園山花子
実はもう一個書きたいんですけど、間に合わなかったら来年までとっておきたいと思います。
園山花子という今どき珍しい名前の少女が、その町には住んでいました。少女には両親が居らず、祖母と二人暮らしをしていました。花子はまだ義務教育の身でしたので、毎日学校に登校していました。「学校には行くもんだ」祖母は花子にそう教えていたので花子は皆勤賞でした。花子の両親は花子が今よりもまだ幼かった頃に、山で死んでしまったのです。山の中にある神社に花子の健康を祈願しに行った帰りに大雨が降って足を踏み外してしまったのです。「子どもだけ残して」祖母は今でも両親の遺影がある仏壇に向かってそのような事を言います。花子はそれを聞くと、とても複雑な気持ちになりました。悲しいような、申し訳ないような、なんだかそんな気持ちです。
そして花子には、両親が死んでしまったというその山の中の神社に一度でいいから自分も行ってみたいという思いがあるのですが、そんな事を祖母に言ったら絶対に反対されるだろうなとわかるので、その思いは黙って花子の心の中に仕舞い込んでいました。
ある日、学校へ向けていつもの様に集団登校していると、花子の前に今まで見たことも無いようなちょうちょが一羽、ふわりと飛んできました。花子はそれを見て、うわあすげえ。と思いました。その蝶は羽が他の蝶に比べて薄いのか、その向こうが透けて見えたのです。なんだこりゃあ。花子はそんな蝶を生まれて初めて見たので、内心でとてもテンションが上がりましたが、それは表面には出さずに隠していました。花子は既に小学校高学年だったので、蝶を見たくらいでテンションが上がっていたら、引き連れて登校している下の子たちに示しがつかないと思ったからです。
「ちょうだ!」「うわあーちょうだ!」「うらーおらー」
その蝶が花子の前をひらひらと通り過ぎると、花子の後ろにいた小学校低学年の男の子たちは案の定、うるさく騒ぎ出しました。花子が振り返ると皆がランドセルから教科書やら筆箱やら笛やらを取り出して、その蝶を撃墜しようとしていました。蝶は突然気流が変わったからなのか、飛行高度が下がり、今にも乱暴で乱雑で残酷なんて知らないその男の子たちの餌食にされようとしていました。
「だ、だめだよ、かわいそうでしょう」
花子はその男の子たちに言いました。
しかし、そんな程度のもので収まる小学校低学年の男の子たちではありません。だって彼らはまだ昆虫とかを殺しても、別になんとも思わない年齢なのです。トンボだってカエルだってミミズだってアリだって彼ら殺せたら何でもかまわないのです。
その蝶は今にも乱暴な男の子たちの手につかまり、そしてプラモデルを分解するようにばらばらにされてしまうところでした。
「や、やめて、やめなさい」
花子は必死で彼らに止める様に言いましたが、まったく聞き入れられません。
その時でした。
「こらあお前らあ!!」
何処からか怒声が響きました。するとその声を聞いた瞬間、先ほどまでどのようにあの蝶を殺戮しようかと考えて楽しそうに跳んだり跳ねたりしていたその男の子たちがびくん!となって停止しました。
花子が見ると、そこには同じ町内会の伊藤次郎君がいました。伊藤君と花子は同じ学年で同じクラスでもあり、彼に花子はいつも助けてもらっていました。
「班長を困らすんじゃねえええ!!」
次郎君は自分が引き連れていた集団登校の班員をそこに待たせると、一人こちらに走ってきました。
そして「あ、あの、次郎君」と花子が何かを言う前に、次郎君は、蝶を殺戮しようとしていた男の子たちの頭をそれぞれ叩いて、
「馬鹿野郎共が!」
と怒りました。伊藤君には少々感情的になりすぎてしまう感がありました。それは伊藤君のいいところでもあり、それに悪いところでもあるなあと花子は内心で思っています。
「あ、伊藤君、その、もう大丈夫だから」
花子は叩かれてぐずってしまった男の子たちの頭をなでながら言いました。
「花子、大丈夫か?」
伊藤君は言いました。その顔が年の割りに、精悍な顔つきをしていたのはおそらく野球部の練習が大変だからでしょう。彼はリトルリーグのキャプテンでした。
「何だ、一体どうしたんだ」
伊藤君は心配そうにしていました。
「うん、大丈夫、この子達が、蝶を捕まえようとしていたの。それでちょっとテンションが上がっちゃったみたい」
花子はぐずっている子達の鼻を持っていたポケットティッシュでチーンとさせながら言いました。
「蝶?」
「うん、珍しい蝶でね、羽が半透明で向こう側が見えたの」
花子は辺りを見回しました。しかし蝶はすでにその辺りにはおらず、無事にその場から逃げたようでした。花子は安心しました。
「いないみたいか?逃げたみたいか?」
伊藤君が聞いてきたので、花子は頷きました。すると伊藤君は安心したような顔つきになり、
「お前ら、班長を困らすな!分かったか!」
と、男の子たちに言って一喝してから、
「じゃあ、花子、また学校で」
と言って、自分の班に戻って先に学校へ向けて行ってしまいました。
「・・・」
花子は男の子たちの頭をなでながら、そんな伊藤君をしばらく眺めていました。
その日の夕方、花子が学校から下校して、家に着くと家の脇から祖母の声が聞こえてきました。
「どうしたの?」
花子が言ってみると、祖母が「蝶だ」といって花子を手招きしました。花子はふと、朝見た朝のことを思い出しました。
「ウスバシロチョウだ、このへんでは珍しいもんだ」
花子が見ると、やはりそれは朝に見た半透明の羽を持った蝶でした。花子にはなんとなくその蝶が朝見たのと同じ蝶のような気がしました。
「この蝶は珍しい蝶でな、蛹になるとき繭を作る」
祖母は花子にそう言って説明してくれました。
その半透明の蝶は、花子がいくら近づいてもその辺をひらひらと飛び回るだけで、逃げるような素振りを見せませんでした。
やっぱりこれは朝の蝶なんじゃないだろうか?花子はそういう思いをより一層強めました。
「花子や、家に帰ってきたら手洗いとうがいをしなさい」
祖母はそう言うと、晩ご飯の準備をするため家に戻ってしまいました。それでも花子はそのひらひらと舞う蝶を夕日が沈むまでのしばらくの間、家の庭で眺めていました。
よかったね。花子はそう思っていました。
その日の晩、家で花子と祖母が晩御飯を食べていると、玄関のチャイムがなりました。「誰だ、こんな時間に」祖母は時計をみて文句を言いました。
花子が出ると、そこには伊藤次郎君が立っていました。次郎君は花子をみて「おう」と言いました。
「ど、どうしたの?」
花子はドキドキしました。
「いや、うちの母さんが、晩飯のおかずを作りすぎてな、それで、その、おすそわけだ」
そう言うと、次郎君は花子に持っていた包みを押し付けました。
「え、いいの・・・」
花子はその包みを受け取ると、それ以上何を言えばいいのかわからなくなってしまいました。
「じゃ、じゃあ、俺は帰るから」
次郎君は次郎君で、そう言うとすぐに帰ろうとしました。
花子は、ありがとうという言葉が出てこなくて、気が付くと咄嗟に「蝶がね」と言っていました。
「蝶?どうした?」
次郎君は振り向いて言いました。
「あ、朝ね、蝶の話をしたの覚えている?」
「・・・あ、ああ、登校中だろ?」
次郎君が覚えていてくれたので、花子は嬉しくなりました。
「あの蝶、今日の夕方、家の庭に来たんだよ」
花子はそう言って、次郎君と庭に行きました。
「ふーん、恩返しか?」
次郎君は言いました。
夜なので家の脇の庭はとても暗くなっていましたが、でも花子の家からの光で少し薄暗い程度で、見えないという事はありませんでした。
「この辺にいたんだよ」
花子は、木々のある場所を指して言いました。
「そうか・・・ん?」
次郎君は何かを見つけたように、しゃがみこみ「花子、これ見てみ」そう言って花子に手招きしました。
「何?」
花子も次郎君の横にしゃがみこんで次郎君の指す場所を見てみました。
「あ・・・」
そこには小さな小さなイモムシが一匹いました。
それから二ヶ月経経つと、花子の家の庭にいたイモムシは、祖母の言うとおり繭を作りその中に包まれていました。もうすぐ生まれるだろう。その繭を見ながら祖母は言いました。
「虫の成長は早いものだの」
祖母はなんだか感慨深げにそんなことを言いました。何か私の事について言っているのだろうか?花子はそう思いましたが、でも何も言わず黙って繭を見ていました。すげーなあ。と思っていました。
「花子、早く学校に行く準備をしなさい、あと私は今日病院に行ってくるからな」
祖母は花子の頭を撫でながら言いました。
がんばってね、花子は繭を見ながらそう思いました。
学校に登校すると、花子はカバンを背負ったまま先に登校しているはずの次郎君を探しました。次郎君にも、あのイモムシがもうすぐ蝶になるんだよ。と教えてあげたかったのです。野球部の人に聞くと、次郎君は部室にいるという事だったので、花子は学校の脇にある野球部の部室に向かいました。花子は次郎君と話せるんだと思うと、なんだかドキドキするのでした。
花子が部室の前に来ると、中から声が聞こえました。次郎君と他の人たちの声でした。
「なあ、次郎さ、同じ町内のあの女、好きなの?」
「ええー、本当かよ、何お前、進んでんなあー」
「うるさい、そんなんじゃない」
次郎君は言いました。
「あ、あいつ、両親が死んでいねえんだろ、うちの親が言ってたぜ」
「ええ!?なにそれ、ドラマみたいじゃん。次郎、何、その隙間を埋めてあげてんの?おい、やるなあーどこまで進んだんだよ!教えろよ」
「・・・」
「なんだよ次郎、好きな女のこと茶化されて怒ってんの?」
「『おいきみたちやめたまえ!』とかいうのか?青春みたいじゃーん!」
「・・・」
「もうヤった?」
「え!マジで?」
「うるさいお前らさっきから!俺はあんな根暗女の事なんて好きじゃない!!」
次郎君はついカッとなってそう言ってしまいました。
その時でした。
ガタン!
部室の外から何かの音が聞こえ、次郎君は驚いて外に出ました。
「・・・あ・・・」
遠くに、走っていく花子の姿が見えました。
花子が家に帰ると祖母は既に病院に行っていたようで、家には誰もいませんでした。花子はホッとして、仏壇のある部屋に向かいました。
そして仏壇の前に座り両親の遺影を眺めていると、花子は無性に寂しくなりました。今までずっと見ないように、聞かないように、気がつかないようしてきた気持ちが、その日、花子の心の中から溢れ出てきました。
「どうして死んじゃったの?」
花子は仏壇に向かってそう言いました。そう言わずにはいられませんでした。両目からも涙がこぼれ出てきました。そして、その時ふと気がつきました。今まで花子の寂しさを埋めていてくれたのは、次郎君だったのだ。と。
でも、今日それを私は失ってしまったんだ。花子は思いました。
花子はその場に倒れ込みました。何故だか急に抗うことのできない眠気が花子を襲ったからです。とても起きていられませんでした。でも何をする気も起きませんでした。花子はそのまま真っ暗な世界に落ちていきました。
次に花子が目を覚ますと、世界は真っ暗闇になっていました。これは夢だろうか?花子は思いました。でも夢でもなんでもいいな。とも思いました。
起き上がって少し進んでみると、目の前に花子の家の庭が見えました。仏間で寝ていたはずなのにどうしてだろう?花子は単純にそう思いました。しかし自分の家はなく、ただそこに庭だけがあるのです。不思議な感じでした。
すると、その庭にある木々の中から、一羽の蝶がふわふわっと羽ばたきながら出てきました。あ、あの繭の、孵ったんだ。それを見て花子は思いました。それから次郎君の事が頭をよぎりました。でもそのせいで、花子はまた悲しくなってしまいました。
そんな気持ちでいる花子に向かって、その蝶はひらひらと飛んできました。そしてそのまま花子の右肩にとまりました。よかったね。花子がそう言うと、蝶は再びひらひらと飛び立ち、そしてどこに飛んでいくわけでもなく、花子のまわりをひらひらと回り続けました。
「・・・」
花子はそんな蝶を見上げながらふと、思いました。
「私をどこかに連れて行ってくれるの?」
花子がそう言うと、蝶はその途端、暗闇に向かってゆっくりと進み始めました。
「・・・」
花子はその蝶を追いかけて、ゆっくりと暗闇の中を進んで行きました。
どこまで進んでも世界は全部が真っ暗で、何も建っていないし何も存在しませんでした。どれくらい進んだんだろうと思って花子が振り返ると、既に自分の家の庭もどこにも見当たらなくなっていました。
その暗闇の中には、ひらひらと飛ぶ蝶と、花子しかいませんでした。
どれくらい歩いたのか、花子が蝶に導かれるままに進んでいくと、前方に何かが見えてきました。
「あ、あれ・・・」
それは神社でした。
そしてその神社の前には、誰かが立っていました。
「・・・お父さん!お母さん!」
花子はそう叫びました。
そこには、遺影に写っていた両親が立っていました。
「花子!」
両親もまた花子を見て叫びました。
「お父さん!お母さん!」
花子はたまらず走り出しました。そしてそのまま親の胸に飛び込みました。
「ああ、花子!」
「元気だったか花子!」
「お父さん、お母さん」
父も母も、当然花子も、そこで家族は互いに抱き合って泣いて喜びました。
花子はそこで泣けるだけ泣きました。両親に抱きついたままひたすらに泣き続けました。しかし、泣いても泣いても涙はちっとも収まりませんでした。次から次にどんどんと出てきました。止まることがないんじゃないかと思えるくらいでした。
それから花子はそこで両親と三人で暮らし始めました。母の手料理を食べて、父と一緒にお風呂に入り、家族三人で川の字になって床の間で寝ました。花子は、父と母に話をしました。自分の話です。祖母との生活のこととか、学校での出来事とか、いろいろです。そういう話をとてもたくさんしました。いくら話しても収まりませんでした。いくらでも話すことがありました。両親はそれをずっと笑って聞いてくれていました。花子はそんな両親を見ているととても幸せな気持ちになりました。花子はもう寂しくありませんでした。
しばらくそんな風に過ごしていると、ある時その場所に祖母が現れました。
「まったく、花子や、年寄りを心配させるんじゃない」
花子は、祖母を見るや立ち上がってごめんなさいと頭を下げて謝りました。そんな花子の頭を祖母は優しく撫でると、次に花子の両親を見て、
「いつまでもこれではいかん」
そう言いました。
花子が頭を上げると、両親と祖母は三人並んで立っていました。父と母は泣いており、祖母も悲しげな顔をしてこちらを見ていました。花子はそれを見て悪い予感がしました。
「花子や、お前とはここでお別れだ」
祖母は言いました。
「いや。私はみんなと一緒にいる」
花子は言いました。
「いかん、花子」
祖母は厳しい顔と口調で言いました。
「いや!どうして一緒にいちゃいけないの!私はみんなと一緒にいたい!」
花子は大きな声でそう言いました。
「・・・花子、ここでお父さんとお母さんと過ごして、ちゃんと自分の気持ちが言えるようになったんだな」
祖母は先ほどとは違い、優しい顔をしていました。
「・・・」
花子は、ここに来る以前は、ずっと自分の気持ちを隠して生きていました。言いたくても言えないこともたくさんありました。花子は自分の人生に自信がありませんでした。花子は不安でした。ずっと不安でした。どうやって生きていけばいいのか、わからなかったからです。
「・・・お前はもう大丈夫だろう」
祖母は言いました。
すると花子の前にあの蝶が現れました。いつか、自分をここに導いてくれたあの蝶でした。ウスバシロチョウです。
嫌、嫌だ、もう少しだけ、もう少しだけ、ここにいたい。花子はそう思いました。しかし次の瞬間、両親と祖母は、すごい速さで、まるで滑るように向こうの方に行ってしまいました。そして、あっというまに小さくなってしまいました。
「花子、さみしい思いをさせてごめんな、でも父さんも母さんもずっとお前のことを思っているからな」
「花子、ごめんなさい、元気で、元気でね、体に気をつけてね」
最後にそういう両親の声が聞こえて、そしてもう何も見えなくなってしまいました。
「お父さん!お母さん!」
花子は泣きながら、そちらに向かって走りましたが、もうどれだけ走っても何も見せませんでした。世界はまた花子と蝶を残して、真っ暗になってしまいました。
「お父さん!お母さん!」
それでも花子はそちらに向かって走り続けました。
そして転びました。
花子はそれで目を覚ましました。
「・・・」
しかし、世界は相変わらず真っ暗で何も見えませんでしたし、今度は身動きもあまり取れませんでした。花子は何かに包まれているようでした。柔らかで暖かい、なんか毛布のようなものの中に花子はいました。それに手を突っ込んで進めて行くと手の先が何かに穴を開けてそこから光が差しました。
花子は少しずつその穴を広げていって、そしてやっと外に出ることができました。
外に出て確認すると花子は大きな繭の中にいたようでした。
そして見渡すとそこは何かの建物の中でした。
大きい部屋の一室に花子の入っていた繭があり、あたりには色々な機器やら道具が散乱していました。しかし人間は誰もいませんでした。
それと花子は裸でした。誰もいなかろうが裸は恥ずかしかったので、花子はその辺の机の引き出しを開けて見つけた毛布を体に巻きつけました。そしてその時に気がついのですが、花子の体はもう子供では無くなっていました。
花子の居るそこはとても大きな建物の様でした。
しかしその建物の中をいくら探してみても花子以外、誰ひとりとしていませんでした。
外に出てみてもあたりは鬱蒼とした自然に囲まれており、そこが何処なのかもわかりません。
仕方がないので、花子は一旦、自分が目を覚ました場所に戻ってみることにしました。その途中にトイレなどもあり、入ってみると幸い水は出るようでしたし、それに電気も生きてました。しかし誰もいないので、どうしようかと花子は困ってしまいました。
少し考えてから、花子はその隣の部屋に入りました。そこにも誰もいないのは、さっき確認していたのですが、でもそこにはたくさんの本があり、学校の図書室のようだったので、花子は興味があったのです。
その中の本を適当に一冊取り出して開いてみると、そこには花子に見覚えのある名前が書いていました。
『伊藤次郎』
それは次郎君の書いた本のようでした。
花子が驚いて他の本も色々と見てみると、その中から一冊の日記が、次郎君の書いた日記が出てきました。花子はマナー違反だとは思いながらもその日記を開いて見てしまいました。
『花子へ、僕はあの時、君が聞いているとも知らずに、酷いことを言ってしまった。とても酷いことだ。そして、その日君は君の家から居なくなった。僕達が探して見つけた時には、君はある神社の近くの森の中で既に繭に包まれていた。君のおばあさんに聞くと、そこは君の両親が死んだ場所だったそうだ。僕はそんな君を見て言葉が無かった。でも君のおばあさんが言ったんだ。このままにしておいて欲しいと。両親との夢を君が見ているから。と。僕はそのおばあさんの言葉を信じることにした。そしてそれから僕は頑張って頑張って勉強して、それから頑張って頑張って働いて、君が安心して眠れるようにこの場所を作ったんだ。でも、これが僕の君に対しての罪滅しだなんて思わないでほしい。君は安心して眠っていてくれればいい。幸せな夢を見てくれればいい。僕は君のためになんでもしたいんだ。僕は君のことを好きだ。ずっと子供の頃から好きだ。今もその気持ちは変わらない。花子が幸せな夢を見てくれているなら、それが僕の幸せだ。それはこの先もずっと変わらない。たとえ僕が・・・』
日記の文面の上に水滴が落ちて、次郎君の書いた字がじゅわっと滲んでしまいました。花子はその日記を閉じて、そして両手で抱きしめました。それから花子はそこで大きな声で泣き出しました。
私も今だったら、言えるのに、絶対に言えるのに。
花子は思いました。
両親との思い出、祖母の優しい顔、次郎君の思い、花子はその場所にたった一人でしたが、でも、もう寂しくありませんでした。全然寂しくありませんでした。
窓の外には太陽が照っており、その下で花子に見覚えのある蝶が二羽、ひらひらと飛んでいました。
その二羽の蝶が、花子にはとても幸福そうに見えました。
何度もようつべに逃げましたけど、でも書ききれて良かったなと思いました。