プロローグ
「待てば良いのよ。」
桜の弾むような声が電話越しに聞こえる。
「高校生の付き合いなんて、大学に入ったら別れるよ。
それで別れなくても、就職で別れるかも。その後も何度だってチャンスは訪れる。
それまで待つ。
それまで半夏があの女の子と好きなら、の話だけどね。」
「わかるだろ。俺はあいつじゃないとダメだ。」
「わかってるよ。
じゃあがんばんな。いつまでかかるか分かんないけど。
でも長いほうがいいかもね、半夏がしたこと忘れるかも。」
忘れられては困る。
何のためにあんなことしたと思ってる。
豊平の心に傷を付けたくて襲ったのだから。
「……待つさ。それまでずっと見ててやる。」
「そうしな。それしかないんだから。
……じゃあもう切るね。」
「あ、桜。お前今どこにいるんだ?
入院途中で抜け出したりして。
叔母さん心配してたぞ。」
「ナイショ。
でも安心して、夕と一緒にいるから。」
「……あー……。そうか。」
どこに安心すればいいのかわからないが、どうせ聞いたところで教えてはくれまい。
俺は電話を切った。
病室の鏡を見た。
全身が包帯でグルグルに巻かれ、顔は焼けただれ真っ赤になっている。
特に左目の周り。ここだけは跡に残るだろうと医者に言われた。
旭、そして豊平……。
あいつがライターを取り出した時に気がつくべきだったのだ。
包帯の上から自分の腕を握る。
いつまでも待ってやる。
隙を見せたその瞬間、俺は豊平を間違いなく捕らえる。
例え豊平がまた俺を拒否しても、この痛みに誓って必ず手に入れる。
それだけが俺の幸せへの道なのだから。