実験
ある国で、政府指導の下、公には発表出来ない研究が秘密裏に進められていった。特に力を入れていたのが強力な兵の開発。非道な人体実験を繰り返し、軍事的に他国よりも優位に立とうと精を出した。
都市から離れた、閑散とした町の広大な地下街では捨てられた子供や奴隷を被験体としていくつかの研究がなされていた。
「あっちの研究はどうなっている?」
「『――計画』ですか?」
「そうだ」
この研究所で行われているのは『蠱毒』を模倣した人体強化の実験である。古代の呪術では虫を共食いさせ、残った一匹は強い力を得るという。簡単な話、それは結果というよりその殺し合う過程で力を得ているわけだが。
加えて研究者は、その被験体の身体の構造を何度も何度も弄る。人外の力を出させるため内蔵の機能を強化したり、普段抑制されている脳のリミッターを解除したり、一部を機械化したりなどやりたい放題に。それには当然痛みも伴う。毎日被験体は想像を絶するような痛みに襲われ、そして何度も殺し合う。自らが生き残るために。
男たちの目先、耐久性に優れた透明な板の先では悲惨すぎる殺人が行われていた。5~8才程の子供達が集められ、それぞれが恐怖、愉悦、躊躇、様々な感情を持ちながら周囲の子供達を殺していた。
驚くべきは全員の戦闘能力。成人男性の身体能力を凌駕する動きをし、素手で他者を絶命させる力を持つ。これも実験の成果が表れている。
「うむ、順調じゃないか」
「はい。このままこれを繰り返していけば人を超越した兵士が完成されるでしょう」
血の嵐が止まらない。透明な板に何度もビチャビチャと血が付着する。恐怖で悲鳴を、殺すことで笑いを上げている狂った被験体の姿を、男たちは何事もないように淡々とその光景を見続けている。ここには狂気が大きく孕んでいた。
そして、血の嵐が止む。立っているのは黒髪の男の子だけ。全身が血に染まり、表情などは伺えない。
「あれは確か……」
言葉を言い終える前に一人の男の首が、飛んだ。
「……は?」
隣にいた男は事態についていけない。なぜなら、死ぬ要因が見つからないから。自分達は安全な場所にいるのだから死ぬことはあり得ないのに、どうしてこの男の首が飛んでいるのか甚だ疑問に思った。
「アハハハハハハハハハハハッ!!!」
黒髪の男の子は狂ったように嗤いだす。そうしてやっと硬直した思考、身体は動き出す。
「実験は中止だ! 被験体が暴れだしたぞ!!」
「さっさと出口の鍵を開けろぉ!」
研究所で悲鳴が飛び交う。騒ぎを聞きつけた者はみな必死に逃げようとするが、後ろからやって来る死神の鎌は恐ろしいほどのスピードで研究者の命を次々と刈り取っていく。
「どうして……防護ケースの耐久性は、国の騎士団の攻撃でも防ぐような頑丈な代物なんだぞ……。それをあっさり破壊するなんて……」
「おい! もうそこまで来てるんだぞ! 走れ、はし――」
べチャリ、と横で何かが潰れる音がした。そこには先程の黒髪の男の子。男は今起きている出来事への困惑と恐怖で身体が動かない。腰が抜け、ガタガタを身体を震わせる。
「……い、や……いやだァァァァあああああ!!」
研究者は気づくのに遅すぎた。自分等が育てていたものは想像よりも遥かに怪物で手に負えるようなものではないということに。そのツケは命で支払われることになる。
しばらくして、入り組んだ広大な地下街は静寂に包まれる。そして、この実験に参加した研究者全150名。この時、実験に登用された一人を除く被験体236名。計336名が研究所で殺された。
この報告を受けた政府は即刻研究廃止の方針をとる。加えて、脱走した被験体を拘束する捜索隊を結成し、各方面に送り出した。しかし、その被験体にでくわしたであろう捜索隊は見るも無惨に殺されていき、政府は索敵を中止。幸いなことにこちらから手を出さない限りは特に問題行動を起こさないことからこの被験体に対して一切の介入、捜査を禁止した。驚くべきはその被験体の姿を誰も知らないことだ。
政府はこの被験体を通称【マーザドゥー】と名付け、国家存亡危機級の危険人物とみなすも未だ行方知らずとなっている。
その被験体は今、何処にいて、何をしているのかは誰も知らない――
次話から文字数は多くしますがのんびりと更新していきます。宜しくお願いします。