半可通王子
入学して一週間ほどたった昼休みのことです。日和にはいっそう春の気配が充満し、より暖かいものとなりました。
「どうやら生徒皆入部、らしいのよ」
そんな折、教室でオリビアさんが、冷え冷えとした口調でそう言ったのです。
「カイニュウブ? ですか」
私は首を捻りました。まるで社会保障制度の説明を受けているかのようです。
「そうなの。生徒は必ずどこかの部活動には所属しなくてはいけない。帰宅部は許されないってわけね」
オリビアさんは深いため息をついて、憂鬱そうに下を向き肩を揺らしました。窓の外は澄んだ青空が広がっていて、明るい日差しが私たちの横顔を照らしています。
「オリビアさんは部活に入りたくないのですか」
「うん、まあどちらかと言えばね。何か気になる部があったら入ってみてもいいかも、ぐらいには思っていたの。それが強制ってなると、途端に嫌気がさしてしまうわ。私って天邪鬼なのかしら」
「なるほど。でも分かります」
人は選択肢が狭まると不思議に息苦しくなるものです。
「あなたは何の部活に入るか決めているの?」
「私ですか、えーと」
オリビアさんの上げた顔の美しさにハッとしながら、私は考えました。
中学の時は部活動には所属しておりませんでした。さらに遡っても私はいわゆる《部活》をしたことはなかったのです。ここでも若葉マークの小娘たる所以を見せつけるのでした。背中のシールをそっとひと撫でし、
「まだ決めてはいませんが、何か、……何か新しいことをやりたいと思っています」
「話は聞かせてもらった」
魔法のように横からにゅるりと真新しい学生服を着た殿方が現れました。あまりに突然のことでオリビアさんはのけ反ってしまいましたが、その彼氏本人は気に留める様子もありません。
「僕が相談に乗ろうではないか」
色白の頬を撫でながら、どこか得意気に低い声を響かせます。
「あんた、一体誰に召喚されたわけ」
オリビアさんの冷たい視線も意に介しません。明るい声で話を進めます。
「僕はただの通りすがりさ。それよりも、若葉さんは部活動の選択に迷っているのだろう?」
「若葉さん?」
どなたのことでしょう。私は首を傾げました。殿方はふっと笑い、
「君のことさ。背中の可愛らしいシールのおかげで有名人だよ。誰が言ったか知らず、その名も《若葉マークの姫君》」
「それはなんとまあ」
私は赤面して頭をぽりぽり掻きました。お姫様です、わーい。
「あまり耳を貸さない方がいいぞ。こいつは悪名高き《ハンカツー王子》なんだから」
オリビアさんは刺々しく言い放ちます。
「ハンカツー?」
不思議な二つ名で呼ばれた彼の方を見ると、やれやれといった感じで肩をすくめました。オリビアさんが注釈を加えます。
「この男は、真偽不明の様々な情報を不明瞭な説明と嘘くさい知識で以って吹聴するのが趣味なんだ。何を聞いても知っているけれど、何を喋っても胡散臭い。通人ぶるのだけは一人前で、見た目の雰囲気と軽薄さが相まってそう呼ばれている」
「なるほど、《半可通王子》ということですね」
これまたすごい通り名です。
「その呼び名は不服の極みだね。そもそも《情報》なんてものは、不確実性を孕んでいて当たり前なのさ。生み出す者、騒ぎ立てる者、伝える者、それざれが独立しているんだからね。本当の悪は、意図的にそこに虚実を付け加えることなんだよ」
半可通王子さんは目を見開いて、しかし口ぶりは軽やかに弁明します。
「ね、胡散臭いでしょう」
「はい」
「こら、飲み込みが早すぎるぞ」
そう言って、半可通王子さんはポケットから綺麗に折りたたんだ紙片を取り出しました。
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