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妹のいる生活  作者: むい
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第百六話 消える! お兄さん


 子供の頃、時間停止と透明化に憧れたことがある。


 もちろん、この場合の子供の頃って云うのは、前世のことだ。

 こちらだと、現在進行形で子供だしね。


 まあ、その時に考えていた使い途なんて、『しょうもない』か『下らない』のどちらかに分類されるだけのものだから、使えなくて良かったのかもしれない。

 きっと世のため人のためじゃなくて、小悪党のような使い方しかできなかっただろうから。


 しかし、だ。

 透明化――いや、正確には不可視化が現実に出来るかもしれないとなると、やっぱりちょっとテンションが上がる。


 いえ、悪いことには使いませんよ? 本当だよ?

 あ、いやでも、フィーをバカにする奴が出て来た時は、見えなくなって足を引っかけてやるくらいはしても良いかもしれない……。


 そんな訳で、不可視化に挑戦。

 術式構成は、あのリュネループの女性に散々見せて貰ったから、多分いけるだろう。


「にーた、がんばってー。ふぃー、にーたに、だっこしてもらいたい!」


 俺が何をするのかは知らないが、何かをするのは知っている妹様が声援を送ってくれている。


 うん。

 だっこは、この後な。


「行くぞ! とうっ!」


 不可視化の為の多層術式を身に纏う。

 精密な操作と大量の魔力を必要とする不可視化は、今の俺だと、一~二秒が限界だろう。


「ふぉお~~っ! にーたきえた! にーたみえない! すごい! だっこして!」


 消えたという割りには、俺をしっかりと見ているマイエンジェル。

 まあ、この娘は魂が分かるからね。ある意味、効果無しなんだろう。


「ぷはぁッ!」


 術を解除し、俺は大きく息を吐く。

 何と云うか、一瞬だったのに疲労感がハンパない。


 滝のように汗が出た。

 魔力だけでなく、体力と精神力も削られる。


 フィーに魔力を融通して貰っても、きっと短時間しか稼働できないだろう。

 それ程までに難易度が高い。このザマじゃ、使いこなせるようになるのは、もっとずっと先の話になりそうだ。


(これで自分だけでなく、複数の魔術にも不可視化を掛けて、剣で打ち合うとか、あの魔術師、バケモノか)


 いや、改めて例のリュネループの凄さを知った。

 無理だわ、これ。


 ぜーはーぜーはー云っていると、マイシスターが駆けてきて、俺の前で両腕を広げる。


「だっこ!」


 今のフィーは完全にだっこモードに入ってしまっていて、抱き上げてあげないと収まりが付かない状況だ。

 試しに銀色の髪を撫でてみる。


「ほらフィー、なでなで~」

「ふぃー、なでなですき! でも、だっこ! ふぃー、だっこがいーの! ふぃー、にーたに、だっこしてもらいたい!」


 これはアレだな。

 カレーが食べたい日はカレーじゃないとお腹が納得しないと云うか、うまい寿司やラーメン食べても、「でもカレーが食べたいんだよ!」と云う気持ちになる感覚と同じなんだろう。

 ……カレー食べたいなァ。チキンカレーが良い。


「ううぅぅぅぅ~~……。にーたぁぁぁ……」


 おっと、いかんいかん。

 だっこして貰えなくて、妹様が泣きそうだ。


「ほら、フィー。ぎゅーっ!」

「ぎゅーっ!」


 たちまち笑顔の花咲く三歳児。

 持ち上げてみると、確かに前よりも重量があるのが分かる。

 云っておくけれども、肥満児じゃないぞ。ちゃんと育っていると云うことだ。


 ただ、俺も毎日のように母さんとフィーを乗せたソリをひいて走っているので、それなりには体力が付いて来ているのだ。

 身体強化の魔術を使わなくとも、愛しい妹様を抱えて走れる程にな! 

 ……今は疲れているから、やらないけれども。


「ふへッ……! ふへへへへへぇっ……! すきッ! ふぃー、にーたすきッ!」


 すっかり機嫌の良くなったマイエンジェルは、もちもちほっぺを俺に擦り付けて、じゃれついてくる。

 ヘンリエッテさんが触りたがったフィーのほっぺは極上で、これ以上のものがこの世にあろうとは思われない。


「ほ~ら、フィー。だっこしてあげたぞー? これで満足かー?」

「めー! なでなでも! ふぃー、にーたに、なでてもらいたい!」


 やっぱり、なでなでも欲しいんじゃないか! この欲張りさんめ!

 そんな我が儘を云う悪い子は、こうだ~っ!


 わしゃわしゃわしゃと、強めに髪をかきまわす。

 せっかくの毛並みがバサバサになってしまうが、どうせ散々遊んだこの後は風呂に入るので、なんら問題はない。


「きゃー! にーた! ふぃー、わしゃわしゃもすき! にーただいすき!」

「はっはっは! 俺もフィーが好きだ! 大好きだー!」

「きゅきゅーーーーん! ふぃー、にーたにすきっていってもらえた! ふぃー、うれしい! ふぃー、しあわせ! ふぃー、にーたすきッ!」


 そんな風にマイエンジェルといちゃいちゃしていると、ふいに視線を感じた。


「……ん?」


 目をやると、エイベルが物陰から、こちらを見ている。

 殊更隠れているのではなく、出るタイミングを伺っているかのような感じだった。


 いや、何となく、その理由は分からなくはないのだ。

 誕生日に俺がロケットを贈ってから、少し様子が変だったのだから。


(俺のせいなのか……? いや、あの後戻って来た母さんは、アルちゃんは悪くない、しばらく様子を見てあげて、と云っていたからな……)


 だから声を掛けてあげたいけれども、それを控えている。

 母さんはエイベルの親友だ。その発言を、信じるべきだろう。


(尤も、間を置かなければならないのは、母さんも一緒だけどね……)


 我が愛しの母上様は、愛娘の誕生日に暴飲暴食を重ねた。

 浮かれていたが故だろう。

 後日、自らの脇腹と二の腕をつまんでため息を吐いていたので、ちょっとだけからかってしまった。


「はっははは、これは面妖な。近頃は、王都の貴族街にも、オークが出現するらしい」


 まさか、あそこまで激怒するとは思わなかった。

 ほんの軽い気持ちだったのに。


 だって、うちの母さん、全く太ってないよ? 

 本当に太っていたら、こんな冗談、云わないよ? 

 なのに、振り返ったマイマザーは、憤怒の塊になっていた。


 俺は逃げた。

 持てる力の全てを使って逃げた。


 捕まれば、きっと俺は殺されるだろう。

 魔術ではなく、物理的に消えることになるだろう。


 可愛い息子のちいさな冗談だと気付いて貰えるまで、冷却期間が必要だ。


「にーたああああ。にーたあああああ! ふへへへへへ……! ふぃー、にーたすき!」


 母親とは正反対に上機嫌の妹様が、俺に頬を擦り付けてくる。

 こっちは完全に浮かれモードだ。時たま、首からさげている貝がぶつかって、ちょっと痛い。


 宝物にする、との宣言通り、フィーはあれを気に入り、肌身離さず持っている。

 家族全員が描かれているほうは、この娘専用の宝箱に仕舞ってあるが、俺とふたりきりのバージョンは、ずっと身につけているのだ。

 時たま中を覗いては、幸せそうに微笑んでいる。


 喜んでくれたのは嬉しいが、ここまで気に入られると、くすぐったい。


「にーた、もっと! もっと、ふぃーをなでて?」


 とどまるところを知らない妹様の催促に応えていると、遠慮がちな足音が近づいてきた。

 どうやらエイベルが、話しかけてくるようだ。


「……アル」

「ん? どうしたの、エイベル?」


 俺は務めて平静を装う。

 この人の扱いは、慎重にだ。


「……ん」


 エイベルは俺をしばらく見つめた後、


「……フィー。少しの間、アルを貸して欲しい」

「や!」


 にべもない。

 妹様は、ぷいと横を向いた。


「お、おい、フィー。少しくらい――」

「めー! にーたは、ふぃーの! ぜったいにわたさないっ!」


 あ、これダメなパターンだ。

 フィーはたまに、凄く頑固な時がある。


 今がそれだ。

 こうなった時は、俺でもどうしようもない。


「…………わかった」


 エイベルは僅かに目を伏せると、俺たちから離れていった。

 しかし、立ち去るつもりはないようだ。

 物陰に隠れて、こっそりこちらを窺っている。


(え~と……。フィーの体力切れを待つつもりなのかな?)


 正しい作戦ではあるのだろう。

 うちの妹様、すぐ眠るし。


 エイベルは俺に何か話があるっぽいので、出来れば聞いてあげたい。

 なので、フィーを優しく撫でる。

 俺のなでなでで、夢の世界へと誘うのだ。


「みゅ? みゅ~~……」


 しばらくそうしていると、マイエンジェルの様子が変わってきた。

 ぱっちりおめめが、とろんとしてくる。


「……にぃ……た……」


 そして、かくんと力が抜けてしまった。

 ちいさなちいさな妹様は、すぴすぴと寝息を立てている。


 ちょっと罪悪感。

 なんだか、だまし討ちみたいな感じがしてしまう。


 俺はエイベルの方を見た。


 しかし、そこにいたのは。


「こ、こんにちは、奥さん」

「はーい。オークさんですよー?」


 ごめん、エイベル。

 消えてなかったら、話を聞くわ。


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