CASE3「世界の神になる」
前回の相談者、波木さんが来てから四日後。つまり穂純が入り浸るようになって一週間。
最初は僕も夜葉も戸惑っていたが、一週間も経つと慣れたもので……。
あれだけ不満そうにしていた夜葉も、女の子同士と言うことでうち解けたのか、それとも色々諦めたのか、最近は二人でよく話をしている。
とはいえまだ、夜葉の方が壁を作っているみたいだが。
……自分の異能のことを聞かれるのを、警戒しているのかもしれない。
その日、僕はいつもの様に冬木異能相談所に向かって歩いていた。
若干遅れ気味だったため、もしかしたらという予感はあったのだが……。
「えっ……………………」
事務所のビルの一階。外階段の前で、ばったり穂純と出会う。
彼女は僕の姿を見て、ぽかんと口を開けて固まった。
「どうした、穂純」
「……………………」
ダメだ、見事に思考停止しているようだ。
もしかしたら、とは思っていたが……やっぱり、勘違いしていたか。
「そんなにおかしいか? 僕の、学ラン姿は」
「が……がく、らん。学ラン?! 嘘! 夢路くん学校行ってたの?!」
義務教育なんだから、当たり前だ。
冬木異能相談所、その所長代理なんてしているから、なにかこう……世離れした生活をしているものだと、思われがちだ。
穂純も、そう思い込んでいたようだ。
「だって! 普通そう思うでしょ?」
「普通は、思わない。年齢的に学校に通っていると、思うはずだ」
階段を先に上りながら、後ろの穂純に答える。
「うわー、騙されたー」
「騙してないって……」
僕は事務所のドアを開ける。鍵は当然、開いている。
「お疲れ様です、夢路さん」
「お疲れ、夜葉」
「よ、夜葉ちゃーん!」
「あら……穂純さんと一緒ですか」
「ああ、下で会ったんだ」
「ということは、バレたんですね」
……その言い方、穂純が誤解していると気付いていたんだな、夜葉。
「夜葉ちゃんは? 夜葉ちゃんはどうなの?」
「私も学生ですよ。夢路さんと同じ学校で、二年生です」
「うっそー! うわ、騙された!」
「そうですね。さあ、二人とも早く入って、夢路さんは着替えてください」
否定どころか肯定したぞ……。
僕は穂純を置いて奥に進み、デスクの後ろのロッカーを開けて学ランを脱ぐ。中のハンガーにかけて、代わりにベストを羽織り、ネクタイを締める。これで完了だ。
奥にロッカールームがあるが、あそこは夜葉専用なのだ。
「な、なんかちょっとショック~……」
穂純は最近の定位置、空いている夜葉の正面のデスクに突っ伏す。
「私たちをなんだと思っていたんです?」
「仙人かなにか……」
「仙人かなにかだと思っ――っていたんですか。さすがです、穂純さん」
期待を裏切らないなぁ。
「ところで穂純、あれから一週間経つが……学校では、どうなんだ?」
「よくぞ聞いてくれました!」
がばっと顔を上げ、立ち上がる。もう立ち直ったようだ。
「この爪を見て! ほら、普通の長さ! 朝切ったきりなんだよ?」
「ほう……」
「だいぶ制御できるようになってきたみたいですね、穂純さん」
「ふっふーん。まあねー」
「目標は、まったく伸びなくなることだからな。頑張ってくれ」
「ぐっ……わかってるよー。でもさ、こないだも話したけど、意識し続けるのってやっぱ大変。今日なんて授業まったく聞いてなかったから怒られちゃった」
「それは……」
「ダメだな……」
早急に、授業を聞いていても制御できるようになる必要があるな……。
「さってと、報告は済ませたし、今日はすぐに帰らなきゃ」
そう言って穂純は両腕を上げて伸びをする。
「珍しいですね。なにか用事ですか?」
ここのところ、短くても一時間はダラダラしていってから帰るのに、確かに珍しい。
……もっとも、ここに来てその日の報告をしなくちゃいけないという義務はないんだけどな。夜葉もなんだかんだで、毎日穂純が来るのを日常に感じつつあるみたいだ。
「うん。お母さんに牛乳買ってきてって頼まれちゃって」
「おつかいですか。偉いですね」
「晩ご飯で使うからって。シチューかな? ま、ついでにポテチ買っていいからって言われたら、断れないよね」
「……ちょっとでも偉いと思った私は……。はぁ。急いだ方がいいですよ、ほら」
「そ、そんなに急かさないでよー」
と言いつつも、鞄を持って出口へと向かう穂純。本当に急がないといけないのかもしれない。
「それじゃ、今日はこれで帰るけど……明日、絶対学校の話聞くからね!」
「気が向いたらな」
やっぱり明日も来るのか。
「お気を付けて、穂純さん」
ばいばーい、と手を振って出て行く穂純。
バタン、とドアが閉まると、事務所内はしんと静まり返った。
「……静かになりましたね」
「ちょっと前までは、これが普通だったんだけどな……」
「そうですよね。おかしなものです」
夜葉と顔を見合わせ、微笑み合う。
僕もそうだが、彼女はそれほど喋る方ではない。最近は穂純がムードメーカーぽくなっているが、それまではユンが適当な話をして、それに自分と夜葉で答えるという程度で、基本的に静かにお茶を飲んだりして時間を過ごすことのが多い。
しかしその沈黙は、決して嫌なものではない。とても穏やかな時間なのだ。
今日は久しぶりに、その穏やかな時間を満喫できると思ったのだが――
キン、コォン。
「ほんとに、ここ入っていいのか……?」
――チャイムの音と共に、ガチャリと、穂純が閉めていったドアが僅かに開く。
「お客さんみたいですね」
そう言って立ち上がる夜葉。
しかし僕は、今の声をどこかで聞いたことがあるような気がして、同時にとても嫌な予感がしていた。……これって予知能力の一種なのかな。僕には異能は無いけど。
僕がその嫌な予感を信じてどこかに身を隠そうか本気で悩んでいると、戸惑い気味に開かれていたドアを夜葉が開けてしまった。
「いらっしゃいませ、ようこそ冬木異能相談所へ。異能の力にお困りですね?」
「えっ、ああ、その……異能??」
突然の出迎えに、面食らう相談者。
その姿を見て、やはり嫌な予感を信じるべきだったと後悔する。
「あら? その制服……」
背はだいぶ高いが、学ラン姿の男子中学生。
事態に気付いた夜葉が恐る恐る振り返ると、その中学生も視線を追って事務所の奥、僕の方へと視線を向けてしまう。
「…………へ? お前、白鷹か?」
その言葉に、振り向いた夜葉の顔がぴしりと固まる。僕は天を仰いだ。
ああ、いつかはこういう日が来るかも知れないと思ってはいたのだが……。
「そうだよ。はぁ……。来てしまったものは仕方がない。まぁ入れよ、鴨木」
鴨木虎生。僕のクラスメイトだった。
*
ひとまず、驚く鴨木を中に入れ、ソファに座らせる。
「……夜葉、お茶頼む」
「は、はい。わかりました」
小声で夜葉に頼む。相談者に出すためというより、自分が落ち着きたいためだ。
僕は彼の向かいに座る。が、鴨木はお茶を入れにいった夜葉を目で追っていた。
「それで? なにに困ってるんだよ、鴨木」
「……は? いきなりなに言って……ていうか白鷹! お前ここでなにやってんだよ!」
「見ての通りだ。異能者向けの相談所。僕はその所長代理だ」
「なんだよそれ! ていうかあの子誰だ!」
「助手の古秋夜葉だ」
「くっそ、可愛いな! あんな子が助手とか、お前羨ましすぎるぞ」
……異能相談所についてはもういいのか?
鴨木虎生……彼は、所謂お調子者だ。同じクラスになったのは、この四月からだが、僕はあまり人付き合いを好まない、というか放課後は相談所があるから自然と付き合いが悪くなるからだけど、それでも鴨木は結構話しかけてくる。時々うざいが、まぁ悪いヤツではない。
しかしなぁ。いつかはこう、同じ学校の、しかも知ってるヤツが来るかもしれないとは思ったが、まさかそれが鴨木とは……。
「お茶が入りました。どうぞ」
夜葉が三人分の湯飲みをテーブルに置いてくれる。
「おー、ありがとう、夜葉ちゃん!」
「は、はぁ……」
いきなり名前にちゃん付けとは……馴れ馴れしすぎるぞ、鴨木。
夜葉が僕の隣りに座ったところで、話を再開する。
「さっきも言った通り、ここは異能者向けの相談所だ。で? なにを悩んでるんだ」
「いきなりそんなこと言われてもわかんねーよ。悩みなら、まぁあるけどさ……」
「それだ。さあ、早く話せ」
「ちょ、ちょっと、夢路さん……さすがに性急過ぎませんか」
「そうだそうだ、夜葉ちゃんの言う通りだぞ!」
「むっ……」
急いで片付けたい、という気持ちが言葉や態度に表れすぎてしまったようだ。
「クラスメイトとはいえ、依頼人です」
「……わかってる」
夜葉に耳打ちされるまでもなく、それは承知している。
こういう時が来たら、冷静に対処しようと話し合いもした。
……けどなぁ。いざこういう場面に出くわすと、冷静になんて無理だ。
「失礼した。では、鴨木虎生。君の悩みが異能に関する悩みなら、僕らが解決できるかもしれない。常識では考えられない事象に悩んでいるのなら、是非話して欲しい」
「常識では考えられないって……んなこと言われても」
「例えば周りの物が勝手に動いたりとか、変なものが見えるとか……爪が一気に伸びるとか」
「はぁ? そんなんじゃねーよ。至って常識的って言うか……まぁ普通じゃないんだけどな」
「どう、普通ではないんだ?」
「それは……うちの、姉ちゃんが」
ふむ、鴨木に姉がいるという話は初耳だ。
「いや、やっぱなんでもねー」
しかし鴨木はそこまで言って、話すのをやめてしまう。これは……。
「鴨木さん。お姉さんが、いつもと違う……そういう、悩みなのですか?」
「え?! い、いや、そういうんじゃなくってさー……」
まどろっこしいな……。いや、でも鴨木相手だからそう思うんだろうな。普通の相談者なら、根気よく話を聞き出すところだ。……やっぱり、いつものようにはいかないな。
「鴨木。ここは異能相談所。信じられないかもしれないが、この場所は異能について困っている人にしか、気付くことのできない場所なんだ。ここに辿り着いたということは、お前がなにか異能について悩んでいるという証拠でもある」
「異能って……よくわかんねーけど、俺は別に変な力とかなにも無いぜ?」
「この説明をするとよく勘違いされるが、別に自分が異能者である必要はないんだ」
そう、この相談所を訪れるのは、異能者だけとは限らない。
「身近にいる異能者について悩んでいる普通の人も、この相談所に入れるんだ」
「……おい、それって」
「鴨木。つまり君のお姉さんが、異能の力を持っている可能性があるってことだよ」
戸惑い、半笑いのような表情だった鴨木の顔が、眉根を寄せ真剣なものへと変わった。
*
「……なんか、身内の恥を晒すみたいで、あんま話したくなかったんだけどさ」
鴨木は前置きをして、自分の悩みを話し始めてくれた。
「俺の姉ちゃん、すっごいゲーマーでさ。昼も夜もゲームゲームで、隙あらばゲームをしてるような人なんだ」
「ふむ。そう聞くと確かにゲーマーっぽいが、最近はスマホがあるから、暇な時間、それこそ隙あらばゲームをしている人は多いんじゃないか?」
「そうですね、夢路さんもよくスマホをいじっています」
「これはゲームじゃない」
わかってるクセに。けどおかげで、動揺してすっかり忘れていたユンへの報告を思い出せた。
『おせーよ。早く情報よこせ』
僕の前世であり、万能能力者のユンスランタ。彼と交信するためのアプリ、BLTを使って相談者の情報を教えれば、能力を以てその人物を調べてくれる。
『相談者は鴨木虎生。能力者と思われる人物はその姉』
そこまで打って、姉の名前をまだ聞いていないことに気付く。
「スマホでゲームって、姉ちゃんのはそんなレベルじゃないんだよ」
「鴨木。その姉の名前を教えてくれ」
「え? あ、ああ。そうな、名前な」
鴨木はまたもや困った顔になり、視線を泳がせる。しかしテーブルの上のメモ帳とボールペンを見付けると、ぱっと腕を伸ばして引き寄せた。
「ちょっと変わった名前だから、これに書くよ」
変わった名前か。虎生というのも結構変わってるとは思うが、そのへんは人のことがまったく言えないので、突っ込まない。
鴨木が書いた名前を覗き込む。そこには、
萌歌那
の三文字。
「それで“もかな”って読むんだ。変わってるだろ?」
……確かに。これは書いてもらった方が早い。僕は一文字ずつ変換しBLTに入力する。
『まぁ弟の名前から遡れたんだけどな』
よく考えればそうだった。
『何代か前に能力者がいるな。が、これが遺伝したとは考えにくい。突発性だろ』
『言い切っていいのか?』
『まあな。正確には六三代前だし』
『そんなに前かよ!』
離れすぎだ。それまでの間に能力者がいないのなら、遺伝の可能性は〇と言っていいだろう。
「そもそも姉ちゃんがやってるのはスマホのアプリじゃないからな。パソコンでなんかやってんだよ。ネットゲームってやつ?」
「ネトゲか……」
「いわゆる、ネトゲ廃人というのでしょうか」
夜葉、どこでそんな言葉を覚えた。
「俺もそのへんよくわかんねーけど……。だけどちょっと前までは、もっとちゃんとしてたんだよ。飯の時間には降りてきてたし、嫌々だけど家の手伝いもしてた。……学校だって」
「……今は、どれもしなくなったと。学校も行っていないのか」
「ああ……。なんか春休みからおかしくてさ。姉ちゃん高二なんだけど、四月入ってから一度も登校してない」
飯の時間にも出てこず、家の手伝いもしない。そして不登校。
完全な、引きこもり状態。
この話だけならば、ネットゲームに嵌ってしまい引きこもりになったダメなお姉ちゃんだが、ここは異能相談所。それだけの理由ではないはずだ。
引きこもりのそれぞれに事情があるように、鴨木の姉にも異能が絡んだ事情があるはず。
「事情はだいたいわかった。……が、どういう異能かまではわからないな」
チラリとスマホに視線を落とすが、ユンも『それだけじゃわからん』と言っている。
「鴨木、なんでもいい。他に気になることはないか?」
「他って……いや」
この期に及んで、鴨木はまだなにか隠そうとする素振りを見せる。
「はぁ……。鴨木」
「うっ……」
ため息を吐き名前を呼ぶと、鴨木はビクッと体を竦ませる。どうやらこれ以上隠してもしょうがないことはわかっているようだ。それだけ、言いにくいことだということか。
だとしたら困ったな、今のため息は逆効果だったか。こういう場合は……。
「鴨木さん。話してもらえませんか? 例え恥ずかしいことでも、私たちは笑いませんし、それが手がかりになる場合もあるんです。お姉さんのためと思って……お願いします」
ナイスフォローだ、夜葉。
効果は覿面。鴨木は顔を上げ……何故か顔を赤くし、ぽつりぽつりと話し始めた。
「その……今朝なんだけど、さ。久々に姉ちゃんと会って」
「部屋から出てきたのか?」
「ああ。さすがにトイレには出てくるから。こっそりシャワーも浴びてるみたいだしな」
隣りでなんだか夜葉がホッとしている。なんだろう。ちゃんとシャワーを浴びていることに安心したんだろうか。
「それで、前みたいにさ、おはよって声かけてみたんだよ。そしたら……」
鴨木がごくりと唾を飲み込む。僕と夜葉も、黙って続きを促す。
「姉ちゃん、すれ違いざまにこう言ったんだ――」
『――虎生。もうすぐ世界の神になれるよ』
「「…………は?」」
二人して、思わずそんな声を上げてしまったのだった。
*
「ほらーだから言いたくなかったんだよー。ちくしょー」
「ご、ごめんなさい、つい。それに、その、本当に重要な手がかりかも知れませんし」
「そんなわけないだろー」
すっかりふて腐れた鴨木は、ソファにふんぞり返ってそっぽを向いている。
「本当ですよ。夢路さんが真剣な顔になっていますから」
……そう言われると、なんだか別の表情を作りたくなるが……。
まぁしかし、真剣にもなる。なにせ、神になれるなんて言っていると聞いてしまっては。
『ユン、どう見る?』
『間違いなく、特殊な力を持った故の思想だな。しかも神ときた。これは結構強力な能力かもしれないぜ』
『そうだよな。その手の思想に染まりやすいのは、支配系の能力だったか?』
『そうだ。他人を支配する、空間を支配する、時間を支配する……なんでもいいが、なにかを自分の思いのままにできるというのは、神になったような気分だからな』
『まさにユンがそうだな』
『バーカ。前にも言っただろ、俺様は神じゃない』
『……僕は今でも、近いものがあると思っているよ』
『ふん。話を戻すぞ。あとはそうだな、催眠系の可能性もある。まぁこれも、広い意味で支配系だからな。他人に催眠をかけて、支配する』
『いまある情報だけじゃ、絞り込めそうにはないなぁ』
『ああ。ただ……おそらく、意外と限定的な能力だろう』
『どうしてそう思う?』
『その弟の悩みが、姉が引きこもりになって変なことを言うようになっただけ、だろう? つまり周囲に影響が出ていないってことだ』
『そうか、広範囲な能力なら、もっと周りに大きな変化が起きてるはずだよな』
『もっとも、その変化に気付けない場合もあるんだが……ま、今回は違う気がするぜ』
ユンの意見を聞き、目を閉じて考えをまとめる。
今回の件……どうやら一筋縄ではいかないようだ。前回の波木さんや穂純とは違う。話を聞いただけでは解決しない。となると……。
ここから先に進むには、まずやらなくてはいけないことがある。
「……鴨木」
「お? お、おう。なんだ?」
目を開き、じっと見つめると、さすがに鴨木は姿勢を正した。
「お前の悩みを解決するには、どうやら実際にお前の姉さんに会う必要があるようだ」
「姉ちゃんに……か。会えるかわかんないけどな」
「そこはなんとかしてもらう。が……その前に、お前に話しておくことがある」
「な、なんだよ?」
「相談料、そして解決した際の報酬についてだ」
「……って、金かよ! お前、金取んの?!」
鴨木が身を乗り出してくるが、僕は鴨木の目から視線を逸らさず、話を続ける。
「何を驚く。別に慈善事業をしているわけではないし、最低でもここの維持費だって必要だ」
「鴨木さんに出したお茶も、タダではないですしね」
「うっ……」
夜葉、それは嘘だ。そのお茶は依頼人からもらったお礼の品だったはずだぞ。
「今回の相談内容だが……どうやら鴨木のお姉さんはかなり強力な異能に目覚めた可能性がある。それを解決するとなると、僕自身にも危険が及ぶ可能性がある」
なにせ、僕自身には特殊な能力なんて無いのだし。
「当然成功報酬は高くなる。……そうだな、五〇万、か。内容次第ではさらに上がるかもしれないな」
「ご、ごじゅうまん?!」
「……夢路さん」
敢えて穂純の時と同じ金額を出したからか、隣りから「意地の悪い……」と続きそうな声が聞こえた。
「が、学割とか、ねーの?」
「効かないな。さっきも言ったが、危険が伴うから高額になるんだ。……ただし」
さて、ここからが肝心だ。
「条件次第では、全部タダにしてやってもいい」
「タダ?! お、おう! なんだ、なんでも言ってくれ!」
鴨木に五〇万も払えるはずがない。この交渉には乗るしかないのだ。
「僕がこの冬木異能相談所の所長代理をしていること。それを誰にも話すな」
「……え?」
「学校で言いふらすなって言ってるんだ。それが条件だ」
ぽかんとする鴨木。ええい、そんな顔をするな。
「そんなんで、いいのか?」
「そんな、と言うがな。僕にとっては死活問題だ。ただし、もしバラしたら報酬分の金を貰うだけじゃ済まさないぞ。僕には仕事柄色んな能力者の知り合いがいるから、ちょっと頼んでお前のことを――」
「白鷹」
びしっと、僕の方に手のひらを向けて、言葉を遮る。
「わかった。ぜってー誰にも言わない」
手を下ろすと、鴨木はピンと背筋を伸ばして、真っ直ぐ僕の目を見る。
……だから、そんな顔するなよ。
「約束する。だから……姉ちゃんを、頼む」
そう言って鴨木は頭を下げ、テーブルに額をくっつけるのだった。
*
鴨木家は二階建ての一軒家だった。
僕と夜葉は、鴨木の友だちとして上がらせてもらい、まずは虎生の部屋に通される。
「悪いな、かなり散らかってるけどさ」
かなりどころの騒ぎではなかった。足の踏み場もないほどに雑誌や漫画が散乱していて、虎生は慌ててそれを端に寄せて、なんとか座れるスペースを作る。
「……いや、片付けなくていい。すぐに姉の所へ行くぞ」
というか、あまりここに長居したくない。夜葉もドン引きして中に入ろうとしないし。
「っと、それもそうだな……」
「夢路さん……私、この格好のままで良かったんでしょうか」
「たぶん、大丈夫だと思う」
危険を察知したのか、夜葉がこっそりと耳打ちしてくる。
二人の格好は事務所に居たときと同じ服装だ。僕はワイシャツにベストで、夜葉は白襟の黒のワンピース。
「姉ちゃんの部屋は隣だぜ」
姉、萌歌那の部屋は廊下の突き当たりだった。……何故だろう、不気味な雰囲気が漂っているように感じる。気のせいだとは思うが。
「ん……? ドアが」
パタン。
ドアが、僅かに開いている。と気付いた途端、中から閉じられた。
……どうやら、僕らの侵入には気付いているみたいだ。
「姉ちゃん……?」
「鴨木、行こう。鍵の閉まる音はしなかった」
「ああ……」
珍しいなぁ、なんてぼやきながら、鴨木は姉の部屋の前に立つ。
「姉ちゃん? ちょっと入っていいか?」
コンコンとノックをしながら中に声をかけるも……返事はない。
鴨木がこっちに視線を向けてきたので、頷き返してやった。
「開けるぞー?」
ガチャリ。ドアがゆっくりと開かれる。
部屋は灯りが点いていなかった。しかし真っ暗ではない。モニターやテレビの明かりが、ぼんやりと部屋の中を照らしている。その明かりの数は……七つ。すべて、なにかのゲームを映し出している。
「ね、姉ちゃん? なんだよこれ……」
どうやら鴨木も、姉の部屋の中を見るのは久しぶりだったらしく、その異様さに驚いていた。
部屋に一歩入ったところで立ち止まった鴨木の脇を抜けて、僕と夜葉も中に入る。
これは……。と、そこでスマホがブルっと震えた。
『おい、気を付けろ。お前のいる空間、ちょっとおかしいぜ』
ユンの警告を目にした瞬間、モニターに囲まれて椅子に座っていた鴨木の姉、萌歌那がくるりと振り返った。
「でかした、虎生! ちょうど試してみたかったんだ」
まずい。夜葉だけでも部屋から突き出そうと思ったが、遅かった。
ぐるりと視界が回り、次の瞬間部屋が突然明るくなり、いや、壁が、部屋そのものが無くなり外の陽によって辺りが照らされ、気が付くとそこには、街の真ん中とは思えない風景が広がっていた。
一瞬にして、全員別の空間に飛ばされてしまったのだった。
*
「な……ど、どこだよ、ここ!?」
鴨木家、萌歌那の部屋……という返しは、さすがにできなかった。
僕たちは今、夕陽の草原に立っているのだから。
「ま、まさか、全員転移させられたんですか? じゃあ萌歌那さんの能力は……!」
「落ち着け、夜葉。場所の転移じゃない。次元転移だ」
「次元転移って、どうして……」
「わかるよ。夜葉、自分の格好を見てみるんだ。……僕のでもいいけどさ」
「え? ゆ、夢路さんその格好……えぇ?!」
白襟、黒のワンピース。一見、夜葉の格好は変わっていないように見えたが、違う。
元々着ていたものよりもスカートの裾は長く、していたネクタイが無くなっている。代わりに首からロザリオを提げ、フードを被り、黒いブーツを履いていた。これは完全に、修道服だ。
一方僕の方は完全に違っていた。裾の長いローブに身を包み、手には木でできた、飾りっ気のない杖。上の方がコブみたいになっている、アレだ。
「なんだよお前らの格好」
「お前が言うな。鴨木」
鴨木は……半裸だった。半裸の上に、部分部分を覆うだけの赤いアーマーを着込み、でかい斧を背負っている。実際にこんな格好をしていたら、二秒で通報されるだろう。
「どうやら、僕たちは……」
「上手くいったみたいだね!」
声のしたほうを振り向くと、そこにはつばの大きい、とんがり帽子をかぶった女の子がいた。
「ね、姉ちゃんか?」
「そう。……そっちのあなたたちは、虎生のお友達だね」
その格好は、所々に宝石がくっついたローブにミニスカート、その下にスパッツ。手にはとびきり大きな宝石が填め込まれた白木の杖。僕のとは大違いだ。
萌歌那は被っていた帽子を取ると、外はねのショートカットが露わになる。
「初めまして、ボクは姉の萌歌那だよ。今日はこの、ゴッドロードオンラインへようこそ」
軽く頭を下げて、帽子をかぶり直す萌歌那。
ごっどろーどおんらいん?
「最近流行っている、ネットゲームの名前ですね」
「あ、それ俺も聞いたことあるな」
「ふーん……」
僕は初耳だった。けど、やはりな、と思った。
「鴨木萌歌那。これは、お前の仕業だな? ゲームの中に、入り込む能力」
「へぇ? もっと驚くものだと思ったのに。なんか冷静だなぁ、そっちの女の子も」
「ゲームの中へ……次元転移。そう、そういうことなのですね」
「げ、ゲームの中に入る? なに言ってんだよ…………いや、でも」
一人驚いていた鴨木……ああ、紛らわしい。虎生の方。自分の格好や周りの景色を見て、納得したようだ。いや、納得せざるを得ない。
「ま、どうでもいいか。とりあえず実験は成功。ボクだけじゃなく、周りの人もゲームの中に入ることができる。うん、これはすごい!」
萌歌那は嬉しそうに笑い、興奮した様子で話を続ける。
「じゃあ、早速PvPでもやってみよっか」
「……え? PvP?」
なんのことだ?
「わからない? プレイヤーvsプレイヤー。対人戦のこと。だから、戦ってみよっかって言ってるんだ」
「なっ……なに言い出すんだよ、姉ちゃん!」
「なにって、虎生の方こそ今更なに言ってんの。ゲームだよ。ボクはこの能力を使ってゲームをしたいんだ。雑魚モンスターと戦うの、ちょっと飽きてきたからさ。対人戦やりたいんだ」
そう言ってぶんぶんと杖を振り回す萌歌那。
ちらりと、自分の右手を見る。握っていたはずのスマホは、今はただの木の杖になってしまった。ユンの知恵は、借りられない。……どうする?
「あー……よくわかんねーけど、しょうがないな。なぁ、悪いけど、ここは姉ちゃんに付き合ってやろうぜ」
「待ってください。……萌歌那さん。確認しますが、もしやられたら、どうなるんですか?」
「って、夜葉ちゃん? なに言ってんだよ。そんなの、ゲームなんだから……」
「ん? 死ぬよ。本当に、死ぬ」
「……へ?」
「それはゲームではなく、現実で、死ぬということか?」
「そう。当然だよ。それくらいのリスクがなきゃ。しかもただ死ぬんじゃないよ? 例えば胸を刺されたら、本当に血を吹いて死ぬ。首を切られたら、本当に首が飛ぶ。……はずだよ、この能力は。死んだことないからさ、確かめてないけど」
「そんな……」
「ね、姉ちゃん、ほんと、なに言ってんだよ……」
……能力者本人が言うんだ、おそらく本当にそうなのだろう。
以前、ユンが言っていた。支配系能力は、自分の望んだようにその効果や範囲が変わる場合があると。その願った通りになる能力から、自分が神になったような妄想を抱きやすいそうだ。
萌歌那の能力は、空間支配の一種だろう。おそらくテリトリーは……今のところは自分の部屋のみ。そしてこれは、意識だけをゲーム内に飛ばすのではなく、肉体もなにもかも、存在すべてをゲームの中に飛ばす能力に違いない。そうすることで、本当に生き死にがかかったゲームにしたのだ。
「大丈夫。確認したら、教会に連れて行って生き返らせるから」
それもまた……本当に、生き返るんだろうな。
けど、そういう問題ではない。
「じゃ、いくよ。戦い方はわかるよね」
いや、わかりません、丁寧に教えてください――と時間稼ぎする暇はなかった。
萌歌那の杖から、炎の球が飛び出した。
*
「ほらほら! 逃げてばっかじゃつまんないよ!」
萌歌那は杖を振るい、次々と炎弾を撃ち出してくる。
「姉ちゃん! やめてくれよマジで!」
「ゆ、夢路さん、どうしたら……!」
「くっ……」
正直……どうしようもなかった。
手があるとすれば、殺さない程度に萌歌那を攻撃し、降伏させることだが……。
「……虎生。萌歌那のゲームスタイルを聞きたい。ボスにはレベルを上げるだけ上げて、万全の状態で挑むタイプか?」
「い、いや! 低レベルクリアとかするタイプだ!」
……ダメだな。そういうタイプは、おそらくギリギリまで粘る。例えHP1でも諦めずに勝つ手段を考えてくるはずだ。
となれば……萌歌那を完全に倒し……つまり、殺して、そして……。
いや、ダメだ。萌歌那を殺した時点で、能力が解けてしまうかもしれない。そうなれば、教会で蘇生という手が使えない。
「くそ……!」
これでは、こっちの誰かがやられるしかないじゃないか!
「夢路さん! これがネットゲームなら、ログアウトができれば元の世界に戻れるはずです」
「ログアウト? そんなのどうやってやるんだ?」
「残念。あなたたちの使ってるアカウントは、ボクのサブアカウントなんだ。ログイン管理はボクにしかできないんだよ」
「それも、能力の仕様か……」
「アカウントハック対策なんだけどね」
「サブアカウント……4アカも持っているんですか」
「んーん。全部で8アカかな」
「……夢路さん、この人本物です」
よくわからないが、相当なネットゲーマーということらしい。
とにかく、ゲームをやめることはできない。見逃してもくれそうにない。
だけど戦えと言われてもな……。なにをどうすればいいかわからない。
いや、これはゲームだ。自分の使える魔法とか、攻撃方法は、知ろうと思えばわかるはず。
「…………!」
そう考えた瞬間、頭の中に自分のキャラデータが、まるで知っていたことを思い出すように浮かび上がる。
格好からして、自分は萌歌那と同じで魔法を使う職業だろうとは思っていたが、どうやら賢者らしい。
いくつかの攻撃魔法と、防御魔法、それから回復魔法を確認する。それから――これは。
「……よし。夜葉、しょうがない。少し萌歌那に付き合うぞ」
「夢路さん……わかりました」
夜葉にだけこっそり声をかける。さすがに、虎生に実の姉を攻撃しろとは言えない。依頼人だしな。
理想は、少し抵抗して満足してもらうことだが……さっきの様子からして、とことんやらないと満足しないかもしれない。
だが、このままなにもしないで死んで、ご機嫌を損ねてしまい蘇生されなくても困る。
「夜葉、職業はシスターか? どんなことができるか、わかるはずだ」
「あ……はい。わかります、ね。回復魔法と、防御魔法がメインみたいです。少しだけ攻撃魔法も使えるみたいですけど、威力の弱い足止め系のものです」
「よし、それなら防御に専念してくれ。攻撃は任せろ」
「わかりました」
二人が近付いて話をしていると、火球が五つ、飛んできた。
「いきます。神の加護!」
「お?」
目の前に大きな光の壁が現れる。
夜葉の防御結界魔法。五つの火球はその光の壁にぶつかり掻き消える。
「いいぞ、夜葉。ウィンドブロウ!」
それと同時に、僕が横から飛び出して風の魔法を唱える。空気の塊を萌歌那の足下向けて撃ち出した。
「へぇ。でも狙いが甘いかな? ウィンドブロウ!!」
萌歌那は後ろに下がりながら、僕と同じ魔法を唱えて魔法を相殺する。
「ふっふっふ。よかった、やっとやる気になってくれたんだね。これで本気が出せるよ」
にやりと笑う萌歌那。
「……あんなこと言ってますよ、夢路さん」
「やるしかないだろ……。殺されないように気を付けろ」
ぎゅっと、手にした杖を握りしめる。
「さってと、まずは一回試してみたかった、この魔法からだよ!」
萌歌那は杖から、一際大きな火球を放つ。思わず身構えたが、火球は勢いが無くゆっくりと浮遊している。
「風の精よ炎を導け、ウィンドバースト! 合成魔法、灼熱旋風!」
萌歌那が火球に向けて風魔法を放つと、火球は広がり風に乗って炎が舞い荒れる。
「うわっ!」
「か、神の加護! ……あっ!」
さっきと同じように夜葉が結界魔法、光の壁を出すが、炎の風となった萌歌那の魔法は壁を避けるように左右に割れる。壁を回り込むつもりだ。
「いや、大丈夫だ! 威力は分散した!」
夢路は咄嗟に、壁の右側に向けて杖を伸ばす。
「狂えし炎を阻み給え! 神の加護よ!」
僕も同じ魔法で壁を作り、回り込んできた炎の片側を塞ぐ。
「ゆ、夢路さん!」
しかし、反対側からの炎は止められない。ここは一旦下がって――。
「くっそ、だあぁぁ!!」
迫り来る炎。そこへ、大斧を振りかぶった虎生が割り込んだ。
「かち割りクラッシュ!」
虎生が斧を振り下ろすと、炎が掻き消える。
「ふ、二人だけで戦おうとしてんじゃねーよ!」
振り返らず叫ぶ虎生。僕はその背中に問いかける。
「……いいのか?」
「しょうがねーだろ! けど……」
「わかっている。倒さない。……殺さない」
僕は虎生にそう返事をして、萌歌那を睨み付けた。
正面には、夜葉の光の壁で遮った炎の風が、渦となり荒れ狂っている。
「夜葉! 結界魔法を解いてくれ!」
「はい!」
「出でよ暴風、吹き飛ばせ! ウィンドバースト!」
壁が消えた瞬間、荒れ狂う炎の渦に向けて強風の魔法を撃ち出す。
「うわっ!」
さらに強くなった炎の風が、熱波となって萌歌那を襲う。
「迫りし熱を阻め、ウォーターシャッター!」
ばしゃっ! と空から大量の水が降り注ぎ、炎が消されてしまう。
「すごいじゃん! ボクの魔法を威力を倍にして返すなんてさ!」
萌歌那は――とびきりの笑顔を浮かべていた。
彼女は楽しいのだ。本当に、ゲームを楽しんでいるだけなのだ。
「まったく、こっちは必死だっていうのに……」
「……でも夢路さんも、なんかちょっと楽しそうです」
少し、顔に出てしまったか。
確かに、こんな風に魔法を使えるというのが、ちょっと楽しい。
前世に万能能力者なんてのがいるから、尚更そう思うのかもしれない。
ああしかし……これで、生き死にがかかってなければ、なぁ。
*
それからしばらく、やはり防戦一方な戦闘が続いた。
萌歌那は言うだけあって、ゲームが上手い。戦い慣れている。
こっちは三人だというのに、一人であしらい、こちらに攻撃の隙を与えない。
いや、たまに隙ができ、攻撃できるのだが……でもそれは、わざと攻撃させたように感じるのだ。軽くかわされるか、相殺されてしまうし。
アタッカーは、僕だけだ。夜葉には防御に専念してもらった方がよかったし、虎生はやっぱり攻撃には消極的だった。夜葉が守りきれなかった魔法を、虎生が打ち消す。
おかげで萌歌那の魔法を喰らわずに済んでいるが、やはり攻撃の手が足りない。
倒さないようにとか、そんなことを考える以前のレベルなのだ。
そして――。
「ゆ、夢路さん。そろそろ魔法が……使えなくなります」
「そうか……。僕も、ヤバイな」
「お、おいおい……どうすんだよ!」
「あっはは、そろそろマジックポイント切れだよね。どうするー?」
相変わらず、楽しそうに笑う萌歌那。
「……萌歌那。君はいったい、その能力でなにをしたいんだ?」
「なにって、ゲームだよ」
「それはわかっている。君がどれだけゲームが好きで、どれだけゲームを楽しんでいるのか、よくわかった。そしてその気持ちこそが、能力の動力源だと。……けど、こんな戦いは、いくら君の能力でも何度もはできない。能力のテリトリーは君の部屋の中だけのはずだ」
「うん。今はね」
「……え?」
「正直この力がなんなのか、ボクにもわかってない。だけど、能力は伸ばせるものだ」
「………!!」
確かに……彼女の言う通りだ。能力は、成長する。
そしてこのゲーマーは、それを理解している。
いや、ゲーマーだからこそ、そういう考えがすぐに浮かぶのか。
「このゲームのプレイヤーみんなが、ゲームの世界に入り込むことができれば……もっと楽しくなると思わない?」
「そんなことになったら……!」
すべてのプレイヤーが、生き死にをかけたゲームをすることになる?
「夢路さん、そんなこと、可能なんですか?」
「わからない。支配系だからって本当になんでもできるわけじゃない。どこかに制限がかかるはずだが……それが能力の範囲とは限らない」
「可能性はゼロではない……」
夜葉の声に、僕はコクリと頷く。
「ね、姉ちゃん……」
「虎生、大丈夫。ちゃんと生き返らせればいいんだから」
「そういう問題じゃねーだろ! 俺は……俺は、例え生き返るんだとしても、姉ちゃんを殺したくなんかねーよ!」
「なに言ってるの。これはゲームだよ? ゲームと現実を混同しちゃだめだって」
いや……この能力自体、ゲームと現実を混同させる能力だと思うんだが。
でも、そうだな。そこに賭けてみよう。
「……わかった、萌歌那。だが僕たちも、おそらく次の攻撃で最後になる」
「うん。じゃ、受けてあげる。ボクが受けきったら、トドメを刺してあげるよ」
その言葉を聞いて、僕は一歩下がり夜葉と虎生に耳打ちする。
「今から作戦を言う。いいか――」
最後の攻撃。その連携を二人に指示する。
「な、俺そんなんでいいのかよ?」
「ああ。そして一番重要だ。頼むぞ」
「……わかったよ。お前を信じる」
「夢路さん……」
「……夜葉。たぶん、大丈夫だ。きっと上手くいく。ダメだった時は……ま、僕がやられるだけだ。それで、萌歌那には満足してもらおう」
「夢路さん!」
夜葉は悲しそうな目で僕を見つめる。
言いたいことはわかっている。そういうことではないと。
虎生が、例えゲームで生き返るとわかっていても殺したくないのと同じくらい、やられて、死ぬところなんて――。だから……わかってるから、そんな顔、しないでよ。
「……そうならないよう、夜葉も頼むぞ」
「……はい」
僕は夜葉に頷いて、前に進み出る。
「いくぞ、萌歌那」
「いつでもどうぞー」
僕は杖を両手に持ち、それを頭上に掲げる。
「集え風、舞えよ風。大地を揺らし、大気を鳴らせ――」
掲げた杖を中心に、風が吹き荒れ渦を巻く。
「おぉ? いいね、大技だね」
「僕の残り全部のマジックポイントを注ぎ込んだ極大魔法、見事、受け止めてみせろ」
「うん! いいよ! 受けきってあげる!」
萌歌那も両手で杖を持ち、魔法の準備に入る。白木の杖が緑色に光り出した。
よし、乗ってきた。
「集いし空気よ緑の風よ! 我が剣となり立ちはだかる敵を討たん!」
渦を巻いていた風は緑色に淡く光り、一本の長い、真空の剣を生み出す。
「喰らえ! ウィンドソード・ジ・エンド!!」
巨大な真空の剣をゆっくりと、萌歌那目がけて振り下ろす。
おそらくこの魔法は、巨大なボスなどに使用するのだろう。こんな動作じゃ避けられておしまいだ。
だけど、萌歌那は逃げない。受け止めると言ったから。
「深く深く揺らめく暗闇、惑い惑いし夢の底! 魔の深淵に生まれし巨人の業! 豪腕結界魔法! 巨人の腕よ、風の刃を受け止めろ!」
白木の杖から、半透明の二本の巨大な腕が現れ、左右に伸びる。
「まさか……」
「いくよ! 真空剣白刃取りだぁ!」
バチン! と、巨人の両腕が真空の剣を挟み込んだ。
「やってくれる……!」
さすが、としか言いようがない。真っ正面から切り込んだ僕の魔法に、彼女もまた、真っ正面から受け止めた。しかも、真剣白刃取りだなんて!
受け止めた剣から風が吹き荒れるが、刃はぴくりとも動かない。向こうの豪腕結界魔法とやらも、削れているはずなのだが……。
試しに力を込めて押し込んでみたが、そんなゴリ押しはやはり通用しない。
「――だめだ、断ち切れない!」
そう叫んだ瞬間、真空の剣が掻き消える。それを見て、萌歌那も魔法を解除する。
「どう、受けきったよ!」
萌歌那は興奮して上気した顔で叫び、白木の杖を僕に突きつけてくる。その杖に、風が集まっていく。
「君、サイコーだよ! 面白かったよ! 敬意を表し、風魔法で一瞬で殺してあげる!」
できれば、殺すのをやめて欲しいところだったけどな。
ここまでか。でも、ま……僕も少し、楽しめた。
僕は笑みを浮かべ、魔法が発動する直前、両手を広げた。
そして為すがままに――後ろから伸びた手によって、真横に突き飛ばされた。
作戦通りに。
「………? なっ!」
僕を突き飛ばしたのは、後ろに膝立ちで隠れていた虎生だった。背の高い虎生が、僕の背中に隠れるにはこうするしかない。
「姉ちゃん」
「……あっ!」
驚く萌歌那。しかし、魔法は止まれない。一点に集中した風が、強力な鎌鼬となって撃ち出される。
「…………っ!」
そしてそれは、虎生の頬を擦って後ろに飛んでいく。
発動の瞬間、萌歌那が僅かに軌道を逸らしたのだ。
「いまだ、夜葉!」
「はい!」
さらに後ろに隠れていた夜葉が前に飛び出し、魔法を唱える。
「結束魔法! 彼の者を捕らえよ、バインド!」
「………………」
萌歌那の周囲に光の輪が現れ、キィンという甲高い音と共に一瞬で縮み、縛り上げる。
……萌歌那は虎生の顔を見たまま、特に抵抗もしなかった。
「……僕たちの勝ちだ。それでいいかな、萌歌那」
僕は起き上がり、そう告げる。
しかし……萌歌那は、俯くだけだった。
「夢路君、だっけ? ……ずるいなぁ。ずるいよ」
「そうかもしれない。だけど僕は……ゲームで君に勝ちたかったわけじゃない」
「そうなんだ。それは、面白くないな」
「ああ。仕方ないだろう? 僕は、虎生のお姉さんを殺したくなんてない」
「うん。ボクも、弟の虎生を殺したくなかった。……リアル過ぎるゲームっていうのも、ダメなんだなぁ」
「そっか、それを姉ちゃんにわからせるために……か」
「……ああ」
虎生に指示したのは、僕が両手を広げたら思い切り横に突き飛ばせ、だった。
本当に弟を殺しそうになった時に、躊躇すると信じて。
「ふぅん……そっか、そっか。そうだったんだ」
萌歌那の顔に、暗い笑みが浮かぶ。そして次の瞬間――
バキン!
――夜葉の結束魔法が砕け散った。
「ボクが軌道を逸らさなかったら、虎生の首が飛んでた。下手したら、殺してた。夢路君、君は弟を殺すつもりだったの?」
「なっ……違う! 君なら手を止めるか、魔法を逸らすくらいできるはずだって、信じていたから」
「うるさい! 確かにボクはゲームが得意だけど、咄嗟にそれができるかなんて、わからない! もし、もし……失敗していたら、どうしてくれるんだ!」
「お、落ち着け、萌歌那」
「姉ちゃん?!」
「夢路さん、彼女の言っていることメチャクチャですよ!」
夜葉の言うとおり、萌歌那の主張はおかしい。
「ああもう、あったまきた! 君だけでも殺させてもらうから!」
……まずい。これは非常にまずい。
萌歌那が白木の杖を掲げる。空に黒い雲が立ちこめ始める。
「このゲーム最強の雷系魔法で、君を――!」
「姉ちゃんもうやめろよ!」
「虎生は黙ってなさい! あんた、死にかけたんだからね?!」
だからそれは、萌歌那の魔法、そして異能のせいなのだが……そんな説明で納得する次元ではもうない。
くそ、本当にもう限界だぞ! ――――時間稼ぎは!
『あーあー、テステス。よし。――まったく、詰めが甘いな? 夢路』
「なっ……?! なに、今の声!」
「ゆ、夢路さん、今のって、まさか……」
「はぁ~……間に合ってくれたか。さすがに焦ったぞ」
『ちょっと時間がかかっちまったが、なんとかなったぜ』
「嘘、え? システムメッセージ? なんで、そんな……」
周囲に響く、機械的な声。この口調は正に、万能能力者、前世ユンスランタだった。
「時間懸かりすぎだって。ユン」
『そう言うな。お前のスマホに入り込むのとは、ワケが違うんだからよ』
「ど、どういうことですか、夢路さん!」
「……ユンにこのゲームをハッキングしてもらったんだよ」
「ハ、ハッキング?!」
そう。萌歌那と戦い始めてすぐに、ゲーム内メールがシステムから届いていた。
それはユンからのもので、システムを乗っ取るから時間を稼げ、というものだった。
『俺様は未来のお前の世界に、直接は能力を使うことができないが……。この電脳世界でなら、話は別だぜ?』
僕のスマホにBLTなんてアプリを仕込むくらいだ。こういう干渉ならば、いくらでも可能らしい。仕組みはよくわからないが。
『ま、つまりここは俺様のホームグラウンドみたいなもんだ。ここで戦いを挑んだ時点で、お前さんの負けなんだよ』
「わ、わけのわからないことを!」
「ほんとにわけがわかんねーぞ、白鷹!」
「虎生はわからないなら黙っててくれ」
「あーもう! いい! ボクは君を殺せれば、それでいいんだから! 轟け雷鳴、閃光の矢! 邪悪な者を貫け、ライトニング・アロー!」
萌歌那が至近距離で魔法を唱え、杖を振るう。……が、魔法は発動しなかった。
「え? そんな、マジックポイントはまだあるのに!」
『ああ、お前の魔法、使えないようにしたから』
「はぁ?! そ、そんなことできるわけがない!」
萌歌那は何度か杖を振るったが、魔法が発動する気配はなかった。
「な……なんなんだよ! お前! ボクの、ボクのゲーム世界が……」
『あっはっは! 俺様はユンスランタ! 夢路の前世にして、万能能力者だ!』
「あ、バカ。なにも公言しなくてもいいのに」
「前世……万能能力者……わかんないよ……」
『こんなことだってできるぜ?』
ユンがそう言うと、僕の体が光り出した。
「む? なにをしたんだよ、ユン」
「なっ……その杖は!」
見ると、握っていたはずの木の杖が、光り輝く黄金の杖に変わっていた。
「か、神の証、黄金の神杖!? うそ……うそぉ……」
萌歌那の膝ががくりと折れ、涙声になる。な、なんだ……?
『ああ、なんかそれを手に入れると、神になれるらしい』
「神ってなんだよ!」
『このゲームの最終目的っぽいな』
「夢路さん。この、ゴッドロードオンラインは、神を目指すストーリーなのです」
「ああ、そういうことか」
この、手に入れると神になれるという……黄金の神杖? これのためにプレイヤーは頑張っているわけだ。
「……ん?」
神を目指すストーリーのゲーム……まさか。
「萌歌那。虎生に、世界の神になれるよって言ったのって、まさか」
「この力があれば、ボクがその杖を手に入れられると思ったからに決まってるじゃないか! それなのに……こんなのあんまりだぁ!」
……なるほど。
*
「ごめんなさい……。弟を殺していたかもしれないって思ったら、誰かに責任を擦り付けずにいられなくなって……」
心を折られ、能力を解除した萌歌那は、すぐにそう謝った。
「これはゲームだから、なにをしても大丈夫。そう思って能力を使ってたのに、いざ弟を殺しそうになった瞬間、それは違うんだってわかった。……生き返らせることができるから殺していいなんて、そんなわけないんだ。……本当に、ごめんなさい」
そして萌歌那は、能力を成長させて効果範囲を広げたりしないと、約束してくれた。
すべてのプレイヤーをゲームに取り込む野望は、砕けたわけだ。
「あんな風に、ゲームシステムそのものを乗っ取られたら、どんなゲームも冷めちゃうよ。しかも黄金の神杖まで……」
一応、ユンがやったことはすべて無かったことにし、ログはもちろん最終アイテムである黄金の神杖も手に入れていない状態、つまりロールバックさせたらしいが……それでも一度折れた心までは戻らなかったようだ。しかもゲームの最終目標を目の前で見せられてしまっては、ゲームをあまりやらない夢路にだって、やる気が無くなってしまう気持ちがわかる。少し、可哀想なことをしたかもしれない。
「と、思うだろ? 次の日にはゴッドロードオンライン再開してたぜ。姉ちゃん」
「……そうか」
週が明けて、月曜日。放課後、僕のあとに付いて虎生が事務所にやってきた。
萌歌那の様子は気になっていたし、それを聞くためにも追い払うわけにいかなく、中に通してソファに座らせてやった。
「ま、でも前ほどのめり込んではいないぜ。学校にも行くようになったし、飯にも出てくるようになった。……手伝いはあんまりしないけど」
それは、実は元からあんまりしていなかったんじゃないか?
「それじゃ、これで依頼は達成だな」
「……ああ。ありがとな、白鷹。本当に、助かった」
「わかってると思うが」
「おう。この相談所のこと、白鷹のこと。絶対誰にも言わない。約束だ」
こいつはお調子者だが……ま、義理は堅そうだ。
「そういえばさ、昨日久々に姉ちゃんと一緒にゲームしたぜ。ゴッドロードオンライン、姉ちゃんのキャラ使わせてもらったんだ」
「ほう。それはよかったじゃないか」
「ああ。よくわからんけど、サブキャラ育成が捗るとか言って、喜んでたよ」
「……それ、上手くお姉さんに利用されていませんか?」
とん、と夜葉がお茶を置いてくれる。
「ありがとう、夜葉」
「夜葉ちゃんありがと! いやぁ夜葉ちゃんが入れるお茶は美味いなぁ」
「そんなことは……」
少し嬉しそうに、自分のデスクに座って湯飲みに口を付ける夜葉。
「……………………」
そういえば虎生のヤツ、最初来た時も夜葉に興味を示していたな。
「なぁなぁ、白鷹! ちょっと聞きたいことあるんだけどさ」
「なんだ?」
「実はこないだ来た時からずっと気になってたんだ」
……まさか。やめろ、なにを聞くつもりだ。
ガチャ。
と、そこで、ドアが開く音がする。この時間に、チャイムもノックすらも無しで中に入ってくるのは、一人しかいない。
「こんちわっほー!」
よくわからない挨拶と共に元気よく入ってきたのは、もちろん穂純だった。
「あ……ごめん、お客さん来てたのね。お構いなくー」
そそくさとデスクの方に移動しようとする穂純。
……いや、客が来ていたら遠慮して欲しいのだが。
まぁこれで話が逸れるかも――。
「ああー! お姉さんはっ!」
そんな穂純を見て、激しく反応する虎生。
勢いよく立ち上がったせいで、お茶がこぼれそうになる。
「え? ……あ、こないだ下でウロウロしてた子だ!」
「……ん?」
「お、お知り合いですか? 穂純さん」
「んーん。ただほら、こないだ買い物頼まれてて早く帰った日にね、下でこの子がウロウロしてて、入ろうか迷ってるみたいだったから、大丈夫だよって声かけてあげたんだ」
そういえば、穂純が帰ってすぐに虎生が入ってきたんだったな。
「そっか、忘れてたなー。中に入ったみたいだったから、後で夢路くんにどうなったのか聞こうと思ってたんだよねぇ。買い物で迷ってたら、そのこと飛んじゃった」
頼まれた買い物は牛乳だったはずだから、きっとポテチ選びで迷って、忘れたんだろう。
「ほ、穂純さんと、おっしゃれらられるるんですか?」
舌が回ってないぞ、虎生。
「うん。夏水穂純とおっしゃらられるるんだよ」
「なつみず……ほずみさん……! 俺、鴨木虎生って言います! こ、この間は、ありがとうございました!」
「え? あ、うん。そっか、それじゃあ夢路くんが無事解決してくれたんだね」
「はい! そうなんです。……けどそれはお姉さんがあの時、あのそのえーっと」
「さすが夢路くん。よかったよかった」
虎生がごにょごにょ言っているのは聞こえなかったのか、穂純はうんうんと頷いて、定位置となった夜葉の向かいのデスクに座る。すると夜葉は用意していたお茶を穂純に出し、ありがとー、いいえ、というやり取りをする。うーん、自然になりつつあるな。
「おぃぃぃ! 白鷹!」
そして、こいつだ。虎生はソファの向かいから僕の隣りに移り、小声で話し始める。
……ああ、さっき言いかけた用件はもうわかった。わかったけど、なんだ、なんか……。
「夜葉ちゃんは助手なんだろ? じゃあ穂純さんはなんだよ? あの人も助手とか言うんじゃねーだろうな!」
「違う。入り浸ってるだけだ」
「なんで入り浸ってるんだよ!」
「自分で聞け」
ああー、うざい。そしてムカツク。
なにがムカツクって、安心し、ホッとして、表情が緩みそうになるのがムカツク。
そしてムカついて険しい顔をしていないと、それが周りにバレてしまいそうで、もし夜葉に気付かれてしまったら――。
ああ、もう、ムカツクなぁ。
学園物ってことにしてもいいかなって思ったけど学校が出てきてないから、このまま続きます。