先代への報告
「――以上が、四月にあった事件の内容です。……冬木灯司郎所長」
時折スマホ、BLTのログを確認しながら、報告を終える。
隣りには、いつものように黒いワンピース姿の夜葉もいる。
僕は目を瞑った。
この四月だけでも、夜葉を含めれば六件。異能の悩みを解決したことになる。
これは結構多い方で、結果も上出来だったとは思うが……。冬木の爺さんは、どう思うだろうな。
僕は果たして、所長の代理を務められただろうか。
二代目に相応しい仕事ができただろうか。
目を強く瞑り、祈る。夜葉も隣りで、同じように目を瞑っていた。
所長、冬木の爺さん――なにか、言ってくれよ……。
ガチャ!
「こんちわー! やー! 明日からゴールデンウィークだねぇ……って、わ、ごめん!」
いつものようにノックもなく騒がしく入ってくる穂純の声に、僕らは目を開いた。
「あちゃー、またお客さん来てるのにうるさくしちゃって、申し訳ないです! おかまいなくー!」
穂純は手を合わせ、そそくさと奥のデスクへと向かう。
そうか、会うのは初めてだったな。
「ほっほ、構わん構わん。儂は客じゃないしの」
「……へ?」
僕は応接スペースのソファから立ち上がり、目の前の白髪、白髭のご老人が誰なのか、穂純に紹介することにする。
「この人が、冬木異能相談所の現所長、冬木灯司郎だよ」
「しょ、しょちょう? え、だって、それは夢路くんが」
「僕はまだ二代目候補で、所長代理だよ」
「いやいやいや、だって所長さん亡くなってそれでここを継いだんじゃないの?!」
「むむ? 夢路、そんな嘘をついたのか?」
「いや……ふむ。なんか勝手に誤解したみたいだな」
死んだなんて、一言も言っていないのに。
「だってー! なんか、この異能で困ってる人にしか気付けないっていう、結界? それは先代所長が遺したって……」
「ああ。制限の結界を残して、世界一周の旅行に行ってたんだよ。この爺さん」
「遺して……え、残して? うそ、そういうこと?」
「……お茶入れてきますね」
変な勘違いをしていたようだ。
そして、またもや夜葉は、それに気付いていて黙っていたのかも……。
「それで、夢路。この子が先の穂純ちゃんじゃな?」
「ああ、そうだよ。たぶん制限しなくても大丈夫だと思う」
「そのようじゃな。いやはや、この事務所も賑やかになったもんじゃ。夢路と夜葉ちゃんは大人しいからのう」
「大人しくてすみません」
夜葉が湯飲みを一度下げ、新しいお茶を入れてくれる。
「ほっほ、夜葉ちゃんの入れるお茶は美味いの。帰ってきた実感が湧く」
「ありがとうございます、冬木のお爺さん」
「ううーん……なんか騙された気分。夜葉ちゃんあたしにもちょうだいー」
「はい、どうぞ」
穂純はお茶を持ってデスクに座る。僕は夜葉が戻ってくるのを待って、ソファに並んで座り直した。
「では、さっきの続きじゃ。……んむ、よい働きをしたの、夢路」
「所長……ありがとうございます」
「特に夜葉ちゃんの件。見事じゃ。……見知らぬ道と、山に教会がができておったがの」
「は、はは……」
あの教会と、そこに続く道を新しくできた物だと認識できるのは、あの光景を目にした僕と夜葉だけのはずなのだが……さすがというか、侮れないな、冬木の爺さん。
「さて……儂の留守中頑張ってくれた二人に、ちと褒美、いや報酬をやろうかの」
「え? 報酬?」
「本当ですか! 冬木のお爺さん!」
夜葉が嬉しそうに目をきらめかせる。母子家庭だから色々厳しいんだろうな……。
そういえば、夜葉の目元が少し赤い。
冬木の爺さんが帰ってきたため、まだちゃんと聞けていないが、きっと昨日、お母さんとちゃんと話をしたのだろう。
「そうじゃな……」
爺さんは腕を組み、考え込む仕草をする。
「よし。明日から一週間、二人は休暇とする」
「「……え?」」
休暇? 休み? この相談所を?
「なにを驚く? 儂はまだまだ現役じゃぞ。ゴールデンウィークの間くらい、儂一人でなんとかしてみせるわ」
「ほ……本当に、か? いや、しかしそれは」
「だーめじゃ。仕事に出てくるの禁止。破ったらクビじゃからね」
「マジか……」
「出かける前に、ゴールデンウィークまでには帰ってくるって言ってたの……こうするつもりだったからなんですね? ああ、急にお休みなんて、どうしましょう……」
そうだ、急すぎる。どうしたらいいかわからないぞ。ここ一年、ずっとここに詰めていたから、いきなり休みと言われても、なにをしたらいいか。
それはどうやら夜葉も同じようで、隣りで途方に暮れている。
「あと夜葉ちゃんお待ちかねの、ボーナスもやるぞ」
「……ほんとですか!」
「んむ。だから二人でデートでもなんでもしてきなされ」
「でででで、でーとっ?!」
思わず口にしようとしたお茶を吹くところだった。
「え、ちょっと待って! 今聞き捨てならない言葉が聞こえたけど?!」
「おろ、穂純ちゃんは知らんのかい。この二人の……」
「わー! やめてください冬木のお爺さん!」
立ち上がる夜葉とは対照的に、僕はソファに深く座り込んでいた。
デート……か。まさか、そんなことが出来る日が、来るなんて……。
でも、そうだよな。昨日、告白して……そして夜葉も……。
そして目の前に突如湧いた、ゴールデンウィークという休暇。
……デートの一つもしないのは、逆におかしいだろう。
「……夜葉。ど、どこか行きたいところとか、あるのか?」
「え? ええ?? あ……その」
興奮気味だった夜葉は、すとんと隣りに恥ずかしそうに座る。
「え、映画……とか、行きたいです。それから、喫茶店で……お茶とか」
「そうか……それは、いいかもな」
映画……今はなにがやっているのだろうか。
色々調べないといけない。
「ひゃー、古風ねぇ」
「よいじゃないか。青春じゃのう」
夜葉は顔を真っ赤にする。聞いておいてなんだが、他に人がいない時に聞くべきだった。
どうやら僕も夜葉も、少し舞い上がってしまっているらしい。
「ね、デートもいいけどさ、一日くらいあたしも入れて欲しいなー?」
穂純の言葉に、僕と夜葉は揃って冷たい視線を向ける。
「な、なによ! いいじゃない、邪魔なんてしないわよー! あたしも夜葉ちゃんと夢路くんと遊びに行きたいー!」
とんとん、ガチャリ。
「ちわーっす掃除で遅くなった! けどなんか遊びに行く話が聞こえた! 俺も入れてください、穂純さん!!」
「うわ、うるさいのが来たな……」
穂純と違い一応ノックはするも、返事無しにドアを開けて入ってきたのは、言うまでもなく虎生だった。
「ほっほっほ。本当に、賑やかになったの、この事務所も」
「ああ……ほんと、四月に入ってから、なんなんだろうな」
「本当ですね」
僕と夜葉、そして冬木の爺さん。三人だけの時は、穏やかな時間が多かった。
それが……今は、この有様だ。
「なにー! 白鷹! お、おま、夜葉ちゃんと付き合ってるってマジかよぉ!」
「ビックリよねー。まぁお互い好き合ってるのわかってたけど」
「え、ほんとにほんとにマジなんすか?」
「ちょっと待ってください。な、なにを言ってるんですか穂純さん。冗談ですよね?」
「え? 夜葉ちゃん、冗談だと思うの?」
「し、白鷹貴様ぁー! いや、ある意味でかした! この流れで俺も穂純さんと……! あ、あれ? お、おい、こちらのご老人は? お客さんじゃないのか?」
「ほっほっほ、初代所長の冬木灯司郎じゃよ」
「初代所長!? は、初めまして、鴨木虎生って言います! 白鷹君には大変お世話になりましたぁ!」
「まるで夢路の父親になったような気分じゃの……」
「ははは……」
僕はなんとなく、スマホのBLTを立ち上げて、カメラを事務所内に向ける。
『ユン、見えるか? こっちは、楽しいぞ』
『ほんとだな。面白いことになってそうで、なによりだぜ』
……お前のおかげだよ、ユンスランタ。とは、文字には打たなかった。
前世というものを、信じているか?
今更だが、実は僕は未だに半信半疑なのだ。
ビフォーライフトーク、BLTを使ってユンと会話ができるとはいえ、本当に前世なのかよって話だ。
でも、だけど。
本当だったら、いいなって、思うようにはなった。
この冬木異能相談所も、今はまだ所長代理だけど、二代目所長候補として選ばれたことを、誇らしく思う。
まだ一四歳だけど、それでも……やりがいのある仕事だ。
なにより――
「夜葉、これからも、僕の助手でいてほしい。よろしく頼む」
「はい……! もちろんです。私こそ、よろしくお願いします。夢路さん」
――隣りには、可愛い助手がいてくれるから。
最後は大団円。ひとまず、夢路たちのお話はこれにて終了です。
いかがでしたでしょうか?
最初はちょっとゆるい感じでスタートしましたが、最後の方はシリアスな展開になりました。
そのため、果たしてジャンルコメディーでいいのか、さらに悩むことに…。
学園にしちゃってもよかったんじゃないか? 他になにがあったっけ?
と、本当に、今でもまだ悩んでいますが……もう今さらですね。
とりあえずこのままにしますか。
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それでは、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。