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ワンモアタイム  作者: アンソニー 計画
催花、16歳
12/18

「誰も助けになんか来ねえよ。」

「もう分かったと思うけど……私たちは幸伝会っていう新興宗教の教祖の子供なの。」


翠ちゃんは渡り廊下で校庭を見下ろしなが言った。


「……そうなんだ。」


「安心して、私も青も信じてない。インチキだってわかってるから。」


「うん。」


翠ちゃんはハアと重々しくため息をついた。


「私、誰にも言わないから。」


「……ありがとう。」


「青くんは……私が他の人に言うと思ったのかな。」


そこまで無神経じゃないんだけどな。

そう呟くと翠ちゃんは静かに首を振った。


「違うよ。青は……豊平さんに知られたくなかったんだ。」


「どうして。私は……」


「自分の恥を見せたくなかったんだよ。」


それは……そうだろう。

私だって2人に過去自分がいじめていたということを出来れば知って欲しくなかった。

でも人からあれこれ言われるよりは自分で……そう思っただけだ。


しかし、私の恥と2人の恥は重さが違うかもしれない。

私は自ら招いたことだが、2人は親の恥を継いでいるのだ。どうすることもできない。選べない。


「私たちは力があるとか言って、変なことさせられるの。

渡された文章を集会の時それっぽく読んだり、見ず知らずの親父の手握って気を送ってやるフリしたり。

青なんか、昔女の子として育てられてたんだよ?いつの時代だよ。

さすがに大きくなったら誤魔化せなくなって男として扱ってもらえるようになったけど……それまでは大変だった。


……まあ、そんなことどうでもいいんだ。

大事なのは私たちがこれからすること。」


「何をするの?」


「何って、会を潰すんだよ。

ずっとそれだけが望みだった。

やり方は簡単。集会で私たち2人がどれだけ悪いことをしてきたか言うだけ。

そのために色々やってきたし……。

それだけであの会は潰れる。悪人に裁きが下るっていうのが理念の一つだからね。

悪人の親が会を作ってました、なんてシャレになんないから。」


ああ、だから痴漢に対してカツアゲをしていたのか。

日和先輩をからかっていた柄の悪い奴らも翠ちゃんがカツアゲをしてると言っていた。

春田を脅していたりもした。

全部、会を潰すために……。


「……利用してごめん。」


「利用?」


「豊平さんがイジメられてるの、利用した。イジメてる奴らの罪悪感につけ込んで脅してたんだ。」


「そんなこと。

私はそれで助かってたんだよ?」


この間まで学校が苦痛だった。

身に覚えのない噂で貶められ、雪沢には殴られ、友達のいない日々。

でも、今は違う。

翠ちゃんも青くんもいる。松川さんと話せるようになったし、愛宕とも元の距離感を取り戻せつつある。


「ありがとう。」


「……豊平さん……倫理観が欠如してきたね。」


「誰のせいかな。」


「ハハ、ごめん。」


風が私たちに吹く。

心地がいい。


「青くんはどこに行っちゃったんだろ。

私、青くんに言わなきゃ。

幸伝会とかいう会のことなんかどうでもいいし、私のイジメを利用してたことも聞いたって。」


「青は多分、豊平さんのイジメを利用してカツアゲしようなんて思ってなかったと思う。」


「ならなんで青くんは私に近づいたの?

翠ちゃんといつも一緒に行動するからついで?」


「さあねえ。昔は青のことなんでもわかったんだけど、一卵性と違って別の卵子と精子で出来てるからね。

やっぱり別の人間なんだよね。

青のことは青に聞いて。」


「そんなもんなのかあ。」


「そんなもんだね。

だからどこにいるかはわかんないや。」


ヒラヒラと翠ちゃんは手を振った。


今すぐ青くんに会いたい。色々聞きたい。


「私、青くん探してくる!」


「ええ?電話すればいいじゃん。」


「なんか出てくれない気がする。

ちょっと教室見てくる!」


「あ、待って、教室にはいないんじゃ……」


翠ちゃんが言い終わるより早く私は渡り廊下を走っていた。


✳︎


どこにもいない。

青くん、帰っちゃったかな。荷物はあったけど。


うーん、と頭を抱えながら体育倉庫に来ていた。

ここにいるとも思えないけど。

誰かが制汗スプレーでもしたのか爽やかな匂いのする倉庫の中で、私はボールの入ったカゴを退かして室内をよく見ようとした。


「……豊平……。」


「ギャッ!」


体育倉庫にいたのは長流川だった。

しまった。

こいつから逃げてたの忘れてた。


「なんであんたいんの?」


「別に……。」


「別に、じゃねえだろ!」


長流川が私の脛を蹴った。

どうしてこうすぐ暴力を振るう?

私はうずくまりながら疑問を覚えずにはいられなかった。


「ムカつく、ムカつく、ムカつく!なんなのよ、なんであんたなのよ!

あんたなんか、あんたなんか!」


「いたっ、いっ!」


長流川の足は私の脇や腿と言った柔らかい部分を的確に狙っている。


「あんたのどこがいいのよ!!」


「は……」


私のどこがいいんですか。むしろこっちが聞きたい。

なんで私は長流川に蹴られているんだ?


「ゆーう!何やってんの〜?」


この声は茨島だ。

さらにその後ろから足音がする。多分雪沢だろう。

ああもう、最悪だ。


「あっ……」


「なに?豊平イジメ〜?楽しそうなことしてんじゃん。

ねー、半夏?」


「違う……ただ、こいつがムカつくから、」


「うんうん。わかるよ。夕の気持ちぜーんぶ。

ほんと、ムカつくよね。」


茨島は明るく語尾を上げて言うと私の顔を蹴った。

衝撃と遅れて気持ち悪さが襲う。


「半夏も夕もこいつに夢中。腹立つなあ。半夏は良いとしても夕の気持ちまで盗ってくなんて……人の物に手を出すのも大概にしろよ。」


お腹をズドンと蹴られた。

抵抗したくても痛くて動けない。叫び声も上げられない。


「桜?なに言ってるの?」


「なんでもなーい!

ほら、後は半夏にあげる!従兄弟のよしみだよ、好きにしな。

その代わり夕は渡さない。」


「わかってるって何回言わせんだよ。」


「桜?なに?なんなの?」


「んー?半夏はもう知っちゃったよ?

豊平の噂は桜が全部捏造したものだって。

すごい執念だよね、そんなに半夏が好き?豊平が憎い?

ふふふ、私もだよ。そんなに夕に執着させる豊平なんか大っ嫌い。

夕は私だけいればいいの。夕の心を支配するのは私だけ。」


茨島が動かない長流川の腕を引いて連れていくのがわかる。

……今までの噂全部、長流川が作った?

私が憎くて……。


「さて!じゃーここは半夏と豊平2人きりにしてあげるね!

誰も近づかせないようにするね!

安心して、好きなだけ豊平を嬲れ。」


なぶれ?嬲る?

私、このまま雪沢に殺される?なんでっ!


「あ、」


「おっと、逃げようとすんなよ。」


腕を伸ばすが、その腕を雪沢に踏まれる。


「ばいばーい」という茨島の声と共に体育倉庫の扉は閉められた。


「ふ、あ、助けて、」


「誰も助けになんか来ねえよ。」


雪沢が無様に四つん這いに這う私の襟首をつかんだ。

そのまま持ち上げられる。


彼と私の顔はわずか数センチの距離だ。


「これだ……これを望んでたんだ。

お前が俺を見ることが……。」


「み、見る?」


「そうだ。

ずっと俺だけが見てた。お前は俺を見返さない。

そんなの許せるか?お前も俺を見ろ。」


「意味わかんないっ!なんでこんなことすんのよ!」


私は金切り声を上げて暴れる。

雪沢から逃げなくては。


「一年の時委員会が一緒だった。図書委員。」


「……へ?」


思わず振り回していた腕を止める。

何をいきなり。


「選択授業の音楽が一緒だった。先生に言われてプール掃除させられた時もいた。図書室の清掃も一緒にやった。

俺は全部覚えてるぞ、お前とどこで会って何をしたのか。

それなのにお前は何一つ覚えちゃいない!」


雪沢は大声をあげた。

図書委員が一緒?図書委員は各学年10人いる。その内の1人なんて覚えていないし、話したこともなければ印象にも残っていない。


「知らない、だから何!?」


「そうだ、お前は知らないと言う。

おかしいだろ!俺のことは何も知らないくせに、なんで旭なんだよ!アイツのどこが良い!あんな落ちこぼれの屑!」


「青くんは屑じゃな、」


「そうか、庇うのか。

そうやってお前は他の男の所に行こうとするんだな。

……でもそんなことはさせない。」


雪沢が嘲笑うかのように唇を吊り上げると、そのまま私の唇と重ねてきた。

雪沢の熱い体からこの状況に不釣り合いな爽やかな匂いがした。


……何を。


「お前は俺の物なんだってわからせてやる。

他の男に、旭なんかに奪わせてたまるか。」


「……そ、れ……」


それは、つまり。


意味がわかるのに数秒かかった。

そして理解した。

こいつ、私を犯す気だ。


「離して!」


雪沢の鼻面を拳で叩いて、力が緩んだところを抜け出す。


「クソ!」


早く逃げなきゃ!

狭い体育倉庫だ。すぐに出られる。

扉に飛びついて開けようとした。

が、数センチ空いた所で髪を掴まれた。


青くんに結んでもらった三つ編み。


「や!!」


「……これ、あいつに触らせただろ。

あいつはいつも物欲しげにお前の髪を見てたからな。

図々しい奴だ。お前は俺の物なのにな。」


いつ私が雪沢の所有物になった!


雪沢は私の三つ編みをぐいと引っ張る。


「他の男を誑かす物は切り落とそう。」


彼は怪しげに笑うとポケットからカッターを取り出した。

どうしてそんなものがポケットに入っているのかはこの際置いておこう。

このままじゃ髪を切られる。

青くんが褒めてくれた髪なのに。


「やだ、やめて!離して!」


「うるさい。黙れよ。」


雪沢はイラついたように私の頬を叩くと、カッターを髪に近づけた。


「やだ!やだ!やめて!切らないで!」


涙が頬を伝う。


「お前は、俺の物なんだ。」


ザリッという音がした。

髪が切られたのだ。

パラパラと切られた髪が床に落ちる。


「後で整えてやるよ。」


雪沢は笑う。

首がスースーした。

恐る恐る髪に手を当てると雑に切られた毛先が触れた。


「あ……」


「俺が泣かせた……。俺の……全部俺の物だ。」


恍惚とした表情で彼は私の腕を掴み、ブラウスに手をかけた。


「や、やだ!お願い!やめて、やめてよ!」


「無駄だ。」


ジタバタと手を振るが、体格差によって封じ込められる。


体をなんとか動かして扉に体を押し付ける。

ガタンと振動するが開きそうもない。


「もう逃げるな。」


再度顔を近づけてきたが、頭突きをして逃れる。

扉に手を当てまた少し開ける。体をねじ込むが、雪沢の手によって体育倉庫に引き戻された。


その時カンと音がした。

ポケットに何か入っている。


雪沢の手に噛み付いて避けながらポケットの中に手を入れる。

これは……タバコとライター。

そういえば先ほど青くんから取り上げたんだ。

私は汗と涙でグチャグチャになった顔でぼんやり思った。


雪沢の手が私の腰を捉えた。


雪沢の熱い息、冷却スプレーの爽やかな匂い、私の泣き声、首筋に当たる髪の毛先。


ああ。

私は思わず声が出ていた。


これは……。


ライターをポケットから取り出す。


これだ。


「何やってる?それはなんだ。」


雪沢は不思議そうにライターを見たが、突如鼻で笑うとライターを持つ手を叩いた。


「そんなものがなんの役に立つ。」


私は飛んで行ったライターを慌てて追いかける。

なんとライターは体育倉庫の扉の隙間から飛び出していた。


雪沢を蹴ってライターを追うが、足を掴まれた。


ジタバタして逃げようとするが力を込められ動けなくなる。

もう少し、あと少しでライターに手が届くのに。


「お前は俺の物だ。俺の物だ。俺だけの物なんだ。」


あと少し……。


「逃さない。離さない。絶対に、俺から離してやるもんか。」


ライターに指が触れた。


が、その感触が消える。

嘘、今のでより奥へしまったんだろうか。


雪沢の手が足を這う。


「う、あ、やだ!助けて!青くん……」


「助けるよ。」


声がした。

優しい声だった。


「……青くん……?」


「俺、何やってんだろうな。」


体育倉庫の扉が勢いよく開く。


青くんだ。

制服と髪を乱れさせ、悲しそうな笑顔をして私を見ていた。


「……旭……!」


雪沢が体育倉庫の中から青くんを睨む。

鬼の形相だ。


「雪沢、良いこと教えてやるよ。人間は物じゃない。

催花ちゃんは誰の物にもならない。」


青くんは私の脇に手を入れて持ち上げた。

そのまま彼に抱えられる。


「そしてお前のことを好きになることはない。」


「うるさい!この屑が!豊平に触るな!」


「その異常なまでの執着心が無ければ俺が催花ちゃんに興味を持つことも無かったのに。

さよなら。」


青くんはライターに火をつけ、雪沢に投げた。

そしてすぐさま体育倉庫の扉を閉める。


「何を、ッあ、あ熱い!?熱い!燃えてる!」


「冷却スプレーしたところに火をつけたら燃えるんだよ。

ずっと催花ちゃん待ってたら熱くなっちゃった?冷却スプレーの缶がそこにあったけど。

ってかお前いつもスプレーしてるよね……。」


「熱い!助けっアア!」


「なんで助けてあげると思うの?

自分のしたこと振り返れよ。」


雪沢の悲鳴が倉庫に溢れる。


「催花ちゃん、行こっか。」


「あ……でも、私、私は、」


私は雪沢を助けなくて良いんだろうか?

あのまま燃やしてて良いんだろうか?


「ああ、タバコ持ってる?」


「え?うん。」


私はポケットからタバコを取り出し、青くに返した。

彼はフッと息を吐くとそれを体育倉庫の方に投げた。


「雪沢は冷却スプレーを使った後、タバコを吸おうとして引火。

精々全身火傷ってところじゃない。」


「……消防車……」


「俺たちは関係ないよ。

あいつが勝手にしたことだ。」


青くんは面倒臭そうに燃える体育倉庫を見る。


「あんたがレイプしようとしてきた奴を助けたいならそれでもいいけど。」


……そうだ。

私は散々雪沢に苦しめられたじゃないか。

死なない程度に苦しめばいいなんて、毎日願ってたじゃないか。


「助け……ない。」


「そうだ。助ける価値もないよ。

じゃあ行こうか。」


彼は私を抱えてその場を去ろうとする。


「あれ、待って!

長流川と茨島は?」


「あー……」


青くんは天井を見て、それから私を見た。


「死んではない。」


「へ?」


「翠が興奮しちゃって……。俺も止めようかと思ったけど、まあいいかなって。」


「ええ?」


いいのかな。

……まあ焼かれるよりかはマシだろう。


「あんたが突然いなくなって、すぐに電話したのに返事なくて……。

さっきも雪沢の様子がおかしかったから心配になって探したんだ。

遅くなってごめん。」


そうだったのか……。


青くんは私の髪を見つめる。

無様なことだろう。


「……短いのも似合うね。」


いいじゃん、と言うけど、この無様な切り口でそれはないだろう。


「……助けてくれてありがとう。

あの時、青くん助けてって思ってたの。そしたら青くんがいたからビックリした。」


「もう少し早く助けてあげたかった。」


後ろで雪沢の悲鳴が聞こえる。

体育倉庫が焼ける音も。

どこからか救急車の音も。


「もうたくさん助けてもらったよ。」


もう雪沢はいない。

私は目を瞑り涙を流す。

雪沢の恐怖から解放されたこと、雪沢の悲鳴を聞いて喜んでいる自分のこと、青くんの手の温かさ。


私は助かった。

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