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三、しまいとてんき

 翌日の朝、太陽がまだ昇り切らないうちに小さな姉妹は再びこのあばら屋を訪れた。

 今日は何用かと聞けば何か手伝うことでもあればと言うので、いくらか問答をした後でその好意に甘えることにした。

 姉のせんには煮炊きに使う(かまど)の掃除を、妹のこんには障子の張り替えを頼んでおき、自分は力の要る戸の修繕に取り掛かった。

 なにせ慣れない作業であるため終わる頃にはすっかりお天道様も顔を出し、その穏やかな陽光を惜しみなく地に注いでいた。

 その頃には二人も与えられた仕事をこなし終え、どこから見つけて来たのか小さな箒と雑巾を持ってせっせと掃除に取り掛かっていた。

 取りあえず時間もそれなりなので飯でも作るかと二人に言うと、ならば私が作りましょうとせんは言い、そのまま台所へ向かった。

 しかし、流石にそこまでして貰うのは気が引けるので止めようとしたのだがせんは一向に引かず、おまけにそれじゃあたしもー、などと言いながらこんまでやってくる始末。

 仕方ないから皆で作ろうということで合意し、狭い台所の中で無駄に慌ただしく料理に取り掛かった。

 因みに、せんの包丁捌きはそこそこのものであったがこんの方はかなり危なっかしく、付きっきりで指導してやる必要があった。






「近いうちに雨が降りますね」


 棒と板を適当に組み合わせただけの簡素な卓を三人で囲み箸を進めていると、せんがふとそのような事を言い出した。


「そうか……? まだ暫くは晴れが続きそうだけど」


 開かれた戸から覗く空は相変わらずの晴天で、ここ数日の空模様と何の変わりもないように見える。


「風に僅かに雨の匂いが混じっています。昨日までは感じられませんでしたから、雨雲がこちらに近づいて来ているのではないかと」


 するとこんもそれに頷き、同意を口にする。


「多分二、三日くらいじゃないかなー? まだ雪にはならないと思うけど、雨漏り対策に屋根も修理しておいたほうがいいと思うよー」


「そうか」


 雨の匂い、か。山の天候は予測できないとよく言われるが、その麓に暮らす人々にとってはそういうわけでもないのだろうか。


「なら後で村に降りて道具を借りないとな。早いうちから始めないと間に合わなくなる」


「職人の方を呼べば早いと思いますけど……」


「いや、自分の事はなるべく自分でしておきたい。すぐ人に頼る癖は付けたくないから」


 旅の中でもそれには気をつけるようにしていた。いつだって最後に頼れるのは己の腕一つなのである。他人の手は借りなくて済むのならそれに越したことはない。


「おにーさんは頑張り者だね。えらいねー」


「はは、どうも」


 にこにこしながらこんはそんな事を言って煮物を口に運ぶ。一見子供っぽい所が多いこんだが意外なところで慎み深く、物を食べながら会話したりという無作法なことをすることはない。


「ところで貴実さん。一つ聞きたいことがあるのですが……」


 と、せんは急に態度を改めてそんな事を口にした。視線で促すと、せんは静かに言葉を継ぐ。


「貴実さんは旅の途中との事ですが、ここで暮らすつもりは無いのですか?」


「すまんが、無いな」


 質問に間を置く事なく答える。せんはそれに驚いたのか、少し戸惑うような仕草を見せた。


「……何故ですか? 何か不満な点でもあるのでしょうか。こんな田舎ではなく都に住みたい、とか」


「いや、そんな事は無い。この地は木々も豊かだし人々も温かい。なかなかいい地だと思う」


「ならば、どのような理由で? この村で暮らす気は無いのですか?」


「そーだよ、一緒に暮らそうよー」


 口の中の煮物をんぐ、と飲み込んでこんもそれに追随する。だが、


「今の所、どこかに長く腰を据える積もりは無いんだ」


「……理由は教えて頂けないのですね」


「…………」


 そのまま口を閉ざす。出来るならばほんの一冬の間でさえ一箇所に留まっていたくはないのだ。それが一生ともなればなおさらである。


「春になって温かくなり、土が乾いて足場がしっかりしてきたら私はここを去るよ。けど、それまでは……」


「……ええ、分かりました」


 せんは瞼を閉じ、何か思うように僅かに俯く。


「食事を終えたら屋根の修理に取り掛かりましょう。私に何か手伝える事はありますか?」




 村の職人の元で修理の方法やコツを教授してもらい、そして必要な道具を借り受けたその帰り道で村長とばったり出くわした。


「これは雁谷殿。そのような道具を持って何を?」


 村長は僅かに延びた白い顎髭をいじりつつ、人当たりの良い笑顔を浮かべながらそう問う。


「いえ、屋根の修復をしようかと思いまして」


「あぁ……あの家も大分古くなっておりますからな。今まで雪の重みで潰れなかったのが不思議な位です」


 村長は申し訳なさそうにそう言うと、それから会う度に口にする言葉をまた繰り返す。


「雁谷殿が望むのであれば、あのようなぼろ屋でなく私の家の一室をいつでも用意しますが……」


「いえ、構いません。迷惑をかけるわけにもいきませんし、一人の暮らしにも慣れておりますので」


「そうですか。ならば良いのですが」


「しかし、屋根を直すとなるとなかなか厄介そうですね。近いうちに雨が降るようですし、文句も言っていられませんが」


 あの小さな姉妹に分かる事なのだから、この地に長く住み着き風土にも詳しいであろう年配の方ならば当然予測できているだろうと思い軽い口調で話す。しかし


「むぅ……そうですか? 雨の気配などとんと感じませぬが」


 村長は不思議そうな様子でそう返した。


「旅人の勘というやつですかな? もうしばらくすれば嫌というほど雪が降るようになりますが、この時期はまだまだ乾燥した日が続くと思いますよ」


「そ、そうですか……では、この辺りで失礼します」


 何かあれば遠慮なく、という村長の言葉に頭を下げてから別れる。

 姉妹の言ったことは単にあてずっぽうだったのだろうか。しかしそれにしては随分と確信を持っているかのような、さも当然であるかのような語り口であったが……。

 そんな事を考えながら、今頃は姉妹が針と糸で破れた衣服と格闘しているであろう家へと向かう道を行く。




 そして、その二日後。


 雨が降った。

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