定時帰宅部包囲網係
「全部で二百十一ある」
机に広げられた紙、――いえ、《パピルス紙》には、毛筆で書かれたであろう達筆すぎる文字が隙間なく並んでいました。これ全てが、我が校に存在する部活動のようです。それにしてもすごい数で目が回りそうです。ぐーるぐる。
「あんたは何の部活に入る気なの?」
オリビアさんが半可通王子さんに水をむけました。
「その前に、僕がこのクラスで何の係なのか知っているかい」
「知りません」
思わず私が答えてしまいました。半可通王子さんは大仰に咳払いをし、口を開きました。
「誇り高き《定時帰宅部包囲網係》だよ。部活動に熱心に勤しまず、のうのうとオンタイムで帰宅をしようとする奴らをしょっぴいて、校長の新たな座布団として尻に献上する名誉ある係に任命されたわけだ。ああ、失礼。校長ではなく教頭だった」
「任命というか、あんなのルーレットじゃない。担任が勢いよく回した丸ボードにダーツ突き刺して決まったやつでしょう」
オリビアさんはつまらなそうに切り捨てましたが、「分かっていないなあ」と切り返されてしまいます。私はあのときの、えきさいてぃんぐな採択方法を頭に浮かべました。
「担任の神々廻教諭は大学時代、動体視力及び周辺視野オリンピックで二度準優勝に輝いているんだ。そんな彼が、僕の順が回ってきた際にボードを回し《イマダ、イマダ》としきりに呟いていた。僕はそのタイミングで矢を放り、文字通りこの係を射止めたわけだね。神々廻教諭の行動が何を意味しているか、君たちにも分かるだろう」
「次順の方が今田さんだったのでお呼び出ししていたんですね」
私は思った通りに答えました。
「え?」
「はい?」
私と半可通さんの視線が激しくぶつかります。
「……えぇ?」
「A?」
それからしばらく沈黙がこの場を支配すると、半可通さんは徐に半身を翻しました。再びこちらに向き直った時には、一旦は酷く引き攣った顔が綺麗に整えられていました。落ち着いた声が響くのに懐かしささえ覚えます。
「僕は《定時帰宅部包囲網係包囲網部》に入部することにしたよ。定時帰宅部諸君の輝かしく尊い放課後を守るため、座布団運びに躍起になっている包囲網係の奴らを逆に包囲してやろうという陰徳精神に満ちた部活動にね。気付いたかね。そうとも、《包囲網係》、《包囲網係包囲網部》という相容れない両組織に、秘密裡に所属することによって、互いの情報は僕にだけ筒抜けとなる。人間の自由意思を阻害し、弾力のある肉塊として活用を企む唾棄すべき係を、裏から揉み潰してやろうと考えているわけだよ。悪鬼羅刹な例の係を請け負ったのは思惑のうちというわけさ」
オリビアさんの手がそっと私の肩に添えられ、包み込むような優しい声が耳元で囁かれました。
「これ以上は許してやろうじゃないか」
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