あの日
今回はあの事件を、純一視点で送ります
こんな感情、生まれて初めてだった。
強くなりたい。
思えば、十数年とはいえ今までどこまでも平坦な人生を歩んできた。
ケンカや暴力に巻き込まれることもなく、
抜群の運動神経がある訳でもなく、
それなりに上位にはいるがずば抜けて優れた頭脳を持っている訳でも、ない。
このまま、平坦で平凡な人生を歩み続けるのだろう……と自他共に考えていた。
それなのに。
あの日。
僕、稲本純一の全てを変える事件は起きた。
なんでもない、普段通りの一日が始まろうとしていた通学途中の電車の中。
隣にはいつものように直美がいる。
「それでさー。普通だったらあれはああじゃん?なのにあいつったらさー」
直美はおしゃべりで、見ていて飽きない。
「ちょっとよろしいでしょうか」
知らない声だ、誰だ?
「稲本純一君、だね?」
誰だこの人。というよりそもそもなんで僕の名前を知っているのだろうか?
いずれにせよ無視したところでバチは当たらないだろう。よし、無視しよう。
「少し君と話したいことがあるんだけどね」
なんなんだ人の都合も考えずに。
「あの、人違いじゃないですか?」
「いや、間違いないはずだ。君だよ」
「だいたい俺その……稲本とかいう人ではないですよ」
「嘘をつくな」
即答される。なんでだ?どうしてここまで、
まるで確信しているかのように振る舞える?
「いや……だから違いますよ」
「とりあえず来てもらおう。違ったら解放することを約束しようじゃないか」
解放?それではまるで今から自分が拘束されるかのような言い方ではないか。
「その通りだ。ご明察だよ」
声に出てしまっていたらしい。まあいい。
直美に来るんじゃないぞと視線を送る。
直美は首を振る。
幸いにも男は直美に気づいていない。
僕は視線と口パクでなんとか直美に自分の意図を伝えようと図った。
けれど直美は納得していないかのような表情を浮かべている。
頼む、直美は来るんじゃない。
そうこうするうちに学校の最寄り駅に着く。
僕は電車を降りようとする。
男も電車を降りた。
少し距離をおいて直美も電車を降りる。
周囲は至って平和で、僕らが切迫した状況にあるなどとは誰一人として考えていないだろう。
偶然にも同じ駅だったのだ。
しかし僕は学校のある出口と反対の方向に連れて行かれる。
「下手に騒ぐと、命はないよ」
男が脅すように言ってくる。
そんなことはわかっている。
しかしどこに連れて行かれるんだ。
答えは案外早くわかった。
駅から数分のところにあるかなり階層のある
廃ビル。男の目的地はそこだった。
「ここだ。入りなさい」
逆らってどうこうなるもんでもない。どうこうできるならとっくの昔に逃げ出している。
廃ビルに入る瞬間に後ろを振り返ると直美がいた。
廃ビルの中に入る。黒いカーテンのせいで外は明るいというのにこの中はまるで夕方を彷彿とさせる薄暗さをたたえている。
「この部屋だ」
男の言うままに中に入る。
男は中に入らず、そのまま立ち尽くしている。
僕は部屋の中に入った。
中には椅子に座った男とその周りを取り囲む数人の男たち。
椅子に座っているその男達のリーダー的存在と考えられる者が口を開いた。
「クハハハハ!よくここまできたもんだ、
稲本純一君。まあまあそう怖い顔をしないで
ここは一つ平和的に話し合おうじゃないか」
享楽的な性格を伺わせる笑い声と言葉遣い。
先ほどまでの男とは比べ物にならない威圧感と存在感。
僕はただただその圧倒的な存在に気圧されていた。
「君を連れてきたのには目的があってだ…」
目の前の男は愉快そうに紡ぎ出す。
「君には素質があるのだよ」
…………は?
自分にいったいなんの素質があるとこの男は言っているのだろう。
何をやっても落ちこぼれることはない代わりに、一番を取ったりみんなから羨望の眼差しで見られることもない。
そんな極々平凡かつありきたりな自分にこの男は一体何を期待しているのだろうか?
「あの……やはり人違いかと……」
「クハハハ!面白いことをいうじゃーないか!人違いなどではないんだよ?君には素質がある。それはこのわたしが太鼓判を押してやろうじゃないか!クハハハハッ!!」
「僕に一体何の素質があると言いたいのですか?」
もっともわかったところでこの男に従う気持ちなどさらさらない。けれど今まで「平凡」
「可もなく不可もなく」「普通」「地味」………などと言った烙印しか押されてこなかった自分に「素質がある」と言われれば気になってしまうのが人の性というものだろう。
「君はこの我が騎士団に入団するにふさわしい素質を完璧に備えているのだよ。平凡さ、
目立たなさ。可もなく不可もなく確実にほとんどのことをやり遂げてしまえる万能さ。
君が我が騎士団に入団した暁に最大限の好待遇をもってもてなすことを約束しようじゃないか」
「その………騎士団というのは?」
「ここに控えている数人の男たち。こいつらだ。彼らはこの私が世界中を自ら視察して集めた選りすぐりの精鋭たちなのさ」
露出の少ない服装のためわかりにくいが、
確かに白人黒人黄色人種が混ざっていることがわかる。
「彼らはこの私に仕える者たちの中で最も有能かつ忠実な奴らなのだ」
「職務内容は簡潔にいうなら私の補佐だ。
簡単なもんだろ?もちろん衣食住はこちらで用意するし就職にしたってこの騎士団にいる限り生活は安泰だ。
この騎士団に入団する唯一絶対の条件は…」
一瞬言葉を切り、こちらを舐めるように眺めてくる。
「この私への絶対的な忠誠心と有能さを兼ね備えていること、これだけだ。
前半の条件を満たしているものはいくらでもいるのだがいかんせん後半の条件を満たしているものがあまりに少ないことよ」
「あなたは何者なんだ」
「現時点で君がそれを知る必要はない。
君はただ黙って私に仕えていればいいんだ」
「じゃあ……お断りします」
男の顔から笑いが消える。
場の空気が一瞬で凍りつく。
「ざけんじゃねぇ……てめぇは俺様に仕えてりゃそれでいんだよ………この俺様が直々に貴様みてぇなガキにわざわざあってやってんのもひとえに貴様が有能だからに他ならねぇ…………………んなこともわかんねぇのか」
「そ、それでも……僕には……むりです」
声が震えているのが自分でもわかる。
それでも、自分の居場所はここじゃない、
という思いだけが、そこにあった。
「いいから………俺様に仕えろ……わあったか……?」
「嫌です!」
必死に絞り出した声は悲壮感さえ感じさせる音色だった。
「ふん、ならば腕ずくだ!てめぇら!!」
「はっ!!!」
さっきまでまるで石像のように立っていた男達、騎士団が動き出す。
「あのイラつくガキを………捕らえろ!」
「ははっ!!」
逃げ出せる気がしない。
まずい。どうすればいい。
外から地面を蹴る音がする。
「今走り出した女を一人確認!いかがしますか?」
「ふん……女一人始末してもしなくても同じだ。ほっとけ……今はこいつを捕らえんのが先決だ……」
よかった。奴らは直美に手を出すつもりはないようだ。到底安心できる状況ではないが、
今の純一にとってはそれだけでもはるかに救いだった。
「いけ!やっちまいな……!!」
男が号令を掛けるや否や騎士団たちが襲いかかってくる。
目にも留まらぬスピードで撹乱された純一は
あっという間に倒され、気絶してしまった。
謎の男の正体やいかに……?




