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妹のいる生活  作者: むい
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第百三話 兄は準備で忙しい


 いよいよ妹様の誕生祭が近づいている。


 この世界だと盛大に祝うのは五歳のはずだが、知ったことか。

 俺はこの娘に、少しでも喜んで貰いたいのだ。

 なので、ケーキも注文した。


 この世界のケーキは、当然ながら、我が故郷・日本のそれよりも高い。

 一年に一度のことだし、それは別に構わないが、未だに金銭感覚が少しズレているのは注意が必要だろう。どうしても、あちら基準で高いの安いの考えてしまう。


 驚いたのは、ケーキはあるのに、プリンが存在しないことだろうか。

 フィーとエイベルは、絶対にプリンを気に入ると思っている。

 なので食べさせてあげようと思ったら、ものの見事に存在しない。


 プリンが存在しないと云うことは、当然、茶碗蒸しも存在しない。

 いや、茶碗蒸しがなくてガッカリするのは俺くらいだろうけれども。知らないものには、落胆することは出来ないだろうからね。


(なければ作ればいいのだ!)


 流石に今回の誕生日にプリンは作らないが、いずれ料理が解禁になったら存分に振る舞うとしよう。

 その時は、『A計画』も同時に発動するとしよう……。

 きっと、ちょっとくらいなら、耳を触らせてくれるはずだ……。

 こうして、俺にプリン作成という新たな目標が出来た。


 誕生日の目玉であるケーキは、ヘンリエッテさんがやって来た日に発注を済ませた。

 最初、「私からの誕生日プレゼントです」とか云って代金を持ってくれようとしたが、ハッキリと断った。

 これは、俺の稼いだ金だから意味があるのだ。


 腹に入れば同じじゃないかと云う意見もあるだろうし、金は少しでも将来のために取っておくべきだとか反駁されたら答えに窮するような気もするが、あの子へのケーキの代金は、俺が自分で支払いたかった。

 多分、自己満足の域を出ない行動なんだろうけれども。


「ふふふふふ、アルくんは、男の子なんですね」


 ヘンリエッテさんは気遣いを無碍にされても気分を害した様子なく――いや、寧ろ、何故か機嫌よさそうに、俺のほっぺたを指でつついた。

 大商会の副会長様とは、あの日以降、不思議な繋がりが出来た。

 彼女が認識しているものがひとつと、そうでないものが、ひとつだ。


『そうでないもの』は、彼女が回収に来たロッドだ。

 あの、氷穴で使用した杖。

 あれは商会が開発した試作品である。

 試作品と云っても、以前よりあった品物の改良型なので、プロトタイプに付きものの不具合発生は、気にしなくて良い類のものだったらしい。


 効果は単純にして明瞭。魔力を通し易くし、多少の増強効果もあると云う増幅装置だ。

 魔術師と云うよりも魔力の足りない魔導士向けの商品であるようだった。


 あの商会、武具や戦闘アイテムも取り扱っている。

 ただし、魔剣だとか凶悪な魔道具だとか、『人間に渡さない方が良い物』は売りに出さずに、手に入れたら保管するそうだ。


 いつ、エルフ族自身に向けられるか分かったものではないからね。当然の用心だろう。

 氷原の戦いで蜥人の戦士やリュネループの魔術師が所持していた魔剣も、商会が回収している。


 ちなみに、ロッドを使用したエイベルの評価。


「……ん。いまいち」


 そんな感じに、うちのお師匠様からすると低評価だが、俺には大いに参考になった。

 俺がアレに魔力を流すと云うことは、その構造を理解すると云うことだからだ。


 これまでの俺の魔剣は、純粋に魔力の通りをよくすることに重点を置いていた。

 けれど、これからは、そこに魔力増強効果を乗せることが出来るようになるかも知れない。


 そして『もうひとつの繋がり』は、なんとヘンリエッテさんから提案されたものだ。


「アルくんに、私が魔術を教えてあげます」


 その言葉を聞いて、俺は驚いた。

 この人は魔術の扱いが巧みなのだと、以前、エイベルから聞いている。


 普通の人が云う『巧み』なのではない。エイベル基準で、『巧い』のだ。

 それがどれだけ凄いことか。


「でも俺、魔術ならエイベルから教わってますよ?」

「はい。高祖様の領分に踏み込むのは、恐れ多いことですし、無駄であるとも云えますね。ですので、私がアルくん教えられることは、高祖様が使用されない範囲の魔術です。つまりは、補助的なものですね」

「補助、ですか」

「はい、補助です。でも、便利なものですよ?」


 年若い少女にしか見えないハイエルフの魔術師は、微笑しながら片目を閉じた。


 そして、我が家の窓には、一匹の鳥がやって来るようになった。

 澄んだ水色の鳥だ。

 ヘンリエッテさんの従魔にして、霊鳥だ。


 名前はイシュケと云うらしいが、商会の皆にはイーちゃんと呼ばれているそうだ。

 大きさはスズメくらいで、性別は雌。


 窓を開けると、イーちゃんはすぐに入ってきて、俺の肩に乗っかった。

 見た目が可愛いので商会で甘やかされているらしく、人なつっこい性格に育ったのだと。


「クー、クー」


 イーちゃんは撫でて貰えると思って、頭を擦り付けてくる。

 うん、小鳥も可愛いな。要求通り、撫でてやろう。


「クー……」


 う~ん。嬉しそうだ。

 イーちゃんは、身体にちいさな筒を括り付けている。

 ここに手紙などを入れて運搬するのが、主なお仕事らしい。

 筒の中には、彼女のご主人様からの手紙。


『誕生日の進捗状況はどうですか?』


 シンプルに、そう書かれている。


『ぼちぼちです』


 俺はそう返事を記す。

 これが、俺がヘンリエッテさんから教わっている補助・『従魔術』だ。

 つまりは、従魔士としてのトレーニング。


 霊鳥の扱いが巧くなると、テイマーになれるようになるかもしれないのだそうだ。

 確かに、従魔を使用できたら便利かもしれない。

 なので、俺はヘンリエッテさんと、一行文通の様なものを始めたのだ。


 単純な手紙の遣り取りだけではなくて、俺の方からもイーちゃんにお願いをしておく。

 普通の従魔は主の命令しか聞かないが、イーちゃんはそうでもないらしい。


 従魔士の資質があること。

 ヘンリエッテさんの許可が出ていること。

 そして、イーちゃんに気に入られていること。


 この条件を満たすと、ちょっとしたお願いなら聞いてくれるんだそうだ。

 俺からのお願いと云うのもシンプルで、今日は南通りの方を通って帰還して欲しいとか、ドングリを拾っていって欲しいとかの簡単なものだ。


 主のヘンリエッテさんは、イーちゃんが帰還した折りに、俺のお願いが叶えられたか、分かるんだそうだ。

 結果は、まだまだらしい。


 まあ、これも他の鍛錬と一緒だ。

 数年掛けて、のんびりやるさ。

 今の俺に差し迫っているのは、愛する妹様の為の準備なのだからな。


「にーたああああ! にーたあああああああああああああああ!」


 両手でボールを持ったマイエンジェルが、笑顔でこちらに駆けてくる。

 手が塞がっているのに走るのは危ないと何度も云っているのになァ……。


「にぃさま! きょーはふぃーと、ぼーるであそんでください!」


 バレーボールよりちょっとちいさいゴムの塊を俺に突き出してくるマイシスター。

 当然ながら、この娘は俺が誕生日の準備を進めていることを知らない。


 今日という日も、よくある日常の一コマだと思っているようだ。

 いやまあ、バレないように進めているんだから、そうでなくては困るんだが。


「よし、じゃあ、遊ぼうか!」


 俺はもちろん要求に応じる。

 準備に忙しい、と断ったら、本末転倒だからね。


「やったあああああああああ! ふぃー、ふぃーにーたに、あそんでもらえる!」


 ぴょんぴょこと飛び跳ねて大喜びする妹様。

 フィーとのボール遊びは、難しいことはしない。

 キャッチボールのように、相手にボールを届かせるだけだ。


 俺とフィーの場合、直接投げるのは危ないので、必ずワンバウンドさせて相手に渡すことになっている。

 懸命にボールを投げ、頑張ってボールをキャッチする妹様の姿は、まさに天使!

 見ているだけで、頬が弛んでしまうよ。


 ……所でキャッチボールって、あんなに単純なのに、何で楽しいんだろうね? 実に不思議だ。


「にーたああああ!」


 フィーは俺に呼びかけながらボールを投げる。

 ぽよんと跳ねる。


「ほいよ、フィー」


 投げ返す。

 ちっちゃな掌にボールが収まる。


「ふへ……ッ! ふへへへへぇ! たのしい! ふぃー、にーたにあそんでもらえて、うれしい! すきッ! にーただいすき!」


 満面の笑顔だ。

 世のお父さん方が、我が子のために頑張れるのが分かる気がするよ。


 そうして、その日はフィーが疲れて眠るまでボールで遊んだ。

 だが、俺は眠ってはいられない。


 妹様の誕生日は、すぐそこまで迫っているのだから。


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