「大丈夫。教祖の息子特権で罪無くしといたから。」
私、ちゃんと謝ろうと思うんだよね。
そう言うと青くんは不思議そうな顔で私を見た。
「……謝る?誰に。」
「私が昔いじめてた人に。」
青くんはそのことを忘れていたらしく、暫く考えた後にああと気の抜けた返事をした。
「会えるの?」
「どうかなあ……。富士くんが引っ越してなければ住所はわかるけど。」
引っ越している可能性は高い。
「あんた、前はこの辺に住んでなかったんだっけ。」
「そう。引っ越ししたんだ。」
私が前住んでいた場所の名前を言うと「結構遠くに住んでたね」と翠ちゃんが感心したように言った。
遠くに逃げるように越してきたから。
「……ん。今、富士くんって言った?
それってもしかして……富士 芙蓉って人?」
「そうだよ!もしかして知ってるの!?」
「知ってるというか……有名人?」
翠ちゃんはスマホを取り出すと私に画面を見せてきた。
ツイッターの投稿のようだ。
そこには金髪のヤンキーと赤メッシュのヤンキーが写っていた。
「……コスプレ?
あ、でもこっちの人、富士くんだ。」
懐かしい。
こんなになってしまったのか。
やっぱりイジメは良くない。人生が狂ってしまう。
「どれどれ……。
……この赤メッシュの方?」
「ううん。金髪。」
「……イケメンじゃん……。」
「そうだね。昔から綺麗な顔しててね……」
私は写真を拡大した。
綺麗な顔は相変わらずだ。
耳にはピアスがいくつもくっ付いているが。
「この人有名だよ。
顔が良くて喧嘩が強いらしい。」
「昔は弱かったのにな……。」
だからイジメられていた訳で。
しかし、この顔面のレベルだとSNSで投稿され、3657いいねされるのか。
「この赤メッシュのヤンキー可哀想。並ぶと顔面の差が凄い。」
「このアカウントの人かな……。kara2@一狩り行こうぜ!……か……」
モンスターハンターが好きなんだろう。
私はやらないが、教室で愛宕がやっているのを見たことがある。
彼はいくつもの写真を投稿していたが、やはり飛び抜けて反応が良いのは富士くんの写真だ。やば!デライケメンじゃん!とコメントも貰っている。
「このkara2って人に連絡取れば富士 芙蓉と連絡取れるんじゃない?」
「あ、そうだね。
じゃあ早速……」
「ダメです。」
青くんは低い声で言うと、サッとスマホを取り上げてしまった。
「ちょっと!なにやってんの!」
「良いじゃん。直接会わなくても、この人に代理で伝えてもらえば。」
「それは誠実じゃないような。」
「平気だって。」
どうしたんだろう、青くん。
翠ちゃんが噛み付かんばかりの勢いでスマホを取り返す。
そんなに強く握ったらスマホ壊れちゃうよ。
「直接謝らないと意味ないと思うんだよね。
勿論、向こうが嫌って言ったら行かないけど。」
「嫌って言うよ。」
「は?連絡しないとわかんないじゃん。
催花にこの人のID教えとくね。」
「な、ダメだ!
催花ちゃん。そんなに直接会って謝りたいの?」
青くんは眉根を下げて私を見つめる。
まるで子犬のようだ。……可愛い。
「無理にとは言わないけど……そうだね。
ちゃんとしたいから。」
「罪の意識ってやつ?」
「それもあるかなあ。」
「大丈夫。教祖の息子特権で罪無くしといたから。」
青くんは私のおでこに手を当ててじゅげむじゅげむと呟いた。
なんだそれ。
「インチキ宗教なの忘れてんの?」
「信者6万人いるから。信じるものは救われる。
はい、これでもう大丈夫!」
青くんはパンと手を叩いた。
どこがどう大丈夫なんだ。
「どうしてそんなに会って欲しくないの?」
「…………こんな…………」
「え?」
「こんなイケメンに会ったら絶対催花ちゃん惚れるじゃん!ダメだよ!絶対!」
…………なんだそれは。
青くんは必死だが、その横の翠ちゃんは顔面の筋肉という筋肉を歪めて下らないと言っていた。
「惚れないよ……。」
「なんで!?
顔が良くて喧嘩も強いんでしょ!?俺が女ならこいつに乗り換えるね。」
私が好きなのは青くんなんだけどな……。
しかしそれを言うのは恥ずかしい。
というか、別に喧嘩が強いことってプラスとは思えない。
「そんなことないって……。
そ、そうだ。さっきの写真に女の子とのツーショットあったし、その子と富士くんは付きあってるよ。」
翠ちゃんは呆れ顔のままスマホを弄って写真を出した。
それは富士くんと清楚な三つ編みの女の子のツーショットだった。
「きっとそうだ!うん!」
「そうかなあ。」
青くんは怪しみながら三つ編みの子の写真を拡大した。
……あれ……この顔どこかで。
「……三保ちゃん……?」
「この人も知り合いだった?」
「多分……でもなんで。」
「なんでって……どうかしたの?」
「三保ちゃん、失踪したはず。」
失踪、と同じ顔が同じ言葉を発する。
「小学校の知り合いなんだよね?
なら見つかったんじゃ……」
「違くて……。
クラス全員いなくなったの。
私と富士くん以外全員。」
あの時のことは忘れられない。
社会科見学に、廃ビルに行くと先生が言い出した。
工事中の現場に行くことで勉強になるとかなんとかだった。
私はその日風邪で休んだ。
そして、私が学校に行った日には富士くんを除くクラス全員が失踪していた。
「……怖くなって私は引越しして……富士くんともそれっきり。
帰ってきたって話も聞いてない。」
私は、皆が失踪したと聞いて富士くんからの罰だと思った。
クラス中で富士くんを虐めた罰だと。
「それ、すんごい怖い話じゃん。
イケメン関係なく会ったらダメだよ。」
「警察によると、先生の精神状態はかなり不安定だったらしくって、あの日はベラドンナっていうナス科の有毒の植物の実を持ってってたらしいんだ。
もしかしたら、先生が全員殺して埋めたのかな……死体は見つかってないけど。」
「もっと怖い。
絶対行かないで。」
青くんは私の手を握って肩に頭を乗せた。
確かに怖い話だ。
でも、青くんがもしあの日のことを知っているなら聞きたかったのだ。
何があったのか。
「……でもこのミホチャンは戻ってきてるってことは、催花が知らないうちに皆見つかったのかもよ。」
翠ちゃんは誤魔化すように笑って、青くんが持っていたスマホを隠すようにポケットにしまった。
みんなが見つかった。そうならいい。
でも果たしてそうだろうか。
未だに警察はみんなを探しているとい聞いた。
そして……三保ちゃんがもし戻ったとしても、富士くんと松原さんが仲良くするなんて考えられない。
なぜなら三保ちゃんが1番酷く、富士くんを虐めていたのだから。
でも、ならこの女の子は一体誰なんだろうか。
寒気がした。
「教祖の娘特権でこの話終わりにしよう。」
「教祖の息子特権で賛成します。」
「……私だけ特権無いんですけど……」
「教授の娘っていう1番まともそうな特権があるじゃない。」
でもパワーは教祖の子供の方がある。
「そ、そういえば、なんで翠のこと名前で呼んでんの?」
話を逸らそうと青くんが今更な質問をしてきた。
私が彼女を翠ちゃん、と呼び始めてから1ヶ月は経つ。
「翠ちゃんにそう呼んでって言われたから。」
「そうそう。
あ、っていうか、青のことは旭くんって呼べって言ったのに。」
そういえばそんなことも言われていた。
同時に二つのことが出来ないのですっかり忘れていた。
「えーと、じゃあ旭くん。」
私がふざけてそう呼ぶと青くんはあからさまにショックを受けていた。
「…………冗談でも嫌だ。」
「ご、ごめんー。ふざけちゃった。」
青くんはこちらをチラッと見遣り、拗ねた表情になる。
こういうところ……可愛い。
「なーにが冗談でも嫌だ、だ!
お前なんか豚で十分だろ!」
「落ち着いて、なんでいきなり怒るの……。」
「ハ、ごめん。
青の顔見たら殺意がメラメラと……」
どうしてこの2人はこんなに仲が悪いんだか。
「もー。
先輩も止めてくださいよ。」
私が肩を叩くと、それまでずっと黙って時計仕掛けのオレンジを見ていた日和先輩が顔を上げた。
ちなみに、私たちは早々に飽きて駄弁っている。
「豊平くんの友達が第九の音楽と共に消えるなんて困るな。でも俺には止める術がわからない。」
日和先輩はテレビ画面から目を離さずに言う。そんなに面白いのだろうか。このデンジャラス映画。
「なんですかそのホラー映画。
違いますよ。」
「でも実際ホラー映画みたいな話だよね。」
それは否定しない。
「……先輩って、どうして催花のこと豊平くん、って呼ぶんですか?私のことは旭さん、なのに。」
翠ちゃんがこてんと首を傾げた。
こちらも今更じゃないだろうか。
「うん?……何かおかしい?」
「いえ、おかしいというか……違和感?
青のことは旭くん、ですよね。くんとさんの違いは?」
「男はくんで、女はさんだ。
……ん?」
先輩も違和感に気が付いたようだ。
「豊平くんは……男じゃなかったっけ?」
「女です。」
この会話何度目だろう。
先輩と出会ってから既に5回はしている。
「ああ、そりゃそうか……。
……そうだっけ?」
「男に見えます?」
「見えないね。
そう、前に夢に豊平くんが出てきて、その時君は半裸で赤いサメを釣り上げてて、それでうっかり男だと……。」
夢の中での私は随分男らしかったようだ。
「そんなこともあるもんだな。」
「先輩だけじゃないすか?」
「そうか。気をつけないと。」
気をつけないと性別というのはわからなくなるようなものだろうか。
でも、まあ先輩だし……性別が曖昧なだけで済んでよかった。
先輩の勘違いを正してくれた翠ちゃんに恩返しをしよう。
私は先輩の横に座る。
「先輩は翠ちゃんのことも青くんのことも苗字呼びなんですね。
混ざりませんか?」
「たまにね。」
「名前で呼んだらどうでしょう。翠って。」
「え、」
翠ちゃんはあからさまに動揺した。
そして、期待に目を少し輝かせる。
「それはいいな。
翠。」
先輩はテレビから目を離し、肩越しに翠ちゃんを見て名前を呼んだ。
彼女は目をカッと見開き、ブルブル震え、真っ赤な顔で床に倒れた。
……翠ちゃん……。どうして美人局まがいのことは出来るのにそんなに純情なの……?
「わあ!?」
「ちょっと刺激が強すぎましたね。」
「俺のせいか!?」
「違いますよ。先輩、翠ちゃんの耳元でもっと名前呼んであげてください。
気がつくかもしれないです。」
先輩はわかった、と凛々しい顔で頷いた。
後ろから青くんが「恐ろしい……」と呟くのが聞こえる。
恐ろしいものか。きっと喜ぶに違いない。
日和先輩は倒れた翠ちゃんの肩を掴んで持ち上げた。
頬を軽く叩いて起こそうとする。
「翠、起きて。」
「もっと耳元で!」
「耳元?
……翠、大丈夫か?」
先輩は唇を耳に寄せ、あと数ミリで触れてしまいそうな位置で翠ちゃんの名前を囁いた。
「ウッ……」
「死んだか……。」
「死!?
翠、起きて!大丈夫?どこが痛い!?」
翠ちゃんは真っ赤な顔と潤んだ瞳で先輩を見つめる。
「心臓……」
「心臓!?
心臓マッサージが必要か!?AED!?」
「そんなもん必要ないです!耳元で名前を!」
「翠、翠……。
顔も赤いし息が荒いな。体も熱い。熱があるのかもしれない。」
「本気で言ってますー?
その辺に転がしときゃ戻りますよ。」
青くんは映画に体を向けながら、冷めた目で茶番を見ていた。
真っ赤な顔でこちらを見ながら親指を立てる翠ちゃん。
それに先輩は気がつかなかったようだ。
「何言ってるんだ。病人を転がしておくわけにはいかないだろ。
ベッドに乗せよう。翠、立てるか?」
「立てませんよ。先輩、翠ちゃんのこと抱っこしてあげてください!」
「ンギャ!?」
「わかった。
ちょっといいか……?」
先輩はそう言うと軽々と翠ちゃんを持ち上げ、ベッドに横たわらせた。どこにそんな筋肉が。
枕の位置を調整してあげたり、テディベアを抱っこさせたりという子供、いやお姫様のような扱いに翠ちゃんは涙と鼻血を流しながら喜ぶ。
私の枕は鼻血に染まった。
……もう二度と先輩をけしかけたりはしない。そう決意した日曜の午後だった。