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ワンモアタイム  作者: アンソニー 計画
催花、10歳
2/18

エピローグ2

なんだかうるさい……そう思って目を開けた。

今どこだろ。


「だから泉なんか連れてきたくなかったんだ!」


「なんだと!?この!」


……御影くんと秋は私を挟んで喧嘩していた。

全く。もう少しで二分の一成人式をやる歳だというのに、まるで幼稚園児みたいだ。


「うるさいんだけど?」


「催花さん!聞いてよ、泉が……」


「催花はママってか?泣きついてんなよ。」


「もー!電車の中なんだから静かにしてよ!」


私の叫びに二人はウッと黙る。

ここがコウキョウノバショだと思い出したか。


「……ごめんなさい……。」


「ほら、ここで乗り換えじゃない?」


「あ!ほんとだ。」


秋はパッと立ち上がりドアを抜けると「いっちばーん!」と叫んだ。

私と御影くんは呆れながらその後に続く。


「乗り換え方わかるのー?」


「わかんねー。」


御影くんは秋を冷たい目で見ると、ズンズン進んでいった。

よく来るみたいだ。


駅は賑わっていて、私たち3人ははぐれないようお互いを見やりながら人の群れをかいくぐる。


秋がお菓子屋さんを見るたび立ち止まるので、迷子にならずに電車にたどり着けたのは奇跡としか思えなかった。


「これに乗ってればもう着くね。」


「あー、長かった。」


「そう?」


「催花は寝てたじゃん。」


3人、また私を真ん中にして座り景色を見る。

もう田んぼだけではなくて、建物がいくつも見える。


「お父さん、私が電車に乗ってるって知ったら心配するだろうなあ。」


「催花のお父さんはカホゴなんだよ。催花なんて階段から突き落としても無傷だって。」


「そんなわけないじゃん。」


私をなんだと思ってるんだ。


「……そういえば催花のお父さんも顔に傷あるよな。」


「ああ、よく覚えてたね。」


「あんだけデッカくあったら忘れないって。便利だよな。」


お父さんの顔の傷は見分けるための印じゃないんだけど。


「……傷が?」


「御影くんは会ったことないっけ?

左目の周りに火傷の跡があるの。」


「ふうん……。」


御影くんはどこか遠くを見ながら自分のこめかみを撫でていた。


「秋さ、今度の球技大会何出る?」


「ドッチボールかな。催花はどうせ卓球だろ。」


バレたか。

あまり運動が得意ではないし、球技なんてもってのほかだ。

卓球なら他のものより動かなくて済む。


「御影も卓球か?」


「まあそんなとこ。」


「二人で優勝目指そうね。」


私が御影くんとえいえいおー!と拳をあげると、秋は不服そうに「オレだって優勝目指すし!」と言っていた。


しかし秋がドッチボールか……。

彼女の投げるボールは早く、重く、そして女だろうと運動音痴だろうと容赦がない。

そのため、一部生徒から秋のいるチームは戦車と呼ばれている。


「戦車再来かー。」


「ああ……。」


「なんのはなしだよ?」


「なんだって良いじゃん。」


「よくねえよ!」


吠える秋に御影くんは面倒そうに「しつこいなー。」と言った。


「しつこくねえ!

オレは几帳面だから、なんでも白黒付けたいんだよ!」


「秋が?几帳面?」


それだけはない。

あと、なんでも白黒付けたいのは几帳面とは違う。


「A型は几帳面なんだぞ!」


「あー、はいはい、血液型診断ってやつ?」


まだ信じてる人いたんだ。

お父さんの世代ではやったって聞いたけど。


「ふうん。

なら俺はAB型だから変わり者?」


「あー、合ってるね。」


そうかなあ、と御影くんは口を尖らせる。

変わり者だからいじめられてるんじゃん。


「催花さんは?」


「私はO型だよ。」


「O型はおおらかなんだっけ?」


「催花がおおらか!?ないない!」


なんだと?

私は拳をぎゅっと握り……それを緩めた。

確かにおおらかではないかも……。


「血液型診断なんて当てにならないね。」


「いや、オレは当てはまるだろ。」


トンチンカンなことを言う秋を尻目に私たちはどんどんとビルが増えていく景色を見つめていた。



「とーちゃく!」


秋がピョンと電車を降りた。私たちもノロノロと降りる。


「んで?どこ行くわけ?」


御影くんは少し俯いた。小さく弱々しい声でついてきて、と言うので私も秋も大人しくそれに従う。


ここまで来るとさすがに察していた。

錦帯町は大きな精神病院がある。



病院に近づくにつれ、私たちの口数は少なくなっていった。

秋もわかってきたのだろう。


重い足取りでロビーに入ると、周囲の視線がこちらに集まった。


「ここで待ってて……」


「……わかった。」


ロビーのソファーに私たちは横になって座った。

時計をぼんやり眺める。


「……ここってさ……御影の、父さんの……」


「多分……。」


私たちはそれだけ話して、また黙り込んだ。

ロビーに溢れるのは、看護師さんがお会計の人を呼ぶ声だけだ。

それから20分。御影くんは戻ってきた。


「お待たせ。行こうか。」


御影くんの表情は暗い。

何があったのか……それはなんとなく想像ついて聞くことができなかった。


「……なんでオレたち、ってか、催花ここに連れてきたわけ?」


病院を出てすぐに秋が尋ねる。

御影くんは私たちの顔を見て、それから自分の足元を見た。


「……誰でも良かった。

ただ、一人じゃこわくて来れなかった。

催花さんとあんまり話したことがないし……俺のこともそんなに知らないから、きっとどうでもいいとおもって。

俺のこと知ってる人だと心配するだろうし俺も……ここに連れてきたくない。

泉はなんか勝手についてきてイヤだったけど、泉も……。」


そう言うと御影くんは自分のこめかみに触れた。

彼のこめかみの大きな、弓形の切り傷。


去年の話だ。

御影くんのお父さんは狂ってしまった。

私は何も知らない。ただ、ある日登校してきた御影くんの顔に切り傷があったのだ。


御影くんのお父さんが御影くんの顔をカッターで切りつけたらしい。

その傷は深く、いつまで経っても彼の顔に残り続けた。


御影くんが口を開く。


「お父さんは俺が、お母さんの浮気相手との子供だと思ってるんだ。

それがわかってお父さんは俺のことを……。


でも違う。俺はお父さんの本当の子供だ。

AB型からじゃないとAB型は生まれない。 お父さんはAB型だ。お母さんはB型。生まれる子供の血液型はA型か、B型か、AB型。

AB型からは、O型以外が産まれる。俺がO型ならお母さんは浮気してたのかもしれないけど、俺もAB型だ。俺はお父さんの子供だ。


お母さんの浮気相手が本当にいるかも知らないし、血液型も知らない。けど、日本の人口10%しかAB型はいないんだ。きっとAB型じゃないよ……。俺は顔も知らない奴の子供なんかじゃない。

俺はお父さんの子供だ。俺はお父さんの本当の子供だ。そうなのに。」


狂ってしまった父親には、そのことはもうわからないのかもしれない。


私は泣きそうになっている御影くんの腕を引いて駅まで歩く。


「もし……俺が浮気相手との子供だっとしても……本当の子供じゃなきゃダメなのかな……。そんなにいけないこと?

でも、俺思うんだ。誘拐されたあの子供はきっと幸せに暮らしてるよ。

両親を殺されて赤の他人に育てられてたとしても、血の繋がりなんて関係なく……」


「そうだな。」


いつの間にか、秋も御影くんの腕を引いていた。


「……オレは父親がしょっちゅう変わる。

全員ロクデナシだ。金をせびったりタバコずっと吸ってたり酒を昼間から飲んでたり。

でも1番ロクデナシは本当の父さんだったよ。他の父親だった奴はそんなことなかったけど、こいつは殴ってきた。

血の繋がりなんて関係ないよ。血が繋がってても殴ってくるんだからさ。

……実の子供じゃなきゃいけないなんてことない。関係ねえよ。今の父親は勿論血の繋がりなんて無いけど、本当の父親よりずっと優しいし。

それが分からないってことはそれだけ気が狂ってんだよ、お前の父さん。」


果たして慰めているのかそうではないのか。

ただ、秋のその言葉に御影くんは泣きそうになりながらも笑っていた。


「……今日は二人ともありがとう。」


「フン、感謝するならなんか寄越しな。」


「秋!

……私は、球技大会優勝してくれたらそれでいいから。」


御影くんはこちらを見た。まだ彼は泣いていた。

困った泣き虫さんだ。


「ごめんね。」


「いいよ。ほら、もう早く帰ろ?」


私たち3人、腕を組んで歩いていく。


それが、御影くんとの唯一の思い出だった。

御影くんをいじめていない思い出。



御影くんはあの日の翌日引っ越した。

遠い町に。


あの時私と秋を連れて病院に行ったのは、最後にお父さんと話すためだったのかもしれない。


あの時球技大会で優勝してくれたらいいよと言って泣いたのは、それが叶わないとわかっていたからかもしれない。


私がもし、御影くんを無視したりせず、鈍臭いなんて陰口を叩かなければ今もクラスにいたのかもしれない。


先生が朝、御影くんが転校したことを告げた時クラス中が動揺した。

御影くんの顔の傷を笑っていじめていた。その罪悪感でみんな大なり小なり落ち込んだ。

特に落ち込んでいたのは秋だろう。

私は彼女がこっそり泣いていたことを知っている。


秋は、とことん男の子っぽいのだ。

好きな人にちょっかい出したくてついいじめてしまう。

本当に、どうしようもない。


私と秋はあれ以来なんとなく一緒にいることが増えた。

自分のバカさ加減がわかったのか、前ほど暴れなくなったように思う。

ドッチボールも女子には手加減していた。

お陰で優勝は逃したが。


「御影くんがいないと寂しいか?」


お父さんが私の横に座る。

お父さんには御影くんの家のことは伏せておいた。なんとなく、彼は他の人に言わないで欲しいんじゃないかと思ったから。

それでも、お父さんは私が落ち込んでいることに気づいたらしい。


寂しい……というよりやはり罪悪感がある。

もう少し優しくしくできればよかった。


「秋は寂しがってるよ。」


「ああ、そうかあ。

秋ちゃんは、御影くんのことが好きだったんだ。」


「うん。

いじめなければよかったのに。」


「でもわかるよ。父さんも昔は好きな子イジメちゃったりしてたから。」


「秋は女の子だけどね。」


気分を変えようと、久し振りにテレビをつけた。

ちょうどバラエティ番組がつく。

芸能人の血液型を当てろ!というものらしい。


「そういえばお父さんの血液型って人口の内10%しかいないレア血液型なんだって。」


「レア血液型って……。

そうだけどな。輸血の時数が少ないと大変だよ。」


「ゆけつ?」


私が首をかしげると、父さんは苦笑した。そんなことも知らないのか?という感じだ。


「事故とかで、他の人の血を貰うことだよ。血がないと人間は生きていけないから。

その時基本的に同じ血液型の人じゃないといけないんだ。」


「へえ!

じゃあお父さん、もう事故にあったらダメだね。」


お父さんの目の周りの傷に触れる。


「本当だ。

……催花も、事故に遭わないように気をつけないと。」


「あわないよー。」


「こんなに小ちゃいからなー……心配だ。」


お父さんは私をぎゅっと抱きしめた。

私のくるくるの髪を撫でてくる。

全く、過保護にもほどがある。


「お父さんみたいな人のこと、過保護って言うんだよ。」


「よく知ってるな。えらいえらい。

……でも過保護にもなるさ。お前は大事な娘なんだから。」


お父さんの胸に耳を当てる。ゆっくりした心臓の音が聞こえてきた。


御影くんは、こうやって心臓の音が聞こえるほど抱きしめて貰えないのか。

そう思うと私はなんだか寂しい気持ちになった。

血が繋がっていようがいまいが関係ない。自分たちは親子だとそう言える人が父親であれば。


御影くんの顔の傷を思い出しながら私は泣いていた。

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