第百四話 フィー、三歳の誕生日
「フィーちゃん! お誕生日、おめでとう!」
「フィー、おめでとう!」
「……ん。おめでとう」
我が妹、フィーリア・クレーンプットの誕生日が、ついにやって来た。
これでマイエンジェルも、三歳となる。
参加しているのは俺、母さん、エイベルだけのささやかなものだが、ちゃんとパーティーの体裁は整えている。
チープながら、飾り付けもしてあるのだ。
幼稚園の誕生日パーティーとかによくある、折り紙で作ったわっかとか、キラキラ光るリボンとか。
俺が時間を掛けたもののひとつは、これだ。
頑張った割りに粗末な出来映えだったのが残念だ。
居間に設置されたテーブルには、ご馳走の山。
なんとこれは、我が母、リュシカ・クレーンプットの手作りである。
厨房担当のヘンクに相当無理を云って調理場を借りたのだ。
母さんはもともと料理好きの人なので、実に楽しそうに調理していた。
出来るなら、俺も何か作ってあげたかったが……。
「ふ、ふぉぉおぉ~~っ! にーた、ごちそう! ごちそういっぱい! ふぃー、にーたすき!」
妹様の瞳がキラキラと輝いている。
この娘は、食べるのも好きだからな。
よく遊び、よく食べ、よく眠り、よく笑う。
健康的で、結構なことだと思う。
「おかーさんが、これつくった?」
「そうよー? 大好きなフィーちゃんのために、頑張ったんだから!」
愛娘にぎゅうぎゅうと抱きつくマイマザー。
母さんはフィーが俺以外で唯一、身体を預けて眠る存在だ。
なのでフィーも、満更ではない様子。
「フィー、母さんが作ってくれた料理、美味しいぞ。食べよう?」
「う……うんっ! ふへへへへ……!」
スプーンとフォークを左右の手で握っているのはお子様故か。
似合っているから良いけど。
「ふぃー、たべる! いただきますっ!」
元気よく挨拶をするマイシスター。
食べる前と食べ終わった時は、ちゃんとお礼を云う。
これは母さんに躾けられたものだ。
「おいしい……! にーた、ごはんおいしいっ! ふぃー、にーたすき!」
「うん。俺もそう思うけど、母さんに云ってやってくれなー……?」
母さんの作ってくれたご飯は、何と云うか、子供が好きそうな味付けだった。
多分、今日は特別な日だから、そういうものにしたんだろうな。
でもちゃんと野菜を混ぜたり一緒にしたり、栄養に気を遣っているのが分かる。
あと、何となく全体的な雰囲気が、セロに住む祖母・ドロテアさんの料理に似ている気がする。
「母さん、美味しいよ」
俺がそう云うと、マイマザーは満面の笑顔になった。
こういう表情は流石フィーの実母だ。よく似ている。
「あーもう! 本当は毎日、お母さんがアルちゃんとフィーちゃんに作ってあげたいのにっ!」
ぷく~っと頬を膨らます二一歳。
まあ、十代に見える容姿だし、許容できなくはないけれども。
「フィーちゃん、美味し?」
「ふぃー、にーたすきっ!」
「そう、良かった。美味しいのね!」
変な遣り取りだよなァ……。
意思の疎通は出来てるみたいだけれども。
まあ、でも、母さんの作る料理は、とても温かかった。
味の良さよりも、きっとそちらに価値があったのだと思う。
エイベルも黙々と食べている。
静かなものだ。
食べること。ただそれだけに集中しているようにも見える。
そうして、やがて妹様は食事を終えた。
普段の食事よりも明らかにたくさん食べている。
それ程、美味しかったのだろう。
「ふぃー、おなかいっぱい!」
お日様のような笑顔だった。
その様子に、母さんも嬉しそうだ。
「にーた、ふぃーのおなか、なでて?」
とてとて走ってきたマイエンジェルが俺に抱きつく。
前に食べすぎで苦しくなった時、お腹をさすってあげたら、それ以来、大のお気に入りになった。
以降、よく食べた日は、撫でることをねだられるようになってしまったのだ。
「ほらフィー、さすさす~!」
「きゃん! ふぃー、にーたにおなかなでられるのすき! にーただいすき!」
うむうむ。
この様子なら、デザートも何とか入るかな?
無理なら明日以降でも構わないのだし。
俺はパチンと指を鳴らした。
すると、お誕生日会場に入ってくる人影がある。
「はい。ケーキですよー。美味しそうですねー? 私も食べたかったんですけどねー」
ミアが切り分ける前のケーキを、テーブルの中央にでんと置く。
誕生日パーティーに彼女も参加したがっていたが、ミアはベイレフェルト家の使用人であって、クレーンプット家の家人ではない。
なので、参加する時間がない。
けれど合間合間に食器の上げ下げや飲み物その他を持ってきてくれているのだ。
「に……にーた……! ふぃー、しってる……! これ、けーきいう……!」
わなわなと震える妹様。
うん。そりゃあ知っているだろうよ。
俺の五歳の誕生日パーティーで出たもんな。
もっとずっと、ちっちゃいやつだったけども。
フィーはあの時にケーキを知り、好物になった。
あまりにも美味しそうに食べていたので、俺の分もあげてしまった程だ。
「ふふふー……。そのケーキはね、フィーちゃんのために、アルちゃんが用意してくれたのよ?」
「にー……た、が?」
「うん」
「けーき……。ふぃーのもの?」
「うん」
「ふぃーだけの、もの……?」
いや、そこは母さんやエイベルにも分けてあげようよ。
俺は母さんに切ってあげてと先手を打つ。
クリームらしきものの乗ったケーキ。まるまるワンホール。
大きさは七号くらいなので、八人前くらいあるはずだ。
ちょっと多すぎるけど、見栄え重視で奮発したのだ。
「このくらいなら、ペロッと食べられちゃうわねー」
ファッ!?
何云ってんの、マイマザー?
「……ん。リミットを、解放する」
お師匠さん、やっと喋ったと思ったら。
「ふぃーたべる! ふぃー、けーきすき! あまいのすき! にーたがすき!」
さっきまでお腹いっぱいっていっていたのに……。
げに恐ろしきは女性の執念。
まさか全部食い尽くすなんて思っていねェよ……。
ヘンクのおっさんに頼み込んで、厨房に余ったケーキを保存するスペースを確保して貰ったのに……。
俺は呆然としていた。
フィーに「あーん」してあげる気、満々だったのだが。
もうひとつの予定行動『口のまわりのクリームを拭いてあげる』は達成出来たが……。
「にぃさまっ! けーき、ありがとーございました! ちゅっ!」
キスされてしまった。
プレゼントした甲斐があったね、ちょっと面食らったけれども。
「ふへへっ……! ふぃー、にーたによくしてもらえて、しあわせ! にーたすきっ!」
そうかそうか。
喜んで貰えて、俺も嬉しい。
しかしな、マイシスター。誕生日は、もうひとつの目玉があるものなのだよ。
プレゼントという名前の目玉がな。
(ぶっちゃけ、喜んで貰える自信がないが)
何せ、食べ物でもおもちゃでもないからなァ……。
用意するのに時間は掛かったが、殆ど自己満足の代物だ。
「なぁに、これ? ふぃー、きょーみない!」
って斬り捨てられるのを覚悟の上だ。
フィーにそんなこと、云われたことないけどね。
俺は三歳になった妹様に、プレゼントを差し出した。




