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ワンモアタイム  作者: アンソニー 計画
催花、16歳
11/18

「あんなオカルト宗教糞食らえだわ。」

未だ情緒不安定の翠ちゃんを松川さんに任せて私は売店に向かった。

翠ちゃんの分も買っておこうか。

何が良いか聞いておけば良かった。


「ちょっと、じゃーま。」


耳元で囁かれ突き飛ばされた。

痛い。

振り返らなくても誰がやったかわかる。

長流川と茨島だ。


「あーあ、倒れちゃって鈍臭いなー。」


「蹴ったら早くなるかもよ?」


蹴られてはたまらない。

慌てて立ち上がるとその様をゲラゲラと笑われる。


「……なんな、の、」


楽しくてたまらないと笑う長流川と茨島の後ろには雪沢がいた。

雪沢半夏。

途端に体が動かなくなる。


翠ちゃんは春田を皮切りに次々とクラスメイトを脅していた、らしい。

私へのイジメはいつの日かよりもマシになっていた。

さっきだって愛宕と何もなかったかのように話せていた。


それは雪沢が昨日今日と何もしてこなかったから。

だからクラスの雰囲気も戻りつつあるんじゃ、と私は勘違いしていたのだ。

雪沢は翠ちゃんがいると近づかない。だから、ずっと翠ちゃんの側にいればいずれイジメに飽きると。


でも違う。

今の雪沢の顔を見ればわかる。

雪沢は私が嫌いで嫌いで、憎くて堪らないのだ。

飽きたりなんかしない。


階段から突き落として、そこから逃げてからこうして彼と対峙するのは初めてだ。

あの時までは雪沢なんて怖くなかったのに今は怖くてしょうがない。


私は雪沢に何をした?


「……何見てんだよ。」


雪沢は苛立ったように私を睨むと一歩踏み出した。

怖い。また、何かされる。


「なんか言えよ。ああ?」


「あ……」


「あ……だって!ウケる!

この間までのイセーはどこ行っちゃったわけ?」


茨島が笑うが私の耳には膜が張ってあるかのようにぼんやり聞こえる。

耳に聞こえるのは雪沢の息遣いと、動くたび起こる衣擦れの音だけ。


「……これだ、」


彼の手が私の顎を掴んだ。

恐ろしい。

グッと顎を持ち上げられ、顔が近づく。

雪沢の嬉しそうな顔が飛び込んでくる。

何がそんなに嬉しい。


「これだよ。俺が望んでいるのは。」


「半夏?何言ってんのー?」


「桜、俺の分のパンも買って来い。

こいつと話すことがあるから。」


茨島はキョトンとしたが、その後みるみるうちに笑顔になると「わかった!」と明るく返事をした。


「何するの?」


「ちょっとな。」


長流川は茨島に引かれ廊下をかけていく。

長流川の鋭い視線が私を貫く。


「お前はこっち来い。」


雪沢が私の二の腕を掴んでどこかに連れて行こうとする。

何をするつもりだ。

私は体を引いて抵抗するが、体格差があるので意味をなさない。


「早く歩けよ。それとも殴られてえか?」


「や、」


「何やってんの。」


低い声だった。

いつもの彼からは想像できないような。


「……旭……。」


「どこに連れてく気だ?手離せよ。」


「お前には関係無いだろ。」


「あるんだなこれが。」


青くんは雪沢を一瞥すると、私の腰に手を回した。


「大丈夫だからね。安心して。」


「あ、青く……」


「全く、翠は何やってんだ?あんたのこと見るように言ったのに……。」


青くんはブツブツ言いながら私の頭を自分の肩に押し付けた。

背中をさすられ少し力が抜ける。


「……てめえ……」


雪沢の私を握る手が強くなる。


「いっ……!」


「お前のやってることは無駄だよ。

いや、お前が何をしても無駄だ。」


「言うじゃねえか。落ちこぼれの癖によ。」


「そうだ。お前は俺に無いものを持ってる。

成績も良ければ運動だって出来るし先生からの評価も高い。友人も多いだろうよ。

でも俺もお前に無いものを持ってる。お前が望んで止まないものをな。」


不意に雪沢の手の力が緩んだ。

私は慌てて手を引き抜き、青くんに体を寄せる。


「……お前は何がしたい?」


「お前と同じだよ。

……催花ちゃん、ちょっとごめん。」


青くんは私の体をヒョイと持ち上げると横抱きにした。


「なっ……」


「保健室行こう。顔色が悪い。」


それはそうだろう。だが横抱きにする意味は?


「歩けるよ……!」


「俺がこうしたいだけだから。」


「んえッ」


思わず顔が赤くなる。


青くんは雪沢の方を向いたが何も言わないで歩き出した。

雪沢の顔を見るのが怖い。

私は青くんの肩に自分の頭を預けて雪沢を見ないようにした。


「……大丈夫?ごめん、翠が役に立たなかったみたいで。」


「平気。

……助けてくれてありがとう……。」


怖かった。

また雪沢に何かされるところだった。


「……もうあんまり、ってか絶対1人にならないで。危ないから。」


「うん……。でもなんで雪沢は私のことをあんなに……。殺されるかと思った。そんなに憎まれる覚えはないんだけど……。」


「そういうところだろうね。」


「……え?」


「気持ちの差が憎いんだと思うよ。

……仕方ないことだけど。」


どういう意味だ。

雪沢と私の気持ちの差?


その意味を考えているうちに保健室に着いた。

さすがにもう大丈夫だと言って下ろしてもらう。


「少し休んでなよ。俺はここにいるから。

ご飯まだだよね?翠に言ってご飯買ってきてもらおう。」


保健室には誰もいない。

先生はまた出張だろうか?


「翠。保健室にいるから早く来いよ。

そう、催花ちゃんもいる。昼買って来い。

……え?いやお前馬鹿じゃねえの?

はいはい……それでいいよ、もう。」


呆れたようにため息を吐くと、彼は私の寝ているベッドに腰掛けた。


「……翠ちゃんなんて?」


「カレー買おうとしてた。持ってこれねえだろ。

あ、大丈夫だよ。パン買うって。」


「そ、そっか。」


なんでカレー?

これは呆れられてもしょうがない。


青くんはスマホをポッケに仕舞おうと少し立ち上がった。

その時彼のポッケから何か落ちた。


「……タバコ……。」


初めてタバコなんて見た。

一緒にライターも落ちている。


何も言わずに拾おうとする青くんの手を掴む。


「これはなんですか!」


「これはタバコって言いますねえ。」


「な!未成年!禁止!!」


「あーはいはい。」


面倒臭そうにタバコを取ろうとするので慌ててそれを取り上げた。


「めっ!」


彼に人差し指を突きつけ、タバコを背中に隠した。


「……は?

めっ、て……。」


青くんは信じられないという顔で口元を手で覆う。


「なにそれ……。」


「ごめん……。」


赤ちゃん扱いみたいで嫌だっただろうか。


「めっ……。」


「……青くん?」


「めっ……って……。」


彼は呻きながら口元を抑えたまま俯いた。


「ご、ごめんね?あの、青くん?」


「……良い。すごく。ヤバイな。

わかった、じゃあタバコはあんたに預けとくよ。ライターも。

また買うかもしんないけど。」


「な!だからダメだってば!もー!」


「あー……いいな。」


彼は頬を染めウンウンと頷いている。何がだ。


「と、とにかくタバコは私が処分しとくから。」


「吸うの?吸い方教えてあげよっか。」


「吸わないから!」


家のゴミにこっそり捨てておこう。

バレたら面倒なことになるので気をつけなくては。


「もう……。私、本当に寝ちゃうからね。」


「翠が来たら起こすよ。」


「ん……。」


翠ちゃんが来るまでそんなに時間はかからないだろうか。

取り敢えず枕に頭を乗せる。が、落ち着かない。

学校のベッドじゃいつもと違うから、ということよりも何より青くんが横にいて眠りにくい。


私は何度も頭を上げて枕の位置を調整したり、髪を横に流したりした。


「髪邪魔?」


「そ、んな感じ。」


「結んであげよっか?」


え、とちょっと驚く。

結べるの?


「よく翠も三つ編みにして寝てる。

あいつ、頭グルグルなのに余計グルグルにして何がしたいんだか。」


青くんはそんなことを言いながら私の髪を梳いた。

それに胸が高鳴る。耳が熱い。


「ヘアゴム持ってる?」


「う、ん。これ。」


私と青くんは向かい合う。

彼は真剣な表情で私の髪を梳いて三つ編みを編む。


「……髪サラサラだ。俺も翠もくせ毛だから羨ましい。」


「私からしたらクルクルしてて可愛いと思うけどな。」


「纏まらないから朝面倒だよ。

伸ばしてもこんなにキレイなの凄い。髪長いのって良いよね。

……でもこんなにサラサラだと逆に纏まらないね。三つ編みやりにくい。」


「て、適当でいいよ!」


「うーん。適当に出来るほどの余裕もない。」


いっそ三つ編みじゃなくてもいいのだ。

というか、別に髪を結んで貰わなくても……私がしてもらいたいだけで。


「……取り敢えず出来た……かな?」


青くんはそう言うと終わりをヘアゴムでぴっちり留めた。


「ありがとう……。」


「いーえ。

……あ、後れ毛。」


後れ毛を隠そうとしているのだろう、彼の指が私の首筋を撫でる。

背筋がゾクゾクした。


「……!

寝ちゃうから、いいよ!」


「それもそうか。」


納得したように呟く。

が、何故か首筋を触り続けている。


「あ、の?」


「気になる……。ワックスとかあればな……。」


案外細かいところが気になるタチのようだ。

それは良いことだが……。


「青くん……。」


「なに?」


「く、くすぐったいからやめて……。」


私がそう言うと、青くんはバッと手を離した。


「ご、めん!」


「平気……。」


気まずい沈黙が流れる。

青くんの頬も心なしか赤い。


意識してしまう。


「青くん……あのさ、」


その時、パーン!と音がして誰かが入ってきた。


「お待たせー」


翠ちゃんだ。

どうやってドアを開けたらあんな音になるんだろう。


「豊平さんごめんね、うっかりしてた……。」


翠ちゃんはパタパタと足音を立ててこちらにやって来た。手に大量のパンを持って。


「……そ、それは?」


「お昼ご飯!どれがいいかわかんなかったらさー。」


「ほほお……。」


「あんぱん、食パン、カレーパン……まあ好きに選んでよ。

それで何があったの?」


「それが……」


青くんは先ほど何があったかを簡単に説明した。

雪沢半夏がいきなり私をどこぞへ連れて行こうとしたことを。


「ふうん……雪沢が。

人目も気にせず何する気だったんだろうね。」


そう言われはたと気付く。

そういえばあの時、たくさん人がいた……先生も勿論。だというのに、雪沢は私をどこかへ連れて行こうとしていた。

先生の目を気にしなくなったということか?


翠ちゃんはどこかを見て考えていた。

私は彼女の抱えるパンを取る。

購買と言えば焼きそばパンでしょ。


「あ、それ私の。」


「ええ?好きなの取っていいって言ったじゃん。」


「好きに選んでいいとは言った。」


屁理屈ー!

仕方がないので私が焼きそばパンを返してあんぱんを取ろうとすると、青くんがサッと焼きそばパンを私に押し付けた。


「翠の言うこと聞かなくていいから。」


「そう?じゃ遠慮なく。」


私は包みを開けて焼きそばパンにかぶりつく。美味しい。


「あー!」


「翠は他の食べれば良いだろ。」


「焼きそばパンと目があったときから焼きそばパンのこと食ってやりたかったんだよ。」


「意味わかんねー。」


彼は呆れた声で言い、翠ちゃんの持ってるコロッケパンを取り上げた。


「あー!それ私の。」


「はあ?じゃあいいよ、タマゴサンドで。」


「それも私の。」


「幾つ食べるつもりなんだよ!」


「焼きそばパン、コロッケパン、タマゴサンド、クリームパン、揚げパン、フランスパン。」


「仕方ない。俺がダイエットに協力してやるよ。」


「うるせーデブ!」


また喧嘩が始まった。仲悪いなあ。

今回は翠ちゃんが悪い気もするけど……。


その時またパーンという音がした。


「失礼します……って……えっと?豊平さん……?」


阿賀野先輩だ。保健室の入り口から驚いた顔でこちらを見る。

それは当然だろう。

ベッドの上に乗った大量のパンを中心に、男女2人が取っ組み合いの喧嘩しているのだから。


「……あのー。」


「今忙しいんですけど!?なに!?」


旭さんが何故か怒りながら先輩を睨む。

先輩悪くない。


「……ほ、保健委員だから……」


「あー、そうっすか。

今青と決着付けるんでそれからにしてください。」


「喧嘩はダメだよ……。」


私は2人が喧嘩している隙にサッサと二個目のパンに手をつける。

クロワッサンもあるじゃないか。

ベッドの上で食べたくない食べ物No.3。


「はいはい。もう出ますよ。

催花ちゃん、立てる?」


「ふぁい。」


「こいつ、ベッドの上でクロワッサン食ってやがる……。」


クロワッサンを咀嚼し、立ち上がる。

気分はもう良くなった。


「…………あれ……あなたたちは……」


阿賀野先輩がハッとした顔で旭姉弟を見た。


「ああ!やはり旭様の!」


「……うわ。」


阿賀野先輩は嬉しそうに笑い2人にお辞儀をする。


「いつも家族共々お世話になっております。私たちが幸福に暮らせているのも全ては旭 喜様のおかげです。」


「はー、ちょっとわかんないですねー。」


翠ちゃんは面倒臭そうに先輩を見ている。

なにやら様子がおかしい。


「さ、催花ちゃん。行こ。」


「あ……うん。」


青くんは私を半ば引きずるようにして先輩から離れようとする。


「あ、青様、」


「そういうのやめてくれません?

俺たちは別に……関係ないですから。」


青くんの顔色は悪い。

声も少し震えている。


「なに言ってるんですか、旭 喜様のお子様じゃないですか!」


阿賀野先輩は困ったような顔になった。

アサヒ ヨシ様って……?

話の流れからして、翠ちゃんと青くんのお父さん?


「喜様にはいつもいつも、お話を伺っています。本当に、それが無ければ我が家は……。

お二人は喜様以上のお力があるんですよね?」


「知らない。俺は力なんて無い。」


「なにを言ってるんですか。

以前集会で見ましたよ、あなた方がお力を使うところ……。やはり双子という神秘がああいったことを、」


「うるさい!黙れ!」


あっ、と思う間も無く青くんは阿賀野先輩に掴みかかっていた。

阿賀野先輩は突然のことに驚き混乱している。


「俺は力なんて無い、そもそも親父だってタダの人間だよ!なんでわかんねえんだ!あんたら騙されてるんだよ!」


「な、なんてことを、」


「洗脳されて、金搾取されて!

馬鹿じゃねえの!?

何が幸福になれました、だ!それが親父の力だとでも!?」


「青くん、落ち着いて、」


このままじゃ阿賀野先輩の首が絞まってしまう。


「くッ……何故あなたは喜様のご子息なのにわからない!?彼の方の力は本物だ!彼の方は人々を助け正しい道を示す!

そして、間違ったものには相応しい罰を与える!」


「へえ、罰を!なら俺と翠はとっくに罰を受けてるだろうよ!」


「青!」


翠ちゃんは青くんを阿賀野先輩から引き剥がす。


阿賀野先輩は困ったような泣きそうなような顔になり、俯く青くんを見つめていた。


「なんでこんな……酷いことを……。」


「酷いことをしたのはそっちだろ……。」


その声は震えていた。

彼は泣いていたのだ。


「隠しときたかったのに……。こんな、こんな気持ち悪いこと……。」


髪の間から彼の潤んだ黒い瞳が私を捉える。


何か言うべきだ。

そう思ったが何を言って良いかわからない。


「……青くん、」


私の呼び声に彼は肩を震わせると、素早く目元を袖で拭った。

そして私を一瞥すると保健室から走り去ってしまった。


「あ…………」


「ハア……。本当どうしようもない。

えーっと、そこのあなた。私たちは普通の学校生活を送っています。幸伝会だのなんだののくっだらないこと二度と言わないでください。」


「くだらなくなんか、」


「そうですね。私たちという犠牲者がいるのにくだらなくなんかないですね。

あんなオカルト宗教糞食らえだわ。」


翠ちゃんは阿賀野先輩を睨む。


先輩は家族で洗脳された残念な人なのだ。

こうやって責められたって彼からしたら何故そんなことを、しかも(恐らく)教祖の子供に言われなくてはならないのか、混乱するだけだ。


でも、だからと言って同情出来ないのは私が青くんのことを好きで、先輩が彼のことを傷付けたからだろうか。


「豊平さん、来て。」


翠ちゃんは私の手を掴んで保健室から連れ去る。


残されたのは胸を掴み苦しそうな顔をする阿賀野先輩と、大量のパンだった。

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