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CASE4「窓の破片」


「よ、白鷹(しろたか)。折り入って相談したいことがあるんだが……」

「断る」


 昼休み。食堂の購買でパンを買った僕を、虎生(とらお)が待ちかまえていた。

 僕は即答すると、さっと虎生の脇を抜けて早足で廊下を進む。

 ここ最近、放課後に事務所についてくることは何度かあったし、元々学校では話すこともあった。だからこうして声をかけられるのはおかしなことではない。

 しかし、相談? そんなものは初めてだ。

 だいたいなんの相談なんだ。姉の件はもう解決している。となると穂純のことか? だとしたらこのまま逃げてしまいたい。

 問題はそれ以外の相談だった場合だ。もし、異能絡みだとしたら――


「おーい待ってくれよ白鷹ー。真面目な話なんだよ!」


 やめろ……。虎生はあのお調子者な性格もあって、注目を浴びやすい。そんな虎生に名前を呼ばれながら追いかけられれば、僕まで目立ってしまう。それは非常に困る。

 まったく、こいつは本当に、わかっているのか?


「はぁ……」


 大きくため息をついて、ピタッと止まると、もうすぐ後ろまで来ていた虎生は慌ててつんのめるようにして止まった。


「っととと、急に止まるなよ」

「黙れ。真面目な話だと? だったら、そんな目立つようなことをするな。こないだの件、忘れたのか?」


 睨みつけ、虎生に小声で脅す。

 前回の依頼、虎生の姉、萌歌那の件。あれの依頼料は、こいつが周りに僕のことをバラさないという条件で、タダにしたのだ。もし、それをバラすことがあれば……僕は虎生を、どんな手を使ってでも口止めしなくてはいけなくなる。


「わ、わかってるよ。そんな恐い顔すんなって。ていうか、そんな目立ってるか?」


 こいつは……自覚が無いからタチが悪い。


「もういい。が……わかっているということは、そういう話なわけだな?」

「……たぶんな」


 仕方がないな。これ以上ここで話を続けるのはマズイ。

 僕は虎生に背を向けて、今度は普通の速さで歩き出す。


「お、おい……」

「場所を変えるぞ」


 なんだか、すでに手遅れな感じで目立っている気がするけど……考えすぎであることを祈ろう。


                   *


 この学校は昼休みに屋上が開放されている。

 かなり高いフェンスできちんと囲われているおかげで、許可されているのだろう。

 春の屋上、ここにも結構人が多いが、教室よりはマシだ。なるべく人が少ない場所を選び、屋上の縁に腰掛ける。

 早速虎生に文句を言う――前に、まずは昼飯だ。


「…………あ」


 購買のパンを見て、思わず声を漏らしてしまう。

 飲み物、買うの忘れた。


「ほら、これでも飲んでくれ」

「むっ……」


 虎生がさっと、自販機で買ったのであろう冷たいお茶を差し出してきた。

 僕が買うのを忘れて虎生から逃げるのを見越していた……とは考えにくいから、普通に奢るつもりで買ったのか。まぁ相談料として、受け取っておこう。もちろん、依頼となれば依頼料を別途請求するが。それにだいたい、買うの忘れたのは虎生のせいだ。

 そんなわけで黙って受け取ると、虎生自身は缶コーヒーをかこんと開けて飲み始めた。


「ふむ。迷わず僕にお茶を渡すんだな」

「ん? だっていっつもお茶飲んでるからさ」

「まぁ……な」


 夜葉が日本茶を淹れてくれるからという理由が大きいが、確かにコーヒーは苦手だ。


「虎生。話を聞く前に言っておくが――」


 僕は話しながら、購買で買ったコロッケパンの封を開ける。


「学校でこういう話は止めてくれ。今回は特別に聞いてやる。だが、今後異能の話を学校では絶対するなよ」

「う、悪かったよ……約束する」


 そう、釘を刺すために、今回だけ聞くことにしたのである。能力に制限のかかるあの事務所以外で相談を聞くのはなるべく避けたいのだ。そもそも時間外労働だし。


「というか、放課後まで待てなかったのか? 事務所でなら普通に話くらいは聞いたぞ」

「あー、放課後じゃ遅いかもしれないと思ってさ」

「……そんな急を要すことなのか?」


 姉の萌歌那の件は解決済みで、その後の話を聞いた感じでは問題無さそうだった。虎生自身は能力者ではないし、おそらくまた身近な人間の話なんだろうけど……。


「いや、実は正直、よくわかんなくてさ」

「わからない? わからないのに相談するのか?」

「お、俺はお前みたいに、そういうことに詳しいわけじゃないんだよ。だから相談するんだろ?」

「まぁそれもそうだな。……なるほど、だから念のため早めに話したかったわけか」

「それもあるけど……もし、そいつの家に行くなら、放課後すぐの方がいいかもしれないって思ったんだよ」

「……なるほどな」


 虎生にしては、なかなか考えたな。もっとも、姉の件で異能について知ってしまったのだから、慎重にもなるか。

 そしてやはり、萌歌那以外の身近な誰かについての相談のようだ。


「ところで、虎生。昼飯は?」

「ん? 白鷹が購買でパン買ってる間に食ったぞ。学食の蕎麦」

「……そうか」


 早過ぎるだろう……。

 パンを買うのに、そこまで時間がかかってないはずなんだけどな。


                   *


 実はこの鴨木(かもぎ)虎生が早食いの異能に目覚めた、という相談ではもちろんなく。

(そうだったら楽だったかもしれない)

 僕がパンを食べている間に、ぽつぽつと説明をしてくれた。


 要約すると、彼の従弟がなんだかおかしなことを言っているので、異能に目覚めたせいかも知れないと思い、会って本当に異能なのかどうか調べて欲しいという内容だった。


 従弟の名前は、葛蔵(くずくら)星明(ほしあき)。小学一年生。


 血縁的には、虎生の父親の弟の息子。虎生の叔父さんは葛蔵家の婿養子になったそうだ。

 早速BLTに名前を入力し、ユンに調べておいて貰う。


「俺も昨日、親に言われて、電話で話してみたんだよ。ホシ――星明のヤツ、結構俺に懐いてるからさ。俺からもおかしなこと言わないように言ってくれって、頼まれたんだ。

 で、聞いてみると確かに変な話をするんだよな。なんか、家の蔵にドーナツの怪物が出るとかでさ、そいつとなんとか話をしょうとしてるって言うんだよ。それだけ聞くと、なんかアニメとかに影響されてるんじゃないかって思うだろ? でもそんな感じのキャラが出てくるアニメなんてやってないし、そういうのにハマっている様子も無いらしい。

 だいたいそんなこと言うくらい好きなら、普通それのオモチャとかグッズをねだるだろ。小一の子供なんだし。けどドーナツの怪物のオモチャなんてねだられたこと無いんだってよ。食べる普通のドーナツが好物ってわけでもないらしいし。

 そもそも、家の蔵に出るってところも変なんだよなー。……そうそう。あいつの家……あ、葛蔵さんな。すっげー金持ちでさ。隣町の広い屋敷に住んでるんだ。和風のな。日本家屋。庭にでかい蔵があるんだよ。前に遊びに行った時見せてもらったけど、中はちょっと不気味だったな。

 そんな日本の屋敷の蔵に、ドーナツの怪物だぜ? ミスマッチにもほどがあんだろ。普通そこは幽霊とかさ、そういうのじゃん。

 で、ホシのヤツ――あ、星明な。ホシって呼んでるんだ。ホシがさ、そのドーナツの化け物がもうすぐこっちに出てきそうだって言うんだよ。ホシは『となりのせかい』って言ってたけど、いわゆる異次元? 異世界ってやつ? だと思うんだけどな。

 でも、違う世界に住んでるのかって話を合わせてやったら、違うって否定すんだよな。同じ世界の『となりのせかい』だって言ってきかないんだ。ま、このへんはほんとよくわからん。たぶん俺にしか話してないと思うぜ」


 そんな話を聞きながらパンを食べ終え、お茶を飲んで一息吐いてから、BLTを見るとユンから調査結果が届いていた。


『ふむ……こいつの五代前に能力者がいるな』

『五代前? 今回は近いな。じゃあそれを受け継いだのか?』

『そうだが、ちょっとややこしいな』

『どういうことだ? ていうかそもそも、虎生の家系は前回調べたんじゃないのか?』

『ふん。直系の血筋しか調べてねーよ。能力者はその星明ってのの、母親側だ』

『ああ、それもそうか。なるほど、すまん』

『こいつの家系の能力はだいぶ特殊だ。異能、というより……そうだな、魔力や、神通力と言えばわかりやすいか? 特に、アーティファクトを使用しての魔術に長けている』

『わかりやすいけど、いきなりファンタジーっぽくなったな』

『異能として説明するならば、自分のエネルギーを物体に付与する、ってところだな。こいつの母親の家系は少なからずその力があるようだが、自分の中に分け与えるだけのエネルギーが無ければ能力者と呼べるほどのことはできない』

『つまり、五代前の能力者とその子は、それだけのエネルギーを持って生まれたと?』

『そういうことだ。目に見えて影響を与えるほどエネルギーがあって、初めて能力者と呼べるからな』


 確かに珍しい能力のようだけど、僕にはいまいちピンと来なかった。


『で、どういうことなんだ? これは。その力でなにが起きてるんだ?』

『わからん』

『わからんって……』

『おそらく、なにか特殊なアーティファクトが絡んでいるはずだ。そしてなにが起きているかは、そのアーティファクトに大きく依存する。だから今の情報だけではわからん』

『ドーナツの化け物とか、隣の世界がどうとか言ってるみたいだけど、手がかりにはならないか?』

『ふむ……』


 それっきり、ユンは黙ってしまった。

 今のままだと情報不足で、異能者だとわかっても何が起こっているのかがわからない。

 つまり、問題無いと言い切ることができないというわけだ。


「なぁ、それが例の前世の?」

「……ああ。ユンに意見を聞いていた」


 前回の一件で、虎生にもユンのことがバレてしまった。穂純(ほずみ)の時ほど詳しく説明していないが、ユンが僕の前世ですごい能力者で、異能について意見を聞くことがあるとは教えてある。毎度、口にするのは恥ずかしいのだけど。


「それで、どうだったんだ?」

「お前の従弟、星明君は、異能に目覚めたというより、生まれつき力を持っていたようだ」

「え?! まじかよ!」

「落ち着け。ただ、その異能がどういう問題を起こしているのか、それがわからない」

「へ? どういうことだ?」


 僕はユンから聞いた説明を、虎生にも簡単にしてやる。


「ふーん……つまりホシは、魔法使いなのか。で、なんの魔法を使っているのかわからないってことだな」

「……ものすごく簡単に言うとな」

「姉ちゃんが聞いたら喜びそうだなぁ」

「ややこしくなるから止めろ……」


 あの萌歌那(もかな)が出てくると、収拾が付かなくなるのが目に見えている。


「仕方がないな。どうやら、虎生、お前の判断は正しかったようだ」

「ん? ってことは」

「ああ。放課後、その子の家に行くよ。一度事務所に寄ってからな」


 あとで夜葉(よは)にも、メールで知らせておこう。


                   *


 そして放課後。

 まずは虎生と一緒に事務所まで行き、下で虎生を待たせて僕だけ中に入る。


「お疲れ様です、夢路(ゆめじ)さん」


 予め出かけることは伝えておいたので、すでに夜葉は着替え、準備を終えていた。

 いつもの格好ではなく、無地の白いロングTシャツに、灰色のロングスカート、素足に黒いサンダル。とてもシンプルな格好だった。


「お疲れ、夜葉。着替えるからちょっと待っててくれ」


 僕はそう言って、いつものようにロッカーに学ランをかけて、ベストを羽織り、赤いネクタイを締める。


「……あ、そういえば、穂純はどうするか」


 おそらく、あと少しすれば来てしまうだろう。そして来てしまうと、虎生がうるさくて面倒なことになりそうだ。


「大丈夫です。今日は依頼で出かけるからいないと、メールしておきました。最初はついて行きたいと言っていましたが、駄目ですと、きっぱり断りましたから」

「メール……ね。そうか、それなら大丈夫だな」


 ちょっと意外だったな……まさか、メールのやり取りをするほどの仲になっているとは。


「どうかしましたか?」

「いや、なんでもないよ。よし、行こう。下で虎生が待ってる」


                   *


 三人は電車で一駅、虎生の従弟、星明君の住む、葛蔵邸へと向かう。

 いつもと違う格好の夜葉を見て虎生はなにか言いたそうだったが、僕は気付かないフリをして封殺する。


 葛蔵邸は、虎生に聞いた通り、塀に囲まれた大きな日本家屋のお屋敷だった。

 問題の蔵は、外からでもよく見える。中は二階建てのようだが、その上に高い屋根が乗っかっていて、高さ的には三階分くらいありそうだ。

 虎生がインターホンを鳴らすと、大きな門――の横の引き戸がスッと開き、僕らはそこから中に入る。出迎えてくれたのは、和服姿の髪を結い上げた女性だった。落ち着いた雰囲気のその人は、どうやら星明君の母親らしい。結構若く見えるけど、見た目だけでは年齢はわからなかった。

 虎生の話だと、友達と一緒の方が説得しやすい、というなんの捻りもない、だけど疑う余地もない理由を付けて、僕らを連れてきたらしい。よろしくお願いしますと、頭を下げられてしまった。

 ちなみに当の星明君はすでに蔵の中にいるそうで、早速その蔵へと向かうことにする。

 入口は開いていて、虎生が中に声をかける。


「おーい、ホシー! 来たぞー」

「あ、虎お兄ちゃん! 来てくれたんだ!」


 トトトッと軽快な足音と共に、蔵の入口に現れた少年、星明君。

 この四月に小学校に入学したばかりの、背の低い男の子。笑顔で嬉しそうに出迎えてくれた彼は、素直でいい子そうだ。


「あれ? 虎お兄ちゃん、この人たちは?」

「ああ、俺の友達だよ。お前の話に興味があるんだってさ」

「ほんと!? 嬉しいな、誰もぼくの話を聞いてくれないんだ」


 キラキラした目で見上げてくる星明君を見て、僕は少し感動していた。

 うん、本当に、素直でとてもいい子のようだ。


「星明君、初めまして。私は古秋(こあき)夜葉。今日はよろしくね」

「あ……うん。あ、はい。よろしくおねがいします、古秋お姉さん」


 腰を屈めて挨拶をする夜葉に、僅かに頬を染めて返事をする星明君。

 僕の気持ちが少しだけ冷めた。


「僕は白鷹夢路。よろしく、星明君」

「はい! よろしくおねがいします!」


 元気よく返事をする星明君。……本当に、素直な子だ。


                   *


 蔵の中は真っ暗、ということもなく、きちんと電気が通っていて、天井から電球がいくつか下げられていて明るかった。床も掃除が行き届いているようで、割と綺麗だ。

 歩くと埃が舞うような床に、蝋燭の頼りない灯りだけが中を照らす不気味な雰囲気を想像していたので、ちょっと拍子抜けだった。

 入ってすぐ右側に、二階へ上がる階段がある。上の電気は点けていないようで、真っ暗だ。壁際は三段の棚になっていて、大小様々な箱がしまわれている。その棚の前に、扇風機や古い洗濯機など、使っていない大きめの家電が置かれている。他にも脚立や剪定バサミなど、よく使いそうなものも一緒に置いてあった。

 そういった雑多な物を避けて一番奥へ進むと、明らかにそれらをどけて作られたスペースが現れる。そこは小さな正方形のカーペットが敷いてあり、端におそらく星明君のだろう、ペンケースとノートがあった。そして壁の棚には、小さな指輪ケースほどの大きさの箱が一つだけ、ぽつんと置かれている。


「ここでいつも、ドーナツのおばけと会うんだよ」

「ドーナツのおばけ……か。星明君、それはここに出てくるのか?」

「ううん。まだ出てこられないんです。窓を覗くとね、向こう側にいるんです」

「窓……?」


 思わず壁を上から下まで探してしまったが、当然、窓なんてあるはずがない。

 外から見たとき、二階部分には木製の扉付の窓があるようだったが、一階には見当たらない。


「あ、窓っていうか、ペンダントなんです」

「それは、その箱か?」

「はい! 待ってくださいね」


 星明君は棚の箱を取りに行く。

 僕はその隙に、スマホの画面を見てBLTを確認する。


『なんかその場所おかしいな。そっちの状況が見えないぞ』


「む……」


 思わず、顔をしかめてしまう。


『どういうことだ?』


 そう打ってみるが、返事がこない。


「どうしました? 夢路さん」

「いや……」

「これがそのペンダントです!」


 星明君が箱を開けて差し出してくれたので、僕はスマホをポケットにしまい、箱の中のペンダントを取り出した。

 僕がペンダントを掲げると、左右から虎生と夜葉が覗き込んでくる。


「なんだか、不思議なペンダントですね」

「古そうだなーこれ」


 確かに、二人の感想の通りだ。形は菱形で、中に曇ったガラスが填め込まれている。しかしそのガラスが歪な三角形をしていて……まるで、割られたガラスの破片を使用したかのようだった。そんなガラスの縁を覆う細かい装飾を施された菱形の金属は、これは鉄、もしかしたら銀だろうか。星明君が拭いたのだろうけど、隙間の埃がこびり付いて取り切れておらず、その古さを物語っていた。


「窓というのは、この中のガラスのことか?」

「えっと……うん。そうです」


 なんだろう、今の間は?


「なぁそれよりホシ、お前が描いたっていう絵を見せてくれよ」

「あ、そうだね! これちょっと持ってて、虎お兄ちゃん」


 虎生に箱を渡すと、今度は床に置いてあったノートを手に取る。

 ノートは小学生向けの日記帳で、上半分が空いている絵日記用の物だった。


「えっとねぇ……これがドーナツのおばけだよ!」


 星明君が開いたページに描かれていたのは、確かにドーナツだった。

 真ん中に穴の空いた、茶色い大きな円。上の方に横線だけで描かれたシンプルな目と口。そして明らかにその大きな体を支えるのは無理であろう、小さな足と腕がちょこんと生えていた。


「可愛らしい……んですかね?」

「……わからん」

「おー、ホシ、絵うまいじゃん!」

「そ、そう? 幼稚園のとき、ほめられたことあるんだ」


 確かに絵は上手い。しかし上手いということは、現実にこれが現れて……いや、見えていたということになる。

 だとしたら、誰もまともに話を聞こうとしないのも、無理はない。

 しかし僕らには、ユンによる裏付けがある。彼に魔術の素質があり、アーティファクトを使用して、なにかをしたのだと。

 僕は虎生の持つ箱にペンダントを戻し、スマホを見る。


『そこ、妙な力が働いているな。メッセージのやり取りがえらく遅延している』


 これはつまり……ユンの力は及ぶが、効きづらいということだろうか? もしかして、このペンダントのせい……?


「夢路さん、ユンさんはなんと……?」

「わからない。どうもユンの力の効きが悪いらしいんだ。こっちの様子がまったく見えなかったり、BLTでのやり取りにも遅延が起きている」

「そうなんですか……やはり、なにかあるんですね」

「そういうことになるな」


 とはいえ、これでは埒が明かない。

 最終的には星明君に実際に『魔術』を行ってもらうことになるかもしれないが、その前にもう少し色々調べておきたい。特にこのペンダントのことだ。


「星明君。僕らはちょっと外の空気を吸ってきたい。だけど、その前に一つ聞きたいんだが……」

「なんですか?」

「このペンダントは、この蔵にあったのか?」

「はい、そうですよ。お祖父ちゃんのです」


 彼の祖父……か。僕が聞き終えると、今度は夜葉が尋ねる。


「蔵のどこにあったのかな?」

「あ、えっと……二階です」

「そうなんだ。ありがとうね」

「ど、どういたしまして!」


 相変わらず夜葉が話しかけると恥ずかしそうにする星明君。


「……虎生」

「なんだ?」

「少し、この子の相手をしていてくれ。まだおばけを呼び出そうとしたりするなよ」


 虎生にそう耳打ちをして、夜葉と共に一度蔵から外に出た。



『ふーむ……ガラスの破片が填め込まれたペンダントか』


 蔵から外に出ると、遅延もなくユンと会話が出来たので、ここまでの情報をすべて伝える。


『その曇ったガラスが気になるな。おそらく、そいつが俺様の力を阻害しているんだろう』

『そんなこと、あるんだな』

『ふん。お前のとこの事務所だって、お前の先代が俺様用に制限に穴を開けたから、BLTが使えてるんだぞ』

『……そういえば、前にそんな話を聞いた気がする』


 意外とこっちの力に左右されるようだ。


『しかし、どうしたらいいんだろうな。やっぱり、ドーナツの怪物……おばけを呼び出してもらうしかないか?』

『うーむ……しかし、いや……』


 なんだ? 珍しく、妙に歯切れが悪い。


「ユンさん、どうしたんでしょうか」


 一緒にスマホを見ていた夜葉が、不思議そうに首を傾げている。


「わからない。蔵の中だと状況が見えなくなるのが不安なのかも」


 言ってみて、それはあるかもしれないと納得する。


「あの……すみません」


 と、蔵の前で二人で話していると、突然声をかけられる。

 振り返ると、そこには先程の和服の女性、星明君のお母さんがいた。


「虎生君の、お友達ですよね」

「はい、そうです」

「ごめんなさいね、うちの子……また変なことを言っているでしょう?」

「いえ……まぁ、そうですね」


 どう対応したらいいものか、曖昧な返事をする。

 しかし、そうだ。この人から情報を引き出せるかも知れない。


「あの、すみません。いくつかお聞きしたいことがあるのですが」

「なんでしょう?」

「あの蔵の中の物は、みんな星明君のお祖父さんの物ですか?」

「いいえ、全部ではありません。ただ二階はすべて、私の父の物でした」

「でした、というと……」

「はい。一年前に他界しております」

「そうでしたか……失礼しました」


 軽く頭を下げる。

 しかし、僕らのような子供にも丁寧な対応をしてくれるんだな。この人がお母さんだからこそ、星明君も丁寧な言葉遣いなのだろう。


「生前は、星明と一緒によく蔵に入っていました。二階にある父の私物を見せてもらっていたようです」


 そういえば、ペンダントも二階にあったと言っていたな。


「どんな物があるか、ご存じですか?」

「いえ……私は殆ど知らないのです。そろそろ処分を考えなければいけないのですが、父には古物蒐集の趣味があったので、価値がわからず手つかずにいるのです」

「そうなんですか。後で、蔵の二階を見てもいいですか?」

「はい、それは構いませんよ」


 星明君のお母さんに聞くことは、こんなものだろうか。そろそろ中に戻るとしよう。


「すみません、私からもいいですか?」


 と思ったが、夜葉が頭を下げて質問をする。


「はい、どうぞ」

「星明君が蔵の中でどういうことをしているか、ご存じですか?」

「さあ……。一階の奥で、チョークで床になにか書いていたのは見たことがありますが」


 床……? 特に、そんな跡は無かったが……いや、そうか。


「……ありがとうございます。では、僕たちはもう少し星明君の話を聞いてきます」

「よろしくお願いしますね」


 お辞儀をして、母屋の方へ戻っていく星明君のお母さんを見送って、僕らは再び蔵の中に入った。


                   *


「お、戻ってきたぞ」

「おかえりなさい! 白鷹お兄さん、古秋お姉さん」

「ただいま、星明君」


 夜葉がそう返事をすると、やはり照れる星明君。僕はその隙にしゃがみ込み、足下のカーペットをぺらりとめくった。


「星明君……これは」

「あ、ばれちゃいましたか。その魔法陣は、ドーナツのおばけを呼ぶのに必要なんです。毎回書き直してるから、跡になっちゃってますね」


 めくったのはカーペットの端だが、その下にはうっすらと、魔法陣の円の一部と、そのサークルに沿うように、どこのものともわからない、不思議な文字のようなものが書かれている。


「おおー、こりゃすげーな、ホシ。でもなんで毎回書き直してるんだ?」

「なんかそうしなくちゃいけないんだって。理由は僕もよくわからないんだ」


 お祖父さんから教わった……のか?


「おばけを呼ぶ時は、魔法陣を書いて、その中でペンダントを掲げて、呪文を唱えるんだ。終わったら、魔法陣は消す。これだけは絶対守らないと、大変なことになるみたい」

「ね、星明君。この魔法陣、覚えてるの?」

「あ、はい! だいたい覚えてます。でも何度も書いているうちに、跡が残っちゃって、今ではそれをなぞるだけでも書けちゃうんです」

「そうなんだ。それまでは、なにかを見て書いてたの?」

「はい! おじいちゃんの手帳です!」

「……手帳? 星明君、それはどこにある?」

「えっと、ここの二階です。おじいちゃんが使っていた机の上にあります」

「そうか……」

「あの、良ければ、今からドーナツのおばけを呼びますか?」


 さて……どうするか。

 ユンの歯切れが悪かったのが、ちょっと気になる。ちらっとBLTを見たが、蔵の中はやはり遅延が起きているのか、ログは進んでいなかった。

 とはいえ、今のままじゃ埒が明かない。実際に、見てみないとユンもなんとも言えないんじゃないだろうか。


「虎お兄ちゃんが来たら、絶対見て欲しいと思ってたんだ」

「お、おう。そうだな」


 チラチラと僕を見てくる虎生。さすがに勝手に返事をしていい状況ではないと、わかってはいるようだ。


「……わかった。星明君、頼む」

「うん! じゃあ準備しますね。魔法陣書くの、ちょっと時間かかるから待っててください」

「わかった。……虎生」

「なんだ?」


 僕は虎生に近付いて、再び耳打ちする。


「僕らは二階の、そのお祖父さんの手帳を調べる。戻ってくるまで、おばけを呼び出さないようにしてくれよ」

「わかったよ」

「よし。夜葉、行こう」

「はい」


 カーペットを完全に剥がし、チョークで魔法陣を書き始めた星明君を虎生に任せて、僕と夜葉は蔵の二階への階段を上るのだった。


                   *


 階段を上った先の壁にスイッチがあり、押すと明かりが灯る。一階と同じで、いくつか電球がぶら下げられていた。

 一階と違い、こちらはあまり掃除が行き届いていない様子だった。さすがに床に埃が積もっていたりはしないが、あまり整頓はされておらず、棚の物は結構埃が被っている。

 お祖父さんの使っていたという机は、すぐに見付かった。机の周囲には、布のかぶせられた、形が想像できない銅像かなにかがいくつか置かれていたり、棚にはびっしりと古そうな本が並んでいる。その他にもよくわからない形の置物やら、不思議な模様が描かれた壺、形の歪な冠のような物がある。


 さすがにこれは、ちょっと異様な光景だった。

 僕らはあまり周りの物を見ないようにして、机の上に置かれた、古い手帳を手に取る。おそらくこれが、星明君の言っていたお祖父さんの手帳だろう。

 一ページ目を開くと、そこには大きめの字で『窓のペンダントと異界について』と書かれていた。ぺらぺらとめくってみると、この手帳はあのペンダントのことだけを書いたものであるとわかる。どうやらメモ書き用の手帳というより、ペンダントの調査過程を記した手記のようだ。

 僕はページを戻し、最初から読もうとしたところで、一緒に持っていたスマホがブルっと震えたのに気付き、BLTのログを確認する。


『おい、中に入って手帳を調べるつもりなら、写真に撮ってくれ。そうすれば遅延はするが俺様も内容がわかる』


 なるほど。相変わらず遅延はしているようだが、いいタイミングだった。

 僕はスマホのカメラを起動して、手帳を読み始めた。



『あのペンダントを見付けたのは、アメリカを旅していた時だった。とあるアンティークショップに飾られていたのを見付け、店主に交渉したのだ。

 曰く、そのペンダントは持っていると悪夢を見ると言われていて、一時期は好事家の間で高値で取引されていたが、買い取った人物がすぐに手放すのでそのうち誰も欲しがらなくなったそうだ。

 そういう経緯もあり、これをかなり安値で手に入れることができたのは幸運だった。

 持ち主の誰が名付けたか、これは『窓のペンダント』というらしい。

 私も独自に調べてみたが、フレームは銀であり、これはそれほど古い物ではない。せいぜい百年以内に作られたものだろう。問題は真ん中のガラスだ。この曇ったガラスがいつ作られた物なのか、見当も付かない。おそらくこれが、核なのだろう。

 そして噂の悪夢だが、確かにこれを近くに置いて眠ると、ロクでもない夢を見る。とても恐ろしい怪物の夢だ……これについては、詳しく記すつもりは無い。

 以来、このペンダントは母屋から離れた蔵に保管することにした。そうすることで、悪夢も無くなった。

 この窓のペンダントについては、多くの人の手を渡っただけのことはあり、多種多様な情報が散らばっていた。私はそれを集め、これの正体を探ろうとした。


(ここから数ページ、その集めた情報の内容が書き連ねてある)


 情報は断片的で摩耗しており、多くは誇張が入り交じっている。中には古くからの伝承にそれらしき話を見付けることができたが、それらを繋ぎ合わせて一つの完全なものにするのはかなりの時間と労力を要した。しかし、そうやって考えれば考えるほど、それが現代科学はおろか、常識さえも覆すような、おぞましい結果へと導かれていく。


 この窓のペンダントは、ある儀式を行うことで、異界、私たちの住む世界のすぐ隣の世界を覗き見ることのできる窓を創造するという、超常の代物である。


(次のページに、魔法陣と必要な呪文が書かれていた)


 この五芒星の魔法陣の真ん中に立ち、ペンダントを掲げ、呪文を唱えることで、窓を創造し、隣の世界を覗くことができる。終わったら、必ず魔法陣は消すこと。そうしなければ、いつまでも窓は閉じず、おそらく……想像もできないような、恐ろしいことが起きるだろう。


 ただしこれは、誰にでもできることではないようだ。力あるものがその儀式を行うことで、初めて窓は創造されるだろうと言われている。力なき物は、夢にてその異界を垣間見ることになるであろうと。どうやらこれが、悪夢の正体のようだ。

 悪夢を見た私には、その力が無いようだ。試しに魔法陣を書いて儀式を行ってみたが、やはり窓は創造されなかった。

 その情報や伝承が間違っていた可能性はあるが、では悪夢はどう説明をすればよいのだろうか? 悪夢を見るという情報だけは、共通したものであり、実際に体験したことでもあるのだ。

 ああ、しかし、あの悪夢が本当なら、この世界のすぐ隣りには……。


 ……窓を創造することができないのは残念だが、窓のペンダントに関する研究は、これで終わりとしよう。いつか、力ある者がこの手帳を手にすると信じて』


 手記はこれで終わりかと思われた。

 しかし、真っさらなページを挟んで、比較的最近書かれた字が現れる。


『孫には、力があるようだ。

 しかしこの手帳を見せるにはまだ早い。しばらく隠しておくことにする』



「……あっさり見付かっていますよ、おじいさん」

「ゆ、夢路さん……いったい、なにが起きるんですか?」

「わからない。とりあえず内容は写真で撮ったけど、まだBLTに返事は来てないな。一度外に出た方がいいかもしれない」

「そうですね。私も、ユンさんの意見は聞いておいた方がいいと思います」


 僕らは頷き合い、蔵の階段を急いで降りた。


「おーい、ホシがもう魔法陣書き終えたぞー。早く来てくれ」


 階段を下りきり一旦外に出ようとしたところで、奥から虎生の声届く。


「むっ、もうか」


 手記を読むのに結構時間を食ったようだ。

 僕は仕方なく、一瞬だけ手を伸ばしてスマホを外に出し、急いで奥へと向かう。これで少なくとも写真のデータは確認できるだろうし、遅延があってもメッセージは届くだろう。


 しかしこの時、ちゃんとユンの返事を待つべきだったのかもしれない。


                   *


「あ、戻ってきましたね。それじゃ、虎お兄ちゃん、始めるね」

「おう。……いいよな? 白鷹」

「ああ、よろしく頼む」


 星明君は床に描かれた五芒星の魔法陣の中に立ち、壁に向かってペンダントを掲げる。

 魔法陣、窓のペンダント、そして力ある者。三つが揃って初めて儀式は成功し、異界を、隣の世界を覗く窓が創造されるという。


 今更ながら、僕らの仕事の範囲外な気もしている。確かに星明君の力は異能だ。しかしこれから行う超常現象を起こす儀式は、専門外なんじゃないだろうか。

 本当に、今更で、儀式はもう始まっているのだから、遅いのだけど。


 星明君が両手にペンダントを持って掲げると、気のせいか、足下の魔法陣が淡く光ったような気がする。そして次の瞬間、天井からぶら下がる電球がチカチカと明滅し始めた。


「うお、なんだこれ?!」

「ゆ、夢路、さん!」

「落ち着け、大丈夫だ」


 突然のポルターガイスト現象に驚いて、夜葉が僕の背中にしがみついてくる。

 気持ちはわかる。正直僕もちょっと恐い。


「お、おいいっ! ホシ! どうなってんだ!」

「いつもこうなるんだよ。大丈夫だよ、虎お兄ちゃん」

「いつも、なのか、はは……」


 慣れってすごいな……。しかしこう、落ち着かれていると、驚いている自分が恥ずかしくなってくるものだ。

 しかし灯りが明滅したおかげで、はっきりわかった。やはり魔法陣は淡く光っている。


「いたしいれ・ぷおぃ・じぃぴ・るああぃ・てうぼ! でんくおおり・なしにとも・おしなはのこ!」


 星明君が大きな声で、手帳に書いてあった、どこの言葉とも、どういう意味かもわからない呪文を唱える。


「もうすぐ、窓が見えるよ!」


 星明君が声を上げた瞬間、電球が完全に消え、ペンダントを中心にゆっくりと、空間が陽炎のように揺らぎ、波紋のように円を描いて明るくなっていく。

 初め、壁に穴が開いたのかと思った。しかしすぐに違うと気付く。暗闇の空中に、大きな円が浮かんでいる。直径一メートルくらいの大きさになると揺らぎはピタリと止まり、正に、固定された窓のようになった。

 その窓は、赤茶けひび割れた大地と雲一つ無い青空を映し出していた。どこだかはわからない。海外のどこかにこういう風景があるのかもしれないが、僕にはわからなかった。

 窓が映す荒野。そこに。サッと暗い影が落ちる。

 なんだ、と思っていると、その影の正体はすぐに上から現れた。

 ゆっくりと姿を見せる、茶色い物体。


 それは、どこからどう見ても、ドーナツ。巨大なドーナツの怪物だった。


「ほら、これがドーナツのおばけだよ。窓を作ると、いつもこうやってすぐ来てくれるんだ」


 僕はごくりと唾を飲み込む。目の前の異様な光景に、声を出すことができなかった。それは、虎生と夜葉も同じらしい。ドーナツの怪物に釘付けだ。

 そう、ドーナツ。シンプルな、真ん中に穴の開いた普通のドーナツ。

 それに、明らかにアンバランスな短い手足がついている。星明君の日記に描かれた通りの姿だったのだ。

 上の方にある、棒線三つで描かれた簡単で間の抜けた顔は、ゆるキャラと言えなくはないのかもしれない。なんとなく愛嬌もあるような気がする。だけど着ぐるみ……にしては、真ん中に穴が開いている。ちゃんと向こう側が見えている。これでは、中に人が入れない。

 いったい、これはなんなんだろう。


「ドーナツさん! 今日はお客さんがいるんだよ。なかなか僕の話を聞いてくれる人がいなかったんだけど、やっとちゃんと聞いてくれる人が来てくれたんだ!」


 星明君の言葉が届いているのかいないのか。ドーナツの怪物は無言で(というよりお互いの音は届いていないんじゃないだろうか?)、その巨大なドーナツの体を窓に押しつけようとしてくる。


「虎お兄ちゃん、白鷹お兄さん、古秋お姉さん。どうですか、僕の言っていたことは本当でしょう? ドーナツのおばけ、見えてますよね」

「見えてる、けどよ……。確かにドーナツなんだが」

「そうですね、見えてはいます……。そしてドーナツです、ね」

「どこから見てもドーナツだな。それで、星明君。このドーナツは今、何をしようとしているんだ?」


 僕の問いに、少しだけうーんと考えてから、星明君が返事をする。


「虎お兄ちゃんには話したんですけど、たぶん、こっちに来たいんだと思います」

「……やっぱりそうなのか」


 ぐいぐいと、ドーナツが窓に体を押しつけている。心なしか……窓の縁から飛び出しているような。立体視……じゃないよな。


「すごいでしょ、虎お兄ちゃん!」

「ああ……ていうかマジすげー……」


 虎生が半ば放心気味なのも、無理も無い。本当に、すごいのだから。

 すごすぎて、やはり自分らの仕事の範囲外にしか思えないくらいだ。

 しかしどうにかしなくてはならない。……でも、どうすればいい?

 実際に儀式を行い、窓の創造を行い、ドーナツの怪物を見せられて……彼の言うことが全部本当だと証明されただけだ。

 僕ができることがあるとすれば、他の人には極力隠した方がいいと説得するくらいだろう。この儀式と、目の前のドーナツの怪物に害が無ければの話だが。

 僕は手に握ったままのスマホを見る。すると、いつの間にかBLTにユンから返事が届いていることに気付いた。震えて知らせてくれたのかもしれないが、気付かなかった。

 僕はゆっくりとスマホを持ち上げ、ログを読む。


『あー……やっぱそれ、やばいヤツだ。俺様に心当たりがある。ドーナツのおばけに見えるって言うが、それも星明ってガキの力のおかげでそう見えるだけだ。ドーナツなんて可愛いもんじゃない。実際は卒倒するような姿だぞ。

 意思の疎通なんて取れると思うなよ。こっちに興味を示しているように見えたとしても、それは食料(・・)としてだろう。

 いいか、悪いことは言わない。儀式はやめておけ。もし手遅れなら、ペンダントを叩き落とすか、魔法陣を一部でいいから消せ』


 ……なんだって?


「虎生! ペンダントを叩き落とせ!」

「……! 了解だ!」

「え? ちょっと、虎お兄ちゃん?! 白鷹お兄さん!?」


 虎生は迷い無く、素早く動いてくれた。星明君に飛びかかり、そのままパシンとその手を叩いてペンダントを落とす。

 僕は夜葉を完全に後ろに庇い、足を伸ばして魔法陣の一部を消す。

 すると煙のように窓は消え、蔵の中は真っ暗闇になる。しかしすぐに電球の明かりが戻り、何事もなかったかのように、僕らを照らした。

 ……何事もなかったことなんて、ないというのに。


「虎お兄ちゃん! 白鷹さんも、なにするんですか」

「おおおおホシぃぃぃ! お前こそなにしてんだあ!」

「え……え?」

「あ、あんな、おぞましいものをこっちに呼ぼうとしてんなよ!」

「落ち着いてよ、なんのこと?」


 虎生は取り乱し、床に落ちたペンダントを急いで拾う。


「こいつは、俺たちで預かる! もう絶対こんなことしたらダメだからな!」

「えぇー! ひどいよ虎お兄ちゃんー」


 不満そうに声をあげる星明君に、虎生は鼻息を荒くしてペンダントを遠ざける。


「ど、どうしちゃったんでしょう? 鴨木さん……」

「……………………」

「夢路さん?」

「……虎生がああなるのも、無理はない」

「え……あ、夢路さん、震えているんですか?」


 夜葉の言うとおり、僕は今、ガタガタと震えている。震えがとまらない。


「夢路さん……一体、なにを見たんですか?」

「見ない方がいいものだよ、夜葉」


 正直、僕もああして叫んでしまえば楽なのかな、と思っていた。

 咄嗟に夜葉を後ろに庇ったのだが、どうやら間に合ったようだ。あれを見ていたら、そんな風に冷静でいられるはずがない。


 虎生がペンダントを叩き、僕が魔法陣を消すまでの、僅かな時間。

 その時だけ、おそらく星明君の力が及ばなかったのだろう。ドーナツの怪物が、本来の姿を現わしたのだ。

 その姿は、ユンの言うとおり、ドーナツなんて可愛いものじゃなかった。穴の開いた丸いそれは、巨大な口だった。ワームのような、といえばわかるだろうか。しかし胴は短く、その口は空洞になっていて、シルエットとしては確かにドーナツのようではあった。

 だがその皮膚はグロテクスに滑り、穴の内側には不揃いな短い牙がビッシリと生え、内側の歯茎と呼ぶような箇所が、膨らみ、縮み、呼吸をするかのようにそれを繰り返していた。

 四方向に伸びた手足は、人のそれではなく、蛸のような触手であり、吸盤の代わりに口と同じような牙がまだらに生えていた。


 そんなおぞましい姿をした正に怪物が、窓に張り付き、じわじわとこっち側に入って来ようとする様子を見たら、誰だって正気でいられないだろう。


「白鷹、これ、頼めるか?」

「……ああ、わかった。うちで預かろう」


 虎生からペンダントを受け取り、ベストのポケットにしまい込む。

 そんな虎生の後ろから、星明君が恨めしそうに見ていた。

 ……そんな目で見ても、絶対に、返さない。


「うー。しょうがないなぁ。また上でオモチャ探すからいいよ。面白いの見付けたら、虎お兄ちゃんに教えるね! 白鷹お兄さんも、こ、古秋お姉さんも、また来てください!」


 立ち直りが早い……と言えばいいのだろうか。

 星明君は頬を染めながら、主に夜葉に向かってそう言うのだった。


                   *


「ふーん、そんなことがあったんだ。あたしも行きたかったなぁ」

「穂純さん、話ちゃんと聞いてましたか?」

「そうっすよ……来なくて正解でしたよ……」

「あらら、虎生くんがそんな風に言うなんて、よっぽどなんだね」


 翌日。冬木異能相談所に穂純を含めた四人が集まり、応接スペースのソファに向かい合って座っていた。ちなみに僕の隣が虎生だ。


「それにしてもケーキおいしー!」


 依頼料というわけではないが、星明君のお母さんからケーキを頂いた。わざわざ虎生が受け取って、持ってきてくれたのだ。数が多かったので、穂純にもお裾分けだ。それでも余ったので、残りは冷蔵庫に入れて、明日にでも夜葉と食べよう。


「……そういえば、虎生。あの時、よく躊躇無く動いてくれたな」

「ん? あの時って……ああ。まぁな。姉ちゃんの時のこともあったしさ、白鷹の指示に従っとけば間違いないと思ったんだ」

「……そうか」

「ひゅー! 信頼してるって感じ? いいねー」

「そ、そうっすか? へへ……」


 ……信頼云々はいいとして。おかげで儀式を止められたから良しとしよう。もっとも、僕が足で魔法陣を消すのと同時ならば、あのおぞましい怪物の真の姿を見ないで済んだかもしれないが……いや、その場合星明君からペンダントを取り上げることができなかっただろう。ままならないものだ。


「それにしても、星明君はあまり残念がっていませんでしたね。ペンダントを取り上げてしまったのに」

「ああー、ホシのヤツ、あのペンダントや……ドーナツのアレには、思ったほど固執してなかったみたいで。ちゃんと話を聞いて欲しかっただけみたいでさー。アイツ的には、ああいう結果でも良かったみたいなんだ」

「そうだったんですね……。それなら、また話を聞いてあげないといけませんね」


 そんなことを言うと、星明君は頑張って蔵の二階で怪しげなアイテムを探しそうだな。

 やれやれ、こんな専門外な相談、いや事件は、もう勘弁して欲しいというのに。


「それより白鷹。本当にいいのか? 依頼料、このケーキだけで。確かに結構高いとこのだけどさ」

「……まぁな。今回は、特殊ケースだ」

「……そうですね。仕方ありません」


 僕と夜葉は顔を見合わせると、そっと目を伏せ、紅茶の――今日はケーキなので珍しく紅茶――カップを手に取り、揃って口を付ける。

 そんな様子に、虎生と穂純が首を傾げるが、僕は答える気になれなかった。

 僕と夜葉の視線の先には、テーブルに置かれた僕のスマホ。

 ついさっきまで画面がついていたのに、まるで僕らの視線から逃げるように、画面が暗くなる。


 ……依頼料なんて貰えない。事件の一端が、身内にあるとわかってしまっては。


 今回の事件の元凶である、窓のペンダントについて。

 昨日、虎生と別れて事務所に戻ると、ユンが白状した。

 以下はその時のBLTのログである。


『実はそのペンダントのガラス、見ての通り破片でな。元は直径一メートルほどの円形のガラスだったんだ。その丸いガラスは、異界を覗くためのアイテムで、元の形ならばあのガキみたいに力のある者じゃなくても、魔法陣をしっかり書いて呪文を唱えれば、誰にでも使える物だったんだ。それを誰かが砕いたんだろうな。

 そのまま捨てられちまえばよかったんだけどな……破片を回収したヤツがいたらしい。銀のフレームからして、この百年の間に起きたことだろう。


 さっきも少し説明したが、怪物がドーナツに見えたのはあのガキの力のおかげだ。そのままの姿を直視してしまうと、とても正気ではいられないと脳が察知したんだろうな。視覚情報にフィルターがかけられたわけだ。ペンダントを叩き落とされた瞬間集中が切れて、その効果が無くなり真の姿を現わしてしまったわけだ。本当に恐ろしいガキだぜ。ペンダントを取り上げたのは正解だな。


 あー、ガラス自体が作られたのは、お前らが想像しているよりもずっと古い。紀元前だ。

 異界、この地球とは根本的に違う、しかしすぐ隣りに寄り添うように存在する世界を覗いてみたいと願い、異能の力によって作られた特殊なアーティファクトだ。まさか現存しているとはな……さすがの俺様も驚いた。これはさすがにやばいと思って、すぐに封印したはずなんだがなー。


 ……あぁ、うん。そうなんだ。そのガラス、俺様が作った』


本当は先週の三連休中に仕上げたかったんですが、風邪ひいたりなんだで進めることができず、遅くなりました。


そんなわけで、もう少し続きます。

みなさん、よいお年を。来年もよろしくお願いします。

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