「俺がかっこいいから修羅場を起こしてしまったか……。申し訳ないな。」
短めです
*
旭さんと勉強会の約束をし、掃除当番の私は長流川と茨島に笑われながらゴミを集めていた。
ゴミ捨てもどうせ私が行くのだろう。
「愛宕……さん、ゴミ捨ててくるから貸して。」
愛宕の持っていたゴミ袋を受け取ろうときたその時だった。
「っ!触らないで!!」
彼女の悲鳴にも似たその声は教室中に響き渡った。
「わ、私がゴミ捨て行くから……。」
大声を出したことに羞恥を覚えたのか、私から素早くゴミ袋を奪うと走ってゴミ捨て場まで行ってしまった。
触らないでって……。
少し悩んだが、私は愛宕の後を追うことにした。
いつもの嫌味や嫌がらせならともかく、あれじゃまるで私が何かしたみたいだ。
思い当たることはない。
だからこそ気になる。
「愛宕!」
ゴミ袋を引きずるようにして廊下を歩く彼女に駆け寄った。
「……なによ。」
「なによって……おかしいじゃん。私何もしてないのにそんな風に避けられて。
……今までは単純にノリでいじめてくるだけだと思ってたけど……。
私が何かした?」
「……そういうところが……。」
愛宕は舌打ちすると、早歩きでどんどん進む。
「ちょ、ちょっと!」
置いてかれないように彼女の後に続く。
と、前方にひょこっと笹津先輩が現れた。
「ちょうどいいところに。
悪いんだけどまた家にお邪魔していいか?少し—」
「待ってください!今忙しいです!!」
「ハハ。まあお前の意見は聞いてないんだけどな。
じゃ、伝えたから。」
笹津先輩は軽やかに笑うと私の背中を叩いた。
「何がしたいんですか!?」
「阿賀野に次家に邪魔することがあったら事前に言うべきだって言われてな。
まあそれも一理ないこともあるかなと思って……。」
でも今こいつ、私の意見は聞いてないとか言ったよな?
「あのですね……」
「そういうところが気持ち悪いのよ!豊平!」
頬に衝撃が走る。
いつの間にか戻ってきた愛宕に叩かれたようだ。
「おっ、修羅場か?」
「……な、何急に……。」
「急に!じゃない!
そうやって男と見たら媚び売って、いろんな男連れ込んで……気持ち悪い!この淫売!」
「い、淫売……?」
「あんたが他の先輩と2人でいるところも何回も見た!
しかも4股どころか、別のクラスの男にも近づいて……!頭が子宮で出来てんの!?」
愛宕の剣幕に私は涙目になった。
私は淫売でもないし、頭は脳みそで出来ている。
「う……あ……」
「わかったなら二度と近づかないで!」
「ちょっと待った。」
肩を怒らせ身を翻す愛宕を笹津先輩が呼び止めた。
「他の奴らは知らないが……俺は豊平さんとは付き合ってない。」
「……え?」
「冗談でもそんなこと言うのはやめてくれないか?
例え人類の女が豊平さん以外滅びたとしても俺は豊平さんを選ばない。
オラウータンか豊平さんかだったら間違いなくオラウータンを選ぶ。」
私は笹津先輩のあんまりな言葉に更に涙目になった。
オラウータン以下ってこと?
「……そ、そうですか。」
さしもの愛宕もこれには引いている。
オラウータン……と呟くのが聞こえた。
「多分他の奴らもそうじゃないか?
関谷はマゾだから豊平さんとは相性が合わないだろうし、阿賀野はいつも神様の話してて女なんか作りそうもない。
日和なんて1番無いだろ。まずまともに話せないからな……。
その、他のクラスの男が誰だか知らないがよっぽど悪趣味なやつか、童貞だろ。気にすることない。
童貞なら君が横取りすればいい話だ。」
笹津先輩は慰めるように愛宕の肩を叩いた。
愛宕は汚らわしそうにその肩を払う。
「俺がかっこいいから修羅場を起こしてしまったか……。申し訳ないな。
安心してくれていい。豊平さん以外の女の子で彼女募集だ。」
「張り紙でもしたらどうです?
……豊平、ちょっと2人で話せる?」
「う、うん……。」
私たちは彼女募集だぞー!と叫ぶ笹津先輩を置いてゴミ捨て場に歩き出した。
笹津先輩……あまり喋ったことはないがやはりロクでもないやつだったな。
✳︎
「……私……豊平が4股してるって聞いた。写真も見せられた。」
「うん……。噂になってるのは知ってる。」
「どうして否定しないの?」
「否定しても信じてもらえなかったから……。」
噂は巧妙だった。
私の言葉をかき消すように次々と写真が現れた。まるで私と先輩達が付き合ってるかのようにトリミングした写真ばかりだった。
信じるのも無理はない。
元々長流川と茨島とは仲が良くなく、そのせいでクラスにあまり馴染めてなかった。
みんな私の言葉より2人……いや雪沢を含めて3人の言葉を信じた。
「そういえば4股してるって言い出したの長流川と茨島だったか……。
……淫売って言ってごめん。」
「………………どこで覚えるの……そんな言葉……。」
「横溝正史……。
……私……なんていうか……性に対して奔放な人が憎くて堪らないんだよね。」
彼女の突然の告白に面食らう。
「そうなんだ……?」
「特に複数人と同時に付き合う奴。
殺してやりたくなるんだ。
豊平は……わりかし誰とでも喋れるけど、そんな人じゃないって思ってて。だから4股してるって聞いて……衝撃が。クソビッチじゃんって。それと同時にあんないかにも清楚ですってツラしていろんな男に股開いてるのかと思うと気持ち悪くて堪らなかった。」
「もう少しオブラートに言えないかな?」
性に奔放な人が嫌いなのに言葉には奔放すぎやしませんか?
「誤解してた。ごめん。」
愛宕は私に体を向けると勢いよく頭を下げた。
「わかってくれたなら良かった。
……もうカバン水浸しにしないでね。」
「……?そんなことしてないけど。」
「え?」
「私は罵ってただけで……ってか、主犯は長流川と茨島でしょ?
多分今までの全部あの2人だと思うよ。」
そうだったのか……!?
私はてっきり、クラスみんなで私の物に落書きしているのだと思っていた。
「長流川と茨島が過激にいじめるからみんなちょっと引いてたんだよね。
仲間外れくらいはするけど、教科書に落書きはしない程度。」
「……いや、仲間外れも十分嫌なんだけど。」
「まあね。でも、4股してる人と仲良くしたくないじゃん。」
確かに……。
私だったら仲間外れにはしないけど、でも仲良くは出来ないかもしれない。
「……今までのお詫びになんかするよ。
例えば……」
「じゃあ慰謝料貰おうか。」
後ろから笑いを堪えるような声がした。
「……青くん?」
振り返るとニンマリ顔をした青くんが私たちの後ろにいた。
いつの間に……。
「3万円くらい貰っとこうかな。」
「いやいやいや、ナチュラルにカツアゲしないで。」
「でもほら、こういうのはケジメだから。」
青くんはニュッと腕を伸ばすと私の肩に手を回す。
「催花ちゃんと俺と翠。1人一万円ずつ。キリがいい!」
「まずお金は貰わないし、三等分もしないよ。」
「私も悪いとは思うけどお金は渡さないよ。
……っていうか、やっぱりソイツと付き合ってるの?美人局?」
愛宕が嫌そうに顔をしかめる。
まずい、また大声で淫売と言われてしまう!
「ち、違うよ!青くんは誰に対しても距離感が近いだけで付き合ってない!」
付き合えたらいいな、とはちょっと思うけど。
「嘘だ。去年同じクラスで隣の席だったけど一言も話してない。」
ちょっと驚いて青くんを見る。
てっきりクラス全員に親しげに近づいて金を巻き上げていると思った。
「話す必要が無かったからな。」
「そういう問題……?」
「旭、よくわからないよね。
人と喋るくせに誰とも仲良くしようとしないし、たまに怖いときあるし……。
姉と入れ替わりでもしてるの?」
「繊細で多感なお年頃なんだよね。」
「自分で言うんだ……。」
「愛宕、ゴミ貸して。俺が行くから。」
「……そりゃ助かる。」
愛宕は怪訝な顔でゴミを渡していた。
私もゴミを渡そうとするが「あんたは仕事しなよ」と言って腕を掴まれてしまった。
「じゃああとは任せた。」
「ええ……。」
「私、複数人と付き合ってる奴は殺したくなるけど1人だったらなんとも思わないよ。
じゃね。」
生きづらい性格だ。
「ほら、早くゴミ捨てて帰ろうよ。」
「あ、うん。
……っていうか、いつからつけてたの?」
「愛宕に罵られてる時。
助けに行こうかと思ったんだけど、なんとかなってたからいっかなと思って。」
そうだったのか。
まあそりゃあれだけ大声で罵られてたら気がつくか。
「……あのさあ、怖い話してもいい?」
「稲川淳二?」
「もっと怖いやつ。
雪沢があんたのことずっとつけてるよ。」
雪沢。
その名前に体が震えた。
なんで……。
さっき教室にいる時は私の方に来もしなかったのに。
「振り向かないで前歩いて。」
「う……」
「ああ、悪かったよ。そんな怖がると思わなかった。
俺がいるから大丈夫。何もしてこないよ。ね?」
そうは言われても。
奴は隙を見て私を階段から突き落とすような男だ。
「確かに俺は雪沢に比べて体格差あるし、喧嘩になったら負けるだろうな。
けど盾くらいにはなる。」
「た、盾になんかならないでいい……。先生が救急車呼んで……。」
「殴られること前提かよ。」
あははと青くんが笑う。笑い事じゃ無い。
私が彼を見ると、ふと笑いを止めて「歪んでる」と呟いた。
何が歪んでいるんだろう。