魔法の恩恵
トアール大陸では、国々が数十年も戦争を続けていた。アイエル国、アールシー国、エフキュー国、ティーワイ国、ジェイエム国…などなどだ。
どの国も大陸統一を目指していたが、小さい国が滅んだかと思えば、大国が内乱で分裂して小国が生まれるという繰り返しで、大陸を統べる王は、まだ現れそうになかった。
「こんばんは。私は魔族のエヌと申します」
ある夜、寝付こうとしたアイエル国の王の寝室に、青白い肌の魔族の男・エヌが現れた。
執事のような姿のエヌは笑顔で言った。
「王様、この国に、魔法をもたらすことができますよ」
「何?」
壮年の王は警戒して険しい顔だった。しかし、剣にのばした手を止めて、エヌに話をうながした。
魔法は、この大陸の各国の王の望みだった。
この大陸の人間には、昔から魔法の力がない。アイエル王だけでなく、どの国の王も、強力な魔法を戦線に投入したいと願っていた。
「実は魔界も不況で、リストラが続いていましてね。魔王様が、失業問題対策部を組織して、新規の雇用先を開拓するよう命じたんです」
エヌは透明な小瓶を出した。銀粉がきらめく、薄紫色の液体が入っている。
「これは、誰でも一口飲むと、召喚魔法が使える薬です。魔力を持たない人間用に、私ども対策部メンバーが開発した物です。魔王様の許可は出ていますから、契約して頂ければ、ドラゴンでもデーモンでも召喚し放題ですよ」
王は身を乗り出してエヌが持つ薬を見たが、次の瞬間、急に冷めた顔に戻った。
「魔術師は、足許を見る者ばかりだ」
遠方から海を越えて来る魔術師は、法外な報酬を要求してくる。うんざりしている王は、アイエル王だけではなかった。
笑顔のエヌが首を横に振ると、小瓶の薬も、きらめいて揺れた。
「いえいえ、王様。私どもは金銀宝石といった物はいりません。国民の皆さんに、召喚師として人生を全うして頂くことが、魔界の活性化に繋がるのです」
「数多くの魔物や魔族が、力を発揮する場を得る、か?」
何か裏があると思う王は、自分でも信じていないことを言って、鼻で笑った。
エヌも、変わらない愛想笑いで頷いた。
「はい。強力な魔法で戦況を有利に導きたいとの、王様のご希望に添えるかと……」
王は呆れた顔でエヌを睨んだ。
「他国にも、同じことを言って回っているんだろう?」
「ハハ…まぁ。私は、この国の担当ですが、対策部の他のメンバーが各国に派遣されました」
「有利どころか、場合によっては不利ではないか!」
「王がお断りになると、そうですね。他国が魔法を持った場合には」
むっとする王に、エヌは少し考える素振りをした。
「ここで話がこじれてしまっては、私が、対策部部長に叱られてしまいます」
エヌは、右手に持つ薬の小瓶を軽く揺らしながら、言葉を続けた。
「では、この薬に、私の得意な氷属性の上級魔法をこめます。…と言うか、そういうことになるかと思いまして、こちらに用意しておきました」
エヌの左手に青白い光が集まり、同じような薬の小瓶が現れた。薬の液体の中で、小さな雪の結晶が無数に輝いている。
「この薬なら、この国の優れた召喚師は、他国にはない氷属性の最上級ドラゴンやデーモンなどを呼べるでしょう」
「よし! それなら良いだろう!」
にやりと笑う王に、エヌも笑った。
「よかった。契約に失敗したら、私もリストラの対象にされてしまうので、ほっとしました」
エヌは薬の小瓶を消しながら、魔法で契約書を取り出した。その契約書を王に差し出す。
王は受け取った契約書を読んで、少し不思議そうに言った。
「報酬…汝らの血と肉に不要となりしもの……? 我々には必要ない物を欲しがってまで契約したいとは、魔界は、それほど逼迫しているのか?」
「ええ。この国の皆さんに、召喚師として人生を過ごして頂けたら、魔界の幸いとなり、私も嬉しく思います」
やわらかいエヌの声を聞きながら、王は契約書にサインした。
「魔法薬が湧く泉を設置しますので、お早めに場所を決めてください。泉を設置して王様が血を一滴そそげば、この国の者にのみ、魔法薬の効果があります。泉は枯れることはないので、安心して、すべての国民にお使いください」
王から手渡された契約書のサインを確認して、エヌは微笑んだ。
「それでは、契約は成立しました。くれぐれも、用法、用量をお守りくださいね」
アイエル国は、氷属性モンスターを駆使する国になった。
各国も、アールシー国は炎系、エフキュー国は風系、ティーワイ国は地系、ジェイエム国は闇系…といったように、得意とする召喚魔法を持った。
魔法の導入により、戦いは激化の一途をたどった。
もとからの国民だけでなく、魔法の力を得るために遠方からやってくる移民も、あとをたたなかった。
傭兵達が、国籍と召喚術を身につけて、前線に出ていくのだ。
戦争の終結は、誰にも見えない。
「メフィスト部長のアイディア、大当たりですねぇ。人の言う一石二鳥です」
魔界のオフィスで、エヌがのんびり言うと、他のメンバーも喜びと部長への尊敬でさざめいた。
メフィスト部長は、部下達に、にっこりと笑った。
「おしゃべりは、そのくらいにして。戦場へ、人の血と肉に不要となりしもの…魂を集めに行きますよ」
(おわり)