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妹のいる生活  作者: むい
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第十話 九級試験


「にいたあああああああああ! いっちゃやあああああああああああああ!」


 俺はここから、離れなければならない。

 別れは悲しい。そして、ツラい。

 それは俺だけの感情ではなく、妹もだ。


 愛しい愛しいマイシスターが俺に手を伸ばしながら泣き叫んでいる。

 それだけでもう、胸が張り裂けそうだ。


「くっ……! フィー……!」


 俺は妹に駆け寄って手を握った。


「にーたああああああ! にーたあああああああああ! ふぃー、にーたとはなれるのやあああああああああああ!」

「俺だって、フィーと離れたくないッ!」

「にーたあああ! すきいいいいい! ふぃー、にーたすきいいいい! はなれるのやああああああああ!」


「……さっさと行ってくる」


 俺の頭に師匠の放つ全く痛くないチョップが突き刺さった。

 うん。まあ、フィーと離れるのは試験の間だけなんだけどね。


「くすくす。ホントにフィーちゃんはアルちゃんが大好きね?」


 兄依存症の愛娘を見てそんな感想を抱ける母上はやはり大物だと思う。彼女の中では麗しい兄妹愛は全てに勝るのだと云う。

 俺はフィーを抱きしめて一時の別れを告げた。

 試験会場に向かうために。


※※※


「では魔力計に触れて下さい。……はい、結構です。そのまま奥まで進んで下さい」


 魔力測定は入場券の受け取りでもするかのようなシンプルさだった。

 正確な数値を計測するのではない。

 一定以上あるかどうかだけを計る魔道具を使っている。

 単純な構造のほうが購入費用は安いし、なにより壊れにくいのだと聞いた。電化製品と一緒だね。


 実技も酷く簡単だった。


「では、どの属性の魔術でも良いので、球を作ってみて下さい。時間属性、空間属性、無属性のどれかしか使えない場合は、ここでそれを告げて下さいね」

「了解しました」


 俺は光の球を発生させる。見栄を張って大きなものにする必要はない、とエイベルに事前に云われているので、ソフトボールくらいの大きさにした。


「……これで良いのかな」

「はァッ!?」


 突然試験官が奇声を上げた。

 俺はビックリしつつも光球の安定に意識を向ける。驚いて展開中の魔術をダメにするのは三流だとエイベルに云われているからだ。


「……ビックリさせて様子を見るのも試験のうちなんですか?」

「い、いえ、違います。集中の邪魔をして、申し訳ありませんでした」


 神妙な顔で何度もぺこぺこと頭を下げる。

 となると、変な声を出したのは完全なイレギュラーのようだ。困るなぁ。


「しかし……これは、凄いですね……」


 よくわからんが試験官が驚いている。

 俺の光球になにかあるのだろうか? 周囲の人たちと同じくらいの大きさだと思うのだが。

 奇声をあげた者以外の試験官たちも俺の方を見て、ひそひそ話をしている。何かやだな、こういう空気。何かあるなら、はっきり云って欲しいのだが。


「文句なしの合格です。さ、順路をお進み下さい」

「はあ……?」


 合格ではあるらしい。

 文句なし、と云われても、どういった条件で文句が出るのかわからない俺は曖昧に頷くしかない。


 釈然としないまま、最後は筆記試験。

 十級よりも明らかに難しくなっている。と云っても頭を抱えるようなレベルではないが。


「勉強をしないとまず受からないが、勉強をしておけば簡単に受かる」


 そんな難易度だろうか?

 あ、今回も引っかけと高難易度問題が混じってました。特に躓くポイントはなかったけれども。


※※※


「にいたああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 会場を出ると、前回と同じく大泣きしたマイシスターに抱きつかれる。


「おー、よしよし。会いたかったぞ、フィー!」

「ふぃーも! ふぃーもにーたにあいたかったあああああああああ! すきッ! すきッ! にーただいすきッ!」


 柔らかくて良い匂いで、我が妹は最高の触り心地なのだ。試験の間だけとはいえ、この温もりを喪失していたのはツラかった……。


「……どう?」


 エイベルは矢張りシンプルに手応えを聞いてくる。


「なんとかプレゼントを貰うことが出来そうだよ」

「……そう。楽しみにしてて?」


 エルフの少女は口元だけで笑った。

 ホント、何をくれるんだろう?


 耳とか触らせてくれないかな?


「そういやエイベル。何か実技試験で光球作ったら驚かれたんだけど、理由は分かる?」

「…………はぁ」


 エイベルはちいさく息を吐いた。


「……アル。それは気にする必要のないもの。『持たざるもの』からの視点は考慮に値しない」

「え~、何々? 私にも教えてよ~? アルちゃんの凄いとこ、お母さん知りたいわ」


 母さんがエイベルに抱きついた。幼い少女の姿をした我が師と、まだまだ全然若い母さんの絡みは妙に生々しい。と云うか、母さんの抱きつき方がいやらしい。


「……リュシカ、撫で回すのはやめて」


 不機嫌そうに手を払う。あまり他人に触られるのは好きではないと以前云っていたのを思いだした。


(だとすると、耳が報酬の線はなさそうだ……)


 この間から、俺の意識はエイベルの耳に釘付けになってしまっている。

 いつか触りたい。それを密やかな目標に掲げているのだ。

 この俺が大天使フィーリア以外に心を奪われるなんて……。


「それでそれで~。アルちゃんはどう凄いの?」

「……説明するから早く離れて」


 てしてしと埃を払い、ローブの皺を丁寧に直すエイベル。


「……アルが驚かれたのは、複合的な理由。端的に云えば、光球が凄かったから」

「ばっさりすぎて分からないわよー?」


「……はぁ。まず、アルは光球を無詠唱かつノータイムで作り出せる。並みの魔術師ではどちらも不可能。次に光球の安定性がずば抜けている。具体的には、光量と形状。普通の魔術師の作る光球は、炎のように揺らめいてしまう。けれどアルのそれは小揺るぎもしないし、形も綺麗な真球そのもの。そして、供給魔力が高レベルで安定しているから、周囲に届く明るさは一定で、チカチカしない。加えて持続時間にも優れている。だから驚かれた」

「じゃあ、じゃあ、アルちゃんは何でそんなことを簡単にできるの?」


「……アルの適正は『魔力の根本・根源』にある。土台がしっかりしていれば、そこからの派生の全てが安定するのは当然の道理」

「凄い、凄いじゃない、アルちゃん! 流石は私の愛息子だわ!」


 母さんがフィーごと俺を抱きしめた。よく分かっていないであろうフィーも、


「しゅごい! にーたしゅごい! すき! だいすきッ! なでて!」


 一緒になってはしゃいでいる。脈絡のない「撫でて」はいつものことなので、いちもにもなく要求に応じる。はあ、柔らかい。

 母さんが質してくれたおかげで、俺の疑問も霧散した。しかし別の疑問が湧く。試験官たちの態度に対する、持たざるものうんぬんと云うやつだ。


「じゃあ、考慮に値しないって云ったのは何故なんだ?」

「……確かに並みの魔術師と比べるなら、アルは凄い。けれど、並以上の魔術師なら、術式の安定は当たり前に出来ること。だからこの程度で『自分は凄い』と慢心されては困る。魔術師としてやっていくなら、もっと上を見て欲しい」


 別に俺は魔術師としてやっていくつもりはない。


 魔術は便利な道具であり、資格は有利な材料だ。己の身と家族の安全を守り、魔道具で金を稼ぐ手段として必要。だから学んでいるだけで。

 だが確かにうぬぼれは良くないとは思う。

 おごり高ぶれば、歩みはそこで止まってしまう。ましてや上位の魔術師達が当たり前に出来ることで天狗になるのは恥ずかしい。


 ただ、魔術師を職業にするつもりはなくとも、研鑽は続けるつもりだ。

 自分自身と、なにより魔術を教えてくれているエイベルのためにも。


 そうして、九級試験は終わりを告げた。

 一週間後、合格通知が届く。


 魔力測定、満点。

 実技試験、満点。

 筆記試験、満点。


 母さんは大喜びで祝ってくれたが、通過点なので特に感想はない。まあ、ケアレスミスがなくて良かったとは云うべきか。


 俺の全試験満点は母さんとフィー以外には、特に騒がれずに収束した。

 それは、この国の第四王女様も最年少の全試験満点であったからだ。

 無名の平民なんぞ誰も気にしない。騒がれるのが嫌いなので、こちらとしてもそれはありがたい。

 一方で、第四王女様は不世出の大才と持て囃されているらしい。

 一回しか会話していないのに勝手な印象からの推測だが、あの娘はバカ騒ぎされることを喜ばない気がした。

 気の毒に、とは思うが、王族なので、これも仕事のうちなのだろう。


(七月にまた会えるのかな……)


 彼女の立場を考えると、あんな場所でも、そのうち会うことが出来なくなるだろうってことは俺にも分かる。

 やっぱり貴族なんかになるもんじゃないな。

 そんな風に、思い至った。


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