第百十話 ミアの友達、イフォンネちゃん
「にーた、つみき! ふぃー、つみきでいえつくる! にーたといっしょに、おうちつくる!」
昨日はミアと話していて積み木遊びが中断されてしまったからか、妹様は積み木を手にとって俺の前に駆け寄って来た。
その表情からは、大作を作ってやろうという意気込みが感じられる。
「よーし、じゃあ、やるか!」
「やる! ふぃー、やる! りっぱなおうちつくって、にーたとくらす!」
積み木で建てた家に住むのはちょっと無理かなー?
しかし、その心意気や良し。
うちにある積み木って数も種類も少ないが、いっちょ頑張って作りますか!
腕まくりするとマイエンジェルが、すすすす……と寄ってきて、俺にぴったりと肩をくっつけた。
一緒に並んで作りたいみたいだ。
「ふへへへへへへへぇ……!」
目が合うと、にへらと笑う妹様。
どうやら同じタイミングで互いを見つめあえたことが、嬉しいらしい。
「ふぃーとにーた、めがあった! いっしょ! いっしょにみた! ふぃーうれしい! ふぃー、にーたすき! だいすきッ!」
両手に積み木を持ったまま、俺に抱きつくマイシスター。
今日も今日とて、妹様はデレデレだ。
「あの~……。仲良く盛り上がっているところ、すみませ~ん……」
扉の影から顔をのぞかせる犯罪者予備軍。
俺は思わず身を竦ませるが、フィーは顔をしかめて、抱きつく力を強くした。
積み木がマイボディに食い込んで、痛い。
「イフォンネが来てるんで、アルトきゅん、時間良いですかー?」
「えっ、もう来たの? 明日じゃなくて?」
「はいー。なんでも、予定が繰り上がったとかで」
そりゃ、俺に会いに来るのが主目的じゃなくて、離れに来たついでに会ってくれるだけなんだから、こういうこともあるんだろうが……。
「つみ、き……。ふぃー、にーたに、つみきであそんでもらえないの……?」
あああああ、フィーが泣きそうな顔をしている。
今日こそ俺と積み木で遊ぼうとしていたのに、不意の来訪者に楽しみを潰された悲しみは深いようだ。
「フィー、明日だ。明日はたっぷり遊んであげるから……!」
「ひぐっ……! ぐすっ……! にーたあああああああああ!」
マイエンジェルは、結局泣き出してしまった。
これは、後で強力なフォローが必要になるなァ……。
しかし、『今じゃなきゃ嫌だ』とダダをこねないあたりが、いじらしい。
「アルちゃん、フィーちゃんはお母さんが見ててあげるから、行ってきなさい。でも、ちゃんと後でたくさん可愛がってあげなきゃ、ダメよ?」
母さんがフィーを抱きしめて頭を撫でてくれる。
俺は頭を下げてから、ミアについていった。
ごめんよ、フィー。
※※※
「はじめまして。私はイフォンネと云います。貴方がアルトくんですね?」
おおお、小学生!
小学生が、メイド服を着ているぞ!
目の前に現れたのは、ツインテールのメイドさんだった。
しかし、幼い。
声も随分と可愛らしい。
正式なユニフォームなのに、どこかコスプレっぽさがある。
ミアとひとつしか違わないはずだが、より幼く見えた。童顔なんだろうか?
「アルト・クレーンプットです。よろしくお願いします」
しかし、俺は内面をおくびにも出さずに頭を下げる。
不審がられちゃうと困るしね。それに、挨拶は大事だ。
「…………!」
あれ、ちびっこメイドさんの目が輝きだしたぞ?
「ミアちゃん、ミアちゃん! この子、可愛いっ!」
「でしょでしょでしょでしょ~? アルトきゅんは、私のイチオシですからね~!」
おい、どういうことだ!
『ご同類』じゃないって云っただろうが!
イフォンネは目線の高さを俺のそれに合わせて、頭を撫でてくる。
「ふふふふ……。仲良くしてね?」
う~ん……。一瞬焦ったが、よく見ると目の輝き方がミアとは違う。
駄メイドの視線は何かこう、絡みつくようにネットリしているが、この娘の瞳は、猫とかウサギとか、小動物を見つけた時のそれに近い気がする。
何か純粋な小学生っぽいな。
これなら、取り敢えず仲良くなれるかな?
「でも不思議っ! なんだかくたびれた時のお父様みたいな気配があるのね!」
どんな気配だ。
イフォンネは嬉々として俺を自分の膝に乗っけた。
この娘、子供好きなのかもしれない。
「あ、イフォンネずるいですよ! アルトきゅんを膝に乗せるなんて、私でもまだなのに~!」
まだってなんだ。
そんな機会は生涯来ないぞ?
むむむ。思っていた以上に、幼い子のノリだ。
いや、年齢を考えれば、当たり前かもしれないけれども。
あ、ちなみに、ミアには単純に『友達を増やしたい』と云う理由で紹介して貰っている。
大事な家族を守る為に、本館の情報が必要だ、とは流石に云ってない。
まずは仲良くなるために、話題を振ろう。
「イフォンネさんって、その歳で魔術師なんですよね? 凄いですね」
「それはアルトくんもでしょう? ミアちゃんから聞いているよ? 天才なんだって」
いや。俺の成績はインチキです。
天才じゃありません……。
「私、七級試験は三回も落ちたのよ? 筆記テストが難しくて……」
てことは、魔力量と実技戦闘は問題なくパスしているのか。凄いなァ。
「七級って、多層構造術式を理解していることが前提だから、多次元的な視点を持てないと、ずっと合格出来ないと思うの。単純なひっかけ問題も多いし、高得点は兎も角、満点なんて普通は取れないよー」
そうだよなー。村娘ちゃんは凄いよなァ……。
何なんだろうね、あの子は。
「でも、イフォンネは魔術師の資格をちゃんと取れたじゃないですか。私なんて、十級のままですよー? いえ、九級試験、受けに行ってませんけど」
「……私の場合は、付加価値を付けることに意味があるから」
あ、ちょっと悲しそうな笑顔。
やっぱり免許を取ったのは魔術に興味があるんじゃなくて、家の都合のようだ。
魔力持ちの親からは、魔力持ちの子供が生まれやすい。
だから、魔術師というだけで、嫁の貰い手は無数にある。
これが魔導士だと数がだいぶ増えるので、魔術師程は重要視されにくくなる。
それでも結婚相手に欲しいと云う人は、もちろんいるけれども。
だからミアも、本来なら貰い手はあると思う。
腐っても男爵家の令嬢で、しかも魔導免許持ち。
加えて、容姿も整っているのだから。
(まあ、あの性癖がある限り、仮に公爵家のご令嬢だったとしても、色々厳しそうだけれども……)
俺の視線を受けたアブナイメイドさんは、
「見たッ! アルトきゅんが、こっちに熱視線を向けていますよー!」
とか都合の良い解釈をして叫んでいる。
うん。これではダメだな……。
しかし、イフォンネは気さくな子だな。
これなら、色んな情報を聞きやすいかもしれない。
当たり障りのない範囲で、何か訊いてみようか?
「イフォンネさん、本館って、どんな感じですか? 雰囲気とか、働きやすさとか」
「んー……? ここよりは、色々とピリピリすることも多いかな? お客様をお招きすることも多いしね」
そりゃ、こっちは俺たち親子を露骨に無視してても構わない場所だからな。
相変わらず、使用人達には腫れ物を扱うかのような態度を取られることが多い。
結果として、俺たちに直接、接するような仕事は、ミアに回ってきやすいようになっている。
しかし、イフォンネの態度と口調から察するに、クレーンプット家の扱いは、継続して放置路線であるようだ。
それが分かっただけでも儲けものだろう。
排除路線だったら、たぶんこういう言葉にはなっていないし、この娘との接触も不可能だと思う。
(尤も、『正夫人様』は俺たちを敵視しているから、全く油断は出来ないんだけれども)
親父殿が『約束』を盾にとられて、良いように操られているからな。
いつ災難が降って湧くか分かったもんじゃない。
出来ればこうやって使用人を介して探るんじゃなくて、細作みたいなものを入れたいんだけどね……。
じゃないと、事態が急変した時に対応出来ない。
(しかし、そんな都合の良い人物がいるはずないしなァ……)
雇うことなんて出来ないし、育てることも――。
(ん? いや……)
何かが俺の頭に浮かびそうになった。
直接的な解決策と云うよりも、その断片。
手がかりとなりそうな何かが――。
「にーたああああああああああああああああああああああああああ!」
その時、フィーが部屋へと飛び込んできた。
どうやらマイマザーは、沈静化に失敗したようだ。
泣きながら、俺に抱きついてくる。
「にーた、ふぃーからはなれる、めーなの! にーた、ふぃーといなくちゃ、めーなの!」
「あああ、ほら。俺が悪かったよ。泣き止んでくれ……」
「か、可愛い……! この娘がフィーちゃんですか!」
俺を膝に乗せたままのイフォンネが目を輝かせて、いっぺんに抱きしめて来た。
うん。フィーを可愛いと評価するあたり、まともな感性なのだろう。
ちいさな男の子以外、興味がないと云いきったミアとは大違いだ。
マイエンジェルは俺が他の子と密着していることすら目に入っていないらしい。
一心不乱に胸板にぐりぐりと頭を擦り付けている。
「わぁ……っ! 懐かれてるんだぁ。良いなぁ……!」
後で訊いた話だが、イフォンネは末っ子なので、弟か妹が欲しかったんだそうだ。
それで目を輝かせていたのね。
「にーたああああ、にーたああああああああああああああああ!」
「フィー、泣かせちゃって、ごめんな。積み木で遊んであげるから、許してくれ」
「ひぐっ……! ふぃーと、あそんでくれる、の……?」
「うん。俺が悪かったよ。遊ぼう?」
「うん……! ぐすっ……! ふぃー、にーたすき……」
泣きながら頷いてくれた。
どうやら許してくれるらしい。
その後、付きっきりで甘やかしてあげたら、何とかご機嫌モードに戻ってくれた。
ふたりっきりで遊ぶことが条件だったので、イフォンネとは、それ以上話すことは出来なかったが、また会う約束だけは出来た。
呼んだのは俺なのに、なんだか申し訳がない。
「気にしないでね、アルトくん。今度、ゆっくりと話そうね?」
笑顔でそう云って貰えたのは、正直、助かる。
かくして本館側の人間との初めての接触は、こうして終わりを告げたのだった。




