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妹のいる生活  作者: むい
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第百話 山首さんへの来訪者(前編)


 我が名はハーヴェイ。


 誇り高きドラゴンである。

 そして、ルヴィル山脈一帯を支配する山首(さんしゅ)である。


 山首と云うのは、人間世界で云う所の、領主に近い。

 王を名乗る程の勢力は残念ながらないが、それでも多くの配下を従える立場なのだ。


 竜の多くは、山に棲む。故に、山首。

 山でない場所に領地を構えている場合も、山首だ。


 この辺は人口に膾炙した部分を強調するが故だろう。

 湖に棲む水竜あたりが、自分の領地は山じゃない、などとほざいていたが、知ったことか。

 山は尊いのだ。


 我は、強い。

 竜だから強いのではない。

 (われ)が強いから強いのだ。


 己で勝手に領地を作る場合を除けば、山首の地位は先代から引き継ぐことになるが、その引き継ぎ方法も、山によって様々だ。


 単純に世襲である場合や、候補者をその山の中にいる住人たちで合議し、選出する場合。

 或いは単純に先代に指名される場合もあるようだ。


 しかし、このルヴィル山脈の主は、代々、力を持ってこれに当たることとなっている。

 ……ちょっとした例外もあったがな。


 我は先代を力によって服し、当代山首へと上りつめた。

 力を示す! これこそが竜の本懐であろう。

 竜とは、何者よりも強く、猛々しくあらねばならぬ。


 先々代様などは、翼を裂かれ、腕をもがれ、片眼を潰されようとも戦いをやめなかった逸話を持つ、凄まじい方だ。

 ……ちょっとした例外はあったがな。


 竜にとって、威厳を保つことは、最早、義務であろう。

 最強の存在と誰もが認めているのだから、それに見合った振る舞いをせねばならぬ。

 それは我に限った話ではない。

 我の配下もそうだし、我と無関係の竜にも、是非そうあって欲しいものだ。

 いや、そうあるべきなのだ。


 故に、我は率先してそれを示し続ける。

 竜とは、かくも重厚なのだと、証明し続けるのだ。

 そう考え、そう生きてきた我の元へ来訪者があったのは、そんなある日のことであった。


「エルフだと?」

「へい。何でも(かしら)に相談があるそうでやんす」


 部下の竜がそう告げる。

 我はエルフと接点がない。

 先々代様に下っ端として仕えていた時に、何度か見たことがあるくらいだ。


 だが、竜とは偉大な存在だ。

 極々稀に、人間や他の種族が、宝を譲って欲しいだとか、力を貸して欲しいだとか、寝ぼけた相談を持ちかけてくる時がある。

 今回もきっと、それであろう。


「どうするでやんす? 追い返しやんすかぁ?」


 ちいさきものの下らぬ願いなど、聞く意味がない。

 本来なら、手下に追い払わせてそれで終わりだが……。


「そのエルフとやらは、何人でやって来たのだ?」

「見たところ、ひとりでやんす。隠れ潜んでいなければ、でやんすが」

「ほぅ。単独で竜の住処へやって来たのか」


 その剛胆さは褒めてやるべきであろう。

 人間の王族などは、軍隊を派遣する時がある。臆病なことだ。


「良い。その蛮勇に免じて、会ってやろうではないか。謁見の間に通せ」


 我が山の謁見の間は、広い。

 巨大な岩山の内部をくりぬいてつくられたそれは、他の竜たちの来訪を想定して作られている。

 故に、ちいさきものがこれを見ると、たちどころに肝を潰す。


 当然であろう。

 奴らとドラゴンとでは、その壮大さはまるで違うのだ。

 謁見の間ひとつで、人間世界のちいさな城なら、丸々のみこめる大きさよ。


 我は、山にいる配下の竜たちを謁見の間に整列させた。

 エルフは単独で我に会いに来たと云うが、これはたまるまい。

 今から泣き叫び、震える様子が目に浮かぶわ。


 もちろん、『奴』なら、話は別だがな……。

 そう、『奴』だ。


 (われ)が、先々代様に仕えていた時に見た、『奴』。

 存在そのものが、『死』と同義。

 エルフと偽る、エルフ以上の存在。

 あの、肉体を持った聖霊よ。


 アーチエルフ。

 太古より生きる、本物の怪物。

 アレがどれ程凄まじい存在なのか、我はこの目で見届けた。


 勇猛にして豪毅であった先々代様が泣き叫んで命乞いをした程の相手だ。

 アレとだけは戦うまい。

 若き日の我は、心にそう誓ったものだ。


 始まりを名乗る、伝説のエルフは七人。

 しかし、『八人目』がいることを、我は知っている。

 いや、伝承でも、最初から八人だと云われてはいるのだ。


 だが、子を残さぬ始祖などいるはずがない。

 始祖たるものは、必ず繁殖者としての属性を備える。

 故に、子をなせぬ始祖はいない。


 だが、太古の昔より、エルフの系統は大別して七つしかない。

 だから誰もが、『八人目』は噂だと決めつけた。

 だが、『八人目』が実在することを、我はこの目で確認している。


「……? 私が作られたのは、三番目。八番目ではない」


 あの怪物は、そんな、とんちんかんなことを口にしていたが。

 アレを思い出すだけで、恐れを知らぬ我の身に、寒気が走る。


「お、おい。来訪したエルフは、何と云う名前だった?」

「へい。え~と……。確かヘンリーだかヘンダッタだか、そんな感じの名前でやんした」

「そ、そうか……!」


 良かった。『奴』ではない。

 ならば、何も恐れることはない。

 我は気を取り直して、謁見の間の中央に座った。


「お初お目に掛かります。私の名はヘンリエッテ・バルケネンデ・ズヴォレ・スタラ・ラミエリオンと申します。偉大なるルヴィル山脈の山首様にお会いできて光栄です」


 やって来たエルフは、些かも臆した様子なく、薄い笑顔で頭を下げた。優美な動作だ。

 居並ぶ竜共はその剛胆さに感心していたが、我は別の部分に興味を惹かれた。


 エルフの名前の構成は、人間のそれとはだいぶ違う。

 この女の場合は、ヘンリエッテが個体名。バルケネンデがファミリーネームだ。

 残りの部分は出身地や、どの始祖の血を引いているかをあらわしている。


 ラミエリオンは、ラミエルの子孫という意味だ。

 放浪のエルフと云われ、伝説にしかない、空間転位の能力を有していたとされるアーチエルフ。

 その末であるならば、僅かなりとも空間魔術が使えるやもしれぬ。


 空間そのものを引き裂く魔術は、我ら強靱な肉体を持つドラゴンでさえ、切り裂いてみせるだろう。

 しかし、問題はそこではない。


 このエルフは、バルケネンデと名乗った。

 バルケネンデとは、確かエルフの聖域守護者を務める家名だ。

 世襲ではないのに、代々実力でその地位を勝ち取っている一家があると聞いたことがある。


 (われ)が力を付け山首の地位を得たように、普通は実力を付け、聖域守護者に任じられる。

 だが、ひとり変わり種のエルフがいた。

 そいつは、聖域守護者の地位を退いて、人の世で商人をやっていると。

 確か、その名が――。


「最近は聖域守護者よりも商売の方が儲かるか」

「商会のお仕事は、とてもやりがいのあるものと自負しております」


 カマをかけてみたが、矢張りこの女が、その『変わり種』であったらしい。

 成程。

 元・聖域守護者であるならば、竜を恐れぬか。


「それで。商人が竜の住処に何用があってやって来た? よもや商談を持ち込みに来たのではあるまいな?」

「商談ではありませんが、儲け話には違いありません。山首様は、とても良いものを買う機会に恵まれました」

「ほぉう? 商談ではないのに、買う機会とな?」


 商人と云うものは信用ならない。それがどんな種族であれ。

 我を口先ひとつで丸め込もうとしているのであれば、地獄を見て貰うことになるが。


「山首様は忙しい。用があるならば、さっさと申すが良い」


 傍に控えている配下の竜が促した。

 威圧を含んだ口調であった。


 我ら竜は強きものを敬う。

 だが、口舌の徒は警戒され、軽蔑される。

 商人である事が発覚した以上、このエルフは、最早そのような目で見られるわけだ。


 居並ぶ部下たちの眼光も厳しいものへと変わっている。

 並みのものなら腰を抜かすところだが、この女はそれでも涼しげに笑っている。


「では、率直に申します。山首様、どうか、ルヴィル山脈南端の湿地帯エリアをお貸し頂けないでしょうか?」

「何、湿地帯だと?」


 予想外の申し出だった。

 無論、どこであれ我が領地を渡すつもりはないが、あんなところを、何故欲するというのか?

 その意図を問いただそうとしたが、その前に部下たちが激高した。


「身の程を弁えよ、ちいさきものよ! 我ら竜の領土を寄こせとは何事だ!」

「エルフ風情が、図に乗るでないわ!」

「ブッ飛ばすでやんす!」


「よさぬか!」


 我は一喝した。

 無礼者を威圧するのは良い。

 しかし、簡単に頭に血を上らせるようでは、威厳ある立場とは云えない。

 竜とは、もっと大きく構えていなくてはならぬ。


 我は女に向き直る。


「エルフの商人よ。この地は我らが代々受け継ぎ、守り抜いてきたものだ。それを寄こせと云うのだ。何を差し出して、そう願うのだ?」


 (われ)が得をすると云い切ったのだ。

 相当なものを対価に出来るのであろう。

 譲るつもりは一切ないが、それは知っておきたかった。


 女は、我に笑顔で云った。


「はい。対価として、皆様の身の安全を保証致します」


 我は激怒した。


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