激震
気合入れてきますよ〜
準決勝が、今始まろうとしている。
観客の予想としては
決勝は吉野翔vs稲本純一 と見る意見が最も多い。とはいえ、その意見の支持者は全体の三割ほどでしかない。
第一回大会、二年の部 準決勝。
ここに全国クラスの戦いが幕を開けた。
「んじゃ、俺たちは行ってくる」
さあ、待ち望んでいた勝負の始まりだ。
俺は興奮を隠せない。
「はー。こんなのと相手する俺の気持ちも少しは察してくれよ〜」
口では弱気だが、その心中は興奮に踊っているのだろう。
どこまでもわかりやすい男、それが吉野翔、
なのだ。
「二人とも頑張ってよ」
ジュンに見送られて、二人は試合に臨む。
「準決勝、第一試合。松永泰彦対吉野翔!
はじめ!!」
試合開始だ。
油断など微塵も無い。
翔はどこかでフルラウンド戦ってからここに辿り着くだろう、と俺は予想していた。
それがどうだろう。
蓋を開けてみれば翔は五試合合計で一分と少々しか掛けずにここまで上がってきた。
まずは揺さぶりをかける。
中間距離から近づいたり離れたり。
様子見のパンチを少々打つが、まだ勝負を掛けるには速すぎる。
慎重に、確実に、勝つ。
俺は徐々に加速し始めたーーーー。
泰彦が俺を警戒している、らしい。
泰彦にしては珍しく、中々仕掛けてこない。
こうなると俺も迂闊に動けないよなぁ。
泰彦に勝つにはこの距離を保ったまま戦うことが最低条件になる。
懐に入られたらほぼ負けだ。
泰彦は近づいてきたり離れたりしてこちらを
揺さぶろうとしてくる。
なら、俺は確実にそれを迎撃するだけだ。
最悪、ポイント勝ちを狙うことも考えてる。
珍しいな。翔のやつ、威力よりもスピードを
重視しているらしい。
こちらが警戒しているのを悟ったか、向こうも警戒態勢に入ったらしい。
こいつは好都合だな。
スピード重視の攻撃と威力重視の攻撃では
筋肉の疲れ方がだいぶ異なる。
向こうがしびれを切らして攻め込んで来た時を狙えば、勝てる。
まさかあいつがポイント勝ちを狙うなんてことはしないだろう。
と泰彦は考えていた。まさか、翔がポイント勝ちも視野に入れているなどとは露ほども考えずに。
1ラウンド目は特に動きもなく終了。
ポイントは翔がやや勝っているくらいか。
ふー。とりあえずは計画通りだな。
それにしても、あいつも我慢強くなったもんだな。今までのあいつだったら、ラウンド終了間際にしびれを切らしてしかけてきていただろう。
それをしなかったのは翔の成長による賜物であることに他ならない。
まさか。ポイント勝ちも視野に入れているのか?
考えたくはなかった。ポイント勝ちを向こうが狙ってくるなら確実にこちらが不利になるのははっきりしている。
次のラウンドで相手を削って最終ラウンドで倒す。
俺は作戦を少し修正した。
よし、いくぞ。
泰彦は立ち上がり、翔の待つリングへ再び上がった。
あいつは強えし策士だし。
ほんとーに厄介。
だけど、こっちがポイント勝ちを狙っているなどとは向こうは気づいてやしないだろ。
翔は作戦に自信があった。
観客も泰彦も、俺がパワーで押し切るだけ、
と考えてるんだろうな。
翔はかすかに笑う。
俺が勝つんだ。悪いけど、泰彦にはここで退場願おう。
泰彦がリングに上がってきた。
2ラウンド目の始まりだ。
観客からしてみれば、最初のラウンドより、
互いに少し手数が増えた、その程度にしか
見えないだろう。
しかし、それが違っていることは当人たちが一番よくわかっている。
蹴りどうしが空中で激突する。
翔の段蹴りを膝と腕で辛うじてブロック。
着地から飛び込むと見せかけて顔面にワンツーを集めて相手を撹乱しようとする。
それに翔の必殺のカウンターストレートが
飛んでくる。間一髪でかわした。
あぶねーあぶねー。
あれをまともに喰らっては俺といえども
倒されるのは必至。あれだけはなんとしてでも回避しなくてはならない。
再び距離を取る。
向こうから迫ってきた。
スウェーバック(上体をそらして攻撃をかわす技術)で蹴りとパンチのコンビネーションを外させて重心移動から右の蹴りで反撃。
そこから踏み込んでワンツースリーと連打を打ち込む。
これが効いたと見えて、翔はしばらく手を出してこなかった。
いや、演技だな。
他のものなら引っかかって仕掛けて行くところだが、泰彦にはわかっていた。
あれは演技だ。こちらを誘い出そうとしている。お見通しなんだよ。泰彦は試合中にも関わらず微笑した。
あれ、しかけてこない。
ありゃー。我ながら名演技だったんだけどなー。泰彦にゃ通じなかったか。流石だな。
翔は苦笑した。やれやれ、小手先の技じゃ
やっぱ勝てねぇな。
どうやらポイント勝ち狙いだったのもばれちまったみたいだし。
これは正攻法で行くしかない。
その刹那、2ラウンド目の終了を告げる合図があった。
勝負は最終ラウンドに託された。
会場は眼前で繰り広げられているハイレベルな戦いに圧倒されていた。
静まり返った会場。
そんな異様な雰囲気の中、最終ラウンドが
始まった。
両者のポイントは互角、ただし翔の方がやや優位に立っている。
とはいえもはや互いにポイントは気にしていない。
序盤から激しい打ち合いが始まった。
リング中央での攻防。
どちらも一歩も引かない。
まるで引けば死が待っているとでも言うかのように。
間断なくパンチと蹴りが両者の両手両足から
繰り出される。
どれも決まれば一撃必殺となりうる技ばかりだ。
両者退かぬまま、一分が経過した。
ボディーブローはこのラウンドで数発入れた。その代償としてこっちは頭部を狙われているが、まあこれも一種の投資だ。
全ては勝つため。負けるわけにはいかないからな。
翔のスピードもだんだん落ちてきた。
残り一分。なんとか押し切りたいところだ。
くっ……泰彦のやつ、執拗にボディーを打ってくる。ポイントはこのラウンドでは互角、
全体では俺が有利のはずだ。
あと一分。なんとか逃げ切りたい。
だけど…………もう体がいうことを聞いてくれない。頼む……もう少し持ってくれ。
なんて攻防なんだ。二人が激突すれば壮絶な攻防戦になることはわかっていた。でも、
これは僕の想像を遥かに上回る。
ジュンはもはや言葉が無かった。
この後に控えている自分の試合の不安も忘れて、ただただ二人の攻防に見とれていた。
ふん………潰しあってくれてるな。
まあどの道俺が勝つんだけれど。
大野茂は余裕の表情を浮かべていた。
全く……松永泰彦は確実に追い詰めるつもりのようだが、そんな作戦、決勝でスタミナ切れを起こすだろうに。
この試合、松永の勝ちだな。
大野茂はそう確信していた。
ついにその時は来た。
泰彦は獰猛な野獣のように身を屈めて飛び込んでいく。
翔は最後のカウンターを狙う。
「「「「これで決着がつく」」」」
彼ら四人は同時にそれを悟った。
泰彦は勢いを捨てずにそのまま潜り込む。
渾身のボディーブローを翔の腹にめり込ませる。
長かった攻防に、ついに終止符が打たれた。
準決勝、第一試合。勝者、松永泰彦。
「やっぱ……強えな………泰彦……勝てよ………」
喘ぎ喘ぎ翔が言葉を紡ぐ。
激闘を経た二人の間に、それ以上言葉は必要なかった。
準決勝、第二試合。稲本純一対大野茂。
先ほどの試合で負けた翔はもちろん、泰彦も無事ではない。彼らはしばらく休んでいるため、ジュンは孤独な戦いを強いられていた。
うわっ、なんて速くて強いパンチなんだ。
蹴り技を使ってくる気配はしない。
がしかし油断はならない。
それにしても、強い。
小刻みなフェイントと間断なく飛んでくる強いパンチ。速くも試合は開始から一分経っていたが、ジュンは防戦一方だった。
とはいえ、ジュンはまだ崩されていない。
驚異的な集中力によって粗方のパンチは弾き飛ばし、かわしきれなかったパンチも被害を最小限に抑えている。
そんな防戦の中でもジュンは隙を見て反撃し
ポイントを稼いでいた。
このまま集中力さえ切らさなければ勝てる。
そう思った時だった。
ドンッ
ガードした、したというのに。
ガード越しにパンチの威力が骨に響いて筋肉が悲鳴を上げる。
くっ、なんてパワーなんだ。
ドスッ ガスッ ギシッ
その後も絶え間無く、その強烈なパンチが
襲いかかる。
ガードには成功しているため、ポイントにはならない。
とは言うものの、ガード越しにも関わらずこれだけのダメージだ。
まともに喰らったら、おしまいだ。
1ラウンド目はなんとか凌ぎ切った。
いや、凌いだという実感はない。
何しろパンチというよりもあれはもはや石で打ち付けられているようなもんだ。
凌いでポイント勝ちするしかない。
ジュンは腹を括った。
2ラウンド目が始まった。
開始早々から向こうはあの強烈な連打を振るってくる。
バックステップで逃げても、到底逃げ切れたものではない。
バックステップとガード、スウェーバックに
ダッキングと持てる技術を駆使して大野茂の
猛攻を凌ぐ。
そしてタイミングをみて細かいパンチを集める。
周りからしてみれば大野茂が猛攻を仕掛けるものの攻めきれずにカウンターをちょこちょこと喰らって徐々に追い詰められているように見えるだろう、だが、ガードしているとはいえパンチのダメージはすこしずつジュンに蓄積されている。
頼む、早く終わってくれ。
ジュンは祈るような思いでいた。
あれ、ここは?
保健室だ。
「先生、ジュンの試合は?!」
「今、第二ラウンドの途中よ。安心しなさい、稲本君がいまリードしているようだから」
「俺、行きます、行かして下さい!」
「ギリギリまで休んでなさい、決勝戦があるんでしょう」
「そこをなんとか………」
泰彦は必死で交渉し、一分の後に渋々ながらも行くことを許された。
さあ居ても立ってもいられない。
翔を保健室に残し、泰彦は飛び出した。
ふう、なんとか凌いだ。
あとどれ位持つことやら………。
ポイントはこちらが大きく上回っている。
それは知っている。
しかし、もう体が持つ気がしない。
あと120秒。それが今のジュンにとっては途轍もない長さに感じられた。
「よし、いくか」
ジュンは、最終ラウンドへと突入した。
よし、確実に弱ってきているな。
大野茂はそう確信した。残り時間は一分半くらい。倒すには十分な時間だ。
1ラウンド目から猛攻を仕掛け、ポイントにはならないものの、相手の身体に確実にダメージを与えてきた。
そろそろ仕留めどきだろう。
大野茂はさらに攻撃の手を強めた。
うわっ、また強くなった。
もはや腕が持たない。
時計を見る。あと一分だ。逃げ切れる。
ジュンはバックステップで逃げ始めた。
しかし、それをおめおめと許す大野茂では
なかった。
あっという間に捕まり、膝が揺れる。
審判のストップが入った。
行けるか、と聞かれる。
一瞬、心に迷いが生じる。
その時だった。
「おい、決勝で待つって言ってたろーが!!!」
泰彦だ。
「泰彦……」
「負けんなよ、俺たちがついてる。
お前は勝てる!!」
ジュンは頷く。
見ると、祈るような表情で、直美が試合を見つめている。
再び勇気が舞い戻った。
「いけます」
審判に答えた。
「はじめ!」
試合が再開された。
僕はもう動けない。
こうなれば一か八かだ。
カウンターで逆に相手を沈めてやる。
ジュンらしくない闘争的な感情が湧いた。
しばらく両者の睨み合いが続く。
大野茂は警戒したような顔をしつつ迫ってくる。
あの凶悪なパンチを放ってきた。
「「今だ!!」」
泰彦とジュンの思いが一つになり、
その思いを纏う拳を、蹴りを大野茂に向かって放つ。
大野茂はそれを難なくかわし、突進してきた……。
ああ、終わった。
次の瞬間、あの凶悪なパンチがガードを突き破ってジュンの顎に炸裂した。
準決勝、第二試合。勝者、大野茂。
残りわずか8秒。
ジュンの決勝進出まで、あと8秒だった。
ただ、その8秒は、今のジュンにとっては、
永遠のように感じられる8秒だった。
様々な視点から準決勝以降は書いてくつもりです。大変ですけどね笑
感想、アドバイスなどあったらお願いします




