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第71話 リベンジ

作者: 山中幸盛

 アイディアが浮かばない、という理由もさることながら、先月の『取材釣行』では完璧なボーズだったので、幸盛の心の奥深くに眠っていた『釣りキチ魂』に火がついてしまった。


 昨年の場合は九月の連休中にハゼ釣りに出かけたのだが、今年も九月二十日の日曜日に決行した。日曜日は夕食を作らないと決めているし、期待通りにハゼがどっさり釣れて、それを家でさばくのに時間がかかったとしても、連休中のため翌日にゆっくり静養できるからだ。

 今回はリベンジに燃えていた。前日にスーパーに買い物に行った際に『日清のから揚げ粉』を買い求めた。そして幸運にも店頭に『ブリのアラ』があったのでその日の夕食の献立はブリ大根にして煮汁をたっぷり余分目に作っておいた。もし大漁に釣れたらここにハゼをぶっ込めば済むからだ。

 去年の場合は場所が悪かったせいもあってハゼはたった四匹しか釣れなかったので、今回は拙著『妻は宇宙人』の第一章に出てくるハゼがよく釣れる実績のある場所を目指し、朝八時二十分に自宅前を出発した。

 エサ屋で石ゴカイ一杯と菓子パン一個とハゼ針一セットを買って千円札を一枚出したらおつりが百五十円きた。おそらく六、七年ぶりなので車を停める場所が残っているかどうか心配だったが、曲がる道を誤ったために、怪我の功名で目指していた場所の西方数百メートルの、下に降りるためのコンクリートの階段もある申し分のない良い場所に出た。時刻は九時過ぎだっただろう。釣り人は他に誰もいなかった。

 干潮が午後三時半頃なので、潮が引いて波消しブロックが海面から出て表面が乾いてから、階段で三メートルほど下に降りて渓流竿で脈釣りをする予定でいたのだが、それまではリール竿二本で様子をみるつもりだ。

 二・一メートルのリール竿は二本針にし、クニュクニュ動き回る元気な石ゴカイを苦労しながら針に刺して、わくわくしながら軽めの天秤オモリで二十メートルほど先に投げ込む。二本目のリール竿は、岸から三~四メートルの幅で置かれている波消しブロックの少し先辺りを探り釣りするつもりなので、五・四メートルの長竿で一本針にしてオモリもできるだけ軽いものを使うが竿自体が重い。

 しばらく探り釣りしながら反応をみるがハゼは食いついてこない。そう甘くはないか、と気を引き締めながら短竿の先を見るとクイクイ引っ張られている。長竿を手放して短竿のリールを巻き上げてみると、なんと一投目から二本針にハゼがダブルで食いついて来た。やはり、この場所にはハゼがうようよいると確信する。

 釣りを開始してから三十分も経たないうちに作戦変更だ。五・四メートルの長竿をたたみ、四・五メートルの準長竿を出してオモリも天秤オモリに替えて投げることにする。針はもったいないのでそのまま使って一本針だ。短竿はもう一本用意しているのに長竿を使うのは、潮が引いて波消しブロックが岸辺に現れるとそれに針やハゼが引っかかるからだ。

 いやはや、狙いは的中した。二本の竿を交互に上げるたびにほとんどハゼが釣れていた。これこそ『入れ食い』状態というもので、二本針にダブルが半々位の確率で釣れてくるのだから笑いが止まらない。だから、潮が引いてきても下に降りて脈釣りする必要はなかった。ただ、短竿だと巻き上げる際に波消しブロックに引っかかる直前で竿をグイッと持ち上げる必要があるので勢いよく上がって来たハゼが足元でコンクリート護岸にガンとぶつかって気を失うことがしばしばだった。五・四メートルの長竿に替えてもよかったが、もう充分に釣れていたし面倒だったのでそのままエサが尽きるまで釣り続けた。

 風があったのは救いだったが直射日光をまともに浴び続けたので体力をひどく消耗した。この大漁のハゼを家に持ち帰ってさばくことを考えるだけで疲労感がドッと増す。

 家に帰着したのが午後三時五十分頃だったので、実質六時間あまりのハゼ釣りだった。ともかく疲れていたので、釣り道具を車から降ろし、手と顔だけを洗ってから近くの飲食店に行って『桜エビのかき揚げおろしソバ大盛り』を汁一滴残さず平らげてから自宅の畳の上でゴロリと横になったら、携帯電話が鳴って起こされるまで三時間も眠りこけた。

 どうにか元気を取り戻してハゼとセイゴをさばき始めたのは夜の九時過ぎだった。まず数を数えてみると、十二センチほどのハゼが八十三匹、小振りのセイゴが十一匹だった。気が遠くなる思いだったが、これらの一匹一匹に感謝しながら果物ナイフでウロコをそぎ、ハラワタを出して行く。

 その時だった、一匹のハゼがボウルから跳びはねてシンクの上に落ちた。幸盛は驚き、時計を見ると十時三十分頃なので計算してみた。最後に釣ったハゼだとすると、なんと七時間も生きていたことになる。おそらく、氷のすぐ近くにいて仮死状態だったのが、今、生き返ったのだろう。

 合計九十四匹をさばき終えた時、唐揚げにする気力はとうに失せ、全部を煮付けにすることに決めていた。まず先にセイゴだけを煮てから丼に取り、その後でハゼを一匹一匹沸騰する煮汁の中に並べていって、火を止めて時計を見ると十二時を過ぎたところだった。見事リベンジを果たしたというものの、これがあるのでハゼ釣りは考えものなのだ。


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