをやらされる訳ですが、ロッサムさんは、あちこち飛び回ると云う表現が相応しい方です。

 王都を留守にすることも多く、私のいるこの部署も不在にすることも珍しくありません。


「ロッサムさん、最近はとても忙しいと聞きましたが?」

「まあなー……。『奥』の方とギクシャクしているからな」


 彼が云う『奥』と云うのは、奥さんのことでも後宮のことでもなく、この国の魔術機関である、奥院のことでしょう。

 奥院はその性質上、秘密が多く、従って表院にも非協力的です。

 なので表院とは、しばしば対立することもあります。


 以前、奥院所属の後輩・リュースと話していた時のことですが、何気なく彼女の職場の話題を振った時、両腕で大きな×印を作られたものです。


「トルディ先輩でも、こちらの話は出来ませんよー。何せこちらは、購入した便箋の枚数や、ペンの本数ですら機密扱いですからね。実際に見たことはありませんが、深入りするものを『消す』役職もいるらしいので、単なる興味ですら、向けない方が賢明かと」


 物騒な話です。

 そんなですから、大小様々な噂が奥院にはありますが、そのどれもが真偽ハッキリとしないのです。

 ロッサムさんは、そちら方面に手を突っ込んでいると云うことなのでしょうか?


「突っ込みたくて突っ込んでる訳じゃねえよ……」


 訊いてみると、眉を寄せています。

 ああ、これは上からの命令のようですね。係わらない方が良いようです。


「部署に戻ってきたのも、それ関連ですか」

「うんにゃ。ちょっとした、頼まれごとさ」


 彼は書類を私に寄こします。

 良いのでしょうか、見てしまっても。


「ああ、構わん、構わん。お前さんとも、無関係ではないからな」

「私と、ですか……?」


 私は書類に目を落とします。

 そして、驚きました。


「アルト・クレーンプットくん……ですか!」


 それは七級試験の時に対戦した、五歳の少年についてでした。

 私を一方的に負かした、あの幼い子供です。

 美しく整った外見と、それにそぐわぬ酷くくたびれた気配を持った、不思議な男の子でした。


「普通の成績優秀者なら、はい凄いねで終わりなんだが、何せお前を事も無げに倒している少年だ。しかも、奥院のエリートである、リュース嬢のお墨付きと来た。となれば、単なる早熟ではなく、傑物の可能性があるんでな。少し調べろと云われたのさ。んで、来月の六級試験、出てくるなら、俺が実技を担当しろとも」

「ロッサムさんが、直々にですか!?」

「上も人材確保に必死なんだよ……。優秀な魔術師だからって、誰もが宮仕えしてくれる訳じゃねぇ。才能がある奴はフリーの研究者や、冒険者になるパターンも多いからな。というか、優秀なら、むしろそっちの方が稼げるだろうよ。自由時間も多いしなぁ」


 ぐぅの音も出ない正論です。

 私もフリーランスの友人に、公務員勤務をからかわれましたからね。


「それで、何か変わったことは、あったのでしょうか?」

「ん~……。まず、滅多に外出をしないらしい。と云うか、半ば軟禁状態みたいだな。外出の自由がないようだ」

「それは虐待と云うことですか? それとも、生まれの方に問題が?」


 前者であれば、許せませんね。子供は国の宝です。

 大切にしなくてはいけません。


「そう怖い顔をするなよ。後者だよ。たぶん、直接的な暴力は振るわれてはいない。外に出られないのは、立場の問題だ。平民と云うふれこみだが、半分は貴族の血を引いているからな」

「つまり、庶子ですか」

「妾の子だな。認知はされていないから、公的には父なし子だ」

「…………」


 貴族の方は、どうしてこういうことばかりなんでしょうね……。

 お家騒動を起こさないための序列などは重要ですが、それは子供を不当に扱うこととは、別の話のはずです。


 つい先日も虐待死させられた庶流の子供がいました。

 尤も世間に知られることなく葬られた事件ですが。


 きっと私の知らないところで、似たような事案は起きているのだと思います。

 殊更正義感ぶるつもりはありませんが、子供が不幸なのはダメです。

 子供は、いつでも笑顔でいるべきなのです。


 私は顔を上げて、頭に浮かんだ疑問を問います。


「しかし、ロッサムさん。そうなると不思議なことがありますね。認知されない立場であるならば、とても高等教育を受けられるとは思えないのですが」


 魔術師には、多くの知識が必要になります。その為には、優れた教育環境が必須であると云えましょう。

 いかに才能があっても知識がなければ、筆記テストで落第するはずです。


 しかし、件の少年は満点を取っています。

 これは、充分以上に勉強ができる環境が整っていると云うことに他なりません。

 お金持ちの子供ならば兎も角、外出を禁じるような家が、そのような環境を与えるとは、とても思えないのですが。


「ん~……。そこなんだがなァ。アルト・クレーンプットのところに、エルフが出入りしている姿が目撃されている」

「エルフですか……!」

「ああ、エルフだ。鎧姿のエルフが足繁く通っている」

「鎧……? では魔術師ではなく、エルフ族の戦士と云うことなのですか?」


 不思議な話ですが、エルフならば戦士でも魔術の扱いに長けているはずです。なにせ、魔術に優れる三大種族のひとつなのですからね。

 長命のエルフが師匠であるならば、数多くのことを学べるでしょう。

 しかし、すると別の疑問が湧きます。


「お前さんが気になるのは、エルフ族との繋がりだろう?」


 流石はロッサムさんです。

 この様子だと、そちらも調べが付いているようですね。


 エルフ族はあまり人間と交流がありません。

 ラミエル派と呼ばれる一部のエルフと、あとは大商会であるショルシーナ商会のスタッフくらいしか人前には出て来ないのです。

 相応の伝手がないと、師として仰ぐ機会はないはずです。


「アルト・クレーンプットの母方の祖父は冒険者ギルドの執行職だ。たぶん、その縁で師匠になったのだろう」


 成程。

 冒険者ギルドの執行職なら、色々な種族とも繋がりがあるはずですね。

 そう云う方が身内にいるなら、エルフと顔見知りであっても不思議はありません。

 優れた魔術師になるための条件のひとつ、『良き師』は、そのように得たのでしょう。


 ただ、これは当たり前の話になりますが、優れた師がいても、必ずしも優れた魔術師になれるとは限りません。

 もしも師を得るだけでなれるのであれば、お金持ちの子や貴族の子弟は、殆ど全員が魔術師になれてしまいますから。


 つまり、アルト・クレーンプットと云う少年の成績は、たゆまぬ努力か、底知れぬ大器がもたらした結果と云うことになります。どちらであれ、立派なことですね。


「まあ、そうだな。この子供に関しては、それで良いのかもしれないが、問題は背後にもあってね。俺はベイレフェルト侯爵と面識があるが、あの人は結構、したたかだ」

「と云いますと?」

「魔術師の資格がある子供なら、大いに利用価値がある。政略結婚の道具にするには、もってこいだろう。侯爵の娘婿の妾には、娘もいると云う話だが、もしその子も魔力持ちだとしたら、まず間違いなく取引材料にされるだろうな」

「……つまり軟禁状態なのに免許試験の時だけ外出許可が下りるのは、あわよくば門閥のために利用する心算だと?」

「たぶんな。じゃなきゃ、血の繋がらない妾の子なんて、外に出さないだろうよ」

「…………」


 私は眉をひそめました。

 貴族のこういうところも好きにはなれません。

 あの少年は、それを知っているのでしょうか?


 もしも彼の成績が『生きて行く為の必死の努力』の結果なのだとしたら、それはとても悲しいことなのだと、私は思いました。


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