友人と記憶
「ヤられた…。」
携帯が手のひらから滑り落ちる。色っぽいシーンというわけでもない。ただメールのやり取りをしていただけだ。『土曜日遊ぼう。』ゲーム仲間から来たメール。馬鹿な私はゲームの話だとばかり思い『いいですよ。』と返す。『じゃぁ15時に表参道で。』
手を離れた携帯は床でバウンドし、小気味いい音を響かせる。
「リアルの方か…。」
人見知りを拗らせたまま大人になった。しかし人見知りだとは誰も思わないように生きてきた。人間は大好きだ。人の役に立つことも好きだ。しかし、深い関わりは持ちたくない。そりゃ勿論、恋人なんかは作ったけれど。上っ面だけ綺麗にして、可愛い人間という生き物を観察していたい。だから私はデパートのインフォメーションという多くの人を眺められる職に就いた。館内を見渡せるこの場所で日長1日を過ごし、にこやかに穏やかに日々を終わらせる。
「もう恋なんてしないなんて…言わないよ絶対…。」
私は呟く。きっと私はまた恋をする。出逢いは大事にしたい。でも唯一の救いである精神世界。現実と混同させていいのかな…。あんまり…したくない。けど一度OK したし…行くしかない。言い方は少しキツい人だけど、なんなら少し苦手だけど、でも全体的には良い奴だから!負けるな、私。
「ねぇ、この服おかしくない?地味すぎる?」
私はテレビ電話の前でチャコールグレーのタイトスカートに白のニットという出で立ちでポーズをとる。
「ううん、大人っぽくていいとおもうよ。」
「もう26だからね…」
「大人だった…?」
「おーい!」
なんやかんやでおめかししてしまう。それが女だということへのアイデンティティ。
「あんたがデートねぇ…。」
「いや、知らない人と会うだけだから。清潔感大切でしょ!」
「2人きりならそれはもうデートでしょ?」
「どうしよう、イケメンだったら。」
「あんたはブサイク好きでしょ。」
私は肩を竦めてみせると、ショルダーバッグとハンドバッグを見せる。イケメンかブサイクかなんて、私が決めることなのに。
「ハンドバッグ。」
「そう?」
財布、リップ、ファンデーションにチーク。ハンカチとティッシュ、それから電子マネーカード。それらをハンドバッグに詰め替えるとメイクの最終確認をする。
「濃すぎない?」
「いつも通り美人よ。」
「ありがとう!」
もう一度全身を確認する。そう、私は美しいんだ。自分に言い聞かせる。
「よし。」
「いってらっしゃい。」
「愛してる。」
キスを投げて手を振り通話をきる。戸締りを確認して、私は買ったばかりのブーツに脚を突っ込んだ。いざ、出陣。
電車に乗ってからもメールをする。『緊張してきた、吐きそう。』『電車内だけはやめなさいよ!』そんなこと言われても!
高校3年の時に出会った紗弥加は、今では唯一なんでも話せる友人だ。美人ではないが器量がよく、何故?というくらいにモテる。出逢った時は、なんだこのハイテンションなブスと思っていたけれど、仲良くなってしまえばまぁいい奴だった。神様は二物を与えない。
私はと言えば根も葉もない噂ばかりで友達もおらず、馬鹿話しを信じた男が言い寄ってくるその程度の女だった。そんな私に話し掛けてくるなんて、よほどの物知らずだと思ったが、要は私の取り巻きに興味があったらしい。
周りが取り巻きと呼ぶ彼らは、あの頃の私にとって唯一心許せる友人だった。寒ければ暖めてくれるし、甘えれば許してくれる。暴言を吐いても笑ってくれるし、私が落ち込んでいれば慰めてくれる。女としてじゃなく、ただの人間として。女同士のような嫉妬もない。かと言って他の男共のように、私を組み伏せようともしない。ただ私という人間を、そっと受け入れてくれた。居心地がいい。他の誰の目も、話も気にせずに居てくれる。それだけであの頃の私には…
そして今も十分だった。その頃の記憶が残っている。私の中の、陽だまりのような記憶。
このまま一人きりで生きていこうとも、いけるとも思ってはいない。でも今は記憶だけで十分だった。かつて私を愛していると言った男たちより、あの青春というに相応しい年齢の記憶の方が、私に安寧をもたらす。それだけは、これからも変わらないだろう。他の誰を忘れても、私は絶対に忘れない。
例えあの優しさが、無関心からきていたものであっても。