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ワンモアタイム  作者: アンソニー 計画
催花、10歳
1/18

エピローグ1

産まれた時の記憶がある、というとみんな信じてくれない。

それは夢や想像が混ざって出来たものだと言う。

でも本当だ。私は産まれた時のことを覚えている。


ボヤボヤとした音がして、暖かい水と何かの感触。

周りはよく見えない。まるで泣いている時みたいにボヤけて見える。


けれど、一つだけ見えるものがあった。

泣きそうな笑顔の女の人の顔。

恐らくこれが母親だろう。


しかし私は今まで記憶の中でしか母親に会ったことが無い。


それが不幸せなのか幸せなのかわからない。けれど私は父と暮らしていて不幸せだと思ったことはなかった。

そして恐らくこれからも。



「催花、もう起きろー。」


お父さんに肩を揺すられ目を覚ます。


「まだ眠い……。」


「学校に遅刻するぞ?ほら、起きた起きた!」


布団をガバリとめくられ、そのまま無理やり起こされた。


「おとーさん!」


「今何時だと思ってるんだ。

朝ごはんできてるから支度しなさーい。」


もー……。私はまだ寝てたいのに……。

と思ったが、時計を見てビックリした。

もう7時!


慌てて着替え、ランドセルを掴んでキッチンに降りた。


「おお、早い早い。

催花の好きなパンケーキ作っといたぞ。」


「うう……いただきます。」


甘くて良い匂いがするパンケーキ……。

私は席に着いて、挨拶もそこそこにパンケーキに食らいつく。

ああ美味しい。


「今日は何時間だ?」


「4時間!」


「そっか。

お父さんは今日、学会があって遅いんだ。夕飯作っとくから一人で食べれる?」


「んー。」


お父さんは大学の先生をやっていてとても忙しい、らしい。

私が頷くとお父さんは目の周りの薄ピンク色の傷跡を撫でた。

昔火事にあって傷が残ったらしい。

傷があっても色男だろ?とお父さんは言うが、無い方が良いと思う。


私はパンケーキを食べ終えあっという間に支度をして玄関で靴を履く。


「気をつけて。忘れ物は無いな?」


「無いよー。行ってきまーす。」


お父さんは「行ってらっしゃい」と笑って手を振っていた。

暫くして私が振り返ると、まだ私の方を見ていた。

……こういうの、子離れ出来てないって言うんじゃない?



学校は好きではない。

いや、好きではなくなった。


「うわ!御影が来たぞ!」


「くせー!」


クラスメイト達が騒ぎ始めた。

顔を上げると、御影くんが教室に入ってくるところだった。


御影くんは、いじめられている。

別に何かしたわけじゃない。ただ彼がちょっと鈍臭いから、変わってるから、だからみんなして笑うのだ。

前はここまでじゃなかったのにいつの間にかいじめの度合いが強くなってしまった。


「わー!御影菌が付いた!ターッチ!」


「うわ!きたねー!」


男子がゲラゲラ笑いながら、御影くんを菌に見立てて鬼ごっこを始める。

御影くんは俯いて耐えていた。


「やだねー、男子って。」


「子供っぽい。」


「なんだと!?御影菌タッチ!」


男子は私の隣にいた子の肩に触る。

女の子は悲鳴をあげ肩を払った。


「やだー!気持ち悪い!」


「ギャハハ!!」


「もー……最悪。御影菌とか。」


その子は気を悪くしたようにどこかに行ってしまった。もしかしたら手を洗いに行ったのかもしれない。


「御影、気持ち悪いもんね。」


別の子に同意を求められ私は……私は頷いた。

別に、御影くんと話したこともないから気持ち悪いと思ったこともない。

でもみんなと同調しないと、私がいじめられるのだ。


「そ、そうだよね。

御影くん、鈍臭いし。」


「催花ってばけっこー言うよね。」


「アハ……。」


ふと顔を上げると御影くんと目があった。

その悲しそうな顔に、私の心はちくんと痛んだ。



帰り道も御影くんはいじめられていた。


御影くんの周りで男子は騒ぎ立て、それを女子が遠巻きに見て笑う。


「おらー!スーパーウルトラキック!!」


男子の一人が御影くんの背中に飛び蹴りした。

御影くんは崩れ落ち、彼の黒いランドセルに足跡が付く。


「かかってこいよ!バイキン!」


男子ははやしし立てるが御影くんはしゃがんて動かない。

その内周囲は飽きたのか、それともやり過ぎたと思ったのか、御影くんを置いて行った。


しばらく彼を見ていたが、やはり動こうとしない。

だいじょうぶかな。

周りをこっそりうかがって、誰もいないのを確認。


「み、御影くん。」


うずくまる彼に声をかけたが返事はない。


「だいじょうぶ?動けないの?」


「……ん?」


御影くんが顔を上げた。

その顔を見るに……どうも寝ていたらしい。


「……おはよう。」


「……おはよう……。なんで寝てんの。」


「なんかー、眠くて。」


「道路で寝たらあぶないよ。」


「それもそーだねえ。」


御影くんはフラフラと立ち上がり歩き出した。

膝からダラダラ血が流れている。


「みっ!」


「み?」


「御影く!血が!」


「あー……。」


彼はなんでもなさそうにそれを見ると、服の袖でぬぐってしまった。


「バイキン入るよ!?」


「だいじょうぶ。入ったことないからー。」


「ダメだよ、ちゃんと洗わないと!

……こっち!」


彼の腕を引いて私は通りがけのマンションにある、犬の足を洗うための水道に連れて行く。


「ほら、ここで洗いなよ……。」


「んー……。」


御影くんは面倒そうに適当に膝を洗い、また袖でぬぐった。


「……なんで。」


「え?」


「なんで俺にかまうの?

さっきまで一緒に悪口言ってたくせに。」


その言葉に私は息がつまった。


「……別に、怒ったわけじゃないよ。」


「…………血が……出るほどはやりすぎだと思っただけ……。かまったわけじゃないし。」


本当は単なる罪悪感と罪ほろぼしのためだ。

けれど御影くんはふうんとうなずいた。


「俺知ってるよ。そういうのツンデレって言うんでしょ。」


「なにそれ。」


「知らない?まあいいや。

……今日ヒマ?」


「え?

うんまあ、特になにもないけど。」


「ならさ、俺に一日付き合ってくれない?」


いきなりな彼の言葉に驚く。

どういうこと?

彼は私の疑問に気が付いたのか「一人じゃ行きにくいんだよね」と小さな声でつぶやいた。


「一人じゃ行きにくいって……どこに?」


「うん。まま、いいじゃん。

今日だけでいいからさ。」


どこに連れて行く気なのやら。

私は少し迷ったがいいよ、とうなずいた。

今日はお父さんの帰りも遅いし別に遊んだって問題ないだろう。

それに……ここで断るのはなんだか悪い気がした。


御影くんのこと、私はいつも無視してるし……。


「ほんとに!?」


「へ、変なとこじゃないよね!?」


「うん。

いやー、助かるよ。ありがとー。

じゃあ早速行こうか。」


御影くんはにっこり笑うと駅に向かって歩き始めた。


「……まさか、電車乗るの?」


「そうだよ。」


「ええ!?ウソ、私お金持ってないよ!?」


「俺持ってる。」


彼は自分のポケットからお財布を取り出した。

学校にそんなもの持って来ちゃいけないのに。


「どうして持ってるの?ダメなんだよ。」


「バレなきゃいいんだよ。

さー、早く行こ。」


バレなきゃいいだなんてそんなのおかしい。と思ったが……今日だけの付き合いだ。

私は黙っていることにした。


「お父さんかお母さんに怒られない?」


「へーきへーき。

えーっと……その……君は……」


「もしかして名前覚えてない?」


私の質問に、御影くんはバツが悪そうな顔をした。


「下の名前なら知ってるんだけど……。」


本当だろうか?私が怪しむように見ると彼は慌てたように言葉を続けた。


「催花だよね?開催の催に花。

雨の名前だ。」


「雨?」


「催花雨っていう……いい意味だよ。多分ね。」


「そうだったんだ。

お父さんは大事な人の名前を付けたって言ってた。」


「へえ。ロマンティックだね。」


どうだろうか?

私はみんなみたいに名前に意味が欲しかったけど。


「御影くんは下の名前なんだっけ。」


「サツキ。五月って書いてサツキ。」


そうだった。変わった名前なのにうっかり忘れてた。


「五月生まれなの?」


「よく聞かれるけど、12月生まれなんだよね。」


「ええ?ならなんで五月?」


「縁起がいいとかなんとか言ってこどもの日に関連した名前を付けたかったらしくて、なんやかんやで五月。」


そのなんやかんやが気になるんだけど……。


「誰が付けたの?」


「じいちゃん。

催花さんはお父さん?」


催花さん、ってなんだか変だけどまあいいか。流すことにしよう。


「そうだよ。ウチ、父子家庭だから。」


「お母さんいないの?」


「いないよ。」


「なんで?」


「悪いお母さんだったから。」


御影くんはそっかあとだけ言った。


気がつくと駅の近くの商店街まで来ていた。話していたからあっという間だった。


「よー!ブサイカちゃん!」


ウゲ……。この声は。

私が振り返るとニヤニヤ笑いを貼り付けた、色黒の髪の短い女の子がいた。

泉 秋。超問題児だ。


「あっれー?バイキン御影となにやってんの?もしかして……デート?」


そう言うと秋はギャー!と叫んで笑い出した。一人でも楽しそうで何より。


「違うよ。お使い……?みたいなもん。

秋はなにやってんの?」


「んー?特になにも。ヒマしてたんだよね。ちょうどいい。

オレもお使い手伝ってやるよ!」


秋は女の子なのに自分のことをオレと言う。お兄ちゃんがいるとこうなるんだろうか?私は一人っ子なのでわからない。


「いらない。催花さん、早く行こうよ。」


「おい、御影。なんだよその態度。

オレが手伝ってやるって言ってんだぞ?」


「いい。」


御影くんは頑なに秋から顔を背け私の腕を引く。


「まあまあ……。秋が行ったらいけないようなところなの?」


「違うよ。他のやつはまだしも、泉だけはごめんなだけ。」


「なんだと!?」


彼の言葉に怒った秋は、「バットマンキック!」と叫びながら御影くんの脛を蹴った。


「いった!!!」


「こら!なにやってんの!?」


「オレも行くからな!ぜってー付いてってやる!」


秋はこちらをキッと睨みそう宣言した。

私は構わないけど……。脛を蹴られ涙目になっている御影くんはどうだろうか。


「嫌だよ。こんな乱暴女。」


「うるせー!オレの言うことを聞け!」


「やめなよ……。

御影くん……あのさ、ここで断ったら秋しつこいと思うんだよね。

どうせすぐ飽きるだろうし、途中まで一緒に来てもらったらどうかな?」


「うう……。」


御影くんは嫌そうに「電車代は自分で払えよ!」と秋に吐き捨てる。

彼女は先ほどの怒りはどこへやら、けろっとして頷いていた。


「これ以上オレに逆らうようならバットマンパンチをお見舞いするところだったぜ。」


「やめなってば。

っていうか、なんでバットマン?」


「知らねえの?

すんげえ昔の映画でさ、ちょうどこいつに似た敵が出てくるんだよ。」


秋は顎をしゃくって御影くんを示した。


「なら秋はバットマンに似てるの?私も見たことあるけど、秋と全然似てないじゃん。」


「オレはいつだってヒーローなんだよ。」


どこがだ。

私と御影くんは顔を見合わせやれやれと首を振る。


「んで?どこに行くわけ?」


「錦帯町……。」


錦帯町はここから電車で1時間くらいかかる。

なんでそんなところに。


「きんたい〜?なんで。」


「泉には関係ないじゃん。」


「催花、なんでなわけ?」


「さあ……?」


ただ一人じゃ行きにくいところとしか聞いていない。

私が首をかしげると、秋は呆れたように大きく溜息を吐いた。


「あっぶねえな〜!そんなぼーっとしてんじゃお前、いつか誘拐されるぞ?」


「どうしてそうなるのよ。」


「知らねえの?今めっちゃニュースでやってんじゃん。」


ニュース?なんのことだ?


「……ああ、あの……強盗のやつ?」


「御影くん、知ってるの?」


「うん。9年前に夫婦が殺されて赤ちゃんが誘拐されたやつ。最近目撃情報に一千万円の懸賞金がかけられたからニュースですごいやってるんだよね。」


「一千万円!」


それはすごい!宝くじみたいだ。


……というか、そんな事件早々起こらないだろう。私がぼーっとしてようがしてまいが誘拐はされない。


「ってかなんで知らねえの?すげえやってんじゃん。」


「お父さんがあんまりテレビ好きじゃなくて……。」


新聞は四コマしか読まない……ので、こういうとき話題に乗り遅れる。

映画やドラマなんかは見るのだけど。


「催花の父さんって大学のせんせーだろ?

やっぱり厳しいの?」


「そんなことないよ。ただテレビをあんまり見ないだけ。」


「大学の先生なの?すごいね!

なんの先生?」


「心理学みたいな……?」


「みたいな?」


「よくわかんない……。」


なんだよそれと秋は言い、御影くんは興味がなくなったのかへえと抑揚のない声で呟いた。


だらだら喋りながら歩いていたらいつの間にか駅に着いた。

制服姿の人が多く、みんな急ぎ足で歩いていた。


御影くんは券売機で迷うことなく切符を買う。秋は自分のお金を渡して御影くんに買わせていた。


「あと4分で電車来る。」


私たちは改札を抜け階段を上がり電車を待った。

他の駅で待っている人達が私たちをチラチラと見る。


「泉さ、こうやって俺たちについてきちゃったけど親からなんも言われないの?」


「ハア?言われるわけねえじゃん。

新しい父親がいてオレたちは邪魔だもん。」


秋はあっけらかんと言った。

秋のお母さんはすぐに離婚と再婚を繰り返していて、お父さんがしょっちゅう変わる。

私はそれは変わったことだと思うけど、秋にしたらそれは普通のことで、そして彼女はこうして新しいお父さんと一緒にいないで済む方法をいつも探している。


私たちが黙っていると、電車はプオンと音を鳴らし駅にやってくる。

いつも思うけど、どうして駅の印と電車のドアの位置を正確に合わせられるのだろう。


「この電車に30分くらい乗るよ。」


「お、座れんじゃん!」


秋はサーっと自分の席を取ると、身を乗り出して窓の外の景色を見ていた。

私と御影くんはその横に座る。


「この辺田舎だから電車全然来ないらしいよ。都会はもっと来るんだろうな……。」


「いいよねえ……。住んでみたいなあ。」


「都会じゃ空気が悪くて星が見えないって言うじゃん。人もよく死んでるし。」


人もよく死んでいる……か?

確かに事件は都会でよく起こる。というか、田舎じゃロクに事件も起こらない。

交通事故だって猪とぶつかって……みたいなものばかりだし、都会の方が人が死んでる……?


「銃乱射してなかったっけ?」


「それ外国……。」


「都会なんて外国みたいなもんだ。」


「狭い世界で生きてるね。」


秋はこちらを見ないで窓を見ていた。私もそれに倣う。

景色は一向に変わらない。

ただずっと田んぼと山を写している。


変わらない山の翠、変わらない空の青……それを見ていたらいつの間にか寝てしまっていた。

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