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コブリン姫の結婚  作者: くま
王妃視点
9/11

『むかしむかし、とある国にはとある妖精が住んでいると言われていました。

 ぎょろりと大きな目、尖った大きな鼻、出っ張った頬骨…とそれはそれは醜いと言われる姿をしておりましたが、心根はとても穏やかで優しい性格をしていて、己を怖がらない者をよく助け、幸せにするといつからか囁かれるようになりました。その妖精の名は、コブリン』


 その出だしで始まる絵本が、とある国のとある王妃は大嫌いでした。

 子どもの頃はあまりのコブリンの容姿の恐ろしさに泣き叫び、大人になってからもできれば目にしたくないものでした。

 彼女の『コブリン嫌い』が決定的になったのは、二人目の息子が亡くなった義母の形見として絵本を持っていると知ったときでした。

 母親である王妃が言うのもあれですが、第二王子は誰もが夢見る『王子様』そのものでした。

 光輝く金の髪、青空のような瞳、染み一つない白い肌、勉学も剣の才も人並み以上、性格も真面目で優しい…と賞賛の言葉は切りがありません。

 もちろん王太子である第一王子も王妃が生んだ子であり、こちらも容姿は第二王子には劣りますが、王としての資質は全く問題のない、自慢の息子です。

 しかし王妃としては、王太子よりも手元で育てた期間が長い第二王子の方が身近であり、たった数年の差で王座から遠ざかる第二王子が不憫だと思ってもいました。

 できるだけ第二王子の手元には人も物も最高のものを、そして完璧なものをと考えている王妃にとっては、祖母の形見として絵本を第二王子が持つこと自体許せないことでした。

 何度か取り上げようと試みましたが、亡くなった祖母を大事に想う王子の前に諦めざるを得ませんでした。

 しかし、今後は人より劣るものが王子の手元に残ることがないようにと王妃は躍起になるようになりました。

 選ばれた者しか手にできない剣の持ち主として王子が選ばれたときは、手を叩いて喜んだほどでした。

 次は、王子に相応しい花嫁をと王妃は次第に考え、王とも相談して隣国の姫君が良いだろうと決めました。

 可憐で淑やかだと評判の姫君と王子が並ぶ姿は一対の絵のようで、本当に美しいものでした。

 王妃から見ても似合いの二人だと満足していたのですが、


「いや――――近寄らないで化け物っ、気持ち悪い!」


 という姫君の一言で台無しになりました。

 確かに茶会の警護に当たっていたのは、『あの』コリン・ノームだというのだからこの一言は仕方がないことかもしれません。

 しかし王族たるもの、いつでも冷静さを保ち、失言には気を付けなければならない身です。

 いくら『コブリン嫌い』の王妃でもそれを公に出すような愚は犯しません。

 そういう意味では姫君は王子の花嫁としては失格でした。

 王子が怒り、婚約を解消したいというときは当然と王妃も考え、王を通じて婚約を解消してもらいました。

 それから再び王妃は、国内外の年頃の娘らへと目を向け、王子の花嫁探しを始めました。

 しかしそれが台無しとなったのは、今度こそ素晴らしい姫を、と考え、決めようとしていた矢先のことでした。


「コリン・ノームと結婚します」


 珍しくも王、王妃、王太子、王太子妃が顔を合わせ、夕餉を共にしていたとき、王子が爆弾を落としたのです。

 その後は、誰もが動きを止めて沈黙を保ちました。

 ややあって王が「え?」とまるで耳が遠くなったかのように耳元に手を当てて聞き返すまで、誰も身動き一つできませんでした。


「コリン・ノームと結婚します」


 王子も耳が遠い者を相手にするかのように、王に向かってゆっくりと同じ言葉を口にしました。

 それでようやくその場に居た者は、王子が何を言ったのか理解できました。

『結婚したいと思っています』

『結婚しようと思っています』

『結婚を認めてください』

 それらのどれでもなく、

『結婚します』

 という断定というか、確定というか反論を許さないと言わんばかりの言葉に、唖然としました。

 しかもその相手が『あの』コリン・ノームです。

 彼女はこの王宮では、とても有名な存在でした。

 ノームとつい最近公爵位を与えた名門家の末姫でありながら、騎士団に所属する女性騎士であるのと同時に―――――紛うことなき『コブリン顔』として。

 王妃は『あの』コリン・ノームの『コブリン』にそっくりな顔を思い出し、すぐさま反対の声を上げました。


「考え直しなさい」


 というより今すぐ撤回しなさいと王妃は凄みました。

 王妃の低い声に王が困ったような顔をし、王太子と王太子妃は顔を見合わせました。

 王子は落ち着いたまま青い瞳を王妃へと向け、

「なぜですか」

 と問いました。

 なぜも何もないと叫びたいのを王妃はどうにか堪えました。

「あなたが一番よく分かっていることでしょう」

「分かりません。ですからお聞きしています」

 挑むような反抗的な言葉は、初めてでした。

 逆らうことなく、理想の息子である王子からの初めての反抗に王妃は内心衝撃を受けました。

 だからといってここで引くことはできません。

「彼女はあなたに相応しくありません」

 きっぱりと言い切るも、王子は怯みませんでした。

「どう相応しくないというのですか」

 身分も申し分ないし、彼女自身が評判の良い騎士であることは王妃も知っています。

 ですが問題はそこではないのです。

 彼女の容姿、それに大問題がありました。

 完璧を求める王妃からしてみれば彼女は論外も論外です。

 しかしそれを口にすることはさすがに憚られました。

 何よりも王子が、沈黙する王妃に


「民や臣下に慈悲深いと評判の母上がまさか、コリンがコブリンにそっくりだという点をとらえて『相応しくない』と言っているわけではありませんよね? 私が尊敬する母上が他の愚かな差別者と決して同じではないと私は信じています」


 と先手を打ってきたのです。

 これでは何も言うことができません。

 今日ばかりは王子が憎らしく、思わず扇で口元を隠しながら歯噛みしました。

 王妃と王子の睨み合いの中、口を開いたのは王太子でした。

「私は反対しません。コリン姫の身分なら申し分ありませんし、何よりライトが望んでいることです。認めてあげましょう」

 王妃ではなく王に向かって言われた言葉に、王妃は眉を吊り上げました。

 もしもこれで王が諾と言えば、王妃が何を言おうと最早どうにもならなくなるからです。

 それが分かっていながら王子に味方した王太子を睨みつけるも、王太子はどこ吹く風でした。

 反対に王はおろおろと家族を見回しました。

「ま、まあ……身分は申し分ないが。父親のノーム公爵がどう言うかなぁ」

 完全な結論先送りでした。

 しかし王妃は手を叩きました。

「その通りですわ! 公爵は末姫を殊の外溺愛していると有名ですものね」

 兄姉らも末の妹を不憫に思っているのか、父親ほどではないにしろ何かと気にかけているというのは有名な話です。

 恐らくそう易々と手放すはずがありません。

 王妃からも公爵を焚き付けて結婚を許可させないようにしようと、考えました。

 しかしそれも、


「公爵の許可ならすでに得ています。確認してくだされば分かるはずです」


 王子の言葉によって潰えました。

「なんですって……」

「他国や他家に嫁ぐよりも、まだ私の元に嫁いだ方が会える機会が多いと考えられたようです。コリンは結婚後も騎士団に残る予定ですし」

 王子のさらりとした言葉に、最早抑えることはできませんでした。

 立ち上がり、

「ライト! あなた私たちよりも先に公爵に結婚を打ち明けたのですか!」

 吠えました。

 普通であれば、家族に先に話して段取りをするべきところを、あろうことかすっ飛ばして相手に許可を求めたというのです。

 まるで蔑にされたようで、王妃は我慢なりませんでした。

 感情のままに王子を叱りつけようと王妃はしましたが、


「いけませんか? 今までは私は家族を一番大事に思っていました。しかしこれからは、いえ、すでにもう私はコリンを一番大事に想っているのです。その彼女の家族を大事にするのはいけないことですか?」


 しかし王子の真っ直ぐな目と言葉に、黙らざるを得ませんでした。

 王子の潔さと格好良さに思わず母親である王妃でも見惚れてしまったからです。

 しかしすぐに我に返ると、ぎゅっと扇を握る手に力を込めました。

 確かにこの国では、相手の家族に先に許可を得たり、紹介してもらうことは珍しくありません。

 ですが王妃の理想の息子である王子なら、もしも好意を寄せる相手ができたときは先に王妃たちに打ち明けてくれるだろうと勝手に思っていたのです。

 裏切られたような気分でした。

 衝撃を隠せない王妃を横目で見ながら、王が困ったように口を開きました。


「……まあ、公爵の許可を得ているなら」


 と許可を出しそうな気配を察して、王子は期待に顔を輝かせます。

 ですがそれを邪魔する者が居ました。

 当然王妃です。

 王妃は王の言葉を遮るように口を開きました。

「―――――分かりました。そこまで言うならコリン・ノームと会いましょう! 私が直接会って彼女の人となりを見てから許可をします!」

「別に母上の許可がなくとも、父上の許可を得られれば」

「黙りなさい。陛下もよろしいですね」

 ぴしゃりと不満の声を上げる王子を黙らせ、王に凄みました。

 凄まれた王は、王妃を怯えた目で見上げながら黙って頷きました。

 それに王妃は満足し、王子に向かって、


「コリン・ノームに伝えなさい。一週間後の午後に開く茶会に参加するように」

「母上」

「その日来なければ絶対にあなたとの結婚は許可しません。そしてあなたには別の女性を娶らせます」


 言い放つと、王妃はその場を後にしました。

 今から茶会の準備をしなければなりません。

 その場で絶対に王子から身を引くことをコリン・ノームに頷かせるために。

 何が何でも王子との結婚を諦めさせる、その決意のもと、


「絶対に認めない!」


 と叫んだのでした。 


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