女子トークは控えめに…
「他のお客様のご迷惑になりますので、右手にずれてお待ち下さい。」
「ねぇ、デートどうだったの?報告がまだなんだけど?」
「え?あぁ…。」
仕事終わりだと言う紗弥加は、職場まで押しかけてインフォメーションを陣取っている。
「どうもこうも…、いらっしゃいませ。」
夕方のインフォメーションは、お客様がひっきりなしにやってくる一番忙しい時間帯だ。
「じゃぁレストランで待ってるわ。帰らないでよ?」
紗弥加はカウンターに身を乗り出して言う。
「あ、はい…。」
仕事が終わったら早く帰るのが私のモットーなのに…。帰ってゲームをしながらビールを飲む。それが私の楽しみだ。まわりから「酔っ払いがきたー!」なんて言われるが、きちんと招待されてから行く。みんな分かってて私を呼んでくれるのだ。だから好き。容姿やそんなもの関係なく私を受け入れてくれる。そんな気がするから。
「お待たせ。」
「あぁ、お疲れー。」
そう言って紗弥加は伝票を掴むと立ち上がる。
「え?」
「こんな上品なところじゃ話せないことあるでしょう?」
私は大げさにため息を吐く。さよなら私のプライベート(ゲームタイム)…。
颯爽と会計を済ませてきた紗弥加は、私の腕を掴んで歩く。なんでそんな元気なの…。
「さぁ、なに系行く?焼き肉?普通に居酒屋?」
焼き肉と居酒屋と聞いて私のテンションは少し上がる。
「居酒屋…。」
「じゃぁそうしよう。どこがいいかな。」
「たっちゃん。」
「立ち飲みじゃなかった?プライバシー無しじゃん!」
「椅子もあるし、どこの居酒屋にもプライバシーなんてない!」
私の頭は即座にレバ刺しでいっぱいになる。牛はダメ、そして豚もダメ、それでもたっちゃんには、馬レバがあるのだ!レバ刺しにビール。レバ刺しにサワー。レバ刺しに日本酒。とんと行っていない。嫌がる紗弥加をどうにか口説く。
「二次会はカラオケね。」
「わ、分かった。」
思わず吃るが、結果良しだ。
たっちゃんは今日も混んでいる。のれんをくぐると湿度を感じる。この熱気の正体が、焼き台からなのか酔っ払いからなのかは分からないけれど、私には心地よい。私には…。振り返ると紗弥加は眉間に皺を寄せている。私は見なかったことにして、カウンターに着いた。
「たっちゃん、ビールとレバ刺しくださいな!」
「おぉ、久しぶり!そちらさんは?」
「じゃぁ…巨峰サワーとつぶ貝。」
「はいよ!お姉さんあん肝入ったよ。」
「ぜひお願いします!」
私はこの活気が大好きだ。狭い店内にはギュギュッと人が並んでいる。色んな人が居る。その辺の安上がりなチェーン店にいるような、ただうるさいだけの若者は居ない。私なんかより長い人生を生きてきた人ばかりだ。故に見ていて飽きない。
「で、どうだったのよ?」
早速と言わんばかりに紗弥加が顔を覗き込んでくる。
「まぁまぁ、まずは乾杯しましょうよ。」
私はビールを待っているのだ。そんな余裕はない。間もなくジョッキになみなみと注がれたビールと巨峰が浮いたサワーが届く。
「美味しそう!」
紗弥加がそう言うと、私は思わず嬉しくなった。
「はい、乾杯。」
「「おつかれー!」」
声の割りに小さな乾杯をして、ビールを流し込む。シュワシュワと炭酸の粒が転がって喉を潤す。
「あぁ、最高っ!」
すぐにレバ刺しがきた。ツヤツヤでプルプルなレバーの上には、青ネギが散らされている。口に入れると塩気の効いたごま油の香りが鼻を抜け、噛めば柔らかな弾力が嬉しい。
「美味しぃ〜っ!」
続いて薬味の生姜をのせる。あぁ、食べるってなんでこんなに幸せなんだろう。
「あんたいつも幸せそうよねぇ。」
紗弥加は呆れたように言う。
「なんとでも。たっちゃん美味しいよぉ。」
「おかわりする?はい、これつぶね。」
「ありがとう、いただこうかな?あ、でもあれがいい!ネギトマト!あと梅干しサワーちょうだい。」
「了解!」
たっちゃんは優しい。忙しくても、こうして客とコミュニケーションをとってくれる。人間って素晴らしい。世界って素晴らしい。
「で、本題!シタの?」
「え、してないよ。」
「え?」
紗弥加はたまにお馬鹿さんだ。
だってしてないもーん。それ以外に言いようがない。
「え?ホテルでしてないってなに?大人しく寝たの?」
「寝た。」
「あんた襲わなかったの?」
「っ!襲わないよ!なによそれ、人を色情魔みたいに言わないの。」
私は指先で口元を拭う。紗弥加は目を丸くして、届いたつぶ貝の串焼きを一切れかじった。
「えー、怪しい。キスは?」
「したよ。てかされたって言うの?」
「はぁ…?」
「でもえっちはしてないから。」
「はい、梅。」
「どうもー。」
私は底に残ったビールを飲み干して、ジョッキを交換する。マドラーで沈んだ梅を突くと透明だった液体が徐々に濁っていく。思う存分梅を潰すと、私はジョッキ半分まで一気に飲んだ。
「逆に。キスしてきておいて、抱かないってなに?ってなったけどね。」
「そうでしょうね。」
「しかも、ホテルで。」
「うんうん。」
「ロマンティックに夜の公園で、初キッスとかじゃないじゃない?」
私はもう一度サワーを流し込む。
「そうだね。」
「なーのーに。ホワイ抱かない?」
「逆に失礼よね。」
「それ!なに?女は26になったら、ホテルに連れ込まれた挙句に、抱かれないシステム?」
「いいえ、違います。」
「じゃぁなに?連れ込んだはいいけどやっぱヤル気なくしたわ…って?それ許されるの?」
「許されませんね。」
「私のヤル気は、どうすりゃいいんだよ!」
「はい、ネギトマト。飲み物おかわりは?」
「たっちゃ〜ん!同じの下さい、継ぎ足しで!」
たっちゃんは優しいのだ。自分の店のカウンターで、寂しい女が喚いていてもそっとしておいてくれるのだ。私は箸でトマトをつまみ上げる。スライスオニオンにトマト、そして青ネギ。イタリア国旗を思わせる美しさだ。
「ポン酢、変えたんだね。」
「ちょっとお洒落にね。」
ポン酢がジュレになっている。たっちゃんは少し恥ずかしそうに言った。
「で?あきのヤル気はどうしたの?」
紗弥加は私を肘で突く。
「解消せずですよ!」
「まだしてない⁈」
「そうよ。」
「あのあきが?」
「だーかーら。私だってもういい歳なの。早々ヤる相手なんか居ないわよ!」
自分で言っていて悲しくなる。
「こうなったら、絶対ヤル。」
「その彼と?」
「当たり前でしょ!他に誰が居るのよ!」
女のプライドが許さない。セックスに関しては、アマチュアじゃない。
「25過ぎたら、下り坂?冗談じゃないわよ!」