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ワンモアタイム  作者: アンソニー 計画
催花、16歳
6/18

「ごめん……優しさに触れるの久しぶりで……。」

翌日、いつも通り揶揄われながらも(そして旭さんが暴れながらも)なんとか昼まで過ごした。

雪沢は私と目が合うと憎悪のこもった視線で睨んできたが、こちらに近寄ることはなかった。旭さんが怖いのだろうか。そうだといい。


昨日先輩たちが家に来たことは周りにバレていないようだ……良かった。


「お昼教室だと茨島達に嫌がらせされるし、別のところで食べない?」


これを茨島の目の前で言う。それが旭さんだ。

全力で喧嘩を売っている。


茨島はイラついたように旭さんを睨んでいたが当人はどこ吹く風である。


「あー……中庭とか?」


「いいねえ。」


睨む茨島から逃れるよう荷物を掴んで教室を出る。


「私、購買でパン買わないと。豊平さんは?」


「私はお弁当あるから……。」


「じゃあベンチ確保してもらっていい?」


「わかった。」


中庭のベンチは争奪戦になると聞いた。

私は駆け足で中庭に向かい、空いているベンチを発見すると素早くそこに座った。

今の速さはウサインボルトだってちょっとびっくりするだろう。ちょっとだけね。


ほっとため息をつくと、目の前のベンチに座っていた人と目が合う。

阿賀野先輩だ。


「豊平さん。」


「あ……こんにちは。」


「昨日はごめんね……押しかけちゃって。笹津も失礼なこと言うし……。」


「いやいや、全然気にしないでください。」


私は手を振ったが、本当はめっちゃ迷惑だったし図々しい笹津先輩にも少しイラついた。

勿論そんなこと顔にはおくびにも出さないようするが。


「……なんか豊平さん顔色悪いね。昨日、教授ずっと勉強させてたし……疲れちゃった?ごめんね。」


「いえこれは先輩のせいでは……。」


顔色が悪い理由はイジメによるものだろう。

食欲は激減し、ニキビができ、顔色は常に白い。


「悩み事があるなら相談に乗るよ。」


「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫ですから。」


むしろ先輩に関わられるとイジメが悪化する。それだけはごめんだ。


「豊平さん……。

……豊平さんは神様って信じてる?」


「へ?」


神様?なんで急に?


「えーっと……そうですね。初詣には行きますけど……どうしてですか?」


「もし悩み事があって、でも人に言えないなら神様に相談するのも手だよ。

俺、水泳部に入ってたんだけど高2の時に怪我して泳げなくなったんだ。


部活は好きだったし、大会に絶対出てやる!って思ってたからすごくショックだった……。けど、そのショックを誰にも相談できなかったんだ。なんか、格好悪いって思ってて……。


でもある時、ある人と知り合ったんだ。

その人は神様の言葉を理解して、そして神様の言葉を俺たちに伝えてくれた。

そして逆に俺たちの悩みも神様に伝えて神様の答えを教えてくれた。


俺も、水泳が出来ないことを相談した。

そしたら神様はこう言ってくれたんだ。

水泳はあなたにとって大事なものではあるけれど継続するものではなかった。もっと大事なものがある。それをするべきだって……。」


先輩はそこで言葉を区切った。


……これって……マズイ感じじゃない?


「俺のすべきことがわかった今、すごくスッキリした気分なんだ。

道しるべがわかったっていうか……。

豊平さんも、一度相談して道しるべを教えて貰ったらどうかな?俺でよければ紹介するよ。」


間違いない。

勧誘だ。

よく家まで勧誘の人が来ることはあるが、まさか高校で勧誘されるなんて……。


家に来る人はわからないが、阿賀野先輩は純然たる善意で私を勧誘している。

高校生にノルマみたいなものは無いだろうし……。

しかし、善意だからこそ断りにくい。酷い言葉で断ることもしにくいし、だからといって曖昧な態度だとドンドン勧誘されることになる。


ど、どうしよう。


「あー、んー、そうですね。

と、とりあえず自分でなんとかしてみようと……」


「そう……?でも、教授も豊平さんの様子がおかしいって言ってたし……無理は禁物だよ?」


「いやー……」


なぜ私は曖昧な態度で断っているのだ。

ここはキッパリ、キッパリ言わなくては。


……と思うのだが、阿賀野先輩のキラキラとした純粋な目を見ると断りにくい。

なんと言えば先輩を傷つけずかつキッパリ断れるのだ……。


「あれー?催花ちゃん?」


名前を呼ばれて振り返ると、青くんがキョトンとした顔で菓子パンの入った大きなビニール袋を抱えていた。すごい量。

体型に似合わず大食いのようだ。


「翠が探してたよ。中庭にいないって……」


「え……?」


ここ、中庭じゃ?


「もしかしてここが中庭だと思ってたのか?ここ裏庭だよ。」


そんな細かな違い知らなかった。

中庭と裏庭があるのか。

私は慌てて立ち上がる。


しかし助かった。阿賀野先輩の勧誘からとりあえず逃れられる。


「じゃ、じゃあ失礼します。」


「ああ、うん……。

……あの、あなたは……」


先輩は青くんをじっと見つめている。

どうしたんだろう。彼の格好良さに見惚れている?


「行こう。あんまり遅いと翠怒るよ。」


青くんはそんな先輩を無視して菓子パンの袋を片手に、もう片方の手で私の手を掴むと、ズンズンと進みだした。

私は先輩に目礼するもこちらを見ることなくただ青くんを見ていた。


「……大丈夫?」


「何が?」


「勧誘されてたんだろ?」


なんでそれを。


「……親子揃ってガッチガチの幸伝会の会員だからな。」


「こうでんかい?」


「新興宗教だ。

あんまり近づいちゃダメだよ……ってもう遅いか。」


彼は自嘲するように笑うと、繋いでいた手に力を込めた。


もう遅いって……先輩に目をつけられたということだろうか。

困った。

現状、春田は除かれたとしてもクラスの約半数からイジメ嫌がらせ無視などを受けているというのに、更に先輩から新興宗教の勧誘とは……。

今年は厄年だろうか?


「そういえば、雪沢から何もされてない?」


「うん……。今は出来るだけ旭さんと一緒にいるし。」


「そっか。それがいいな。

もし翠がいなくて、一人きりになるようなら俺を呼んで。すぐ行くから。」


「あ、ありがとう……!!」


なんて優しいんだろう!

私はちょっと感動した。

これがすぐにうるせえ子宮潰すぞと脅す旭さんの双子の弟なんだろうか。


「……なんでそんなキラキラした目で俺を見るわけ……?」


「旭さんと比べてあまりにも優しいもんだからつい……」


「あー……。そりゃ翠に比べたら誰だって優しくなるな。チカチーロだって優しいと思うだろうよ。」


チカチーロが誰だか知らないが、恐らくロクでもない奴なのだろう。


「だから別に俺は優しくないから……キラキラした目で見るのやめて。」


「ごめん……優しさに触れるの久しぶりで……。」


我ながら悲しい言葉だ。


青くんは嘆く私を見て「あのさ、優しさじゃなくて下心だから」と呆れたように言い放った。


……え?


思わず彼を見つめると、彼はフッと笑って指を絡めてくる。


な、なんだそれは!


鎖骨がキューっとなって喉が狭まる。

肩甲骨もギュウギュウする。

ときめき指数が急上昇したせいだ。


これだから顔のいい男は。


自分の格好良さがわかっているからこんなこと言って勘違いさせてくるのだ。

そしてすっかり骨抜きにして貢がせ金を搾り取るだけ搾り取ったら無残に捨てる。

恐ろしい。


「青くん……将来良い結婚詐欺師になれるよ……。」


「…………中々言うね。」


そんなこんなで、やっとの思いで旭さんのいる中庭に着くと彼女はベンチで横たわって寝ていた。

青くんは躊躇うことなく彼女のお腹に座り菓子パンを食べ始める。


「ギャア!重い!……青か!

ダイエットしろよ、このデブ。」


「はあ?翠ほど太ってませんけど。この豚。」


青くんが豚と言った瞬間から壮絶な姉弟喧嘩が始まった為に、私はお弁当を食べることができなかったのであった。


✳︎


まさか双子の喧嘩があそこまで凄まじいものだったなんて……。

私は一人っ子なので兄弟喧嘩というものをよく知らない。だがあそこまでのものは中々ないんじゃないだろうか。


2人を見舞う為保健室に向かう。


その途中で関谷先輩に捕まった。


「あ、豊平さん!」


「関谷先輩……どうしたんですか?」


「うん、ちょっと……。少し時間良い?」


ああ、あのことか。

私ははい、と頷き先輩の後に続いた。


先輩は私を多目的室に案内すると、ガシッと肩を掴んで来た。


「お願いがあるんだ。いや、あります。」


「は、はい。」


「その……あの……」


関谷先輩は途端にもじもじし始めた。

肩を掴んで来た威勢の良さはどこに行った。


「……あのことですよね?」


「……そう、です。」


私が切り出すと彼は顔を赤らめ目を逸らした。


「まず……この間の……あのことは……黙っていて欲しくて……。」


私は勿論だと頷く。


「大丈夫。誰にも絶対言いませんから。」


というかあんなこと、誰にも言えない。


私がイジメられる少し前。

授業中お腹が痛くなって保健室に行って帰る所だった。

この多目的室から何やら声が聞こえて来た。


最初は授業かな、と思ったが何かを叩くような大きな音も聞こえて来た。

これは何か良くないことじゃ。

そう思った私はよせば良いのに扉を開けてしまったのだ。


そこには関谷先輩……を足蹴にする松川さんがいた。


関谷先輩は赤い首輪を付け、シャツを肌蹴させながらこちらを驚いた表情で見つめ。

松川さんは先輩の赤い首輪から伸びるリードを引っ張りながらその股間を思い切り踏みつけていた。


……学校で何やってるんだ?

私はまずそう思った。

せめて鍵かけろよ。


その後すぐに、いやそうじゃないと思い直した。

まず高校生がSMプレイって。

しかも、あのおとなしい松川さんがSでハンサムオーラを放つ関谷先輩がMって。逆でも嫌だが。


扉を閉めて「お邪魔しました」と言ったが飛んで来た2人に捕まり、このことは誰にも言わないでくれと縋り付かれた。主に関谷先輩に。

松川さんは誰にも言わないでと言いながらも、まあ言ってもいいかな……というような雰囲気を出していた。

あれが女王の余裕だろうか。


私は勿論こんなこと言えないし、絶対口外しないから安心してくれと伝えた。


そしてその1週間後。

私に対するイジメが始まり出した頃だ。


また松川さんと関谷先輩はこの教室でプレイしてやがったのだ。

今度は関谷先輩が松川さんの上履きを舐めていたところだった。

私はさすがに怒った。

学校ではやめなさい、それからせめて鍵をかけなさいと。


—そんなことがあった。

そんな……アダルトビデオやエロ漫画のようなことが……。


「私もそんな外道じゃありません。絶対絶対言いませんって。」


「う、うん。ありがとう。」


「でも次見つけたら先生に言います。」


「え、やめ、やりません。」


「はい。

それで、他に何か用事が?」


まさか口止めだけの為にここに連れて来たわけではあるまい。

私が促すと先輩は息を一つ吐いて決心したようにこう言ってきた。


「……松川さんの誕生日がもうすぐなんだ。」


「……私に……誕生日プレゼントを選べと……?」


「そう!さすが豊平教授の娘!察しがいい!」


やーっとおだてられても困る。

プレゼントだなんてわかりっこない。

ましてや松川さんだ。鞭とか蝋燭しか思いつかない。

いや、これは先輩へのプレゼントか?


「困ります!私……松川さんの好み知らないですし。」


「俺だって……俺を苦しめるのが何よりも好きってことしか知らないよ。」


そんなことは聞いてない。


「彼女のことでしょ!?もうちょっと詳しくなりましょうよ!」


「いや……彼女じゃなくて飼い主だから……。」


先輩はおずおずと訂正してきた。どうでもいい。


「ペットなら飼い主にプレゼントなんてしなくていいんじゃないですか?」


「うーん……でもあわよくば彼氏になりたい。」


知らん!と叫びたいのをグッと我慢する。


「……なら、アクセサリーとかどうです?」


「重くない?」


「じゃあ文房具とか。」


「小学生じゃあるまいし。」


「ヘアゴムとかヘアピンは?」


「付けてるの見たことない。」


「もう松川さんに直接聞いたらどうです?」


これじゃ埒があかない。

私がそう言うと関谷先輩は顔顰めた。


「サプライズしたいじゃん……。」


面倒だな!この人!


「わかりました!ならもう松川さんのしたいプレイさせてあげればいいでしょう!」


「それじゃいつもと変わらないですもんね。」


柔らかい声が聞こえて体が跳ねる。


振り返ると松川さんがいた。

この教室、さては人の入る気配を消す特異性がある?


「ま、ま、松川さ……」


「えっと……ごめん、あの……巻き込んじゃって……。」


松川さんが申し訳なさそうに私に頭を下げてきた。

松川さんが謝ることじゃないだろう。


「気にしないで!悪いのは松川さんじゃないから……!」


悪いのは関谷先輩である。

そう暗に伝えると、彼女は能面のような顔で関谷先輩を見た。


「……先輩……。豊平さんに迷惑かけないでください。」


冷たい、凍りつくような声だった。

いつもの松川さんのおっとりした声はどこへ。


「う……は、はい……。」


「大体、犬から誕生日プレゼントとか……。

そんな汚物貰うよりも先輩を見ないで1週間過ごせる方がずっと良いですから……。」


怖。

松川さん、二重人格?


「それになんですか?

あわよくば彼氏になりたいって……気色悪い。

犬なんかと付き合ったら獣姦じゃないですか。そんな悪趣味なことよく思いつきますね。」


SMプレイのことよく知らないけれど、これもそうなんだろうか?

松川さんは忌々しげに睨みながら先輩をなじる。

先輩は項垂れてはい、すみません、と言うだけだ。


「ハー……。本当に、よくこんなに私を不愉快な気持ちにさせてくれますね……。ある意味才能ですよ。すごいすごい。

無能なあなたにも才能があったなんて。

最もなんの役にも立たないどころか糞のような才能ですけどね。」


そう先輩に吐き捨てると、彼女はこちらにくるりと向き直った。

その表情は先ほどまでの冷たさのかけらもない。ナイトメアビフォアクリスマスに出てくる町長のように、顔をくるくる変えられるのだろうか?


「豊平さん、本当にごめんなさい。

折角黙ってくれてるのに更にこんな……。」


松川さんは眉を下げて更に謝ってくれるが、彼女の言葉責めに何故かこっちが責められた気分になっていて「はい、すみません」しか言えなかった。


「あの、本当に、なんとも思ってないので……私、帰ります……。」


「……あの……豊平さん……。」


「ひゃい。」


「その……豊平さんは私のこのこと黙ってくれてるのに、私はあなたの為に何も出来なくて……ごめんなさい……。」


彼女は私に再び頭を下げた。


「そ、そんなこと!

いいの、むしろあんまり関わらないで。

松川さんにまで……及んじゃうかもしれないから。」


これは本心だ。決して女王様と距離を置きたいから言っているわけではない。


松川さんにまであのイジメが及んだら堪らない。


「でも……」


「大丈夫。

助っ人がいるから。」


私が強く言うと、彼女はああ……と呟いた。

旭さんのことだとわかったんだろうか。


「……何か……私でも出来ることがあったら言ってください……。」


「うん、ありがとう。」


松川さんは困り眉のままホッとしたように笑った。

先輩に向けるあの冷たく恐ろしい表情とは大違いだ。やっぱり二重人格なんだろうか?


「じゃあ私はこれで……。」


「ま、また明日。」


「また明日ね。」


また明日とは言ったものの……果たして先輩は無事に明日を迎えられるのだろうか?

松川さんは既に先輩を正座させその顔にビンタしていた。

先輩、自業自得でしょうがどうぞご無事で。

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