第百五話 家族の肖像
三歳になった妹様へのプレゼント。
それは、俺が今年の春に商業地区で購入したハマグリである。
フィーにゴミ呼ばわりされた、アレだ。
我が故郷、日本だと貝に色を塗り絵を描いて、美術品のように仕上げることがある。
俺はそれに倣って、ハマグリを加工して、ちいさなロケットペンダントを作成した。
普通のロケットは横開きだが、貝なので縦開きだ。
接合部も加工してあるので、しっかり開閉できるようになっている。
そこには、俺が彫り込み、描いたものがある。
「にーた、これ……。ふぃーたち?」
そこにあるのは、家族の肖像。
俺たち家族の姿だ。
尤も俺には精巧な絵なんて描く技量がないから、自己流にデフォルメさせてもらった。
最初はシルエットで済ませようかと思ったくらいだ。
そっちのが良かったかな?
ただ、それでも誰が誰かは分かる出来にはなっているはずだ。
中央にフィー。その隣に、俺。
俺たちを抱きかかえる母さんと、その傍に寄りそう、ひとりのエルフ。
この世界で一番大事な、俺の宝物。
――永遠の家族。
聖・ロッチナリ語で、その言葉だけを刻んである。
魔導歴中頃に滅んだ聖地、ロッチナリは、一族や血族の結束と繁栄を願い、祝福する場所であったそうだ。
なので、それにあやかって当時の言語で表現してある。
当然だが、俺に聖・ロッチナリ語は使えない。
この文字を教えてくれたのは、加工を手伝ってくれたドワーフのガドだ。
何でも武具や装飾品を依頼の元に作成すると、ついでに贈答用のメッセージを彫ってくれと頼まれることもあるんだそうだ。
なので、余程無学の鍛冶士でもない限り、色々な言語のお祝いメッセージは覚えてしまうとの話。
成程な~……。
ロケットは遠目からでも綺麗だと分かるように、表面を塗装してある。
塗料にはガドに貰った魔鉄を粉末状にし、魔芯を通す要領で強化した特殊な素材を混ぜてある。
元が単なる貝なので、そうやって強度を上げておかないと、破損や劣化の恐れがあるのだ。
おかげで、とても頑丈になったし、色もそうそう剥げないだろうと鍛冶の師匠にお墨付きを貰った程だ。
俺が用意した貝は、いつつ。
普通の大きさのものがみっつに、ちいさいのがふたつだ。
もちろん、全部がロケットになっている。
手作業なんで、イラストも全部違う。
「これ、母さんとエイベルにも、受け取って貰えると嬉しいな」
初めからそのつもりで作成をした。
家族なんだから、皆が持ってなくちゃね。
母さんに渡したものは、中央に母さん。
エイベルに渡したものは、エイベルが真ん中だ。
俺も一応、ひとつ所持する。
フィーには、ちいさいロケットがふたつ。
ひとつが最初に渡した家族の肖像。
もうひとつは、誕生日プレゼントなんで、俺とフィーだけのツーショット。
(喜んでくれとは云わないが、迷惑じゃなきゃいいけどな……)
友人の結婚式に出て、新郎新婦の写真の入った皿とか渡されても色々困るが、アレと同じ困惑を与えていなければいいのだが……。
完全に自己満足だからね、これ。
引きつった笑顔だけは勘弁して下さい。
俺は母さんを見た。
母さんは、静かに眼を細めていた。
微笑を浮かべているので、少なくとも、迷惑ではないようだ。
まあ、この人は俺を溺愛しているから、たとえ酷いものでも喜んでくれるのだろうが。
「アルちゃん……」
「う、うん」
「ありがとう。嬉しいわ」
そんな花のような笑顔で云われると、こっちが困ってしまう。
ペンダントを胸元で抱きしめる姿を見ると、そう云えばこの人、本来は凄い美人だったんだなと思い出す。
もちろん、口には出さない。お仕置きされるから。
次いで、俺はエイベルを見た。
エイベルは、静かに肖像を見おろしていた。
「…………」
「エイベル……?」
どうしたんだろう?
不満に思っているというのとも、ちょっと違う感じの沈黙だけれども。
ちいさなエルフは、ジッと家族の絵を見つめていた。
無意識なのか、白い綺麗な指は、俺の彫り込んだ下手くそな文字をなぞっている。
「……家族」
エイベルが呟いたその言葉は、なんだかとても深くて重い言葉のような気がした。
母さんが親友の様子に気付き、傍に寄ると何かを小声で耳打ちしている。
「だか……で、……アルちゃん……かぞ……貴女……独りじゃ……しあわ……えいえ……」
何だろう?
俺の名前が出たけれど、きっと聞かない方が良いんだろうな。
エイベルは母さんに頷くと、小走りで出て行ってしまった。
「えっ!? あれっ!? エイベル……!?」
何ッ!?
どういうことなの!?
呆けていると、母さんがポンと俺の肩を叩いた。
「アルちゃんは、『まだ』気にしなくて良い事よ? でも、いつかは、あの子を幸せにしてあげて欲しいかなー……」
「は? え? いや、いつかって、俺、エイベルにはいつでも幸せでいて欲しいんだけど……?」
「ふふふ。そうね。でも、幸せにしてあげたいって云うのは、その『想い』だけじゃ、決して届かないことだからね」
「母さん、それって、どういう――?」
「いいからいいから。あの子のことは、『今は』まだ、親友の私に任せておいて? アルちゃんは、フィーちゃんといてあげてね?」
母さんも部屋から出て行ってしまった。
よく分からないけれど、俺のせいなんだろうか?
知らないうちに、心の傷に触れたとか?
後で謝るべきか?
いや、母さんにそう云われない限り、余計なことはすべきではないのかもしれない。
しばらくは様子を見よう。
しかし何にせよ、お誕生日会の主役の傍にいるのは、俺だけになってしまった。
フィー、気にしてなきゃ良いけど……。
俺は妹様に向き直る。
すると。
「にーたああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
ちょうどそのタイミングで、マイエンジェルがタックルを繰り出してきた。
がっちりとキャッチする。
マイシスターが、ぐりぐりと俺に頭を擦り付けた。
「ふへ……ッ! ふへへ……ッ! ふぃーとにーた、いっしょ! いっしょッ!」
貝のペンダントを俺の眼前に突きつける妹様。
後で渡した方の、俺とフィーのツーショットだ。
「えっと、気に入ってくれたのか?」
「うんっ! ふぃー、うれしい! ふぃー、いつでもにーたといっしょ! にーたも、ふぃーといっしょのぞんでくれた! ふぃー、それがしあわせ!」
そういう喜び方なのか。
まあ、喜ばれないよりはずっと良いのだろうけれども。
「このかい、にーたをかんじる! あけると、にーたとふぃーがいる!」
俺を感じるってのは、俺の魔力のことだろうか?
結構頑張って込めたからな、この娘なら、それが分かるのかもしれない。
「……そうか。喜んでくれて、俺も嬉しい」
「ふぃー、これ、ずっとたいせつにする! いっしょーのたからものにする!」
そこまで大仰に云われると、流石に苦笑いを浮かべてしまう。
もしも紛失しても、また作れば良いだけだしな。
さらさらの銀髪を撫でると、フィーは嬉しそうに眼を細めた。
「ふへへ……! にーた、だーいすきっ!」
誕生日は、産まれてきたことを祝う日だ。
俺は、心からこの娘の誕生を祝福出来る。
フィーと過ごした日。
フィーと生きて行く未来。
この娘のいる日常。
妹のいる生活。
その全てが、宝物だ。
だから心から云える。
「フィー、産まれてきてくれて、ありがとう」




