「あいつは関谷の飼い主だから。」
SMプレイというか、痛めつけている描写があります
先輩って本当に気持ち悪いですよね。
松川さんが軽蔑した表情で俺を見下ろす。
人前で話しかけないでください。先輩みたいな人と知り合いだなんて思われたくないです。
彼女の冷ややかな声に興奮する。
それに気がついた彼女は気持ち悪い、と言いながらしゃがむ俺の腹を蹴った。
痛みと快楽が同時に訪れ、思わず声が出る。
それに更に苛立った松川さんは侮蔑した表情のまま、うずくまる俺を残し女子トイレから出て行った。
出て行く彼女を見つめる。
スカートから覗く松川さんの白い足に更に興奮した。
最初はここまで酷くはしてくれなかった。
ただ恐れおののくような表情で俺を見て拒絶していた。しかしいつからか、こうして俺に暴力を振るってくれるようになった。
もっと、もっと酷くして。
彼女が俺を見下ろしながら、俺が動けなくなってもまだ蹴り続けてくれたならどんなにいいだろう。
しばらくその余韻に浸っていたが、女子トイレにいることを思い出し立ち上がる。
誰かに見つかるとマズイ。
「関谷くん?なんで女子トイレにいるんだ。」
「……日和……。」
しまった……。見つかってしまった。
「その、ちょっと……ペンが転がって。
誰もいなかったし、奥まで入ってないからいいかなって……」
我ながらみっともない言い訳だ。
しかし日和はそれを信じたらしい。
「そうか。今度からペンにリードでも付けとけばいい。」
「そうするよ。
……あれ?日和はなんで別館にいるんだ?もしかして授業こっちだっけ?」
「笹津くんと阿賀野くんの手伝いで、参考書を借りてたんだ。たくさん借りたいらしくて、俺の名前を使って借りてた。」
ああ、あの2人か……。
笹津は特に受験に向けて力を入れているから、そういうことばかりしている。
「俺も図書室行こうかな……って、授業は。」
人のこと言えないけれど。
「自習だ。」
俺と日和は図書室に向かった。
図書室には笹津と阿賀野が山のような参考書を抱えて座っていた。
こんなに独占していいんだろうか。
「あ、関谷。」
「やっほー。
随分借りたね。」
「まだ借りたいのに司書に怒られた。独占するなってな。
早いもの順だと思わないか?」
「笹津に優しさが生まれますように。
そうだ、皆話しておきたいことがあったんだよね。」
俺は笹津と阿賀野の前に座り、日和も横に座らせる。
「俺たちのせいで豊平さんがいじめられてた、らしい。」
横で日和が苦しそうに目を瞑った。
阿賀野は悲しそうかつ驚いた顔をし、笹津はあーあ、と言った。
「ど、どうして。豊平さんは一言もそんなの、」
「俺たちが豊平さんの家に行ったりしたから、4人いっぺんに付き合ってると勘違いされたらしい。
……謝らないと。」
「そんなことで……酷い人もいるね……。」
阿賀野は俯いて何か唱えた。また例の宗教のやつだろう。
「日和は気がついてたの?」
名前を呼ばれた日和は目を開け俺を見た。薄茶色の瞳は悲しみに染まっている。
「いや……けど教えてもらったんだ。」
日和は豊平さんと仲が良いし、本人から相談されていたのかもしれない。
彼はちょっと意味不明な言葉を言うが性格はとことん優しい。特に身内に甘い。
そんな彼が、可愛がっている後輩がイジメられていると知ってきっと相当傷付いただろう。
「……今はもう、気にしてないと言ってたが……」
「そっか……。」
「っていうことはイジメは収まったの?」
「うん。なんでも、イジメの主犯がこの間の体育館倉庫の火事の犯人だったらしい。
停学だったか退学だったか……もう学校に来てないから、自然と収まったみたいだね。」
ちょっといい気味だ、と思ってしまう。
この火事の犯人は相当な怪我を負ったらしいが、豊平さんをイジメているのだから同情は出来ない。
「なら良かった……のかな。」
「よくはない。」
今更だけれど、彼女に謝る必要があるだろう。
周囲を勘違いさせるような振る舞いをしてしまったこと、迷惑をかけたこと、イジメに気付けなかったこと。
「クラスメイトに淫売とか言われてたしそうだろうとは思ったけどなー。」
「気がついてたの?」
笹津のあっけらかんとした言葉に少し驚く。
「気がつくっていうか、まー、イジメられそうじゃん。仕切り屋っぽいから。」
「そうかなあ。そんなことないと思うけど。」
「っていうか、俺たちが原因なのにどうしてそういうこと言うんだよ。」
「悪いと思ってるよ。
しかし、豊平さんね……どうしてアレと付き合ってるなんて言われなきゃいけないんだ?」
笹津には優しさとか道徳観とか、そういうものが無い。
俺たちが豊平先生と話したいからと家に押しかけておいて「アレ」呼ばわりとは最低だ。
「豊平さんが嫌なの?」
「嫌じゃなくて、無いだろ。普通に。」
「そう?可愛いと思うけどな。」
「ふうん。阿賀野ああいうのがタイプ?
そしたら豊平さん可哀想だな。電波宗教男に好かれてさ。」
「笹津!」
どうしてそう口が悪い!
電波宗教男と言われた阿賀野はケロッとしているが、聞くに耐えない。
「タイプというわけじゃないよ。ただ可愛いと思っただけで。」
「ならどんなのがタイプ?」
「うーん。理解のある人かな。」
「はいはい、幸伝会サイコー。」
「笹津はどんな人が好き?」
「気が強い。」
「ああ、笹津を好きになるなら気を強く持たないと無理だもんね。需要と供給が合ってると思うよ。」
俺はこのやり取りにゲンナリした。
笹津と阿賀野はいつも一緒いる割にはずっと言い合いをしている。仲が良いのか悪いのか。
「関谷……はマゾだから聞かなくてもわかるな。
日和は?お前が人間を好きになるところが想像できない。」
「そうか?確かに笹津くんのことはそこまで好きじゃないが……関谷くんと阿賀野くんは割と好きだぞ。優しいからな。」
「ありがとう。俺がこうして優しいのも全て幸伝会の」
「勧誘すんな。
そうじゃなくて女だよ。女の好み。それともお前ゲイか?」
ゲイ、と言われて日和は首をかしげた。言葉の意味を知らないのか、知っていてなんでそんなことを聞くのかわからないと思っているのか。
「俺は同性愛者じゃない。女の人が好きだよ。」
「で、なら、どんな女が好き?」
「旭さん。」
サラッと名前を言ったので、俺たちは固まった。
そうか、日和にも好きな人いるのか……。
「え、旭さんって、もしかして旭 翠さん?」
「そうだ。」
そういえば、松川さんのクラスに旭さんっていたような。
髪の毛がクルクルしてる、ツンとした感じの美人だった気がする。
日和は面食いなのか。
「そうなんだ!旭さんはね、幸伝会の教祖の旭 喜様の娘であらせられるんだよ!」
……そういうことはあまり笹津の前で言わない方がいいのだが……止める間もなかった。
笹津は目をひん剥いて驚いている。口を開こうとしたがその前に足を蹴ってやめさせた。どうせロクなこと言わない。
「らしいな。」
「どうかな、彼女について理解を深めるために幸伝会の集会に参加してみない?」
「いや大丈夫だ。
旭さんからは幸伝会に関わらないようにかなり厳重に言われているし、彼女を理解したいなら直接話すのが1番だから。」
関谷は残念そうにしていたが、俺はホッとした。
教祖の娘は親と違ってまともなようだ。
これならちょっとは安心して日和と付き合わせられる。
「そいつ、まともなのか?
別の電波入ってるかもよ?……いや、電波同士お似合いか……?」
「マトモ……?」
「どんな奴なんだ、その旭って女は。」
「美人で優しい。」
「完璧じゃねえか。
クソ、何か悪い噂無いのか?
……あ、」
笹津は何かに気がつくと、突然立ち上がった。
そして近くの本棚に立っていた女子生徒の肩を叩く。
「よお、愛宕。」
「…………どーも。」
気の強そうな鋭い目をしたポニーテールの女の子だった。
愛宕と呼ばれた彼女はめんどくさそうに笹津を見てから俺たちを見た。
「……勉強会ですか。頑張ってくださいそれじゃ。」
「待て待て待て、お前さ、旭って奴と同じクラスだよな?」
「旭姉?そうですけど。」
旭……姉?弟がいるのだろうか。変なあだ名だ。
「どんな感じ?」
ざっくりした質問だ。
そんな質問に愛宕さんは顔をしかめて「脅迫するのが上手い」と言った。
「きょ、脅迫?
それはどういう、」
俺が驚いて聞くと、彼女は呆れた顔をしながら言葉を続けた。
「人の弱みに付け込んで脅してくるんですよ。相手によっては足も出るみたいで。
危険人物って感じですかね。」
なんてこった。
「日和、その女の子以外の人を好きになりなさい。」
「大丈夫だ。色々……よくわからないが、考えてやってるらしい。」
よく考えてやってたらよりタチが悪いだろう。
「あー……日和先輩でしたっけ……。」
「そうだが……?会ったことあったか?
君のことは覚えていない……ごめん。」
「無いですよ。謝らないでください。
ただ先輩が豊平と仲良いんで知ってただけです。」
「それなら俺も仲良いけど?」
笹津は自分を指差す。嘘をつくなよ。
「さー?笹津先輩の話は聞いたことないです。
……旭姉はロクなやつじゃないですけど、最近丸くなったんで、そんなに心配しなくてもいいですよ。……多分。」
「ほら。」
「いやいや!多分って!
困りますよ、うちの日和は人が良いから変な奴に騙されることもしばしば……」
日和の背中を叩く。
日和はそうか?と首を傾げていた。
「本当だよ。」
「お前が1番勧誘だのなんだので騙してるって自覚はあるか?」
「なんのこと?」
俺は嘘くさい阿賀野を無視して愛宕さんを見た。
「愛宕さん。その……もし日和がその旭って子に騙されそうになってたら止めてもらえないかな。無理だったら笹津……はダメだね、俺に教えてくれると助かる。」
日和じゃ有り金全て取られかねない。
俺のその想いが通じたのか、愛宕さんは「わかりました。」と頷いてくれた。
「ありがとう。ごめんね、変なこと頼んで。」
俺が苦笑いすると彼女は小さく息を飲んだ。
そして目を逸らす。
……なんだろう。もしや後ろに噂の旭とやらが……?
「……愛宕さん?」
「ウヒャア!」
「……ウヒャア?」
「あ、す、すみません。
その……関谷先輩と話すと周りの視線が……。」
周りの視線が?
やはり旭がいるんじゃ。
俺はゆっくり周りを見渡す。特に変わった様子はない。
「……何か?」
「自覚ないんですね。
関谷先輩はほら……イケメンだから。嫉妬されるんですよ。」
俺が……イケメン?
「イケメン!?俺、イケメンなの!?」
松川さんには気持ち悪いと罵られているが!
「うぜー。」
「ああ、いけめんだ。」
「うんうん。でももっとイケメンになれる方法があるんだけど、」
そうか……イケメンだったのか。
松川さんに気に入られたい一心で身なりを整えた甲斐があった。
「喜んでるところ悪いんですけど……そういうわけなんであんまり先輩方とは関わりたくないですね。」
「え?もしや俺もイケメン?」
笹津が嬉々として聞くが、愛宕さんの目は冷たい。
「ハハ、そうだといいですね。」
「冷た……なんだそれは。そこは後輩として先輩をたてろよ。」
「俺もいけめんか?」
「マトモに喋ってれば。」
「へえ、なら俺も?」
「勧誘しなければ。」
俺たち4人全員イケメンだったのか……。
もしや、だから豊平さんはイジメられたのか?今更だが、もう少し自身を客観的に見られれば良かった。
しかし俺がイケメンとか……。
笹津と顔を見合わせる。
「俺、大学受かったら告白するんだ。」
俺の言葉に笹津は力強く頷いた。
「ああ、脱童貞だな!」
図書室でそんなこと言うなよ。
「どうてい?」
「日和にはまだ早い。
というか関谷って彼女いなかった?ほら、後輩の……大人しそうな子。」
「あいつは関谷の飼い主だから。」
「ああそういう。」
「……なんのことです?」
愛宕さんは青い顔して聞いてきた。
おっと……このことは誰にも言っちゃいけないんだった。
「なんでもな」
「関谷はほら、マゾヒストだから。飼い主がいるんだよ。」
「なにがほら、なのか全然分かんないんすけど。」
「あ、マゾヒストっていうのはイジメられると興奮する性癖のことで……俺は特に蹴ったり殴ったりされると興奮するかな。」
「いや聞いてませんし説明しないでください。
っていうか、飼い主がいるんですか?誰?」
「それ言ったら殺されるから。」
冗談抜きで。
愛宕さんは「聞かない方が良い真実もあるか」と1人納得していた。
「殴られたりして興奮するとか、本物の変態だよ。」
「どこが。
そういう笹津は?どうせすごい性癖持ってるんだろ。ドラゴンカーセックスとかさ。」
「いや全然普通。
ちょっと監禁趣味があるけど全然。」
「怖!どこが普通だよ、犯罪じゃないか!」
「想像は自由だろ。」
そんな想像して興奮してるなんて絶対普通じゃない。
俺と笹津がお互いを罵り合っていると、愛宕さんが「それじゃ」と言って立ち去ろうとした。
「え、待てよ。どこ行くんだ?」
「授業の調べ物で来ただけなんで戻ります。
ここにいたら脳みそが溶けそう。日和先輩も行きましょう。」
愛宕さんは日和の腕を掴んで立ち上がらせる。
日和も無抵抗に愛宕さんに付いていく。
「なんで日和。」
「ここにいたら日和先輩の頭が更におかしくなっちゃいますから。」
そんなことない。大体俺たちが話をしていて付いていけなくなると日和は妄想してるか寝てるかどっちかなのだから。
「俺は君に付いていけばいいのか?」
「旭姉に会えますよ。」
「そうなのか。
じゃあな、三人共。俺は彼女に付いていくから。」
日和はあっさりと愛宕さんに付いていくことを決めると、そのまま2人で図書室を出てってしまった。
笹津はイラついたような表情で扉を睨んでいた。
……もしかして。
「笹津、もしかして愛宕さんのこと好きなの。」
「別に。」
「へえ……監禁されちゃうのか。可哀想に。
もし何か相談したいことあったらいつでも集会来てね。」
「監禁しねえってば!妄想だって言ってるだろ!」
愛宕さんを好きなことは否定しないんだなあ。
「ああいう子がタイプかー。確かに気が強そうだ。」
「監禁しにくそうじゃない?」
「バッカ、お前、ああいうのが弱ってきって依存してくるのがいいんだろ。」
怖。
俺は阿賀野と一緒に参考書をまとめ、図書室を出る準備をする。
「ちょっとそれは理解できない。」
「マゾヒストの癖に。」
「犯罪犯す前にいつでも相談してね。集会にいつでも来ていいし……。本当に。
俺、マスコミに聞かれたらいつかやると思いましたって言うから。」
「だから実行しねえって……おい、俺の参考書まで持ってくな!!」
✳︎
腹部に衝撃が走る。
息が詰まって何度も喘ぐ。
「……誰にも言わないって約束しましたよね……。」
「……言うつもりは……」
どうやら愛宕さんは松川さんが俺の飼い主であると気が付いたようだ。
それに松川さんは怒り心頭。廊下ですれ違い様に射殺さんばかりの目で睨まれた。
そして今、いつもの教室で暴力を受けている。
松川さんは苛立って何度も俺を蹴るが、俺からしたらご褒美である。
「……しまった……先輩を悦ばせてしまった……。」
松川さんは眉根を寄せ俺を見下ろす。
「ハア……どうしたら罰になりますかね……。
何しても悦んじゃう変態ですもんね。」
その通りだ。
今も松川さんの冷たい目と声にドキドキしている。どうしようもない。
「サンドバッグには丁度いいと思ったんですけど、口が軽かったら困ります。要らないんですよ……。
私が求めてるのはただ殴られるだけの人間です。……わかりますよね?」
「は、い。ごめんなさい。」
「……次はありませんよ……。」
そう言うと彼女は俺の横にしゃがんだ。
頬に手が伸び、その体温が気持ちよくて思わず目を瞑る。
「……愛宕さんも可哀想です。先輩がこんな人だなんて思わなかったでしょうね……。
いつも優等生みたいな振る舞いしてるくせに、痛めつけられて興奮する変態だなんて……。幻滅したかも。」
「……松川さんは?」
「え?」
「幻滅した?」
松川さんの表情は読めない。いつもの冷たい顔だ。
だが、僅かに口角が上がったのがわかった。
「そりゃもう。なんて気持ち悪いんだって、ゾッとしましたよ。
……今だって、私に罵られて悦んで……なんて気持ち悪いんでしょうね?」
頬に当てられていた彼女の手が顎に移り、俺の顔を上げさせる。
「……ごめんなさい。」
「ハ、何が?」
「気持ち悪くて……」
松川さんの無表情がにんまり笑いに変わる。ただ目だけは獣のように鋭い。
「本当に最悪です。でも良いですよ。
だって治せないでしょ?
私も散々治そうとしましたけど、治ってないですし……。
これは治そうとしても無駄なんですよ。」
だから精々私を悦ばせてくださいね、と彼女は嗤う。
その残虐さの隠しきれない笑顔に俺はいつまでも囚われてしまうのだ。