8歳②
「向こうに行っても元気でね」
これでお別れなんだ…しみじみと感じる挨拶を皆と交わす。
ついに明日、私は引っ越す事になった。
私が学校にくるのはこれで最後だ。
最後に3年お世話になった教室を軽く掃除する。
立つ鳥跡を濁さずってね。
机を拭く私の後ろからヤルベお兄ちゃんが声をかけてきた。
「ミリア、これ」
お兄ちゃんがそう言って私に手渡して来た手のひらに乗るような小さな布袋に首からかけれる位の長い紐が付いている。
首を傾げる私にお兄ちゃんは言葉を続けた。
「お守りだよ」
そっかー餞別にくれるというお守りを私はお兄ちゃんから受け取って早速首から下げた。
中身に何が入ってるのかわからないけど重さを全く感じない位軽い。
「2年の間ずっと手元において置いて」
その後は捨てて良いからというお兄ちゃんに首を傾げつつもあまりに真剣な様子に私はとりあえず頷いた。
お兄ちゃんがこれだけ言うのだから従った方が良いに違いない。
教室を片付け終えてお兄ちゃんと一緒に学校を後にする。
毎日一緒に通ったこの「通学路」も今日で最後だ。
前世でも転校を経験しなかった私は『心の準備』が思うように出来ていない。
「元気でね」
家の前で別れたヤルベお兄ちゃんは「また」とは言ってくれなかった。
すごくすごく寂しくて泣きそうになったけれどお兄ちゃんは「ウソ」を言えない人だから私が気軽にこの町に戻って来れない事を解っているんだと思う。
この世界では一度嫁にでたら実家には戻らない。
だって向こうの家族になったのだから、もうこっちの家族ではないっという少し、いやかなりドライな一面がある。
唯一の例外が「死別」だ。
どうやら私は知らなかったけど母は『死別』した事になっていたらしい。
連絡手段に乏しくあの男が「死にやすい」職についていた事が幸いした。
母は誰にも疑われず、私は皆からそっとされ「父」について触れられなかった。
数年前にこの村で沢山の人が亡くなった事も影響していると思う。
はっきり言うと、私達は時期に恵まれたのだ。
「新しいお父さんもね、前の奥さんと死別しているの」
そして母の中ではあの男は死んだことになっていた。
そう思い込まねばやっていられなかったのかもしれない。
だって子供の私が見てもラブラブな夫婦だったんだもの。
あの時まであの優しい父が浮気をしてるなんて一欠けらも疑っていなかった。
「ミリアにお姉ちゃんが出来るのよ、仲良くね」
母の言葉に明日の準備をしながら頷く。
荷物を纏めながらこちらに来て増えた沢山の物を詰める。
おばあちゃんに買って貰った服、お兄ちゃんから貰った花輪、ブレイクに作って貰った後ヤルベお兄ちゃんとナソリに直して貰った練習機、ラグリム君からの手紙。
そしてあの女から投げつけられた金貨。
ドライフラワーにしたお兄ちゃんに初めて貰った花輪はドアから外すとボロボロと崩れ落ちてとてもじゃないけど持っていけそうに無かった。
「また」と言ってくれなかったお兄ちゃんとかぶって溜め込んでいた水分がポロっと頬を伝う。
私は自分が思っていた以上にヤルベお兄ちゃんの事好きだったんだ…




