「どうしてここに。」
番外編3本。2章その後です。
まただ。
またやってしまった。
あれだけ青に言われてたのに。
自分の手についた血を拭う。
茨島と長流川の血だ。
私は足元に倒れている2人を見下ろした。
豊平さんが急に青を探しに飛び出してしまい、私は慌てて後を追ったのだが……。
逆方向を探していたらしい。
いくら電話をかけても出ない。
なんとか体育館に辿り着いた時、茨島と長流川が邪魔するように立っていた。
「ちょっと近づかないでよね、今は半夏のお楽しみタイムなんだから。」
茨島の楽しげな声に私は失敗したと思った。
豊平さんが。
2人をめちゃくちゃに蹴って殴って、動かなくなった。
その間に青が横を走って通っていったので助けに行ったのだろう。
豊平さん、豊平さん、ごめん、ごめんなさい。
その時、悲鳴が聞こえた。
男の野太い悲鳴だ。
これは……雪沢?
「青!?」
体育館に駆け込み、倉庫を見る。
青は豊平さんを横抱きにしていた。
豊平さんの髪が短くなってる……。
「あー、翠。」
「なにこれ、どうなってんの。」
「冷却スプレーに引火したんだよ。それだけ。なんもしてない。」
嘘だ。
多分青がやった。
雪沢の助けを求める悲鳴が聞こえる。
聞いていて気持ちのいいものではない。
「出よう。」
✳︎
裏門で、一部始終を青と豊平さんから聞く。
「……雪沢……サイコパスじゃん。」
「ねー。」
明るく肯定する青。
まだ豊平さんを横抱きにしたままだ。
離したくないのだろう。
危険は過ぎ去ったとしても心配で。
時折悲しそうに豊平さんを見ている。
が、そんなことはどうでもいい。
「青……もう豊平さん歩けるんじゃない?」
「歩けないよ。ね?」
「歩けるかな。」
豊平さんもこう言ってるし、と言うが青は「無理しちゃダメだよ」と言って中々下ろそうとしない。
「無理してないよ。むしろ青くんのが無理してるでしょ。」
「してない。」
「腕プルプルしてるよ。さっきの今で無茶しすぎだって」
「してない。」
「貧弱なんだから諦めなよ。」
青はそれでも下ろそうとしなかったがついに豊平さんに「下ろしてほしいなー……」と言われ渋々下ろした。
が、すぐに彼女の腰を抱いてホールドする。
青は今必死だから気が付いてないだろうけど、豊平さんは赤くなってきょときょと目線も落ち着かない。恥ずかしいのだろう。
そして、横抱きから解放されたことであることに気がつく。
「と、よ、平さん、」
シャツが全開だ。
……雪沢……あの野郎。
なにしてやがる。
シャツに青も気が付いた。
顔を青くしてワタワタするばかりだ。青だけに。
「さ、催花ちゃん……。」
「ん?どうしたの?」
「……シャツが……」
「えっ?ギャッ!」
豊平さんが悲鳴を上げて自分の体を抱きしめた。
私は着ていたカーディガンを脱いで彼女に渡す。
「ありがとう……。」
「どうしたの、それ。雪沢?雪沢にされたの?」
それしかないだろう。
なんて事聞くんだと弟を睨むが全く効果はなく、青白い顔で豊平さんの肩を掴んでいた。
「そ、そう……。」
「大丈夫?他には?何かされた?
トドメ刺す?」
「へ、平気だよ!ちょっと……触られたりしたけど……。あー!待ってトドメは刺さないで!」
青が雪沢にトドメを刺しに行こうとしたので豊平さんは慌てて止める。
触られたって……。
「大丈夫?やっぱり胸触られた?」
「いや、胸は……」
嘘だ。こんなに大きいのに、触らなかったの?
「な、ならお尻?」
「いや……」
「太もも!?」
「は、ちょっとだけ……」
太もも!
太ももを触ったのか!あの野郎!
「同じことしてやる……」
「……太もも触られてもなんとも思わないんじゃないかな……。」
「他は?何された?やり返してやるから言って?」
「うえ!?いいよ、大丈夫!
大体全身燃やしたじゃん……」
「それは過去の行いへのやり返し。豊平さんを襲ったのにはまた別にやり返してやらないと。」
「でも、キスは出来ないでしょ……?」
キス。
キスされたのか、あの男に。
「わー!2人とも待って!
平気だから!」
平気なものか。乙女の唇を奪うなんて、恥知らずな。
豊平さんに腕を掴まれたので仕方なく立ち止まる。
青は悔しそうな顔で豊平さんの唇を拭っていた。
「んんっ!?
青くん、痛いよ!」
「あっ、ごめん……。」
今度は優しく撫でることにしたらしい。
豊平さんはそれを真っ赤な顔でやめさせる。
「アルコール消毒するから!」
「……ここはやはり、上書き保存が必要だね。」
私は青を押しのけ豊平さんの顔を掴む。
「は?
……翠ちゃん?」
「私とキスしよう。
そしたら雪沢のキスは上書きされる。」
「いやいや!おかしいから!」
「なら俺とする?いや、しよう。」
「ちょっと待って!上書き保存はされない!落ち着いて!すい」
顔を近づけ、あと数センチのところで青にこめかみを殴られた。
「ふざけるな!俺がしてないのに、どうして先に翠がキスするんだよ!」
「同性同士のがいいかと。」
「よくねえ!」
青は豊平さんをガバリと抱きしめた。
「催花ちゃんは、翠とキスしたい!?」
「全く……。」
「だよな!」
それは残念。
こちらに向かってギャンギャン吠える青と、抱き締められて真っ赤になっている豊平さんを見比べる。
まさか豊平さんが青を好きだとは思わなんだ。
青はずっと好きだったみたいだけど……。
ぼーっとそんなことを考えていると、走る音が聞こえてきた。
それと一緒に「火災だって!ヤバイよね!」という声も聞こえる。
「のんびりしてらんないかな。
青、豊平さんうちに連れてって。」
「うちに?」
「そのままじゃ帰れないでしょ。」
青は嫌そうな顔になったが、何も言わずに豊平さんの腕を掴む。
家を見たらまたおかしいと思われる……とでも思っているのだろう。
もう豊平さんは私たちがカルト教団の教祖の子供だって知ってるから誤魔化すこともない。
……知っているということと、気持ち悪がられるかどうかは別の話ではあるが……。
でも家の方なら大丈夫だ。ちょっと変なものもあるけど、集会所よりはマシ。
「私はもう少し学校で様子を見てるから。」
「……わかった。
じゃあ催花ちゃん、行こう。すぐだから。」
「うん。
……また後で。」
豊平さんに手を振って別れる。
さて……。
いくら悪さすることが目標であるとはいえこれはマズイ……かな?
とはいえ誤魔化しておくに限るだろう。
✳︎
「あ、旭さん、」
我がクラスの担任の中ノ瀬先生の顔が引きつる。
「中ノ瀬先生、大変です!倉庫で火事があって、雪沢くんが、」
「ええ知ってるわ。
今先生たちで会議を開くところなの……。用があるなら後にしてもらってもいいかしら。」
「私、見たんです。雪沢くんがタバコ吸ってるところ……。」
「え?いやまさか、彼がそんなことするわけ」
「でも見ましたよ。
……それとも先生は私の言うこと疑うんですか……?」
私が眉を下げ悲しそうな顔を作ると先生の顔はさらに引きつった。
「う、疑うなんて、そんな。ただ、雪沢くんがそんなことするなんて思えないから……」
雪沢のしてきたことを考えればタバコ吸うぐらい大したことじゃないだろう。
あの気狂いストーカーめ。
「そうですね。わかります。
でも吸ってたんですよ、体育倉庫で。」
「……ならあの火事は雪沢くんが……?」
「そうだと思います。」
「そんな……。」
中ノ瀬先生は信じられないという風に首を振る。
まあ雪沢はタバコも吸ってなければ火事も起こしてない。全部青がやったことだ。
青の罪を雪沢に擦りつけるためにこんなことを言っているのだから。
青もあそこでタバコを投げ捨てておくとは考えたもの……。雑な証拠の揃え方だが。
「雪沢くんに話を……」
「出来ないと思いますけど。
それにしても先生ってば私の話全然信じてくれないんですね。
……生徒のイジメは黙認するし、ホストと不倫してるし、そのホストに入れ込んで旦那に内緒でヤミ金でお金借りてるくせに。」
中ノ瀬先生は顔色をサッと青くすると周囲を見渡した。
「そ、そのことは学校では……!」
「あ、すみません。うっかり。」
わざとらしく自分の口元を抑える。先生は真っ青の顔色で体を震わせた。
「……あなたが見たことは会議で話しておくわ。」
「はい。
……先生、あそこで何があったか知りたいですか?」
中ノ瀬先生は首を僅かに横に振った。
面倒ごとは嫌なのだろう。
だが私は話を続けた。
「雪沢くんが豊平さんを襲ったんですよ。
あなたがイジメられてることを黙認してる豊平さんを。
私は現場にいなかったんで詳しくは知りませんけど……。
でも、豊平さんは流石に火を付けたりはしてませんよ。まずライターが無いですから。
命からがら逃げ出したんでしょうね。誰からも守ってもらえず、一人で。」
「……豊平さんが……。」
「中ノ瀬先生、早く先生辞めたらどうですか。
あなたは生徒一人守ることが出来ないどころか追い詰めたじゃないですか。
あなたが豊平さんのイジメに対処していればこんなことにはならなかったと思いますよ。」
中ノ瀬先生は何も言わなかった。
私もそれ以上は何も言わないで先生の元を去る。
別に、先生だけが悪いわけじゃないけど。
というか1番悪いのは雪沢だ。
それでも私は言わずにはいられなかった。
これは自分が豊平さんを守れなかったことに対する八つ当たりだ。
✳︎
先生への八つ当たりが終わって、屋上に侵入する。
普段は鍵がかかっている……というのは皆の思い込みであり、大分前から鍵がかかっていない状態だ。
それでも誰も入らないのは屋上に興味がないからだろうか。
ここからなら怪しまれずに体育倉庫の様子やらがわかるだろう。
私は豊平さんを守れなかった。
せめて、豊平さんの将来は守らなくては。
屋上の扉を開けると教室の椅子と机が積まれていた。
こんなの、この間まで無かったのに……。
「旭さん?」
積まれた椅子に座っていたのは日和先輩だった。
なんでここに。
「どうしてここに。」
「えっと、興味があって……?
先輩はどうしてここにいるんですか。」
「サイレンの音がしたから何事かと思ってな。体育倉庫が燃えて、誰か怪我したらしい。」
先輩は話しながら私の方に近づいてくる。
な、なに?あまり近づかれると顔が赤いのがバレてしまう。
「他にも2年生の女の子2人が怪我したって聞いて、心配してたんだ。
旭さんじゃないんだね。……少しだけ良かった。」
私がその2人を殴った。
……それは黙っていよう。
「わ、私はピンピンしてますよ!」
「うん。良かった。
……けど3人が心配だな。可哀想に……。
胡桃ような滑らかな布団で寝ていれば少し痛みが柔らぐかもしれないが、俺はそんな物持ってないし……。」
うーん、と日和先輩は悩ましげに唸る。
胡桃のような滑らかな布団とはどんなものだろうか。なんだか狭そうだ。
「木で出来た魚がいればな……ほら、それなら木目に沿って切れば綺麗に剥がれるだろ?」
「何が綺麗に剥がれるんですか?」
「そりゃ鶏冠だよ……あ……。」
先輩はしまったというような顔をした。
何かあったのか。私はこっそり周りを伺う。
「……ごめん……コロベイニキが頭から離れなくて……また変なこと言った。」
コロベイニキってなんだろう……確かに頭から離れなくなる言葉だ。
私は首を振って、俯いている先輩の顔を覗き込む。
「私は先輩の話、す、好きです。」
「……ありがとう。」
彼は何度か瞬きすると、頬を赤らめはにかんだ。
まるで乙女のようなその笑顔にこちらまで赤くなる。
「旭さんは優しいな。」
「そんなことないですよ。」
私はサッと、自分の手を背中に隠した。
長流川と茨島を殴った拳。その甲は皮が剥けている。
「優しいから、他人を傷つける人が許せない。そうなんじゃないか?
君の優しさは強い。霧のような優しさじゃなくて、まるで金剛石みたいな。」
日和先輩の手が私の隠していた拳を掴んだ。
……気付いてる……?
「せんぱ……」
「俺は君のその優しいところも好きだよ。」
好きだよ。
好きだよ……好き!?
「……ごめん、また何か変なこと言った?
……旭さん?旭さん!!」
先輩の手が私の肩を揺する。
目の前は白くぼやけている。
先輩……私にはあなたのその破壊力に耐えられるだけのハートを持っていませんでした。
✳︎
「学校で気絶って……何があったんだよ。」
青がブツクサ言いながら私をベッドに下ろす。
青にだけは言えまい。
「別に。」
「日和先輩に告白でもされた?」
体が勝手に青を殴っていた。
恐ろしい。これが恋のパワーか。
「いってえな!!図星か!?」
「青のそのニヤついた顔見たら体が勝手に……。」
「お前もニヤついた顔してるからな!?」
そうだろうか?
私はスマホのインカメで自分の顔を見る。
確かにニヤついた顔の女がこちらを見ていた。
「……ん?あんたもニヤついてたよね?
青は豊平さんに告白でもされたの?」
青の平手が飛んできた。
「いってえ!!図星か!?」
「ハ……翠のそのドヤ顔を見たらつい……。」
それからのことはご想像通りだ。
私は青の顔面を殴り脛を蹴り髪を引っ張った。青は私の目を潰しアキレス腱を蹴り耳を引っ張った。
「……つまり私たち、ついにリア充になったってわけね。」
「お互い処女と童貞卒業だ。」
自室の床で満身創痍で寝転がる互いを見る。
それから、ハイタッチのフリをして互いに顔面を叩きあった。