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『平和、終了』

「僕は」


 無音の教室。


 平穏な日常に現れた、明らかな異物に、誰一人として反応を返さない。


 否。


 返せない。


 反応することを許可されてはいない。


 人の声も、樹に留まる小鳥の囀ずりも、窓から吹き込むそよ風も……今は、ない。


 動くことも、鳴くことも、‘‘彼’’は許していない。


 停まる世界の中で人々は思う。


『自分達の時はまだ、停まっていないはずだ』

『まだ、歩いていけるはずだ』

『俺達は、まだ、生きているはずだ』ーーと。


 不安定な感情を少しでも消し去り心の安寧を得ようと、停められた世界の中で、唯一、時の流れを感じられる場所に視線が向かう。


 全員が辛うじて目だけを動かし、一点に集束させた。


 動きのなかった世界で唯一無二の時間を感じられる場所。


 最も安寧に近く、最も、滅亡に近い存在。


「ーー神だ」


 見知らぬ少年が、そう言った。


 静謐な空間が広がる。音はない。呼吸音も心臓の鼓動する音も、瞬きをする瞼の音すらもない。


 無人の地の如く凍てついた静寂に、再度、波紋がーー音が、もたらされる。


「この世界、終わりにするから」


 懐かしく心安らぐ音色は、世界の崩れ行く音だった。


× × ×


 黒髪がボサッと伸びて、目を完全に隠してしまっている一人の高校生。名を月無(つきなし) 白斗(はくと)という。


 一人、机に突っ伏して、特に眠いわけでもないので眠ることもなく、休み時間に勉強をしなければならない程に頭が悪いわけでもないため、それもしない。普通の学生であれば、友人と昨日のテレビについてなんかの会話を楽しむなどして時間を過ごすものなのだろう。現に、白斗のクラスでも、そんな人がほとんどだ。

 ただ、彼にはその、友人というものがない、という致命的な理由があるだけだ。


 突っ伏しているが寝ているわけではない白斗には、会話の内容がよく聞こえてくる、決して、盗み聞きではない。勝手に聞こえてくるだけだ。

 そのどれもが、一ヶ月前から続く異常事態の話だ。


 一ヶ月程前、突然にして魔物の狂暴化が起こった。魔物による襲撃が王国の各地にて相継ぎ、城壁は傷つき、脆い部分は崩落。王国の末尾に位置する小さな集落並びに村々は、魔物による被害を多々被り、死傷者数も急速に増加。例年の数値を瞬く間に越えていった。

 現在はある程度魔物に対する体制も整えられ、被害は魔物の狂暴化直後と比較すれば、抑えられている。

 だが、大陸の大半を覆う王国が、揺らぐ程の事件になったのは、紛れもない事実であった。


 この話がすでに一ヶ月もの間、一番の話題として上がっている。まぁ、無理もない。いくら事件発生直後と比べれば被害が抑えられているといっても、現在進行形で王国の被害は増大しているのだ。

 しかし、それだけが理由というわけではない。特にこの高校では。


 【ジパング対魔物高等学校】。それが、白斗の通う学校の名前である。


 名前の通り、人族の王国【ジパング】にある、対魔物の戦力を育成する高等学校なのだ。

 つまりは、この冴えない男代表のような月無白斗もその一員であり、次世代の戦力の一人なのである。

 とても信じられることではないのだが。


 この学校では、科学技術のみでなく、未だ科学では解明できないものが大半を占める、魔法と呼ばれる技術を用いて、世界に跋扈する魔物を排除する術を学んでいるのだ。

 小学・中学受験から高校受験までは筆記試験だけなので、戦闘の才能がなくとも勉強に真面目に取り組んで成績をとれば、上位の高校にも合格して通うことができる。白斗もまた、戦闘の才能は皆無といって差し支えないが、勉強はできたので、王国の中でも有数の有名高校である【ジパング対魔物高等学校】に通う高校生なのだ。

 ただ、白斗を含めた戦闘の才能を持たない学生には、高校での実技の授業は熾烈を極める。というのも、才能のない人間と才能のある人間には、隔絶したステータス値の差があるのだ。にも関わらず、同じ内容の授業をこなさなければならない。ステータスの合計値に100も差があれば、天と地の差がある、と言っても過言ではない。

 そんな中、才能のない人間と才能のある人間の間には、一つの分野だけでステータス値に100の差がある場合も、稀にではあるが、あるのだ。


 ガツンッ!


 不意に、机が揺れる。


「あん? こんなとこに机とかあったのか? 使う人間もいないのに、邪魔くせえなぁ……ちっ、おい、聞いてんのか? 起きろよ。邪魔なんだよっ!」


 いつものように机を蹴られたようだ。


 「使う人もいないのに邪魔だ、とか言ってたくせに、見えてないはずの俺に話しかけてるとか、よくこの短時間に矛盾したこと言えるな……」と内心で呆れの溜め息を吐く白斗。


 ガツンッ!


 再び、揺れる。


 普段ならこのまま無視してやり過ごす白斗だが、このしつこさからすると、今日は何やら機嫌が悪いらしい。って、何でこいつの心の中が読めるようになってんだ? いらない能力をいつの間にか手に入れてしまった……と白斗は、意気消沈する。


「おい、能無し! 聞いてんのか、おい!」


 白斗はクラスメイトから‘‘能無し’’と呼ばれ、蔑まれている。言うまでもなく、才能のない白斗は、ステータス値が才能のある人間を大きく下回るからである。残念なことにそれだけではなく、常人すらも下回ってしまうのだ。基本的に才能のある人間と才能のない人間の二つに分かれ、ステータス値もその二つに分かれて、似たり寄ったりになるのに対して、常人をも下回ってのける白斗のステータス値は、寧ろ、珍しいタイプでもある。


 このままにしてたら掴み掛かってきそうだ、そう思った白斗は面倒ではあるが、その感情を表情にはおくびも出さないようにして、顔を上げた。


 白斗の前に立つ、さっきから妙に絡んでくるのは、クラスメイトの雑賀(さいが) 亮太(りょうた)だ。この男子生徒は、このクラスでの不良とは言わないまでも、それに近い人間の一人(・・)である。


 こういう人種は一人で十分なんだが……と心の中で愚痴る白斗だが、残念ながらこのクラスには、二人どころか三人も同じ系統の人種がいるのだ。それに関しては、白斗のような高校の一生徒がどうこう出来る事ではないので、完全に諦め、そんな不幸に見舞われてしまった自分の運の悪さを呪うことにしている。


「おうおう、亮太。今日は荒れてんなぁ~」

「また、能無しに絡んでんのかよ。お前も飽きねえな」


 わらわらと雑賀の周り、つまりは白斗の机に集まってきた二人は、魚島(うおしま) 英介(えいすけ)三田(みた) 和男(かずお)である。

 雑賀を筆頭としたこの三人組が、毎日のようにストレス発散のために白斗に絡んでくる生徒だ。


 白斗その時、彼らの名前について、唐突に、それはそれは、本当にくだらないことに気が付いた。すなわち、「こいつらの名字並べたら、雑魚三(・・・)人衆じゃねえか」、と。


「……ぷっ」

「あん? 何、にやけてんだ?」

「うっわあ……きんもっ」

「こんな変態の近くにいたら、変態が移るぞ」

「ああ、さっさと離れよう」

「そうだな」


 しまった、ついくだらないことで笑ってしまった、と後悔する白斗。


(というか、そもそも、こいつらよりも俺の方が雑魚じゃねえか……)


 そっと、雑魚三人衆の顔を髪の間から覗き見ると、可哀想なものを見るような目を向けられていた。お前らに憐れまれるとか、俺は、もう何なんだ……と再び、机に突っ伏そうとした。その時。


「あっ、月無くん! おはよう!」


 明るい声が届いた。

 恐らく、中途半端な姿勢の白斗を見て、今、起き上がったところだと勘違いしたのだろう。白斗は、机に突っ伏すのを取り止めて、今しがた教室に戻ってきた、声の主を見やる。


 さらさらとした黒髪を腰のあたりまで伸ばした、途轍もない美少女。学校の女神と称される女子生徒の一人であり、声を掛けられた直後に白斗が、数々の舌打ちと突き刺して身体を貫通してしまうような視線を一斉に向けられた原因でもある。


 他所から見れば、暗くて何を考えてるかわからず、突然にやけたりする、紛うことなき変人である白斗に、唯一普通に話しかけてくる女子生徒。

 名を桜庭(さくらば) (のぞみ)といい、この学校では、最高の人気を誇る。


「お、おはよう。桜庭さん」

「うんっ、おはよう!」


 何で彼女は、こんなにニコニコしているのだろうか、それも、よりにもよって俺に対して、と思いを巡らせる白斗。軽い現実逃避である。と言うのも、この笑顔を向けられた瞬間、視線によって頭から尻までを一息に串刺しにされたような感覚がしたのだ。

 いつものことと言えば、いつものことなのだが、白斗には決して被虐嗜好などはないので、鋭利な視線を突き付けられたところで嬉しくなどないのだ。ないはずなのだ。たぶん、恐らく、そう信じたい、信じさせてほしい。だが最近は、彼女の視線にだけはゾクゾクッとして、満更でもない様子の白斗だが。


「希。そんなのには、構わなくていいわよ」

「あっ、澪ちゃん」


 白斗が危険な反応を見せていた視線の持ち主が、近づいてきた。


 近頃、白斗の新たな性癖を無意識に開発しているーーこの説明は、彼女にとって不本意で不名誉極まりないだろう。裁判をすれば、開廷する前に即座に白斗の完全敗北が決定付けられるだろうレベルだーーこの学校のもう一人の女神。

 名前は、雪吹(いぶき) (みお)。深緑の長髪を後ろで一つに束ね、つり目がち故に相手に冷たい印象を与えながらも、見目麗しい彼女もまた、希に並ぶ程の人気を誇る。

 彼女によって白斗と同じ様に開発(・・)されてしまった男子生徒は多い。現在も後は絶たない。

 現に、鋭い視線に混ざって、明らかに羨ましそうな視線が届いている。気付いてるぞ、そこの奴、と白斗は心の中で呟いておいた。決して声には出さない。


「う~ん、別に、はく……じゃなくて。月無くんに構ってあげてる訳じゃないよ?」

「そうなの? じゃあ、憐れんであげてるのかしら? 相変わらず優しいわね、希は」


 そんな優しさなどいらん! と叫ぶ、心の中で。気弱な白斗は、現実で誰かに意見する度胸などない。心の中で声高に叫ぶくらいが調度いい。それが、白斗クオリティー。


(あっ、雪吹さんはどうぞ、もっと憐れみの目を向けてくださって構いませんよ? ほらほら、ほらほら、存分にどうぞ……うおっ! 本気の寒気がきた……ちょっと調子に乗りすぎたかもしれない。何でこんなに勘がいいんだ)


 さすがに白斗の思考が澪に届いたわけではあるまい。だが、それに付随する何かを感じ取って、視線の温度を零度から絶対零度に下げたというのは、勘違いではないだろう。


「憐れむって……ちがうよ、澪ちゃん。私が、話したかっただけだよ」

「っ!?」


 ズンッと白斗に向けられる視線の圧力が異常な程に急上昇する。すでに、致死量になっているのではなかろうか。証拠に、白斗の開発(・・)が急速に進んでいるようだ。

 うわあ、そんなこと言わないで欲しかった……と思う白斗。何となく恥ずかしかったり、何で話したいって思われてるのかわからなくて困惑したりと複雑な気持ちになり、それが無意識の内に表情に表れる。


「はぁ~。何かときどき、幼馴染みの私でも希のことが理解できないときがあるのよね……」


 大丈夫! きっと誰も理解してないさっ! と、さっきの希の発言について理解できなかったという澪を視線で励ます白斗。残念、長く伸びた黒髪で視線が遮られている! 白斗の思いは、澪に一切伝わらないのであった。


 澪の言った通り、桜庭 希と雪吹 澪の二人は幼馴染みである。何でも、澪が現在も住んでいる実家付近に桜庭家が引っ越してきたのだそうだ。学校の二大女神が、何年も前から一ヶ所に集まっていて、それも幼馴染みとして仲が良かったなんて、何たる偶然か。

 俺も仲間にいれてほしかった、何て思う下心満載の男子生徒も多いだろう。

 白斗もそう思っているのではないか? と思われ勝ちだが、彼はそういう話題について然程興味がない。例え近くに住んでいても、女子どころか男子すら仲良くなんてできないからだ。まずそもそも、幼馴染みには成り得ないと断じており、想定をしようとすらしていない。


「まぁ、いいわ 希、次体育だから急いでいくわよ」

「あっ、そうだった! ごめんね、は……月無くん またねっ!」

「あ、うん」


 結局、会話などなかったような気もするが、会話が終わった。これも、いつものことなので、気にすることはない。


 「それよりも……」と呟きながら、白斗は重い腰をあげる。


 次の時間は体育。つまりは、地獄の実技の時間である。


「はぁ……」


 白斗は、深い溜め息をつく。


 勉強ができても才能のない人間には、才能のある人間と同じだけのことをこなすのは、やはり厳しいものがあるのだ。

 では、才能のない人間に才能のある人間に合わせればいいのでは? などと主張する人も中にはいるのかも知れないが、そんな対策はありえない。

 それは何故か。至極当然のことであるが、才能のある人間の脚を引っ張らせるようなことをして、次世代の主戦力である彼らの成長を阻害することになるからだ。

 加えて、才能のない人間でも、努力に努力を重ねて、才能のある人間に限りなく近付く人も、ごく稀にではあるが、いるにはいるのだ。故に、ステータス値が低いからと言って、一から十まで、例外なく、才能がないせいである、とは断じられないのだ。

 つまり、白斗のような生粋の無能と違い、努力を欠いている人間が混ざっている可能性がある、だから、才能のある人間が才能のない人間に合わせてやる、などということは決して、ありえないのだ。


 毎週毎週、必ずやってくる体育の時間。憂鬱なその時を思って、再度、深い深い溜め息をつく白斗なのであった。

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